26.私の前で仮面を被るのは100年早い
ギルドでの用事を済ませたリュートとジンは、王都ルクセウスを出てオーランドが御者を務める馬車を追いかけた。
ユーリンの迅速な対応によって早く追いつくことが出来たのだが、リュートは馬車を停める事無く…そのままジンと2人乗りの状態で休憩地点まで並走した。
並走中、リュートは馬の上で横乗りをしていた。馬上でイケメンの前に横乗りになっているドレス姿の少女、その姿はまるで王子と姫のようであった。
リュートとしては、ドレスで馬にまたがるのははしたないと思っての横乗りだった。と同時に楽しんでもいたが。
だが、そんなリュートを乗せていたジンの胸中は複雑で、
(上級ダンジョン入り口で出会い、楽しく話をして、ギルドでは心配させられ、ウィンさんの商店では問題をあっという間に解決。スケルトンを余裕で相手にして、…クイーンなんていう初遭遇の相手にも臆する事無く戦って、完全勝利。ジョブの変更なんていう世界がひっくり返るものを持っていて、そして今のお淑やかな一面)
リュートのギャップにジンも虜になりつつあった。最大のギャップは、その少女がジンより年上の元男という事であろうか。
リュート、最大のモテ期到来である。…多分。
☆
「…羨ましい」
休憩地点に到着早々、ミュリアルはそう声を漏らした。リュートと一緒に馬に乗るジンの姿を見て自分もやりたくなったのだ。…やりたいのはもちろん、リュート…侑人との2人乗りの話である。
「昨日の夜は2人乗りより凄い事をしたじゃないですか…」
「…それはそれ、これはこれ」
皆が馬車で出発する前、…正確にはジャガーバルト家の前でオーランド達の到着を待っていた間に、こっそり昨夜の事をミュリアルから聞かされていた美鈴。
一緒に寝た、すぐに眠ってしまった、安心感が凄い、朝起こしてもらった、と。聞いている美鈴がほんのり頬を赤くしてしまうような内容だったが、しっかり聞いていた。
更に、朝寝ぼけてリュートの目の前で服を半分脱いでしまった事も伝えられ、その時は両手で口元を隠しながら…目を輝かせてしっかり聞いていた。ムッツリ大女優である。
一緒に寝たと聞いた時には(侑人さ~ん!?)と思いはしたが、全てを聞いた後には(…これワンチャンあるんじゃないかな?)とも考えていた。
☆
「ぱっぱっぱ~…」
そんな注目の的であったリュートはと言えば、休憩地点でお料理の真っ最中である。といっても鍋の番だが。
その隣では銀の盾がスープの準備をし、肉を焼いている。あとは保存のきく硬いパンを出せば完了である。
リュートは『ウィン商店』で購入した米…選別したランク上位の米5合程度を鍋で炊いていた。蒸らす作業は『インベントリ』で時短した。水の量も気をつけたので、出来上がりの混ぜ具合は昨日よりもいい。
塩むすびを3個作って皿に乗せ、馬車の近くにいたミュリアルと美鈴の元へやってきた。
「お昼ご飯前の試食で~す」
「え…、おむ…すび…? お米あったんですか!?」
「ウィンさんの所で売ってましたよ、玄米だったから苦労しましたけどね。食べてみましょう」
「ん、ありがとリュート」
「どういたしまして、美鈴さんもどうぞ」
「い、いただきます」
ミュリアルが先に一口食べてもぐもぐ、目を閉じて味に集中している。
「…見た目は昨日と変わらないけど、昨日のより美味しい」
「…昨日もおむすびを食べたんですか?ミュリアルさん」
「うん、魔道具でお米を白くして…リュートが出来たものを出してくれて、食べた」
その話までは聞いていなかった美鈴。朝はリュートを意識し過ぎていたが、時間が経って大分余裕を取り戻していた。
「精米機を自作してみたんですよ。割と適当な出来なんだけど、美鈴さんは詳しい仕組みとか知らない?」
「う~ん、農家さんの所で昔の話は聞いた事ありますけど、精米する機械の中がどうなってるのかまでは…」
「まぁ普通はそうだよね、何か思いついたら聞かせて? 参考にするので」
「分かりました! 的外れな事を言うかもしれませんけど」
「あはは、いいよいいよ。そういう所からやっていこう。とりあえず食べてみよっか」
「はい! 「いただきます」」
話を切り上げ、リュートと美鈴はおむすびを一口食べた。
「………」
「…美味しいです」
「あはは、正直に言っていいよ? 物足りないでしょ?」
「え~っと…」
久々に食べる米、おむすびを作ってくれた相手にそんな言葉は言い辛いに決まっているだろうに。リュート、鬼畜か。
