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わかりやすい嘘


 俺、二階堂健太にかいどうけんたは弱虫な子供だった。

 隣にはいつも幼馴染の女の子、西園寺恵さいおんじめぐみがいた。


「あんたわたしの家来だからね!」

「言う事聞かないと遊んであげないわよ!」

「のろま! 早く来なさいよ」


 勝ち気でやんちゃでちょっと内弁慶な女の子。俺の前だといばる癖にクラスメイトや大人の前だと大人しくなる。

 生まれた時の病院からずっと一緒の二人。

 そんな彼女とは小学校卒業まで一緒のクラスだった。

 ずっと一緒にいるものだと思っていたのに……。


 俺は親の都合で海外に行かなければならなかった。


「べ、別にあんたが海外に行ってもどうもいいもん!」

「馬鹿、近寄らないでよ。あんたなんか大嫌いよ!」

「はっ? 連絡先? そんなのいらないわよ……。はぁ、仕方ないわね、あんたがそんなに言うなら受け取ってあげるわ」


 西園寺は素直になれない女の子だった。

 俺は彼女が本当はすごく優しい子だって知っている。

 照れ隠しでツンツンしているんだ。だっていつも顔が真っ赤だ。嘘だってすぐにわかる。


「こ、これ、あたしの写真よ! か、顔忘れたら困るでしょ! あんたはあたしの家来なんだから!」


 不器用な俺は西園寺のおかげで人の感情というものがわかったんだ。

 西園寺と一緒にいると変な気持ちになる。この気持ちの正体はまだわからない。

 再会した時までにわかればいいな。


「ほ、本当に明日行くんだよね? ……また会えるよね?」


 俺はなんて答えたんだろう? そうだ、こう答えたんだ。


「お前が望むならどこにいても飛んで帰ってやるよ」


「――ちょ、ばか……、恥かしい事言わないでよ。へへ、約束だからね。健太、楽しみに待ってるわよ!」


 俺は幼馴染の西園寺と約束をした。心がふわふわした気持ちになった覚えがある。

 あの瞬間を一生忘れないだろう。





 ――あれから四年の月日が経った。


 月に数回のメールのやり取り。

 西園寺が高校に入ってから明らかにメールの数が減った。

 特に気にしてはいなかった。俺自身も新しい環境になれるのに精一杯だった。


 だが、西園寺からあのメールを受け取ってすぐさま帰国を決意する。


『――あと一ヶ月で帰国だよね? あんたの馬鹿顔なんて見たくないから会いに来ないでよね』


 自分がいた施設を脱走して、一ヶ月早く日本へと帰国した。




 ***




「はぁ……、学校行きたくないな」


 あたし、西園寺恵はどうしていいかわからなかった。

 身体も心も限界。学校に行きたくない。


「めぐみちゃーん! 遅刻するわよ。早く起きなさい!」

「は〜い……」


 あたしの事を大切に育ててくれた両親に心配をかけたくない。自分の問題は自分でどうにか解決したい。


「はぁ……、高校にもなっていじめって……どんだけ暇なのよ」


 ベッドから起き上がると足がズキンと痛む。昨日、カラオケで蹴られた場所だ。

 うちのクラスの女王様の九段下雪くだんしたゆきとその取り巻き。

 九段下の親は……うちのお父さんの会社の会長なんだよね……。


 いじめの発端は至極単純だった。

 あたしに告白してきたイケメン上級生を振った。そのイケメンの事が好きな九段下はあたしに嫉妬していじめを始めたんだ。


 いじめは徐々にエスカレートしていく。正直昨日のカラオケはヤバかった。靴を放り出して家まで逃げて帰ったんだ。


 スマホの通知が止まらなかった。怖くてスマホを触れなかった。

 ベッドの上で泣いていると、大きくプリントアウトした二階堂健太の写真が目に入った。


「……健太には迷惑かけたくない。来月同じ学校に編入してくるんだもんね」


 健太と離れてから嫌なことばっかり続く。わがままで内向的なあたしには友達なんてできない。敵ばっかりできちゃう。


 友達だと思っていた人も結局いじめに加担しちゃう。


 健太にすごく会いたかった。会いたくて会いたくてたまらなかった。


 ……今のあたしに関わったら健太までいじめられちゃう。


 少し変わったところがある健太はあたしを守ろうとしていじめのターゲットになっちゃう。


 だから、突き放さないと。あたしが健太を守らないと。大丈夫、平気なふりをするのは慣れている。

 それに嫌われるようなメールしたからきっとあたしと関わらないはずよ。


「ちょっと早く降りてきなさいよー!! 本当に遅刻するわよ!」


「う、うん、今いくよ」


 足が震えて動かない、制服に着替えたいのに手が震えて動かない。


 ……痛いの……嫌。どうしていいかわからないよ……。

 誰か助けて……。会いたいよ、健太……。





 ……あれ? なにこの足音? お母さんが誰かと喋ってる? お父さんは会社に行ったよね? え、誰? もしかして九段下が家まで来たのかな、この前みたいに……。


 あたしはそばにあった『健太ぬいぐるみ』をぎゅっと抱きしめる。

 ほんの少しだけ震えが収まる。


 コンコン、というノックの音が聞こえた。

 そして――



「約束どおり帰ってきた。土産はないが許してくれ」




 涙を堪えるのに必死だった。

 どんな顔をすればいいのかわからなかった。

 なんて答えていいのか頭に浮かばない。


 それでも、それでも、時間が一瞬で子供の頃に戻る。

 身体の震えはいつの間にか止まっていた。


「ちょっとあんた乙女の部屋に勝手に入んないでよ! 帰国は一ヶ月先じゃないの!? ていうか、あ、あたしは別にあんたに会えて嬉しいわけないじゃない! や、約束ってなによ? そ、そんなの覚えてるわけ無いじゃん、ふん!」


 嘘、本当は覚えてる。健太は約束を守ってくれた。それだけで十分。

 だから、これ以上健太に迷惑をかけられない。

 健太がなんでここにいるかわかんないけど、あたしと関わっちゃ駄目なんだ。


「あんたの事なんて嫌いなんだから――」

「俺はお前の家来なんだろ? いつもみたいにわがまま言えよ。ここには俺と西園寺しかいない」


 健太があたしの手に触れた。それだけで心がはち切れそうになる。


 助けてほしい、迷惑かけちゃう、心が痛くなっちゃう、健太が傷ついちゃう――


「あ、あたしは――」


 健太があたしが抱いているぬいぐるみと壁の写真を見ているのに気がついた。


「……俺? 中々よくできているぬいぐるみ――」


「あんた馬鹿!? 勝手に乙女の部屋に入ってなに物色してのよ! ったく、しょうがないわね、あたしがいないとあんたは寂しいもんね。一緒に学校行ってあげるわよ! 着替えるから出ていって頂戴!」


 健太が微笑んでくれた。ずっとずっとあたしが欲しかった笑顔。全てを見透かして温かく包み込んでくれる。


「外で待ってるぞ。じゃあな」


 健太が部屋から出ていくと、あたしは健太人形をぎゅっと強く抱きしめた。

 夢じゃない、健太が近くにいるんだ……。


 ちょっとだけ、時間、いいよね?


 あたしは込み上げてくる嗚咽を抑えながら涙が止まらなかった――






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