引きちぎる
「ふーん、へー、見てくれは悪くないっすね。スタイルもいいし」
俺と西園寺が九段下の後をついていこうとしたらクラスの女子が前に立ちふさがった。
九段下が一瞬だけ嫌そうな顔をした。
「あっ、九段下さんお先にどうぞ。この子たちもすぐに行かせるからさ!」
「……あっそ、廊下で待ってるわよ。逃げないでね」
教室を出る九段下。困惑顔の西園寺。
この女は資料によると……、花京院すみれ。
財閥の跡取り娘だ。
破天荒で癖のある性格で家族から疎まれている存在。
このクラスで唯一九段下の影響下にいない生徒だ。
隣にいる男……榊聖人は護衛の一人。とある警備会社に務めている学生のための学生による警護員だ。
「あれれ、せんぱーい、なんで無表情なんすか? 西園寺さんに見える笑顔を私にも見せてくださいよー」
確か、飛び級したり落第をしたりして、年齢は俺たちの一個下で間違いない。
同じ小学校出身だったが、接点はなかったはずだ。ということは赤の他人だ。
「邪魔だ。どけ」
「いやいや、冷たいっすね!? ていうかはじめましてじゃないでしょ! 小学校一緒だったっすよ! もっと優しくしてください! はぁ……本気で九段下についていくんすか? ボコボコにされちゃいますよ。西園寺さんなんて放っておいて私とエッチな遊びしましょ!」
西園寺が唇を噛み締めている。
それでも花京院は言葉を止めない。
「そもそも西園寺さんが学校の力関係もわからずに九段下さんを罵倒したのが悪いっすよ。ま、いじめもまだ軽いし大丈夫っしょ」
「あ、あたしは……」
「うん? 私は二階堂君と喋ってるっす。割り込まないでくれる? 無能力なやつは大嫌いっす」
なるほど、この学校はどこまでも実力主義な傾向にあるのだな。
学力、運動能力だけじゃない。権力というものも力の一つであろう。
だが、花京院は間違っている。
俺は西園寺の頭をクシャクシャを撫でた。
「わ、わわぁ!」
「どうやらお前は見る目がない、ちんちくりんな女だな。西園寺はすごいぞ。……まだ本気を出していないだけだ」
「う、うっさいわよ! もしゃもしゃするのやめなさいって! この馬鹿!」
「俺にこんな事を言えるのは世界で西園寺だけだ」
それに俺に感情を与えてくれたのは西園寺だけだ――
「だから、すごいやつなんだよ」
「わ、笑わないでよ! 馬鹿健太!」
花京院すみれが首をかしげる。そして俺たちに興味をなくしたのか道を開けてくれた。
「バカップル?」
「カップルじゃない」「カップルじゃないわよ! 馬鹿!」
「なんなんすかコイツラ? てかせんぱーい、おっぱい触ってみます?」
「いや、貧乳はいらん。西園寺と同じくらいの大きさになってから言ってくれ」
花京院の眉間に筋ができたような気がする。気の所為だろう。
なんにせよ道を開けてくれたのなら通るだけだ。
教室を出ようとする俺たちに花京院が声を投げる。
「せんぱーい、童貞のまま死なないでくださいっすね! きゃはっ!」
俺は振り向かずに腕をあげて、中指を立てて答えた。
俺の後見人のマネだ。
なにやら花京院が喚き散らしたが気にせず俺たちは廊下を進むのであった。
まあ忠告してくれたから悪い女ではないのだろう。嫌な女だが。
***
花京院すみれ。
「榊さ、忘れられてるのって悲しいっすね。てか、あれって本気で覚えてない感じ?」
「わかりません。小学校の頃から得体の知れないやつでしたから。ドッチボールで俺を骨折させた恨みは忘れていません」
「てかさー、私は大好きだったけどさ西園寺としかまともに喋れなかったんだよね。この四年間、先輩の行方を調べたのに、一切出てこなかったのってなんでだろ?」
「……ただの留学ではないのは確かです。姫、あいつとは関わらない方が」
「いやさ、初恋の人が帰ってきたっすよ? のんびりアタックするっす!」
****
「はーい、今日はここで遊ぶからねー!」
九段下に連れられて来た場所は繁華街にあるクラブであった。
もちろん高校生が入れるような場所ではない。
「ん? ああ、ここは私が趣味で経営してるから私達なら入っても大丈夫よ。ほらほら西園寺さんも楽しんでね」
九段下に背中を押される西園寺。
身体が硬直しているのがわかる。
俺が西園寺に近づこうとしたら影山という男がそれを止めた。
九段下の取り巻きと西園寺が先にクラブへと入っていく。
「……身体チェックだ」
「早くしろ」
「偉そうな男だ」
「何も持ってないぞ」
「検査すればわかる」
俺は大人しく身体チェックを受ける。
執拗なチェックが終わり、俺と影山もクラブへと入る。
クラブ内は静かであった。海外のクラブなら潜入した事があるから雰囲気がわかる。
なぜ音楽がかかっていないんだ?
