29.出来ましたよ、ミュア師匠
『魔術師に変更出来たよ。適性は火だね』
ジョブを魔術師に変更したリュートの訓練が始まろうとしていた。
『最初に火系統の適正を取得するパターンが一番多いらしいからね。魔帝までジョブを上げれば四属性は適性扱いになるから、関係無いっちゃ関係無いけど』
『…適性とは一体。増えるんならいいんだけどね?』
『まぁ、すぐって訳にはいかないから、コツコツやっていこう。それじゃ…出し方は知ってる?』
『師匠に習いはしたけど…とりあえずやってみるよ。(指先に集中…、魔力を集めて…、起こす現象をイメージ…)『ファイア』…おぉ、出来た』
(す、すごいわ!? 指先から火が出てる! 熱くないの!?)
緋雨、チリンチリンと大興奮である。
リュートが熱くないよと言いながら指先を左右に揺らすと、火も形を変えながらリュートの指を追った。
リュートは右手の人差し指だけを立てて、その指先に小さな火を出現させている。火球ではなく、蝋燭に灯ったような縦長の火だ。
ラルフの家の庭で幾度も挑戦した魔術の使用があっさりと叶った。リュートはジッと火を見つめながら、(…出来ましたよ、ミュア師匠)と心の中で師への報告を済ませた。
次に『ウォーター』と『ストーン』と『ウィンド』、基本四属性と呼ばれる残り3つの魔術を発動させてみた。…が、水はチョロ…と、石は小さなものが現れて…砕け、風は…吹いたかもしれない、そんな程度の現象しか起きなかった。これが適性の差である。
注ぎ込む魔力量を増やせば適正外の系統でもそれなりの効果は出せるのだが、普通そこまでして初歩の魔術を再現したりはしない。再現した所で魔力の無駄遣いである。
マギカネリアには、適正のある魔術以外は発動出来ないという魔術師もいるので、それを思えばリュートは優秀な魔術師と言えるかもしれない。
リュートは『魔力操作』のスキルを持っており、そのスキル熟練度はキラーアント戦後の『眼』の制御時にかなり上昇している。その恩恵がこの場面で発揮されたのだ。
そしてこれからの訓練にも。
『この段階で4つ全部いけるとは…。でもこれならジョブ経験値貯まるのは早いかもね』
『それは良い事だね、早速やってみよう。最初は人差し指を合わせて…だっけ?』
『そうそう。両手の人差し指から適性のある属性魔術を出し合って、威力を変えながら押し合いをするんだよ』
『ふむ…弱火、中火、強火って感じかな』
『…イメージしやすければ何でもいいけどね? 押し合って相殺する感じで』
この訓練の名は「相殺」。同じ威力の魔術を両手の指から発動させて押し合い、文字通り相殺させるというもの。
『…火が大きくなっちゃった』
『火を2つ合わせた状態になっちゃってるから、もっと前の段階をイメージして。着火前のマッチ2本の先同士を押し合って削る感じ』
『なるほど』
火同士を押し合うというイメージをしてしまうと上手くいかない。発動する前のエネルギーのぶつけ合い、削り合いをイメージしてもらえればいいだろうか。
その説明を聞いてコツを掴み、始まった相殺の特訓は…リュートには簡単過ぎた。『眼』の制御に比べれば、その難易度は手遊びに近い感覚だった。
段階を上げて両手でピースをし、人差し指同士、中指同士を合わせて火属性の押し合いを始めた。…その後すぐに薬指と小指も参加する事になった。
リュートの頭の中では、魔術師のジョブレベルが上がったというお知らせがピコンピコンと鳴り響いていた。
『…薬指から苦戦すると思ってたんだけど? 結局10分くらいで親指までいっちゃうし』
『そう言われても…』
『次の段階が最後、足の裏同士をくっつけての押し合いだね。一番魔力を集中させ難いんだ』
『お~、…お~? …なんか聞き覚えのある修行方法。この特訓を広めた人って忍者かなにか?』
『………そんな事無いってばよ?』
『犯人発見。…というか、桜華くんも読んでたんだねあのマンガ。まぁ、効果があるなら…上達するんならいいと思うけどね?』
(にんじゃ?)
『あれ…、伊賀とか甲賀とか聞いた事無い? 忍者…忍?くノ一?』
(???)
『忍者って江戸時代に居なか…あ~、文字通り忍んでたからじゃないかな。有名になっちゃ意味ないもんね、多分偉い人達だけが存在を知ってたんだよ当時』
『あり得る…盲点だったね。忍者は、…う~ん、時代の裏側で活躍していた人達の事をそう呼んでたんだよ。とても強くて、色んな武器を持っていたり水の上を歩いたり出来…るのかな?』
(水の上を…歩くの!? すごいわねにんじゃ! リュートとどっちがすごいの!?)
