二人は幼馴染
手錠を筋力で引きちぎる。
この世界に不可能な事などない。漫画で起きた事象は俺でも再現できる程度の事だからだ。
「お、俺の腕が……、変な方向に曲がって……、痛えよ、お母ちゃん……」
手錠を外した衝撃で狭間の腕を破壊した。
地面に倒れた狭間の顔を踏みつける。
西園寺を止めようとする男たちに向かって手近にあった物を投げつけた。
高速に飛んでいくそれらが男たちの身体中に命中するのであった――
***
表情を一つ変えていない。
このクラブに入った時からそうだった。
俺、影山はこの二階堂という男の異質さに戸惑っていた。
これから起こるであろう最悪な事態を予測していたはずだ。なのに感情が一切感じられなかった。
俺はプロの護衛だ。厳しい訓練を受けて九段下家の一員として誇りを持って仕事をしている。
なのに、その俺の足がすくんで動けないでいた。
二階堂が動く度に男たちが倒れていく。
数の暴力は強者をも飲み込む力のハズなのに、あいつは涼しい顔で蹂躙していく。
いつの間にか立っているのは俺だけになっていた……。
西園寺が馬乗りになってお嬢様を殴りつける。
止めなければいけないのに身体が震えて動けない……。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿馬鹿!! 普通に友達になりたかっただけなのになんでそんな意地悪するの? なんで人を脅そうとするの! なんで健太をいじめようとしたの!! はぁはぁ」
「あふっ……、あが……、やめ……、動画、拡散する、よ……」
「馬鹿! そんなのどうでもいいよ! パンツなんて健太に見られ慣れてるもん!」
お嬢様がスマホを取り出して俺に向かって放り投げた。
俺の足元に落ちるスマホ。お嬢様が視線で俺に指示をする。
『拡散』
あの動画はお嬢様のスマホにしか入っていない。
俺は震える身体を必死に動かしてスマホを拾おうとした、が――
「これが問題の動画か。……相変わらず猫さんのパンツが好きなんだな」
あいつがスマホを拾って凄まじい勢いで操作をした。
なぜパスワードがわかる? お嬢様と俺しか知らないはずなのに。
そんな事よりも、動画を見たこいつの雰囲気が変わった。
一見無表情だが、殺人鬼のような雰囲気を身にまとった。
――こいつ、絶対、童貞じゃない。
「……これでこの動画の消去は終わった。クラウドに保存しているのも消去した」
二階堂がスマホを握りつぶす。
俺の事なんて眼中にない。俺はお嬢様を助けないといけないのに……。
西園寺がそれを見て動きを止めた。ノロノロと立ち上がり二階堂の元へと向かう。
行き絶え絶えのお嬢様が俺に向かって叫ぶ。
「か、影山!! つ、使えない護衛ね……、あんた首よ! パパに言ってみんな破滅させるわ! あんたたち後悔しないでよ!!」
二階堂と西園寺はお嬢様の言葉を聞いていない。
「あ、あんたなんであたしの言う事聞かないのよ、馬鹿!」
「や、いつもどおりだろ」
「確かに、って違うわよ! あ、あんた血が付いてんじゃないの……。ひぐ、あたしのために……」
「これは自分の精神の安定のためだ、勘違いするな」
「へ? む、ムカつくわね! あんたあたしの事絶対好きでしょ!」
「いやいや、西園寺こそ俺が好きで好きでたまらないんだろ? 言わなくてもわかる」
「べ、別にあんたの事なんて好きじゃないわよ!」
「とりあえず続きはサイゲリアでしないか? 腹減ったぞ」
「仕方ないわね! 今日はあんたの奢りよ! パンツ見たでしょ!」
「……割り勘にしよう」
二人はお互いの傷の確認をしあいながらイチャイチャし始めた。
……なんなんだこの二人は。完全に信頼し合っている。
それに比べて俺たちは歪んだ醜い関係だ……。
***
二階堂。
サイゲリアの窓際のテーブル席。俺と西園寺は公園で傷の手当をしてからサイゲリアに向かった。
