28.思考回路はショート寸前
あらすじを変更しました。
「………」
「はぁはぁっ、…はぁはぁ」
侑人の独身がバレた翌日、夜更かししてしまったミュリアルと美鈴は眠そうにしながら馬車に乗り込んで出発した。
ミュリアルと夜遅くまでリュートについて話をしたお陰で…お陰かどうかはさておき、美鈴は落ち着きを取り戻している。
御者のオーランドには昨日、リュートから侑人へ変身する姿を見せて驚かれた。仲はより深まっている。決して変な意味ではない。
その侑人は、今日は冒険者風の服を着たリュートの姿で…ジンと2人、馬車と並走していた。馬に乗ってではなく、自らの足で走っていた。ジンの馬はその2人の後ろに付いて走っていて、事情を知らない者が傍から見れば(何故乗らない…)と思われてしまうであろう奇妙な光景だ。
何故そんな事をしているのかというと、ジンからの相談があったからだ。
クイーンとの闘いを見た熱がまだ冷めておらず、移動している時間さえ勿体無いと感じたのだ。重症である。そんなジンの相談を受けて手を貸すリュートも大概だが。
出発して30分は馬車の速度に合わせて通常のジョギング、これは準備運動。そこから1分毎にバリエーションをつけた50秒ダッシュと10秒程度のジョギングをセットにして10本、その後10分間のジョギングでクールダウンという20分サイクルの訓練を行った。
ジンが1分もダッシュすれば、馬車と大きく離れてしまう。なので、リュートの魔術によってジンに負荷をかけ、ダッシュしてもあまり速度が変わらないようにしている。
足に重りが付いたようなパターン、体全体が後ろに引っ張られるようなパターン、水中をイメージした負荷など、ジンが飽きないようにという配慮付のバリエーションだ。
10分間のほぼ全力ダッシュなど、地球では考えられない。ステータスがある世界に合わせた訓練だ…それでも過酷だが。
仮にリュートが負荷をかけずにジンが10本分のダッシュを行った場合、進む距離は5km以上にはなっただろう。鎧を着込み、靴もブーツを履いていながら、オリンピックでダントツの金メダルを獲れる勢いで走るイケメン、動画にすればバズりそうである。
バズるかどうかはともかく、それだけステータスというものの恩恵は大きいのだ。走る速さにしても、体力にしても。
負荷をかけられているジンは必死のダッシュとジョギングを繰り返したが、見ているだけの馬車組はピンときていなかった。実際にジンの足に重りがついたり後ろに引っ張られたりするわけではない。ただジンが力を入れたり抜いたりしながら走って疲れていく様を見ているだけなので、体験していない者にはさっぱり分からないだろう。
ちなみに、冒頭の息切れはこのジョギングによるものではない。休憩場所に着き、息を整えたジンとリュートが対峙しているところである。他のメンバーに昼食の準備を頼み、引き続き特訓中だ。
2人が手に持っているのは土産店…もとい、『ウィン商店』で買った木刀である。
「………」
「はぁっふぅ~…、ふっ!」
ジンから打ち込み、リュートが応え、木刀同士がカンッと鳴る音が響く。二撃三撃とジンが攻めるが、リュートは静かに…しかし確実に防いでいた。
「交代しましょうジンさん、次は私が打ち込みます」
「了解っ、す~…ふぅ~…いつでもいいよっ!」
「イメージをしっかり持って、自分の後ろに行かせないようにでも、大事な人を守るようにでもいいです。いきますよ!」
「おう!」
ジンだけではなくリュートも真剣な表情だ。ジンに対応出来そうな速度で打ち込み、離れては速度の変化をつけて再度打ち込む。
休憩場所にはリュート達以外には誰もおらず、人の目を気にする事なく木刀を振るっている。
その光景を見つめつつ料理の準備をするトールとスキップ。ジャック、ユート、ミランダは、盗める技術があるかもしれないと凝視し、残りの女性2人はリュートに熱い眼差しを送っていた。
オーランドは速さに付いて行けず…ただ眺めていた。
「最後、いきます!」
「おう!」
リュートの打ち込みをジンが防ぎ、お互いに礼をして特訓が終了した。
☆
「あの走ってたのはなんだったんですか?」
昼食を食べ終え、そう聞いてきたのはジャックだった。
「やってみます? 口で言うより分かりやすいですし」
「どう見えてたかなんとなく分かるけど、あれほんとキツイよ?」
「そんなにですか…やってみます」