「素直な意見が欲しいんだ。こっち食べてみて?」
リュートはそう言って茶碗に入ったご飯を手渡し、美鈴はスプーンにご飯を乗せて食べた。リュートも同じく白米の状態で食べた。
「…あ~、なんて言えばいいんでしょうねこれ」
「不味くはないけど~…って感じだよねぇ、これでも上質な米を寄り分けて炊いてみたんだけど。鍋は見直しの余地があるかもしれないかな、手順に問題があるって事はないと思うんだよね」
「口当たりにそんなに違和感はないけど、お米自体がいまいち?」
「かもしれないね。日本にいた頃は米の味に集中した事無かったけど、それでもなんだか…甘味が足りない?」
「そんな感じかも…。私もご飯にこだわりはなかったつもりだけど…物足りないって言われたら分かる気がするような」
「それだけ品質の高い物を普段食べてたって事かな。こっちの米が悪いというより、日本の品種改良が凄いのかもしれないね」
「なるほど…、確かに沢山種類あるもんね。有名なのだけでも5個くらい名前浮かぶし」
「だね。鍋も、もしあるならちゃんとした大きめの土鍋が欲しいかな? …釜はないだろうし」
「あ~土鍋のご飯かぁ。お姉ちゃんがたまに土鍋でご飯炊いてたんだけど、美味しいんだよね~あれ。…何が違うんだろ?」
「お姉さん料理上手なんだね」
「ううん、普通だよ。普通と言うより適当…かな? レシピ通り作る方が珍しいの。なのに何故か美味しいの…」
「あはは…あ、もしかしたらご飯を炊く専用の土鍋があるって聞いた事あるからそれじゃない? 使った事はないし、さすがにそんな鍋をこっちで再現出来ないだろうけど…。全力で再現するなら、土鍋より炊飯器だね」
「確かに! あれなら私でもご飯炊けるよ」
「それじゃボタン押す係は任せようかな。日本に帰ったら有名どころのお米食べ比べとかしてみたいね」
「やりたいかも! 今なら凄く味わって食べそう!」
「…仲良し」
話の盛り上がる2人を、ミュリアルが見つめて…嫉妬していた。
ミュリアルとリュートの仲も良好なのだが、それ以上に仲の良さそうな砕けた口調と共通の会話をする美鈴に、何とも言えない危機感を覚えてしまったのだ。
第二夫人の地位が取られるとでも思ったのかもしれない。まだリュートにその話もしていないのに気が早いミュリアルだった。
仲良しと言われてしまった美鈴は、
(あ、あれ? いつの間にかめちゃくちゃ普通に話してた…。お姉ちゃんの話までして、家族と話す時くらい口調砕けてたよね…。うわ~! どうなってるの私!?)
自分の行動に困惑していた。
侑人の姿ではなくリュートの姿で話していたので、妹のように…もしくは後輩感覚で接してしまったのかもしれない。
話していた内容も、久々に食べる米の事で興奮してしまったのかもしれない。
…詳細は本人にも分かっていない。
日本での普段の生活でも、美鈴は役に入ったまま過ごしている。女優『小林 美鈴』の理想的な日常という姿を演じている。本当の素に戻るのは家に居る時だけ、その姿を知るのは家族くらいのものだ。
そんな家族に対するような姿を一部とはいえ見せてしまっていた事に、「仲良し」と言われるまで気付かなかった美鈴。困惑するのも無理はないのかもしれない。
しかし、そこは数々の役をこなしてきた大女優。慌てた姿を表に出して見せるような事はしていない。頭の中では両手で顔を隠してゴロンゴロンしていたが、現実の美鈴の表情は微笑んで…そのまま固まっていた。
…やはりダメかもしれない。
「あはは…、なんかいつもより話しやすい気がしてつい」
「私も仲良くする…」
(仲間外れで寂しかったのかな? 日本の米のクオリティについて話してたら、そりゃ話に入れないか…)
「それじゃ…手でも繋ぎます?」
「…繋ぐ」
リュートはお皿と茶碗に『洗浄』をかけて収納し、手を綺麗にした後にミュリアルの手を握った。
「ん♪ …話を聞いてたけど、ほんとはあれよりもっと美味しいの?」
「そうなんですよね…。おむすびなら塩の味が効いてるからまだいいんですけど、お米だけだとなんだか物足りなくて…。微妙な差ではあるんですが、その微妙な差が大きいんですよ」
「そうなんだ…。いつかリュートが美味しいって思えるお米を食べてみたい」
「ジャポネスに行けばもしかしたらあるかもしれませんね。日本に戻れれば確実に手に入るでしょうけど…」
「旅をするなら付いて行く。ニホンにも付いて行く」
