30.馬車は軽い
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何事も無く夜営を終えた翌日、一向はジャガーバルト領に向かって進んでいた。今日中には到着の予定である。
ジンとリュートは今日も馬に乗らずに走っており、銀の盾の5人もそれに付いて走っている。ダッシュ時にかける負荷はそれぞれに調節してあるので、なんとかギブアップせずに続いていた。
「「「はぁはぁはぁ…」」」
「「ぜぇぜぇ…」」
「…私は絶対無理」
「あはは…、私も同じく…。ステータスを得てから体の調子はいいですけど、あんなに長く走れる気がしないですし」
馬車に乗ったままの美鈴とミュリアルは、走るみんなを見ながらそんな話をしている。
ちなみに昨夜は再び行われた演奏会が終わった後すぐにウトウトし始めてしまい、そのまま朝までぐっすりであった。宿での夜更かし分もしっかりと寝て快調だ。
夜番は王都へ向かう時のようにまたリュートが一晩中担当し、銀の盾が交代でリュートと警戒して過ごした。
今回はミランダも夜番に参加し、付与術やクイーンの剣の扱いについてアドバイスを聞いたりもしていた。そのアドバイスの1つが地力…レベルとステータスを上げる事だった。
その結果、ミランダが朝からマラソンに参加し、「ミランダがやるなら俺もやる」とジャックが参加し、「負荷を弱めてもらえるなら…」とユート・スキップ・トールも参加したのである。
ちなみに、マラソン前にクイーンの剣に付与魔術も施してある。MP吸収、スキルCT減少、スキル倍率アップの3つだった。そこらのモンスター相手では、付与が発揮される前に倒せてしまう…いや、言うまい。
☆
予定より早く到着した休憩所では、走っていた全員が大の字になって息を整えていた。走る人数が増え、馬車が軽くなった分、進む速度が上がったのだ。一緒に走っていたリュートは、大の字に転がった全員に『ヒール』をかけた後、せっせと食事の準備をしていたが。…この少女、疲れないのだろうか。
ミュリアルと美鈴はリュートの手伝いをして、あっという間に昼食が出来上がった。今は雑談を交えながら食事をとっているところだ。
「ギリギリまだ頑張れるって思えるというか…すごく際どいところまで負荷をかけられてたね」
「そうですね。ここに着いた時にはやり遂げた~って達成感を感じましたよ」
「あ、それ分かる! めっちゃ疲れたけど!」
「確かに…。そういえば、リュートさんがかけてくれた『ヒール』があんまり効いてなかった感じが…、もちろんかけてもらってありがたいんですけど、弱めてました?」
「正解ですトールさん。『ヒール』と言っても、効果は大きく分けて2つありますよね? HPの回復をさせるか傷を治すかですが、私がかけたのは傷を治す方を少しだけです」
「…完全に回復させてしまうと、せっかくの訓練が無駄になる」
「正解ですミュア師匠。HPを完全に回復させてしまうと訓練の意味が無いですし、傷を治す方も、完全に癒してしまえば走ったのが全部無駄になっちゃいます。なので怪我に繋がらないように最低限の『ヒール』をかけました」
「最低限の『ヒール』をするのとしないのと、そんなに効果違うんすか?」
「HPの伸びと筋力も付きますけど、その効果に差はないですよ? あくまで安全の為です。筋肉痛が少々抑えられる事で、怪我の心配が減りますからね。効率的に筋肉が付くでしょう。一応実験済みです」
「…なんでも実験してるんだねリュートちゃん」
「さすがに試さずにやったりしないですよ。…安全な範囲でちゃんと試してからやってますので」
この少女の安全な範囲が信用ならない。
「あれこれ魔術やスキルを試しましたけど、苦労したのは『異空間収納』のカスタマイズと、『洗浄』のバランスでしたね…」
「『洗浄』…あれはヤバい」
「ミュア師匠に昨日『洗浄』をかけた時は、まさかあんな事になるとは思ってもなかったですから…すみませんでした」
「ううん、大丈夫。私もまさかあんな声が出ちゃうなんて、自分でも思わなかったから…」
「エルフは耳が敏感だって話は有名だけどね、ラノベの中の話だけど」
「美鈴ちゃんもラノベ読んだりするんだ?」
「ほんの少しね? 声優のお仕事をもらった時に、原作を読んでおこうと思って」
「ラノ…ベ?」
「あ~、小説の別の言い方みたいなものです。日常ではほとんど使う機会はないでしょうし、覚えなくてもいいと思います」
「そうなんだ? リュートがそう言うならきっとそうだね」
「師匠の信頼が厚い…」
話がひと段落した所で、再びジャガーバルト領に向けて出発した。相変わらず馬車は軽い、一行の半分以上が訓練…自分の足で走りながらだったので…。
☆
side:ニック
「ギルマス、お手紙が届いています」
「うん? すまんなエリス、誰からだ?」
「王都のギルマスのバルトス様からです。それと、手紙を届けてくれた冒険者の方のクエストの受領証なんですが…」
