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4.ごちそうさまです…


「んゅ………、………?」


 きがついたらしらないばしょ…。おそとでねていたみたいで、おようふくがよごれてるの。さっきまで、


「………?」


 さっきまで…なんだっけ。ママといたとおもうの。


「ママ? …ママー!?」


 ママがいない。それにぜんぜんみたこともないところ。どこだろ、こわい…。

 つちだらけで、あっちにきがたくさんあって、ひとりぼっちで…、それで…、


「ひぐっ…、ぅぅうううっ…、っ…」


 こわくてなみだがでそうになった。でもなかない。

 おじちゃ…おにいちゃんに、えらいってほめられたっておもいだしたの。

 またきっと、おにいちゃんがたすけ───


「キュイ!」

「~~~~ッ!!!」



「ッ!!!」


 ガバッと立ち上がる。辺りはうっすらと明るい。押しつぶされそうだった心臓が徐々に開放されていく感覚。

 現状を把握した侑人は、


「はぁぁ~~~、くっそ…」


 盛大な溜め息の後、誰に言うでもなく悪態をついた。異世界は侑人に最悪の目覚めをプレゼントしたようだ。


 時刻は日が明ける少し前。周りに危険はなさそうで、燃え尽きた焚き火が目の前にあった。

 侑人は再度盛大にため息を吐く。まだ心臓がバクバクしていた。


(なんて夢だよもう…。………いや、もしかしたらそうなってた未来もあった…と思えば、うん)


 夢の続きを想像するのは難しくない、その結末も。


 侑人には、まだ小さなリカがこんな場所で生き延びられるイメージが全く湧かなかった。

 ここにきたのが自分で良かった。あの時助けられて良かった。そう思うようにして腰を下ろした。


 リカの夢を見たからか、事故の瞬間の映像を思い出してしまう。娘を抱きながら、そして涙を流しながら呆然と侑人の事を見ていた綾音の姿を…。

 ポケットから取り出したスマホのアルバムの中には、侑人を「まほうつかい」と呼んでいたリカ、リカの母である綾音とのスリーショットが写っている。


「………帰んなきゃな。最後の別れが泣き顔とか嫌だし」


 侑人の目標が生存から帰還へとランクアップした。すると、家族の顔が、愛猫の鳴き声が、店の常連客との会話が記憶の中から浮かんでくる。

 「帰るぞ」と呟き、煙草を取り出し………収めた。


(これも貴重なアイテムだしな、数に限りがあるし…)


 と、思い留まった。


 それにしてもガッツリ眠っていた侑人。危険がなかったからよかったが、緊張感がなかったのか、むしろ緊張によって疲れたせいなのか。

 先ほどよりもかなり明るくなった空。改めてスマホを取り出して時間を見ると、7時37分と表示されていた。


「………、え~と…」


 空は晴れている。太陽はまだ見えないが、もうじき姿を現すだろう。


(多分ズレ…だな。入りと出はそんなに差はないか…?)


 日の出は7時50分だった。



「………、いただきます…」


 侑人、ついに猫のおやつに手を出した。


 太陽はすっかり顔を出して明るくなっており、侑人は荷物を持ってエコバッグのある木の元へと向かった。エコバッグは湿って色が変わっており、底の方からポタ…ポタ…と水が落ちている。

 水に濡れても大丈夫な事と、水を入れる事は全然違っていた。救いは…まだバッグの中に水が残っていた事か。


 スポーツバッグを地面に置き、エコバッグの水でうがいをし、水をひと口飲んでから『ちゅるり』を取り出した。

 4本入りのパッケージが8種類、手に持っているのは『夢中まぐろ味』だ。切り口から開封し、人差し指に乗せるように絞り出し、食べてみる。


「………、缶詰のアレを薄味にした…ような?」


 まずくはないようだが、侑人が夢中になることはなかった。

 あくまでも猫用なのである。人間が食べる想定ではない。食べても基本的に害の無いものではあるが…良い子は真似をしないように。


 侑人は再度人差し指に最強おやつを絞り出して乗せ、食べていく。

 細長のスティックには、わずか15g…大さじ1杯程しか入っていない。ひと口で貴重な食糧を消費したくはなかったようだ。


「ごっそさんでした」


 ちまちまと食べ終えた侑人は…、『やみつきチキン味』を開封した。


「こっちは………、こっちの方が好きだな」


 侑人が夢中になる日は近いのかもしれない。



 開封した2種類の『ちゅるり』を、片方のパッケージに纏めて入れた。空になった方をゴミ入れとして使うようだ。


「すぅ~…ふぅ~…、さーてどうする…あっ…」


 うっかり煙草に火をつけてしまった。考え事をしていて無意識の行動だった。習慣とは恐ろしいものだ。

 落ち込みながら、それでいて(吸い始めてしまったものはしょうがない)と、言い訳しながら大事に吸っていった。

 吸い終わると火を消して携帯灰皿へ捨て、ホームポイントとなっている木に再びスポーツバッグを抱き着かせる。


「他の食糧とか…、探してみるかぁ」


 森の中には入らず、外から森を見ながら歩く。5分程進んだ所で、森の中にリンゴのようなものが()っている木を見つけた。

 注意しながら森に入り、ひとつもぎ取る。手を伸ばせば届く高さだった。


(見た目はまんまリンゴだな…。名前はなんだろ、アプルとかゴリンの実とか? …そもそもここって、言葉って通じるんかな?)


