革命勃発
「皆の者! もはや我らは耐えかねた。悪逆の限りを尽くす暴王をこの手で倒し、この国に正義を取り戻すのだ」
青年の口から噴き出した、威勢の良い大音声がけたたましく響き渡る。
それは大いなるうねりとなって、アルミナ王国全土を飲み込んでいく。
「そして奴らは我らが敬愛すべき偉大なる聖女様を殺した。これは許されざる所業である。聖女様の恩恵に浴してきた我らは、神に代わり天誅を下さねばならぬ。そして奴らに思い知らせてやるのだ。聖女様を身勝手に殺した己の罪深さを。――革命の時は来た。復讐の時は来た。もはや賽は投げられた。今こそ我らは武器を取り、心を一にして戦うのだ。相手はこの国であり、そして暴虐なるアルミナ王アルバート、そしてその黒幕たるサクナだ! この二人だけは断じて許すわけにはいかぬ。必ずひっ捕らえて、断頭台に送り込むのだっ!」
青年の叫びは、眼前に犇めく群衆の心をこれ以上なく捉え、あるいは滾る炎の中に油を投じ込んだような壮絶な効果を生じさせた。
聖女様の為に。
アルバートを殺せ。
サクナを殺せ。
人々は大いに盛り上がり、各人めいめいに持ち出してきた私的な武器を天高く振りかざした。
昂奮は最高潮に達する。
それを見計らったように、ライア・エードは馬に飛び乗り、剣を掲げて、叫んだ。
「目指すは王都アルナっ! いざ出陣っ!」
ライアに扇動、もとい先導された民衆は、軍隊の如く整然と隊列を組んで目指すべき場所に向けて一心不乱に進み出した。
目指すはアルミナ王国王都アルナ。
そこに巣食う暴君を血祭りに上げ、
あらゆる理不尽が大手を振ってのさばってきたこの国を正す。
彼らにとっての“聖女”たるミリア・レイドの恩に報い、あるいは彼女の無念を晴らす為に。
革命の時は来た。
復讐の時は来た。
ライアの足取りはいつになく重く、しかして軽い。
□ □ □ □
エード村にて決起したライア軍は僅か二百騎程度に過ぎなかった。
だが、ライア立つの急報は瞬く間に王国全土を駆け巡り、彼の下に馳せ参じる者は引きも切らず、僅か二日で一万を超え、アルバート王が差し向けた討伐軍とハクマート平原にて遭遇した頃には十万にも達する勢いになっていた。
対する朝廷軍は五万である。
兵力差は自明。
ただ、朝廷軍を率いるサクナは意気軒高、やる気満々を絵に描いたようで、口を開けば烏合の衆に過ぎぬ叛軍などとるに足りぬと豪語していた。
それも無理はない。
何しろサクナが率いる朝廷軍というのは、アルミナ王国が誇る王立魔法軍であり、これは近隣諸国からも恐れられる精鋭部隊として名高かった。サクナ自身、魔法軍部隊を率いてこれまで連戦連勝を収めてきた。魔法軍はその名の通り圧倒的な魔法火力を最大の強みとする。一方、暴徒を寄せ集めただけのライア軍で戦闘魔法をまともに使える者は退役兵や軍からの離反兵、あるいはライアのように自発的に鍛錬に勤しんでいた者など一部に限られ、残りのほとんどを占める民衆義勇兵の大半は魔法などまるで扱えない事から、彼女が恐れるに足りぬと見做したくなるのも無理からぬ事ではあった。
だが、彼女にとって不幸だったのは、意気軒高なのは彼女一人であるという事だった。
平民から成る兵士達の多くや、彼らを士官下士官として実際に束ねている下級貴族達は、そもそも聖女ミリアを殺したサクナに反感を抱いていたし、平民の怒りを体現する存在であるライア軍に対する親近感も相まって、戦う前から浮足立っていたのだ。中には逃走を図って、ライア軍に身を投じる者すらいた。
「殺しなさい!」
「歯向かう奴は皆殺しよ」
それと知ったサクナの反応は、相変わらずである。