「それじゃ俺も一緒にやってみようかな」
「分かりました。他の方はいいですか? …いいみたいですね。それじゃいきますよ~」
1分後…
「ぜぇぜぇ…無理無理っ…」
「はぁひぃふぅひぃ! …こんなのっ、1分毎にっ、やってたんすか!?」
「ははっ、そうなるよね。クールダウンのジョギング込みだったけど、走っただけなのにHPが半分減ったからね」
「でもステータスとジョブのレベルは上がってるでしょう?」
「はは…は…、効果がちゃんと出てるから文句の付けようがないよ」
負荷のかかったダッシュを行ったジャックとユートは、1本でクタクタになってしまった。
「ふぅ~、ジンさんはなんでこんな訓練を?」
「ん? まぁ…簡単に言えば強くなりたいから、だね」
「…★6ランクで剣豪のジンさんでもまだ強くなりたいんすか?」
「上には上がいるというのを、間近で見たからね…」
「「「「「…あぁ~」」」」」
リュートの理不尽とも思える戦闘能力を知る銀の盾の5人は揃って納得した。
「まだ木刀で稽古する方が全然よさそう、あっちなら続けられると思うっすよ」
「あ~…、どっちもどっちかな? 打ち合いの方がある意味しんどいかも」
「へ?」
「レベルの差やジョブの違いもありますからね。打ち合いも体験してもらいましょう、これも経験です」
「…え˝?」
余計な事を言ってしまったかもしれないと後悔したユート。木刀を持たされ、距離を開けてリュートと対峙し、
「それでは打ち込んでみてください、いきますよ~」
リュートの軽い掛け声をうけて打ち込もうとした。しかしユートの足は動かず、表情は強張り、徐々に呼吸が乱れ始めた。
リュートの表情が真剣になったと同時に、見えない何かに上から押される感覚がしていた。どこを攻撃してもカウンターがくるという予感に襲われていた。カウンターが…致命傷になると本能が訴えかけてきていた。
ユートは、自分より背の低い少女がとてつもなく大きく感じていた。目の前にいるリュートからの圧、『威圧』をピンポイントで受けて竦んでしまったのだ。
ジンは今回の特訓に仮想スケルトンクイーンを意識していて、リュートもそれを汲んだ。
リュートにクイーンのスキル、『フィアー』は使えなかったので『威圧』で代用し、そのプレッシャーの中で攻撃と防御を行う訓練をしていたのだった。
「待っていていいんですか? 仲間が危険な目に遭いますよ?」
「! っわああぁぁ!!」
リュートの発言にユートが動いた。防御など考えていない、木刀を振りかぶったままの突進。その突進の掛け声からもヤケクソ気味である事が分かる。
ユートが木刀を振り下ろし、リュートがそれを受け止めた。
「はい、お疲れ様でしたユートさん」
「っはぁ~! はぁはぁっ…」
対峙して木刀を振りかぶり、一撃放っただけで終了した訓練。しかしユートの疲れ様は1分ダッシュした時を明らかに超えていた。
威圧が消えた途端に座り込み、全身から汗が吹き出し、荒い呼吸を整える事で精一杯。これも威圧を受けていない者からは何が起こったのか分からなかっただろう。
そんなにきつかったのかとジャックが聞いても、首を振って答える事しかできない程だ。
「よく動けたね」
訓練の辛さを知るジンはユートを褒めた。
ヤケクソの一撃だとしても、あのプレッシャーの中で動けた事が重要なのだ。
(あんな状況で打ち合いしてたのかジンさんは。…やっぱ★6ランクはすげぇ。それよりも、その状況を作り出すリュートさんの方がもっとすげぇ…)
「『ヒール』『洗浄』、どうでした?ユートさん」
「ありがとうリュートさん。正直…もうやりたくないっす」
「あはは、精神力が削られる感じがするでしょうからね。でも、強敵と相対した時にこれを思い出せば、落ち着いて対処出来ると思いません?」
「…出来そうっすね。今ならオークロードと1対1で戦っても、冷静に対処可能な気がするっす」
「まぁそういう訓練ですからね」
「それにしても、何だってこんな訓練を? 走るのも打ち合いも意図は分かるんすけど」
「そうだね~、ダンジョンは俺たちが思っていたよりも全然凶悪なものだった。スタンピードもそうかもしれないけど、一撃で殺されると思ったのは初めてだったよ」
「ジンさんが…一撃で?」
そんな化け物が王都にいるのか…と、ユートの頬を汗が伝う。
