表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女死すとも  作者: 竜人
6/9

ハクマート平原の戦い

 驚くべき事が起こった。

 朝廷軍を守る防御結界が破れた時、それを見計らったようにライア軍の猛攻も止んだのである。息切れした結果というわけでもなさそうで、意図的に攻撃を止めた事は明白だった。問題は、その意図が全く読めない事で、朝廷軍の首脳部ではあれやこれやと推理合戦が花を咲かせたが、どれ一ついまいち要領を得なかった。

 だが、答えは間もなく現実となって彼らの前に突き出された。

 ライア軍の攻撃が止んだのを機に、朝廷軍から離脱を図る兵や部隊が相次いだのだ。

 特に深刻だったのは、部隊ごと叛旗を翻す者が相次いだ事で、彼らは離反するだけでなく朝廷軍本隊に不意討ちの強襲を仕掛けてきたのである。かくて朝廷軍は“同士討ち”の様相を呈し、誰が味方で敵なのか判別できない大混乱に陥った。

 ライア軍はその有様を傍観しているだけでよかった。

 そして混乱が深まってきたところに彼らも歩兵部隊を動かして総攻撃に転じたのである。

 ライアが炎弾斉射を取りやめたのは、かねてより内応を使嗾していた面々に覚悟を決めさせる為だった。その目論見はまんまと功を奏し、朝廷軍は自壊して崩壊状態に陥った。

 こうなっては、いかに圧倒的な魔法火力を誇ろうと、勝ち目などあるわけもない。

 サクナがいかに喚き散らそうと、怒鳴り散らそうとも、戦況に変化はない。


「殿下、ここはひとまずお引きください」


 数少ない忠臣達は健気にもそう告げたが、


「私に逃げろっていうの」


 その思いを理解しない無慈悲な主人はただ怒りを示すだけであった。

 怒りを示すだけならまだしも、無用な進言をする者として、その場で斬り捨ててしまう有様だった。こうなってはサクナに対して進言しようと思う者など現れるわけもなく、彼女に黙って本陣を離れていく者が相次いだ。それは彼女の身辺警護にあたるべき近衛兵にしても同様だった。

 こうして彼女の周りには、いつしか誰もいなくなってしまった。

 そうこうしているうちに状況はいっそう深刻の度を増していく。

 ライア軍の一部部隊がいよいよサクナの本陣を取り囲んで、突入してきたのだ。


「だ、誰か、誰かいないの!」


 サクナはようやく状況の最悪を理解して、味方を求めて声を荒げたが、“そして誰もいなくなった”的無慈悲な現実に気づいたのも、まさにこの時の事だった。

 味方の代わりに彼女の下にやってきたのは敵兵だった。


「貴様はサクナ・レイドだな」


 アルミナ王族を象徴する深紅の鎧兜を身に纏い、姉とよく似た黒い髪と黒い瞳に白い肌を有する美少女は、その声に魔女もかくやと思える鋭い視線を向けた。


「下郎っ、頭が高いわよ。私を誰と心得る」


 この期に及んでなおも王女らしい気丈さ、あるいは傲慢さを発揮できる辺りは、さすがと言うべきであったかもしれない。

 敵兵の中には、かつて彼女の配下だった離反兵も含まれており、彼らは彼女に一応の敬意を表して軽く頭を下げた。


「殿下。もはや勝負は決しました。潔く投降なされよ」

「投降ですって!」


 サクナは現実から目を背けるように声を荒げている。


「何でよ。なんで私がこんな目に遭わないといけないのよ。この私はアルミナ王国の王女よ。未来の女王になるべき存在なのよ。どうしてあんた達はこの私にこんな真似ができるのよ。下賤な臣民の分際で……」


 駄々っ子のように喚く彼女に、ライア軍の兵士達……、否、革命軍の戦士達は白い目を向けている。

 そんな彼らを代表するように、離反兵の一人が言った。


「……殿下はやり過ぎたのです。殿下は聖女様を殺されました。民が聖女様をどれほど敬愛していたか、殿下は知らないでしょうが、殺してしまったのは致命的な失策でしたな」


 聖女。即ちあの姉ミリアの名を聞いた時、サクナの瞳に憎しみの炎が滾った。


「何でよ。あんな無能のロクデナシを殺した事が何の罪になるって言うのよ。あいつはロクに魔法も使えないし、とろいし、邪魔くさいし、殺して何が悪いのよ。あんなのを生かしておいたらこの国の害になるのは必定。そう、そうよ。私は害を除いたの。毒を取り除いたのよ。褒められこそすれ責められる謂れはないわ!」

「……そのような台詞は、我らの前では金輪際吐かれないように。まして我らが盟主の御前で吐けば、殿下の御命はその場で絶たれる事でしょう」


 革命軍の戦士達は、怒り心頭に発して、すぐにもサクナを八つ裂きにしてしまいそうな殺気を漲らせている。何しろサクナは、聖女ミリアを害だの毒だの散々に言い放って、殺した事を少しも反省していないのだ。せめて悔い改める素振りでも見せていれば、彼らの怒りも行き場を失って陰ったかもしれないのに。

 離反兵はもはや悲惨な末路が確定したサクナの為に悲しみ、そして自分達の判断と行動の正しさに密かに歓喜した。あのままサクナに盲従し続けていなくてよかったと、心の底から思ったのである。

 ともかくも彼らはサクナの身柄を拘束した。

 彼らだけの判断で殺してしまうわけにはいかない。

 この忌むべき魔女は、盟主ライアの御前に引っ立てて、堂々たる裁判の後に公開処刑にしなければならないのだが彼女だけではまだ足りない。この国の王、あの暴君アルバート五世も処刑台に並べ、二人揃って首斬った時、革命は成就するのだから。

 彼らはサクナの身体を縛り上げ、突き立てるようにライアの本陣に連行した。

 既にサクナ確保の一報に接していたライアは、サクナがやってきたと知らされても特に驚いたりはしなかった。囚われのサクナの姿を見ても、特に関心を示したりしない。姉妹だけに在りし日のミリアとよく似た彼女を見て、多少なりと思うところはあったようだが、それを面に出す事はなかった。


「その日が来るまで投獄しておけ。分かっていると思うが、王女としての待遇をする必要はない。あくまで大罪を犯した罪人として扱え」


 と命じ、他にやるべき事があると言ってサクナの前から逃げるように立ち去ってしまった。

 あるいは彼女の顔をずっと見ていると、怒りが抑えきれなくなる気がして、それを避ける為だったかもしれない。何より彼女はミリアとよく似ていたから、怒りと愛しさを同時に感じて居た堪れない心境に陥る事だけは避けたかったのだ。

 こうして引見は終わり、同時に戦いも終了した。

 後の世にハクマート平原の会戦として知られる事になる戦いは、ライア軍の大勝利のうちに幕を下ろしたのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