それに随分と男性の客が多い。
「はーい、みんな注目!! 今日の主役の西園寺恵ちゃんだよ! ほら、挨拶しなさいよ」
「う、うん……」
壇上にいる西園寺と九段下。
俺と西園寺を分断するように人の群れができている。
聴力の限界を解除する――
西園寺と九段下の会話だけを拾う。
『ほら、今日あんたが言う通りにしたらあの動画は消してあげるわよ。それに二階堂だっけ? あいつもいじめないわよ』
『ほ、本当?』
『もちろんよ、私だって悪魔じゃないもん。今日が終わったら私達も友達よ』
『う、うん……』
『なら野球拳をしようか! あなたが一回でも負けたらそいつの相手をしてあげてね! 男は一杯いるから早くしないと朝までかかっちゃうよ!』
『え』
九段下の声量が変わる。
「じゃあこれから野球拳を始めるね! あんたら順番に並んでちょうだいね! 彼氏も見てるから燃えるでしょ!」
男たちの雄叫びがクラブ内に響く……。
それと同時に俺の手に何かがはめられた音が聞こえた。
横には狭間という大男が自分の腕に手錠をかけた。
俺の腕と繋がっている。
「へへ、これでお前は動けねえよ。大人しく彼女がヤラれてんの見てろよ」
あまりの感情の並が押し寄せてきて、全ての時が止まったように感じられた。
狭間が俺を羽交い締めにして、周りの男達がバットで殴りかかる。
そんな事はどうでもいい。俺の視線は西園寺だけを見ていた。
怯える瞳なのに、心底俺の心配をしている。
「や、やめてーー!! あたしはどうなってもいいからあいつに暴力振るわないでよ!!」
「はいはい、順番詰まってるから早く始めてくれない? じゃないと自動的に負けって事にしちゃうよ」
西園寺が九段下を睨みつける。
そうだ、そんな女になんか負けるな。俺はお前が強い女だって知っている。
だから俺はあの頃みたいに――
「西園寺!! 俺が全部どうにかする! だからそんなやつの言いなりになるな! 俺の知ってる西園寺はもっと強くて可愛い女の子だぞ!」
バットで殴られても痛みなんて感じない。本当に痛いのは大切な人の表情が曇っている事だ。
「ああーーーー、もう!! どうにでもなれ!! 健太、絶対あたしを助けてちょうだいね! 助けなかったら後でお仕置きしちゃうからね! てかあたしがあんたを助けに行くわよ!」
西園寺の瞳に色が宿る。ツンデレと評されるあいつの負けん気の強い瞳。
西園寺が大きく手を振りかぶって九段下を顎めがけてグーパンをするのであった。
驚いた九段下は西園寺に掴みかかる。西園寺はそれでもグーパンで九段下を殴り続ける。
――そうだ、自分で決着をつけないと心が負けてしまうんだ。
「後始末は俺に任せろ」
俺は鋼鉄の手錠の鎖を筋力だけで引きちぎった――