自分に背く者、楯突く者は殺すだけ。
昔から変わらない。
だからこそ嫌われるのだという事を、サクナは全く理解していなかった。逆らう者を殺せば従う者しか残らないと、彼女は本気で信じているのだ。
サクナの命令を奉じた特務部隊が不穏分子の粛清に乗り出すと、朝廷軍の混乱と動揺はいっそう深刻の度を強め始めた。特務部隊が手にかけたのは、実際に脱走を図った兵だけでなく、その可能性がある者にも及んだからである。いつ誰がサクナの毒牙にかかるか分からない。その恐怖は、サクナに対する求心力ではなく、遠心力として働く結果となった。やられる前にやれ、という当然の感覚が朝廷全軍に蔓延するようになってしまって、脱走を図る者は後を絶つどころか拍車がかかる結果となったのだ。
もはや朝廷軍の実態は戦いどころではなくなっていた。
□ □ □ □
肝心の戦いは、古式にのっとり、魔法兵による炎弾斉射で幕を開けた。
互いが放った色とりどりの炎弾が中空を埋め尽くして、互いの陣地に降り注ぐ。だが互いの陣には防御結界が張られている事が常の為、降り注ぐ炎弾が兵士達に直撃する事はまずあり得ない。彼らの頭上で鮮やかに弾ける様は、壮麗壮大で、どこか幻想的でもあって、魔法戦闘の華とも言われていた。
サクナ以下朝廷軍首脳部が困惑したのは、ライア軍が放つ炎弾の圧倒的物量であった。確かにライア軍は十万を数え、人数だけなら朝廷軍を圧倒的に凌駕するが、魔法を使える者は十分の一にも満たないはずで、当然炎弾の規模もみすぼらしいものと踏んでいたのだ。だがライア軍は数万単位が炎弾斉射に従事しているような規模感で攻撃してくるのである。
「どういう事?」
と、サクナが訝しく思ったのも当然だった。
「どうも奴らは、民衆にも炎弾の基礎技術を叩き込んで、即席の魔法兵に仕立て上げてしまったようです」
それがライア軍の実情を精査したうえで得た結論。
確かにライア軍が放つ炎弾は稚拙さが目立ち、威力も高いとは言えない。だが炎弾には違いないし、数が数だけに、朝廷軍にとってはかなりの脅威だった。そして何より朝廷側の防御結界は数万人規模の炎弾の雨に対応できる仕様になっていないので、この調子がしばらく続くようだと、結界が壊れて炎弾の雨が直接兵達の下に降り注ぐ恐れがあった。
「何とかなさいよ!」
サクナは喚くだけだった。
だが今更結界を張り直す事は出来ない。張り直す為にはいったん消さねばならないが、それをした瞬間に炎弾が全兵士に降り注ぐだろう。
「こうなっては、わが軍の結界が壊れる前に、奴らの結界を壊すほかはありませぬ。奴らは魔法の素人集団。そんな奴らが張っている結界などたかが知れまする。こちらも負けじと猛攻を続ければ、おのずと破壊できましょう」
「……我慢比べってわけ?」
「御意」
頷く側近に対して、サクナはフンと鼻を鳴らしつつ、納得したように小さく首肯してみせた。
そして、「攻撃を続けなさい」「負けたら承知しないわよ!」と子供が当たり散らすように辺り構わず喚き散らしていた。
果たして戦いは我慢比べに突入した……かに見えた。
だが、朝廷軍が猛攻を浴びせても、ライア軍の結界は容易に壊れる事はなかった。はなから朝廷軍の火力を想定に入れて、それに対応できる結界を組んでいたかのようである。ライアは、ベテランの退役兵や離反兵を炎弾斉射部隊には組み込まず、防御結界の展開と維持に専念させる事で、強固な結界の形成に成功していたのだが、そうと知らぬ朝廷軍の方では疑問符と徒労感ばかりが膨らんでいった。
かくて我慢比べは、最初の想定を外した方に不利に傾いていく。