「何か問題でもあったか?」
「問題と言いますか、報酬額が金貨3枚というものでしたので、念のためギルマスの確認をいただきたいと…」
「………」
王都からここへ手紙を届けるのに金貨3枚? 普通の手紙じゃないのか…それとも何かの間違いか? 悪質な悪戯…ってことは無いか。朝に届いたって事は急いで来たんだろうし。
エリスから受け取った受領証には、確かに金貨3枚と書かれている。それに指名依頼の文字もある。
「その冒険者は今下にいるのか?」
「はい、待ってもらってます」
「そうか、念の為に話を聞いてくる」
部屋を出てギルドのフロアまで行くと、1人の女性冒険者が待っていた。
「待たせてすまない、ジャガーバルト領冒険者ギルドのギルドマスターをやっている、ニックだ」
「は、初めまして…。王都を拠点にしている★4ランクのティーダです。正式な依頼なので何の問題もないハズなんですけど?」
「あぁ、誤解しないでくれ、話を聞きたいだけなんだ。ちゃんとこれが指名依頼だとこちらも認識している」
「それなら良かったです。正直あたしもユーリン…王都のギルドの受付に、金額間違ってないかって確認してから受けたので」
「そうか、ちゃんとサインさせてもらうよ、ご苦労だったな。急いで来たんだろうし1日くらいゆっくりしていくといい、のどかでいい所だぞ」
「ありがとうございます。…あの~、こんな事を聞くのはマナー違反なんでしょうけど、手紙にはなんて書いてあったか教えてもらえたり…?」
「…いや、まだ読んでいなくてな。気になる事でもあるのか?」
マナー違反だと認識した上で手紙の内容が気になるらしい。
「王都のギルドでまぁ…ちょっと事件があって、それに関する手紙みたいなんですよ。あたし許せなくって…でももう事件を起こした冒険者は処罰もされちゃってて、そこに事件に関係ある手紙を届けないかって話をもらって…馬を飛ばして来たんだ」
「ふむ…なんとなく話の想像は付いた…が、さすがに手紙の内容を教えるわけにはいかん」
「です…よね…」
「…だが、俺は君みたいな正義感のあるやつは嫌いじゃない。…話せる内容がもしあれば伝えてもいい。全く話せない可能性もあるが、それでもよければ待つか?」
「…! よろしくお願いします!」
俺はエリンにティーダ用のお茶の用意を頼み、部屋へと戻って封筒を開けた。
その中には俺宛の手紙と、リュート殿宛ての手紙が入っていた。…これは俺に届けろって事だろうな。
俺宛の方の手紙を読んでいくと、リュート殿が冒険者にいちゃもんをつけられて、ギルドの壁に叩きつけられ穴を開け…よく無事だったな王都のギルド。…無事だよな?
続きを読めば、恐らくリュート殿が王都を出る日になってやっと2通目の手紙を受け取った事、アドバイスに対する感謝、正式に謝罪をしたい事、スタンピードについて詳しく聞きたいという事が書いてあった。
「多分リュート殿宛ての手紙も似たようなもんだろうなぁ、多少ならあの嬢ちゃんに伝えてもいいか」
ティーダが多少でも事件の詳細を知っていないか聞いてみるとしよう。
☆
side:ティーダ
初めての指名依頼、初めてのジャガーバルト。あたしは依頼の手紙を無事に送り届けて、ギルドの片隅で出されたお茶を飲みながらギルドマスターのニックさんを待っていた。
自分でも無茶なお願いをしたと思ってる。…けど、やっぱり何が起こってるのか知りたいし。
「待たせてすまんな、出来れば話を聞かせてくれないか? こちらも可能な範囲で対応させてもらう」
「もちろんです、よろしくお願いします」
やった! お願いしてみるもんだ。でも…あたしも人から聞いたくらいだから、そんなに詳しくはないんだけど。
とりあえずニックさんに付いて行くと、ギルドマスターの部屋まで通された。
「かけてくれ、楽にしてくれていいぞ」
「はい…」
「まずは、そうだな…、おまえさんが言っていた事件について教えてもらってもいいか?」
「分かりました。と言っても、あたしも直接見たわけじゃなくて、人から話を聞いただけなんですけど…」
「それでもいいさ、よろしく頼む」
「…では───」
あたしは事件を見ていた冒険者から聞いた話をニックさんに伝えた。
冒険者の恰好をした一般人らしい少女が王都のギルドへやってきて、紅の月という冒険者パーティーに絡まれた事。手紙らしき物を燃やされて水浸しにされたらしい事。
殴られてギルドの壁をぶち抜いて外へ転がっていった事と、★6ランクの冒険者であるジンさんがその場に通りがかって助けたらしい事。
紅の月と一緒に居た受付嬢は揃って罰を与えられている事を伝えた。
「…なるほどなぁ、王都のギルドはその…無事なのか?」
「えっと…? 壁の穴は既に塞いでありましたけど」
「あぁ、無事なようで何よりだ」
「は、はい…?」
う~ん? …まぁ穴なんて空いてたら、いくら王都の冒険者が集まるギルドとはいえ物騒だし…、そういう話かな?
