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聖女死すとも  作者: 竜人
7/9

快進撃

 いわゆる“天下分け目の決戦”に勝利した事で、ライア軍の、いや革命軍の優勢はいっそう顕著になり、アルミナ王国のパワーバランスやそれに基づく情勢はオセロの盤面をひっくり返したように一挙に激変していった。

 勝利の勢いに乗るライアの下には次々と下級貴族や民衆が集まってくる。ハクマート平原の会戦の四日後には、ライア軍の先鋒部隊は王都アルナに到達したが、この時期、ライア軍全軍は総勢二十万を超え、王都はおろかまさに国全体を飲み込まんばかりの勢いであった。

 これに対してアルミナ王アルバート五世はあくまで籠城の構えを示し、緊急で兵を招集したが、集まった兵力は僅かに五千に満たなかった。王国が危機的状況にあるというのに、この程度の数しか集まらなかったのは、アルミナ王国が誇る王立魔法軍の主力がハクマート平原の戦いで壊滅していたという事もあるが、ライア軍の圧倒的勢いの前に脱走者が相次いでいた事がその主な理由である。王国王室の藩屏たるべき大貴族すらもアルバート王を見限ったのもそれが原因だが、もう一つ理由を挙げるとするならば、彼らもまた王やサクナ王女の所業にほとほと辟易していたのだ。

 何十年も前に着たきり、王宮の倉庫の奥深くで埃を被っていた鎧兜を身に纏ったアルバート王の姿は、馬子にも衣裳という感じで、一周回ってサマになっていた。とはいえ実際に戦闘指揮を執るわけではなく、玉座に腰を据えて、ガタガタと震えているだけである。

 ちなみにアクア王妃はこの絶望的状況を前にヒステリーを起こして収拾がつかなくなっている。口を開けば、


「何でこんな事になるのよ」


 と喚き、


「それもこれも貴方がミリアを殺したからよ」


 あるいは責任の全てを夫に擦り付けるように叫んでいた。


「何で殺したのよ。ああ、私の愛しきミリアを返して!」


 アルバート王がミリアを処刑した時、アクアは否定も肯定もしなかった。無論、“聖女”として名声を高めるミリアの事を忌々しく思っていた事は事実だが、愛娘サクナが強行に主張する以上、抗い難かったというのが実際のところで、それはアルバート王も変わらない。アルバート王は国王である以上、処刑執行命令にサインするという形で積極的に関与せざるを得なかったが、アクアは無視する事で我関せずの態度を貫く事が出来た。ただそれだけの事。

 だから今更、ミリア殺しはお前のせいだと喚くアクアは、身勝手もいいところで、まして「返して!」と言えるような立場ではなかった。

 何にしても、ミリアを殺した結果、こんな事になるとは、当時の二人は夢にも思っていなかった。だからこそ安易に処刑執行を命じたり、見て見ぬ振りを決め込んだわけである。それだけ聖女ミリアの影響力を過小評価していたわけだが、今更気づいても後の祭り……。

 己が娘を殺し、聖女を殺して、結果として国の全てを敵に回す羽目となったアルバート王とアクア王妃は、今や互いに後悔と絶望の底にある。



 □ □ □ □



 ライア・エードは物思いに耽っていた。

 彼の脳裏を満たしているのは、在りし日のミリアと過ごした記憶。

 そもそも自分達は、恋し恋されの仲ではなく、そうなる予定もなく、単なる師弟のはずだった。ただ年齢的に近しく、気も合うので、いつしか師弟の関係を飛び越えて恋仲へと昇華していったのだ。

 王女として生を受け、聖女として名を馳せたミリアと、片田舎の村長の息子として生まれた自分が結ばれたのは、今更にして思えば全く奇縁でしかない。だが結ばれたと言っても、実際に愛を交わしたのはあの時の一度きり。あの夜の出来事が、ある意味で今生の別れとなってしまった。

 許せぬ、という感情は今もなお彼の心の奥深くでふつふつと滾り続けていたが、その一方で、こうも状況が激変して復讐の完遂があと一歩と迫った事で、別の感情や思いが芽生えてきた事も確かだった。

 即ち、こんな事は本当にミリアが望んだ事なのか、ということ。

 彼女は国や民を救う事に生きがいを感じているようだった。

 だからこそ彼女は得意の治癒魔術を活かす形で国中を巡り歩いて、病に苦しむ民を救い出してきた。ライアを弟子として迎えたのもその為だった。

 然るに今の自分がしている事は、復讐の名の下に国を戦火に巻き込み、その結果として膨大な血が流れた。先の決戦では果たして何人が死んだ事か。敵味方合わせて二万人以上の死者が出たというのが客観的な事実だが、実際には重傷を負った者なども含めると、とんでもない数の人間が被害を被った事になる。

 だがそれも今日で終わる。

 王都アルナは十重二十重に囲み、市民への扇動工作も行わせている。じきに王都の市民が蜂起して王宮を襲うだろう。さすれば自分達が手を汚す必要はなく、事は成就に至る。

 だが、それでも血は流れる。

 とりわけ市内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化すだろう。

 誰が味方で誰が敵か分からぬ疑心暗鬼が蔓延すれば、その結末は壮絶な悲劇でしかない。そんな事をあのミリアが望むだろうか。王都の市民を救う為に自ら薬院を設けて治療にあたった彼女は、その市民達が殺し合う事を決して望みはしまい。

 だからそうした事態は出来得る限り回避した方が良い。

 大規模な殺戮を伴わずしてこの戦を終わらせるには、たった二人の人物を贄として戦の神に捧げればいい。即ちアルバート五世とその妻アクアだ。彼らさえ捕らえるか殺すかすれば、アルミナ王国は戦闘の意欲を失って、自ら崩れるか、降伏するに違いない。あるいは王国の崩壊を自らの失墜失権と同一視している大貴族達が主導する形で抗戦を貫くかもしれないが、指導者を欠いた集団など脆いものだし、大体大貴族達だけで戦争が出来るわけでもない。彼らに従う兵士に呼びかければ、流れる血はせいぜい大貴族達のみに限定できるだろう。それすら避けたければ、彼らが降伏に納得できるだけの手土産ないし逃げ道を用意してやればいい。かつてミリアは大貴族といえども例外なく治療にあたっていたから、彼らを問答無用で血祭りに上げるのはさすがに寝覚めが悪く、彼らもまとめて生かす為の努力は怠るべきではないように思われた。その努力すら無視して、徹底的に抗戦を選ぶなら、その時初めて血祭りに上げるという決断を下せばいい。


「ミリアよ。遂に俺はここまで来たぞ」


 ――じゃあ、私が助けを求めたら、父上、……アルミナ王とも戦える?

 ――戦えるさ。その時は革命でも何でも起こしてやるよ。


 かつての会話が脳裏をよぎる。

 当時は半ば冗談、半ば本気で吐いた台詞。

 今や革命は成就に向かい、アルミナ王にはあと少しで正義の裁きを受けさせる事が出来る。

 だが肝心の“私が助けを求めたら”という前提は守る事が出来なかった。彼女が助けを真に欲した時、ライアはその事に気づく事すら出来なかったのだ。


「兄様は相変わらず物思い?」


 そこにやってきたのは、幼馴染のハクア。

 盟主ライアが最も信頼を置く存在として、革命軍内では盟主付の首席副官の役割を与えられている彼女は、くすくす笑いながら、主君にして上官にして兄的存在たる男の後ろに立つ。


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