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5.門番さん、この人です


 その後、危機を脱した侑人は、それっぽいボディランゲージでコミュニケーションを取ることに成功していた。

 リンゴを指差し「リンゴ」、自分の胸に手を当て「ユート」、その流れで女性に手を向けて聞き出した名前は、シェリルだった。

 多分合っている。違っていたら泣く。侑人が。


 シェリルの服装は、太ももの半ば程度の長さの短パン、半袖のシャツにブーツ。どれもシンプルなデザインだ。

 首にはネックレスをしていて、腰の右後ろにウエストポーチ、腰の左側には鞘に納まった短剣を装備しており、手にはタオルの入った桶を持っている。どうやら水浴びが目的で来ていたのだろう。

 小さなメモ帳のようなものをウエストポーチから取り出したシェリルは、ページを開き、それを見ながら言葉を発した。


「オカエリ、タダイマ、アリガトウ、ゴメン…ヌサイ?」


 カタコトの日本語。どうやら侑人の危機を救ったのは、「ごめんなさい」の言葉だったようだ。

 まんまリンゴとのナイスコンビネーションであった。MVPはリンゴである。


 シェリルの「オカエリ?」に意味深なところはなかったようで、メモ帳にあった言葉からたまたま選んだのかもしれない。

 なぜシェリルが日本語を知っているのかは分からないが。


(メモ帳見せてくれとか伝えるのはちょっと早いか…? 早い以前にどう伝えれば…)


 考え込んでいる侑人の前で、シェリルは「ハッ!」と声をだし、ニヤっと笑った。

 その表情は、何かいたずらを思い付いた子どものようで可愛らしい。危険は無いと思いたい侑人だが、何かされてしまうのだろうか…。


 シェリルは侑人に近づき、手を取って森の奥を目指そうと指差している。握られた手の指は細く、だがしっかりとタコが出来ているようだ。短剣を装備している事も考えれば、シェリルは異世界あるあるの冒険者…なのかもしれない。

 本当に何かいたずらを思いついたのか、はたまた村や家へご招待されるのか。侑人の胸に不安とワクワクが入り混じっていた。


 …森の奥へ行くその前に、侑人は「荷物があっちにあるんだ」とジェスチャーでなんとか伝えて取りに戻るのだった。



 荷物を纏めて担ぎ、忘れ物がないかチェックをして湖まで戻り、誘導されるまま湖を迂回していて目に入ったのは…切り株。侑人が昨日見落としていたのはこれであった。


 侑人のやってきた場所から湖を挟んで向こう側、対岸からは見え難くはあったが、確かに3つの切り株が見えていた。

 切り株の近くから森の奥に目を凝らせば、それなりの数の切り株が見えた。

 自然現象では起こらないであろう木の切断面、人の営みの証の一つである。近くに人が住んでいるかもしれないという痕跡を見落としていた侑人は、若干凹んだ。


(昨日気付いてりゃ、悩みは減ってたのに…)


 異世界サバイバルをどう生き抜こうかと、誰にも知られていない昨夜の苦労と我慢に凹みつつ、(人生経験!)とポジティブに考え直した。少し歩いたその直後、小さな小屋があるのを見て侑人は凹み直した。


 2人で湖の反対側へ回り、森の中へと進んでいく。森の中は若干下り坂になっており、歩いているとすぐに小さな川を見かけた。

 侑人が上流へと視線を向ければ、先ほどいた湖よりも上の位置へ繋がっているようだ。あの湖はこの川の水が岩肌を伝って流れ込んでいたのだろう。


 侑人は視線をシェリルに戻す。この森に危険はないのか、シェリルはすいすい歩いていく。

 追いかけながら川沿いを歩くこと30分、森を抜けると───


「………街だ」


 森の中で途中見かけた川は森を出てからも続いていて、街の方へ伸びている。街までの距離は2km程度だろうか。

 街を囲むように壁が立っており、その向こうに家々の屋根や背の高い建物の壁が見える。


 シェリルは「こっち」と伝えるように、手招きをしている。あの街へ行くのは間違いなさそうだ。

 侑人は街へ向けて進みながら、辺りを見回す。モンスターらしきものは見当たらない。

 草原よりも荒地と呼べそうだった森の向こう側とは違い、こちら側は間違いなく草原と言っていいだろう。


(森に消音効果でもあったんかな?)


 まだ街まで距離はあるが、確かに聞こえる生活の音。

 何かしらの作業による金属がぶつかるような音、家畜であろう動物の鳴き声、時折聞こえる人の声。森のこちら側へ抜けるまで、昨日からそれらしい音は一切聞いた覚えはなかった。

 シェリルに疑問をジェスチャーで問いかけるには難易度が高すぎるので、侑人は一先ず彼女の後を追って付いていく事にした。


 途中、街道のような草の途切れた道にぶつかると、シェリルはその道を右に向けて歩き始めた。川に架かる橋を渡り進んでいくと、遠目に街の壁の角を超えて横側が見えてくる。

 横側には…開いている門が見える、こちらが正面であったようだ。その街の出入口からでている道は2本。片方は侑人達が歩く道で、もう一方は森へ繋がっているように見えた。

 出入口らしき門に近付いていくと、門番…槍を持った男が立っていた。


(あ~~、緊張するっ! …突き出されて捕まったりしないよな?)