「ははっ、上級ダンジョンの中ボス部屋でレアモンスターに当たってね。そいつ相手に何もできなかったんだ。ちなみに初観測のモンスターみたいだったよ」
「今は下手に情報を出せないので、ジンさんに止めてもらってます。頃合いを見て発表しようかなと」
「なんでまた…情報を止めたんです? 危険度の高いモンスターなら早く知らせた方が…」
「…ここだけの話ですが、ドロップ品が厄介なんです。通常、上級ダンジョンでのドロップ品って、骨ばっかりでしょう?」
「ですね。残念なダンジョンとして有名ですし」
「その初観測したモンスターが、スケルトンクイーンという名前なんですけど…」
リュートが念の為周りを確認してから話を続けた。
「フルポーションのドロップを確認しました」
「「「フルッ!?」」」
「「………」」
「おお~」
「?」
フルポーションがドロップするという情報に驚く者、驚いたというより感心したような声を出す者、いまいち価値にピンと来ていない者と反応はそれぞれだった。
「美鈴さんには分かり辛かったですね。例えるなら…ガラクタしかないはずの部屋から、最低でも1,000万円はしそうな骨董品が見つかった感じです」
「あぁ~、それでみなさんあんなに驚いてるんですね…」
遅れて納得する美鈴であった。
「ドロップ狙いの被害者を出さない為には、その方がいいんでしょうね。…ジンさんがそこまで言う相手ですし。リュートさん、ドロップを確認したって言ってましたけど、どうするんです?」
「ふふふ…、売ります」
「…売るんすか」
「えぇ、来年初めのオークションに出品する事になりました。ウィンさんの見立てでは過去最高の落札価格を更新するかもしれないらしいですよ」
「…一気に大金持ちっすね」
「ですね~、欲しい物は特にないですが…。あ、そういえばミランダさん」
「…あ、はい」
「戦闘スタイルをどうするか決められたんですか?」
「あぁ、皆と相談させてもらったんだけど、このまま剣士を続けていこうかなって。ジョブもまだまだ成長出来るでしょうし、今あれこれやっちゃうとどれも中途半端になりそうで」
「あはは、私はその中途半端な器用貧乏をやりましたけどね」
「…リュートさんは器用貧乏というより、万能型って感じがしますよ?」
「頑張りましたので! …ところで、武器を新調する気はありません?」
「………、え?」
そう言って取り出したのは、スケルトンクイーンからドロップした剣。鞘はウィンに見繕ってもらった品だ。
「銘はそのままスケルトンクイーンの剣。オプションが付いていて盗まれる心配はまずないでしょう。詳しい性能はこの紙に」
「………、ナニコレ」
渡された紙を見たミランダは、思わずカタコトになってしまった。
攻撃力や耐久度といった基本的な情報がずば抜けていた。ミランダが今使っている剣の攻撃力が71なのに対し、クイーンの剣の攻撃力は580もあった。ナニコレと言ってしまう気持ちも分かる。
一級品とされるミスリルの武器でも、鍛冶師の腕によるところもあるが、その攻撃力は300前後なのだ。その倍近い攻撃力を持つ武器など見た事も無かった。
更に付与魔術の空欄が3つ。クイーンの剣を強化する余地が3つもあるのだ。
「強すぎる武器は、使用者の成長を止めてしまいます。その強さに依存してしまって、訓練をしなくなる人はいますからね」
「…そうですね」
スケルトンクイーンの剣は明らかに、その強すぎる武器に位置する物だった。
「でも、それだったら何であたしにそんな強い武器を?」
「ミランダさんだったら、訓練を怠らないでしょう?」
「まぁ、そんなつもりはないですけど…」
「それに、いざという時に戦う力がないと、今後守りたいもの…守りたい人を守れないかもしれない。実際スタンピードなんてものが起こりましたしね」
「確かにそうですね…」
まだ記憶に新しいジャガーバルト領での大事件。領主のラルフは死にかけ、リュートがいなければ街は滅んでいたかもしれない。そう想像するのは難しくなかった。
「…ちなみに、その剣おいくら万リオルですか?」
「ウィンさんの見立てで、王金貨を余裕で超えるかもしれないと予想していました」
「…オウ…キン…カ…」
フリーズしてしまいそうなミランダだったが、性能を思えば決して高いものではないと思い直した。が、個人がパッと出せる金額ではない。
それでも今後の事、もしまたスタンピードで見たオーガのような強大なモンスターが現れた時の事を考えて、分割払いが出来ないかと聞こうとした。
