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聖女死すとも  作者: 竜人
2/9

出会い

 それでは困るのが、サクナである。

 サクナだけではない。

 サクナこそ王家と王国の将来を背負って立つ麒麟児と見做して、積極的に推してきたアルバート王やその妻アクア王妃も同様だった。

 ミリアの声望の高まりを脅威と見做した彼らは、これ以上事態が深刻にならぬうちにミリアを王都から追放する事にした。サクナはいっそ処刑するよう迫ったのだが、それはさすがにアルバート王が認めず、王都追放で父娘の間で妥協が成立したのだ。

 王都を追われたミリアは、早晩その辺で野垂れ死にするものと思われた。王女として育ったミリアには、たった一人で生きていく力などないはずだし、サクナが刺客を差し向けたからでもある。

 だが、実際には、彼女を支持する人々――下級貴族や民衆など――が継続的に支援し、あるいは守ったので、サクナの期待とは裏腹に、彼女が路頭に迷う事も、飢え死にに至る事も、あるいは刺客の手にかかって殺されてしまう事もなかった。



 それはともかく、王都での生活にいろいろと危険と限界を感じていたミリアにとって“王都追放”は願ってもない好機だった。

 元々彼女は、王都ですら治療も満足に受けられぬ貧民で溢れているのだから、地方辺境部はもっと悲惨に違いなく、であれば各地を行脚して病人を見て回りたいと常々思っていたのだ。だが問題を見つけるたびに場当たり的に対応しているだけでは抜本的な解決にはならない。病魔や怪我に苦しむ人々を癒しつつ、治癒魔術を使う事が出来る人間を一人でも多く育成する。即ち何人か弟子を作って各地に配置する事が出来れば、地方の民も“医者”に困る事がなくなり、惨状も幾らかは改善されるに違いなかった。

 そんなことを考えながら、ミリアは辺境の町や村を巡り歩いて、治療に勤しむようになった。無償で、どれほど重い病であれ、厳しい大怪我であっても一瞬のうちに治してしまう彼女の実力と実績は当然の如く独り歩きを始め、彼女こそ“聖女”と見做す輿論は日増しに大きくなっていった。

 一方で、肝心の弟子づくりの方はなかなか上手くはいかなかった。

 王都ならばいざ知らず、地方において魔法自体を満足に扱える者は少なかったし、まして国全体で軽視されている治癒魔法を使える者となると、なおの事、希少であったからである。またそれなりに有望そうな者を見つけて、弟子として迎え入れる事が出来ても、地味で地道な研究と修練の積み重ねである治癒魔法の現実についていけず、あるいは愛想をつかして、ろくにモノにならぬうちから逃げ出してしまう者が後を絶たなかったという事もある。

 諦めが徐々に大きくなって、

 全身を飲み込み始めた頃、

 彼女はとある青年と出会った。

 彼の名はライア・エード。

 彼女がふらりと立ち寄ったエード村の村長の息子だった。



 □ □ □ □



 ライアが産まれたエード村は、アルミナ王国の東部に位置する辺境の寒村である。

 主な産業は農業だが、付近のエード山にて狩猟採集で生計を立てている者もいるし、村の中心で宿を営んでいる者も少なくない。ともあれ農民が大多数を占めるこの村で、代々村長を務めるエード家も例外なく農家であって、跡取り息子たるライアも必然的に農民となる定めだった。

 だがこの男は、農民として生きていく事に早いうちから見切りをつけており、代わりに「俺は戦士になるんだ」と豪語して、父母に幾ら説教されようと、友人達が呆れようと構わず、暇を見つけては身体を鍛え、独学で身に着けた武術を磨くという変わった日常を送っていた。そんな“変わり者”の彼を支持し、あるいは応援してくれる者は、幼馴染で妹分のハクア・フェリアのみであった。そのハクアは彼に付き合って鍛錬の相手役を務めたり、あるいは彼に教えを請うて自らも特訓に勤しむなど、応援者であると同時に同志的存在でもあったが、それと知った両親にこっぴどく叱られてからは、さすがに自重して、ただ応援するだけになった。