『…リュートかな?』
リュート、忍者を越えてたってばよ。
ステータスやジョブの恩恵がある時点で、桜華も忍者を超えていると言っていいだろう。…精神面が鍛えられている点では忍者の方が上かもしれない。
それはともかく、次の段階として足の裏を合わせ、火属性の相殺を行ったリュート。思わぬ苦戦…も無くクリア出来た。…魔力を集中させ難いという感覚さえ無かった。非常に優秀な魔術師のようだ。
『あとは複数の系統魔術の同時使用…出来てるね。俺から教える事が無くなった…マジ早いんだけど』
『多分…ステータスのお陰かな? 魔力や器用も高いし、『魔力操作』の熟練度も高いからね。何より暴走しちゃった時の『眼』の制御に比べれば全然だよ』
『そんなに難しかったの?』
『ん~…、この特訓に置き換えて言えば…そうだなぁ、こうやって親指と小指、人差し指と薬指って感じで逆同士にくっつけていって、5本それぞれ系統と威力を別々にして押し合いする感じ。…これでもまだ『眼』の制御の方が難しいかな?』
『………、待って、俺が出来ないんだけど』
『あはは、いい特訓方法が増えたね。…お~、こっちの方がジョブ経験値高いっぽいよ。逆バージョンで指少ない所から始めてみたら? こうして親指と小指だけでやる…ん?』
『どうしたの?』
『いや…、ちょっと待って、確認する』
(逆でやったからか? いや、集中したからか。正バージョンで人差し指同士だと…)
リュートはなんとなく違和感を感じ、その正体を探るように相殺を行った。ジョブの経験値欄を『眼』で確認しながら人差し指同士を合わせる押し合い…最初に教わった特訓を試してみた。
あまり意識せずに押し合いをし、次に出来る限り集中して押し合いをし、それぞれの獲得できるジョブ経験値と適性である火系統の熟練度を確認した。正バージョンの五指を合わせるスタイルでも同様に確認した。
獲得出来る経験値はどちらも集中した時の方が多かった。
『…知らなかった。訓練より実践の方がジョブのレベルが上がるのは早い、って言われてたけど』
『それは私も師匠から習ったよ。その時はそうなんだ~って思ったし、別に不自然に思う所も無かったし』
『難易度を上げた事とその時の集中力、それが経験値や熟練度になってた…か。その数値が見えていたから分かった事だろうけど、体感じゃ分からないからな~』
『記録を付けてたとしても、個人差の可能性だってあるからねぇ。個人個人の集中具合とかも関係あるだろうし』
『それがリュートによって、数値として証明されたわけか。歴史的発見だね』
『そもそもこの特訓の方が画期的発見って感じはするよ? 省エネで効率いいし』
『…そう言えばなんで広まってないんだろコレ。このやり方広めていくって、当時一緒に考えてくれた城勤めの研究者達が言ってたんだけど…』
『う~ん…。言い方は悪いけど、桜華くんが裏切り者扱いされたから広められなかったとか? 勇者に関連するもの』
リュート、さらっと酷い。
『酷っ』
『ごめんごめん。あ、でも勇者の本は人気だったか。諸説ありって感じで結末は何種類もあったけど。それに…』
『うん?』
『…桜華くんが教えてた名前で定着してた物もあったよ? 日本語でリンゴとかバナナとかネギとか。俺…侑人の居た時代では、一部の言葉が中途半端に定着してる感じがしたかな。トランプは娯楽として普及してるし、お風呂の文化も…あ~、お風呂は殺風景な部屋に浴槽があるみたいな、中途半端な定着になってるかな? 他にも1年が4カ月区切りから12カ月区切りになってるのは伝わってるけど、1週間は10日区切りのままだし、季節の呼び方は定着してないみたいだし』
『ふ~ん? 研究所の人達、割とメモ取ってた気がするんだけどなぁ…。1日が10時間サイクルだったのを、24時間サイクルの話を伝えたら「今後そちらで統一しましょう!」とか言ってたし』
『時間は24時間で広まってるよ』
『…確かに中途半端な定着だね』
『あとは…桜華くんが伝えた紙を作る技術も広まってて、700年後は識字率が高くなってる。上水道は伝わってなくて、未だに川の水を引いてるか井戸を使ってるね』
『学校の授業が異世界で活かされる事になるなんて、不思議な感じだよ』
『…そう言えば、伝わらなくていい呼び方も伝わってたけどね? ギターの事をリュートって』
『ギタ…、!?やめて~! なんでそれが伝わってんの!?』
ギターの事をリュートと名付けた犯人が判明した。
被告は、「リュートって名前の方が格好いいと思ったから」などと供述しており、犯行を認め…すみません、調子に乗りました。
桜華は当時、…時間が経ってからではあるが、「本当はリュートじゃなくてギターって言うんだ」と訂正していた。しかしその訂正の方が後世に伝わっていなかったようだ。
リュートは話をしていて思い出せたという程度の覗き見の時の記憶だったが、聞かされた桜華には大ダメージである。
『なんであの時格好つけてリュートなんて言っちゃったんだろ…』
と落ち込む桜華をリュートが宥め、話を軌道修正する事にした。
『…まぁ、過ぎた事だよ。私が言いでもしなきゃ、なんでギターがリュートって呼ばれてるのかなんて分からないだろうからね。そもそも、リュートって呼び方に違和感を持たれてないと思うし』
『そうだけどさ~?』
『恥ずかしがるのは外に出られた時に…バレた時に考えればいいんだよ』
『…そうだね、まずは出る事か』
『そうそう。桜華くんも正バージョンでも逆バージョンでもいいから、一緒に特訓しよう?』
『やるか~、真剣に』
『経験値の差が私だけに起きてる事じゃないか、確認がてら数値見させてもらっていい?』
『いいよ、それじゃ薬指入れた三段階でやるね。まずは普通の状態から』
結局桜華の経験値を確認しながら行った特訓で、真剣に取り組む事によって経験値が増えるという事が確実となった。
桜華は(リュートってほんとにビックリ箱だな)と思いながら、久しぶりに真剣に行う特訓を楽しんだ。
リュートは…例として思いついた逆バージョンの相殺や、『魔装』を使用しながらの相殺、足の指同士での相殺と、色々試していた。そして成功していた、器用な少女である。『そこまでする…?』とドン引きもされていた。
ちなみに、静かになっていた緋雨は、自分の中にある刀達の力の把握に努めていた。
相殺の特訓には参加出来なかったが、自分にも出来る事があるはずだと頑張っていた。地上へ帰る助けとなる為に、相棒の為に。
…リュート(侑人)とリュート(ギター)が混同して紛らわしい。…私のせいですごめんなさい。