「ただしその金額は、オークションにかけられた場合の予想です」
聞く前にリュートが話の続きを始めてしまった。
「正直値段を付けろと言われると難しいんですけど、付与込みで…金貨50枚でどうです?」
「半額じゃないですか!?」
値段が下がった喜びよりも、単純に驚きの方が勝ってそのまま口から出てしまった。
「まぁ、単純になんですが──」
リュートはそう言って、金貨50枚と提示した理由を簡単に説明した。
ミスリルの武器ならば、…武器の種類にもよるが、大体7~800万リオルが相場だ。しかし、その値段の約4割程度は鍛冶師による加工・鍛造といった技術面の金額であり、武器の元となるミスリルの値段が6割程度を占める。
クイーンの剣は、攻撃力を筆頭に性能は目を見張るものがあり、その点は値段を高く評価。しかし、剣としてドロップしているので鍛冶師が関わっておらず、技術料等を含めたミスリルの武器に比べてその差分安い。
更に、ダンジョン探索時の費用がほぼかかっておらず、共に潜ったジンの武器が消耗した程度だ。対クイーン戦の消耗はゼロと言っていいだろう。
女性限定という縛りのある装備という事も伝えた。
「そういった事を考えた上で、このくらいでいいかな~って思いまして。あとはまぁ…お友達価格?」
「…鍛冶師の話はこじつけた感が凄いですね」
「そうですか? 鍛冶師が加工したり、その為の道具の消費とかで上がる代金って、結構馬鹿にならないですから。ミスリルの武器なら技術料諸々込みで300万リオルくらいかかる事もあるみたいですし」
「まぁそうですけど…いいのかなぁ?」
「ははっ、いいんじゃない? 売ろうとしてる本人がそう言ってるんだし」
「だってこの性能で…。他に誰も持ってない一点物じゃないですか」
「あ、もう1本ありますよ? 性能は全く同じです」
リュートはそう言って『インベントリ』から2本目のクイーンの剣を取り出して見せた。ミランダの思考回路はショート寸前である。
「…2回も戦ったんすか?」
「いえ、これは…ある意味ズルしちゃいまして。そんなつもりは無かったんですけど…システムの穴って言えばいいのか」
「「「「?」」」」
リュートとジン以外の事情を知らない皆に詳細が伝えられた。
スケルトンクイーンの固定ドロップが剣である事。戦闘途中でクイーンから剣を手放させ、『インベントリ』へ没収…収納した事。
その後、スケルトンクイーンを倒してドロップ品の剣を確認した後、『インベントリ』に収納しようとしたのだが、戦闘中に没収した方のクイーンの剣がそのまま消えずに入っていたのに気付いた事。
「…別の空間に収納されていた事で、剣が消滅したと判断されてドロップした…? 剣を手放してただけの、地面に落ちたままの状態でモンスターを倒したりすれば、その剣は消えるか…その剣がドロップ品扱いとして残るはず」
「私もミュア師匠と同じ考えでした。試しに通常のスケルトン相手に剣を落とさせて倒してみましたが、モンスターが消えるのと一緒に剣も消えましたし」
「それなら、スケルトンの剣を収納してから倒せば、骨以外にも稼ぎになる」
「あはは、私もそう思いました。剣を落とさせて収納してからスケルトンを倒して、確認したら『インベントリ』に剣が残っていたので、予想通りと思って取り出してみたんですけど…出した途端にモンスターが消える時と同じ感じで消えちゃいました。多分ダンジョンのモンスターのドロップ品に設定されてない物はそうなりそうですね」
「…残念。でも既に試してるなんて、さすがリュート」
「ありがとうございます。すぐに気付く師匠もさすがです」
「…(ムフ~♪)」
その褒め方と感謝は合っているのだろうか…? 似た者師弟である。
「まぁ、その考察はいくつかしましたけど…これ以上は遅くなるので後にして、そろそろ出発しましょう。ミランダさんも剣が欲しくなったらいつでも言って下さい。分割での支払いでも大丈夫ですので」
「買います!」
「わ、分かりました。今晩の野営地に着いたら手続きをしましょう」
ミランダによる食い気味の買います宣言に少々たじろいだリュート。
長居してしまった一行は馬車に乗り込み、ジャガーバルトへの道を進み始めた。
「いきますよ~ジンさん」
「おうっ!」
若干2名と1頭は、再び走って馬車に付いて行った。