「教えてくれて感謝するよティーダ。それで、何が聞きたい? 手紙の内容か、少女の正体か、事件のその後か?」
「き、聞いてもいいのでしたら…全部聞きたいです」
「…ふはははっ、正直だな。まぁ本人が居ないのに詳しく伝えるのは悪いから、基本的な情報で許してくれ」
「あ、ありがとうございます」
「まずその少女だが、名前をリュート・ジャガーバルトと言う。養子ではあるが、ジャガーバルト三爵家の娘だ」
「そ、そうだったのですか。そんな人物を殴って大怪我を…」
「まぁ、養子となったのは最近の話だがな。そして事件のその後だが、おまえさんが指名依頼を受けた日に、リュート殿は再びギルドを訪れて無事に手紙を渡したようだぞ? なので怪我の心配はしなくてもおそらく大丈夫だろう」
「そうですか…、大事にならなくて良かったです」
「それでその返事の手紙を大急ぎでおまえさんに届けてもらったというわけだ」
「…そんなに急ぐ内容だったのでしょうか?」
「そこは…バルトス殿の誠意じゃないか? おそらくリュート殿がジャガーバルトへ戻るより先に、こんな事件が起こったと伝えておきたかったんだろう。俺宛だけじゃなくリュート殿宛の手紙もあるしな?」
「な、なるほど」
「しかもバルトス殿が直接手紙を書いたんだろう。これも誠意があるように思えてこないか?」
「確かに…。ギルドマスターが手紙を直接書く事なんて、そうないですよね?」
「そうだな、それだけ大事な内容でもあるんだろう。手紙を渡す際には口添えしてやるかと俺も思っちまうしな」
「…そのリュートという少女は、一体何者なんですか? 養子だというのは聞きましたが、ニックさんの話し方からしても…リュート殿と呼ばれていますし」
「うん? まぁ、そうだな…簡単に言えばあの子はこの領地の恩人であり、英雄だ」
…うん、聞いてみたけどよく分からない…かな? まぁ聞きたい事は聞けたし、これ以上は踏み込み過ぎだもんね。
ニックさんに話を聞かせてもらったお礼を言ってギルドを出たあたしは、紹介された宿に向かった。
☆
side:???
「すみません、ここはジャガーバルトの街で合っていますか?」
「あぁ、そうだよ。お嬢さんは…冒険者かい?」
「はい。冒険者証は無くしちゃったんですが…」
「そうか…見かけない顔だし、登録したのはここじゃないんだろう? 王都かい?」
「あ~、ずっと前…じゃない、遠くなんです。なので再発行じゃなくて新規登録になると思います」
「ふむ…。すまないがこれも仕事でね、何か身元が分かるような物はないかい?」
「え~っと、すみません何もなくて…」
「では、どうしてこの領地を訪ねてきたんだ? 何か目的があったのか?」
「私の友人が、ここ…ジャガーバルトにいるハズなんです。用事が終わったので訪ねてみたのですが、ユ…(どっちだろ…)、リュートって子がここにいませんか?」
「!? あんた、リュー…いやすまない。念の為、ほんと念の為なんだが、そのリュートって子の特徴を言ってもらってもいいかな?」
「はい、背はこのくらいで、真っ白な髪を腰くらいまで伸ばした可愛らしい女の子…です」
「ありがとう、間違いなくリュートちゃんだな。ただ彼女は今王都に行っていてここには居ないんだ」
「そう…ですか、いつ頃戻ってくるか分かりますか?」
「そうだなぁ、今日か明日には帰ってくるんじゃないか? リュートちゃんのお姉さんがそう言ってたし」
「…お姉さん?」
「あぁ、今日は非番でいないんだがな。っと、長々と済まない、リュートちゃんの知り合いなら通ってもらって大丈夫だ。改めてようこそ、ジャガーバルトへ。宿に泊まる金はあるかい?」
「はい、そこは大丈夫です。お勤めご苦労様です」
「ありがとよ。早く会える…お? 噂をしてたら帰ってきた…みたいだが、なんだ? なんで馬車に乗らずに走ってるんだ?」
「あはは、相変わらず元気そうですね。迎えに行ってきます」
「お、おう。気をつけてな? (…相変わらず?)」
「はい! お~い!リューちゃ~ん!」
四章終了まであと1話。