 侑人の中では、既に異世界転移と決めつけているようだ。

 異世界ものの小説の中でよくありそうな名前を想像しながら、手に持ったリンゴ(仮)を観察し、もうひとつもぎ取った。

 そのまま森を出て、ホームポイントへ向かう。


「しかし、あの兎以外見かけんなぁ…。スライムとかゴブリンとかおらんのん? …会いたくはないが」


 フラグが立つか立たないか際どい発言をしながら帰ってきた侑人は、残り少なくなった水の入ったエコバッグを下ろし、リンゴ(仮)の表面に水をかけ簡単に洗う。

 ひとつ深呼吸をして、かじりついた。シャクッと音を立て、リンゴ(仮)に歯形が刻まれる。


(うん…、気持ち薄味感あるけど、まんまリンゴだわ…)


 シャクシャクと食べていく侑人。あっという間に1個食べきってしまう。食べ終えたまんまリンゴは、焚き火跡へと捨てられた。

 もうひとつのまんまリンゴを洗う為、空になったエコバッグにまんまリンゴを入れ、十徳ナイフを持って湖を目指して進み始めた。

 昨日木へ付けた目印が残っている事を確認しながら歩いていくと、チャポン、バシャッと水音が聞こえた。


(………やめてくれぇ…)


 フラグが立ってしまったのか、何かが湖にいるような水音がする。水音をたてているのは動物か、はたまたモンスターか…。まだその姿は見えない。

 十徳ナイフを握る手に力が入る。足音を立てないよう気をつけながら進む。

 何がいるのか確認しない事には安心ができない。夜に警戒する度合いが全く変わるのだ。


「………」


 湖に近づき、木の陰からゆっくりと覗き込む。


(ぉぅ…、ごちそうさまです…)


 そこには、裸でこちら側にお尻を向け、湖の真ん中で立ったまま水浴びをする金髪の女性がいた。

 湖の深さは膝上程度のようで、女性は桶のようなものを持っており、肩から水をかけている。ちらっと見える横顔は整った美人寄りか。

 侑人の第一異世界人との出会いは、ラッキースケベであった。


 その姿はなんとも神秘的だった。太陽に照らされる湖と少女。彼女が湖の中にいることで、一つの芸術を見ているような気になってくる。

 侑人が(15才くらいか? なんでこんな場所…、じゃない)と、その後のテンプレ展開を予想し、考える事数瞬。


「ハロー? ソーリー?」


 手に十徳ナイフとまんまリンゴをそれぞれ持ち、両手を上げ、女性に背を向けながら、こちらから声をかける事にした。



「!? デッラ!」


 ジャバッ!という水音と共に、女性の声が耳に届く。おそらくしゃがんで水の中へ体を隠したのかもしれない、と想像する侑人。後ろを向いているので分からないのだ。


(…少なくとも英語じゃなさそう、言葉がさっぱり分からん。…英語も話せんけど)

「あ~、すまん。覗く気はなかったんじゃ…なかったんだけど、結果的にそうなってしまって。武器はこれだけ。たちま…とりあえず服を着てもらっていい?」


 緊張から思わず出てしまった方言を言い直しながら、とりあえず日本語で話しかけてみる事にしたようだ。

 右手に持っていた十徳ナイフを、親指と人差し指で刃の部分を摘まむように持ち直し、ゆっくりしゃがんで地面に置いた。『敵意は無い』という意思表示を取ってみたのだ。

 左手にあるまんまリンゴはこの森で取ってきたもの。ただ食事の為に湖へ来たと思ってもらえるかもしれない、という保険のようなものだろうか。


 背後を向いたまま武器を捨てる、持っているものは果物だけ。

 次の瞬間には殺され…ないまでも、攻撃をされる可能性は十分にある。生殺与奪を相手に握らせる行為ではあるが、侑人は誠意のある行動を選んだつもりだった。


「………」


 女性は無言であったが、水音がし始めた。おそらく立ち上がって横に移動していると推測出来る水音だ。警戒しながら、距離を取ったまま湖から出ようとしているのかもしれない。

 水音が消え、シュッと何かが擦れるような音が侑人の耳に聞こえた。


「………リンゴ」

(………え?)

「リンゴ! こっちでも同…」


 女性の声に反応した侑人は、左手に持っていたリンゴを見た後、声をかけながら女性の方を振り返った。すると、


「ごめんなさい!? 服着てってば!?」


 片方の手で胸を隠しながら、もう片方の手に刃物を持って、侑人へ向けられていたのだった。片手は胸へ、片手は刃物、…下はオープンだった。


 侑人は慌てて謝りながら再び後ろを向いた。もったいな…もとい、紳士である。


「ッ!? ………」


 思わず謝罪の声が大きくなってしまった侑人の耳に、女性の息を呑む声が聞こえた気がした。

 侑人が(失敗したなぁ…)と考えていると、十数秒後…衣擦れの音が聞こえてきた。どうやら服を着てくれているのだろう。

 ひとまず冒険がここで終了する事はなさそうだと、侑人は小さく息を吐く。これからどうコミュニケーションを取ろうかと思いながら、女性が服を着終えるのを待った。


 彼女が次に発した言葉は、


「オカエリ?」


 カタコトだが聞き馴染みのある日本語だった。侑人が混乱し、戸惑いから「…タダイマ?」と答えながら振り向いてしまったのは仕方ない事だろう。

 女性は服を着てくれていた。


「………」

「あの…、不思議な光が邪魔をして見えなかったので安心して…ほしいです…」

「………」

「ほ…、本当はちょっと見えました…」

「………」

(ホーンラビットさん助けてー! 出番ちょっとあったじゃない!)

(…キュッ、キュイ)

(…マジすか、そんな中来てもらってすんません。狩られる前に早く逃…)

「キュイー!?」

「ホーンラビットさーん!?」

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