お弁当
九段下雪。
日本有数の大企業の会長の孫娘。性格は最悪で数々の犯罪を闇に葬っている。
あいつにいじめられて退学した生徒は数多い。
九段下は文武両道を極め、カリスマ性もあり、父親は学校の理事長をしている。
学校で何があっても九段下に罰を与えられることはない。
帰国してすぐに学校の要注意人物の調査を依頼した。その結果がさっきメールで届き確認をした。
「あんたそれあたしの食べかけの焼き鮭じゃん! か、勝手に食べないでよ、馬鹿! しかも手づかみじゃん!?」
「や、すまん、つい日本食が恋しくてな」
「まあいいわ。許してあげるわよ。そのメロンパンちょうだいね!」
あの後、他の教室にあった机を抱えてクラスに戻った。誰も俺たちを見もしなかった。
これが無視というものだろう。
なんて子供だましないじめなんだ。
西園寺は苺牛乳のパックをすすりながら上目遣いで俺を見つめる。
「……なんで帰ってきたのよ。あんたの帰国は来月のハズでしょ?」
「む? てっきり催促のメールかと思って早く帰ってきたんだ。間違ってたか?」
「む、ムカつくわね! べ、別にあんたなんか帰ってきてほしく……、なかったもん……」
否定の言葉を発すると語尾が弱くなる。いつもの西園寺の口調だ。
こいつは面倒な性格をしている。子供の頃からずっと一緒にいた俺だから理解できるものだが……。
「もう海外はこりごりだ。当分は日本に滞在する」
俺がそう言うと西園寺の顔がぱぁっと輝いた気がした。
「そ、そう、別に嬉しくないもんね。……ま、まあ今日はサイゲリアで歓迎会くらいしてあげるわよ! 海外にはサイゲリアないでしょ!」
「や、普通にあるぞ。味は随分と違うが」
「え? あ、あるの。……どうでもいいわよ! ていうか、お腹一杯だからこれ食べていいわよ!」
西園寺は食べかけの人参グラッセを箸で俺の口元まで運ぶ。俺はそれをヒョイっと食べた。
「ば、馬鹿! あたしの箸ごと食べるんじゃないわよ!」
「なんだ、恥ずかしいのか?」
「ち、違うわよ! こ、このエッチ!」
「なぜエッチなんだ……。そうか、西園寺は思春期なのか。……まだ人参残っているぞ。食べさせてくれ」
「ふ、ふん、仕方ないわね……。今回だけよ」
俺にとって奇跡のような時間だ。
どんなにこの日を夢見ただろうか? 平和な国で隣に幼馴染が笑っていてくれる。
幸せというものはこういう事を言うんだろうな。
小学校の頃はよく恋人同士と間違えられたが、俺たちはそんな関係ではない。
俺は好きという気持ちがよくわからない。
西園寺にとって俺はただの仲の良い幼馴染だ。
恋愛感情というものは皆無だろう。
とにかく、俺たちは幼馴染だ。ただ、一緒にいて温かい気持ちになれて、体温が上昇して、高揚感もあり、絶対に西園寺を守りたいっていう気持ちがあるだけだ。
『よくわかんないけど、あんたのそばが一番落ち着くのよ、馬鹿! ずっと一緒にいなさいよ!』
西園寺も似たような事言ってたしな。
と、その時、西園寺のスマホがブルブルと震えた。
西園寺は俺に隠すようにスマホをチェックする。
笑顔だった西園寺が青い顔になった。
「どうした?」
「べ、別にどうもしない、わよ……。うん、あたしは平気だから。教室、戻ろっか」
ベンチを立つ西園寺の大きなお尻を眺めながら、あいつの曇った顔をどうにかしたかった。
***
果たして日本の高校に通って俺に友達というものができるだろうか?
極論、西園寺が隣にいてくれさえすればいいと思っている。
微妙な空気の帰りのHRが終わりクラスメイトたちが帰り支度をする。
数人の生徒が俺に何か言いたげな視線を送る。直接言わなければ理解できない。
小学校の時を思い出す。
……西園寺がいないと俺は普通の学校生活を送れなかっただろう。西園寺がいたから俺はクラスメイトと接する事ができた。
人の感情というものが西園寺を通して理解することができたんだ。
隣の席の西園寺が動かない。やはり顔色が悪い。
「あ、あのさ、今日は先に帰っていいよ。その……」
やはり元気のない西園寺は西園寺ではない。俺が日本に帰国する目的の大半は西園寺の一緒に生活することだ。
あとは施設から失踪した親父を探す必要もあるが、ほんのおまけ程度の事柄だ。
西園寺の件に比べたらホコリのように軽い。
西園寺に近づく人影。九段下とその取り巻きたち。
一人は護衛なのだろうか。立ち姿は明らかに俺を警戒をしていた。
「やっほー、西園寺さん、約束だから遊びに行こうね! 二階堂君は勘違いしてるみたいだけど私達友達だからね!」
男性ならきっと騙されるであろう美貌と笑顔。
何の感情もわかない。
「いや、俺は西園寺と約束がある」
「えー、私達が先約だよ〜。あっ、そうだ、ならさ、二階堂君も一緒にくればいいよ!」
西園寺が首を強くふる。
「だ、駄目! あ、あたしだけでいいから!」
俺は気にせず九段下に答える。
「一緒に行っていいならば俺もついていこう」
九段下の笑顔は偽物にはとても見えない、とても優しげで品があり、魅了するような笑顔だ。
俺以外はその気持ち悪さはわからないだろう。
「じゃあ行きましょ!」
ヘドが出そうな笑顔だ――
***
九段下。
昼休みの教室。
「ていうかさ、ちょっとばかり顔がいいからって生意気すぎじゃない、あれ」
「う、うっす。隼人君並にイケメンっす」
私は狭間の足を蹴った。なんで私を振った男の名前を出すのよ。
さっきは体調不良で倒れるしマジで使えない男。
てか二階堂って運がいい男ね。ボコボコにしたかったのにさ。
大男の狭間は単細胞で私に惚れてるから何でも言うことを聞く。護衛の影山だとやりすぎちゃうから脅す分には狭間の方がちょうどいいのよね。
「ていうかさ、西園寺ってなんで学校来れるの? 私カラオケで結構殴ったよね」
「う、うっす。怪我してると思うっす」
「リョーコのパンチすごかったね。やっぱアスリートの娘だと違うよね〜」
「へへ、ありがとね! でもさ不思議なんだよね、脅迫用の写真ならもっと過激なやつにすればよかったのに。下着姿を映しただけならどうってことないでしょ」
私は小声でリョーコに釘を刺す。
「あなた馬鹿ね。こういう遊びは徐々にエスカレートしなきゃ面白くないでしょ。……てか、今日はマジでムカついたからクラブに監禁しちゃうんだけどね。撮影会第二弾もするわよ」
「うわー、ユキって悪い女〜」
私は話しながらもスマホを操作する。西園寺が下着姿で泣いている写真を添付して送る。
「ったく、幼馴染だかなんだか知らないけど、一般人は大人しくおもちゃになっててほしいよ。放課後あなたも来るでしょ?」
「うん! だって超楽しそうなイベントじゃん! あっ、三日月先輩来るかな? へへ、いい感じなんだよね」
「あらそう? なら応援するわよ。――影山、放課後までに半グレの連中集めておいてね」
私の横に静かに立っている影山が頷く。
あの男が西園寺を守ろうが数の暴力には勝てないわ。それに私には影山がいる。