 とはいえ、彼の為に弁当を用意し、怪我をすれば甲斐甲斐しく世話する姿は、妹というより恋人のようで、彼女自身そう見做される事に満更でもなさそうであったが、肝心のライアは鬱陶しがって、少しも彼女の気持ちに気づかず、気づこうともせず、ひたすら邪険に扱い続けていた。



 そんなライアは、とにかく強さを求めて日夜身体を鍛え続けていたが、尋常の常識や技術に頼っている限りは得られる強さにも限界がある。限界を突破し、超人的な力を手に入れるには、やはり魔法に頼らねばならぬと結論付けるようになった。

 こうしてライアは独自に魔法の研究に取り組み、独力で幾つかの魔法を開発するまでに至った。誰かに師事する事なく、魔導書などの専門書の知識に頼る事もなく、全くの独学のみで幾つかの魔法を編み出してしまった彼はなかなかに常軌を逸していた。それだけ魔法の素質と才覚に秀でていたという事でもあり、ミリアはそれを認めて彼を弟子として迎えようと思ったわけである。

 果たして、


「貴方、私の弟子になりなさい」


 ミリアは元来が王女様ゆえ、効果的な交渉方法というものを心得ておらず、どうしても直接的かつ上から目線的物言いになってしまうのが欠点だった。


「嫌だよ」


 ライアはライアで、己の意思や本音は安易に曲げられず、思った事はすぐ口にしてしまうタイプであったので、ミリアとは水と油というか、お世辞にも相性が良いとは言えなかった。


「何でよ?」

「何でって、俺は医者になるつもりはねえ。戦士になりたいんだよ!」

「戦士ですって?」


 ミリアは呆れたように笑い、

 ライアはムッとしたように表情を強張らせた。

 戦士になりたいという彼の願望に対して、笑う者は後を絶たなかった。

 父しかり、母しかり。友人しかり。

 唯一、幼馴染で妹分のハクアだけは「凄い!」と嬉しがり、「兄様ならできるわ」と認めてくれたが、彼女以外は基本的に笑う者ばかりであった。ミリアもまた同様の人種なのかと、ライアは身構えてしまったのだ。

 殺伐とした空気がみるみる膨れ上がって、一触即発の緊張感へと昇華していく。

 しばしの睨み合いを間に挟み、折れたのはミリアの方だった。くすりと苦笑し、凝り固まった緊張を崩してから、おもむろにこんな事を言った。


「別に戦士になりたければそれでいいんじゃない。私は別に反対しないし、反対する理由もないし、そんな権利もないしね。それに私は人の夢はそれが何であれ応援するってスタンスだし」

「……」

「でも、一流の戦士になりたいなら、強さ以外にも求めるべきものがあるのではなくて。特に治癒魔法は一流の戦士にとって必須技能だと思うけどね。戦闘中に怪我を負ったとして、その場で治せる治せないでは大きく違うでしょう。傷ついた仲間を見捨てざるを得ないような奴より、その場で助けられる者の方が立派な戦士と言えるのではなくて」

「……」

「強さだけを追い求めるなんて邪道よ。そんなのはただのケダモノと変わらない。要するに匹夫の勇ってやつね。真の強者は強さ以外にも様々な力を身に着けているモノ。そう思わない?」


 ミリアの力説は、ライアの心の奥底にも響き渡ったようで、ライアは返す言葉もなく黙り込んでしまった。やがて彼は観念したように嘆息を一つ漏らすと、


「わかったよ」


 とだけ言った。

 こうしてライアは生まれて初めて誰かに師事するようになり、ミリアはミリアで、念願の弟子を手に入れる事になった。水と油のように思えた二人だが、実際に師弟関係を結んでみると、共に独学自力で魔法を極めてきたうえ、孤独な人生を歩んできた似た者同士という事も相まって、その仲は日増しに急速に縮まっていった。やがて二人の関係は、単なる師弟の枠を飛び越え、友人兄妹的親しさとも全く異なるベクトルで深みを帯びていったのである。


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