 おそらく言葉は通じないだろう、頼れるのはシェリルだけである。



 侑人は今、別の意味で緊張していた。


 棚に並べられた本、座り心地のいいソファー、華美(かび)になり過ぎない絵や壺。膝程の高さの机の上にはカップが置かれ、紅茶らしきいい香りがしている。

 スポーツバッグを足元に置き、面接でもしているかのように背筋を伸ばし、ソファーに座っている侑人。扉の前にはメイド服を着た少女がこちらを見ている。


 (どうしよう…)と固まる事数分…侑人は行動を起こした。

 少女の方を見てカップに手を伸ばし、取っ手を持っては見、口元に運んでは見、失礼に当たらないか確認するように少女の反応を窺う。

 何か作法がありはしないか、と考えながらの行動だったが、傍から見れば少女を見ながらお茶を飲もうとしている変態である。


 「いただきます」と声をかけてみたが、反応は薄い。メイド服の少女に日本語は通じないのか、警戒しているのか。

 …紅茶は美味しかった。



 侑人が変態と化す30分前。

 街に着くと、シェリルは門番と何か話した後、侑人を連れてこの建物までやってきた。この街で一番大きな建物、領主の館である。

 そこまでの道は石畳で舗装されており、侑人はキョロキョロと住民の服装や建物を見ながら、(これが中世ヨーロッパ風ってやつか?)と考えていた。どちらかといえば、(アニメや漫画に出てくる街って感じだな)という印象の方が強そうだ。


 館に到着して中に入るその時、シェリルが侑人を見て、微笑みながら「タダイマ」と伝えた。ここがシェリルの家らしい。

 シェリルが「マリア、ミル」と声を出すと、メイドさんが2人やってきた。一人は30才くらい、もう一人はシェリルと同じくらいの年に見える。

 若いメイドの頭には、


(これが…猫耳…)


 ピコッと動く耳。そしてフリフリビクンと反応する尻尾が存在した。

 異世界ものによくある獣人族の特徴だ。


 侑人も実家では猫を飼っており、懐かれてもいたし可愛がってもいた。

 しかしリアル猫耳少女に遭遇した侑人は、(そうか、これが猫耳の魔力か…)とよく分からない納得をし、思わず凝視してしまったが…なんとか目を逸らした。


(……仲良くなってからだな…、あと言葉も覚えなきゃ…)


 触りたいのであろう。見た目が中高生程の年の子と仲良くなろうとしているようだ。優先順位は言葉よりも高いのか。

 侑人はこの時既に、変態の片鱗を見せていたのだった。

 門番さん、この人です。



 侑人は紅茶に口を付けながら、そんな事を…この家へやってきた時の事を思い出していた。

 今はシェリルに案内された2階にある部屋で、メイドのミルに見られながら過ごしている。シェリルは侑人を案内してすぐ、マリアとどこかへ行ってしまっていた。

 侑人が変態行為…もとい、紅茶を飲み終える頃になると、シェリルが戻ってきた。先ほどまでと違い、黒のショートブーツと膝下まである赤いワンピースを着ていて、髪も整えられている。

 「タダイマ」と声をかけられたので「おかえり」と返した侑人。シェリルは笑顔を返すと、窓際へ行き、外を眺め始めた。


(歓迎会でも開かれ…るわけはないよなぁ…、多分ここ領主の家だろうし、何を…)

(「パパ、私この人に裸見られたの…」「何ぃ!?死刑だ!」みたいな流れにならないだろうな!?)

(いや、あの笑い方はいたずらを思いついた時のそれっぽかったし)


 領主に死刑に出来る裁量があるかどうかはともかく、考え込んでいた侑人。そこへ、「カツィ!」とシェリルの声が聞こえる。

 そちらを見ると、「ユート」と名前を呼ばれ、扉の方へ移動したシェリルに手招きされる。どこかへ連れていかれるようだ。

 侑人はホイホイついていく。行った先は玄関であった。


 扉まで2mの位置に立たされると、タイミングを計っていたかのようにコツンコツンとドアノッカーが鳴らされ、扉が開かれた。


「コンニチワゴザイマス。タダイマー」


 領主の館にやって来たのは、シェリルよりも小柄で、フード付きの白いローブを着た、可愛らしい声をした少女。顔はフードで隠れているが、多分少女だ。

 そのフードを被った少女が、丁寧にし損なったような『日本語』の挨拶と共に館の中へと入ってきて扉を閉める。


「お、おかえりなさい?」


 聞き覚えの無い声に驚いたようにピタッと動きを止め、フードを外しながら振り向き、顔を上げる女の子。侑人と視線が交わる。

 薄緑色の髪、白いフードを外す小さな手、少しだけ眠たそうな目、背丈は小さく140cmくらい。様々な情報が侑人の目から入ってくるが、


(エルフ…、これが…)


 最も目を引くのは斜め上に尖った耳であった。

 シェリルは動きを止めたエルフの少女を見て、いたずらが成功したとでもいうような満面の笑みを浮かべている。


 エルフの少女、名前をミュリアル・ユースウッドという。侑人にとって『師匠』となる彼女との初めての出会いだった。


「「「「………」」」」

(…いや、違うんです。相手を見ながらお茶を飲む文化なんて無いんです。やってたの俺だけど、シェリルさん達までやらなくても…)

「「「「………」」」」

(………何かに目覚めそう)


後書きプレイはこれにて終了します。


※次話から新章です。

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