と言っても擦り傷程度のものだ。西園寺が九段下を圧倒しただけだ。
「てかさ、あたしヤバいかな? 女の子に暴力振るっちゃった……」
「や、あれは女子ではない。人間の悪意を固めたものだ」
「それでもさ、あの子にも親がいて家族がいるわけじゃん。……あたしの両親だっていじめられてる事知ったら悲しむしさ」
「俺だって悲しいぞ」
「うん……、あっ、ドリンクバー取ってくるね」
俺は西園寺の後ろ姿を見つめる。
傷だらけのあいつの姿が胸を締め付ける。もっと早く帰国したかった。後悔というものはしこりのように残って消えてくれない。
俺は全てを放りだして西園寺の元へ帰ってきた。
そこは後悔していない。俺はあの四年間で気がついた。西園寺が隣にいないと駄目なんだ。
……。
………。
帰ってこない西園寺。
ドリンクバーの前で突っ立っている。あいつなりにさっきの出来事を消化しようとしているんだ。
西園寺は九段下と自分の手で決着をつけた。それが暴力であろうと、なんであれ自分の意思を見せたんだ。
九段下がこのまま引き下がるとは思えない。もしかしたらもっといじめがひどくなるかも知れない。
俺がいない時にひどい目に合うかも知れない。
今、西園寺は恐怖と戦っている。そう、戦っているんだ。
自分との戦いに俺が手出しすることなんてできない――
でもさ――
俺は席から立ち上がった。
西園寺の顔を見ないように後ろから肩を手をかける。
「……サイゲリアのスープ好きだろ? 温かいぞ」
「うん……」
後ろから抱きしめたい。だが、俺たちはそんな関係ではない。ただの幼馴染だ。
手に力が入ってしまう。西園寺はその手にそっと触れる。
「……ありがとう、健太」
「別に俺は何もしてない」
「ううん、帰国してくれたもん」
「そうか」
「あたし、健太に迷惑かけちゃうね。……あははっ、親に頼んで転校しちゃおうかな――」
やはり我慢できなかった。どうせ子供の頃から触れ合っていたんだ。きっと許してくれるだろう。
俺は西園寺を後ろから抱きしめた。
西園寺は身体の力を抜いて俺により掛かる。重みが心を温かくさせてくれる。
「約束」
「え?」
「色々な約束を沢山しただろ? 『健太、あんたはずっとあたしと一緒にいなさい!』『健太が大人になったら一緒にアパート借りて住むわよ!』『お互いピンチになったら助けるのよ!』――忘れてるのか?」
なぜだろう? 自分の心臓の鼓動が早くなる。大事な約束を口に出せなかった。俺が海外に行く前日、あいつは『帰ってきたらあんたの気持ち知りたい』。
俺は恋愛感情というものがわからない。ただ、西園寺とは一生二人でいたいと思うだけだ。
「健太……」
約束は守るものだ。西園寺を守るために――
「西園寺、明日から一緒に住もう」
「へ? ちょ、なんでそうなるのよ!!」
「いやか?」
「べ、別に嫌じゃないけどあんたなに考えてんのよ! あっ、エッチな事が目的でしょ! 馬鹿!」
「や、俺は興味ない」
「なんだとーー! あたしだって成長してんのよ! 出るとこでてるわよ!」
「いま確認してる。柔らかいな」
「ば、馬鹿! あんたセクハラよ! 訴えるわよ!」
西園寺が俺に顔を向ける。耳まで真っ赤な顔でほっぺたを膨らませている。
俺はその顔が大好きだ。
「あ、あの〜、痴話喧嘩はあっちでしてください」
「ドリンクバーが取れません……」
「わっ、超イケメンさんだ!」
いつの間にかドリンクバーに人が集まっていた。確かにここは迷惑だ。
俺は西園寺の手を取って席に戻ろうとした。
西園寺はうつむいたまま手を引かれる。
そしてぽつりとつぶやく。
「……ベッドは一緒じゃないと嫌だからね。あ、あんたなんてぬいぐるみの代わりよ!」
俺は一瞬なんの事だかわからなかったが、すぐに同棲の事だと理解した。
なぜだろう? それだけの事なのに自分の心がふわふわしていくのであった――