ミュリアル、猛アピールである。
「あはは、そうなった時の為に色々勉強しないとですね。でも美鈴さんに食べて貰って、感想が聞けて良かったですよ」
「そ、そう…ですか?」
「意見が合えば間違ってないって確かめられますしね、もし間違ってても2人いれば心強いじゃないですか」
「役に立てたなら良かったです」
「また意見聞かせてください」
「私で、良ければ…」
「ぜひお願いします。それじゃお昼ご飯にしましょう」
ミュリアルのアピールをリップサービスと思ったリュートは軽く返し、美鈴にまた味見の約束を取り付けると、銀の盾が昼食の準備をしていた場所へと3人で向かった。
その向かう最中、街道を使わずに馬を飛ばす冒険者を見かけた。
「…事件ですかね?」
「どうかな…、事件を知らせに王都へ向かうなら分かるけど、方角が逆だし一人だし…。ただ馬を走らせてるだけかもしれない。たまにそういう依頼がギルドにあったりするから」
「なるほど、ジャガーバルト領のギルドでは見た事無かったから知らなかったですよ。さすがミュア師匠」
「(ムフ~♪)…でも、王都からここまで距離あるし、何とも言えない。あとは、宿まで急いで行っただけ。…これが可能性一番高いかも」
「急いではいたみたいですけど、焦っては見えませんでしたしね」
褒められた師匠は上機嫌であった。
ジャガーバルト領へ手紙を届けるという指名依頼をこなしているティーダとニアピンになり、そんな事情で冒険者が急いでいたとは知る由もないリュート達は…皆の所へ戻ってお昼ご飯を食べ始めるのだった。
☆
「………」
「そんなに落ち込まないで下さい。でもダメですよ?」
時間と場所は移り変わり、昼食を終えた一行はジャガーバルトへの道を進み、本日泊る宿に到着した。
今日も一緒に寝ようと思っていたミュリアルがリュートにダメと断られた事で、しょんぼりしている所である。ティーダが宿にいなかったから、予想が外れてしょんぼりしているわけではない。
その宿の一室で、女性陣+リュートが部屋分けの話をしているのだ。ベッドは4つあり、4人がそのベッドへそれぞれ座っている。
「ミランダさんと美鈴さんとミュア師匠で一部屋です」
「リュートはどうするの?」
「ジンさんとオーランドさんと同室ですよ?」
「…ダメ、NTRれる」
「誰がですか!? と言うか、どこで覚えたんですかそん…美鈴さん?」
「はえぃ!?」
すぐさまバレて、変な返事をしてしまった美鈴。NTRれるという独特な言い方のため、犯人はすぐに分かった。
一体どんな話の流れでその言葉をミュリアルに教える事になったのか…謎である。
「…NTRが好きなんですか?」
「違いますよ!? いや、教えた事はちょっと…後悔してますけど」
「それならいいですけど。変な事教えちゃダメですよ? …それに寝る時は侑人になりますし」
「それは…刺激が強い」
「やばい、師匠が腐っちゃう」
ミュリアルは侑人と一緒に寝る自分を想像しての発言だったのだが、話の流れはまだNTRにあったためリュートは勘違いを起こした。
腐ってはいない、純愛である。
「まだオーランドさんには教えてないですよね? ユートさんの姿を見せて良かったんですか? 内緒だったんじゃ…」
「問題は対処したので侑人の存在が知られても大丈夫ですよミランダさん。ジャガーバルトに帰ったらそれも特に隠さないつもりですし。…基本リュートとして行動するでしょうけど」
「…解決早くないですか?」
「運が良かったんですよ。丁度ヘルオン家でギャバットと一緒に居た魔術師が、ララちゃんを不当奴隷にした人物だったので」
「そうだったんですね! あたしも一発ぶん殴ってやりたかったな~」
「既にお仕置きをしておきましたからね。弱体化してるので手加減しないと魔術師が死んじゃいますよ?」
「し、死んじゃうって…大袈裟じゃないですか?」
「…弱体化…呪術を使ったとしても限界があるし、闇系統の魔術?」
「さすがにミュア師匠でも分からないでしょうね。…本当ならそんな事をせず、ちゃんとした裁きを受けさせるのがいいんでしょうけど…証拠が無かったんです。あるにはありますが、すぐに出せる証拠となると私が『眼』で見たという証言だけ。それが…まぁ裁判の証拠とかに使えるかと言われれば無理でしょうし。信じてもらったとしても、それを元に別の証拠を集めたり実証してみたりする時間もかかっちゃうでしょう? 逃げられるか…口封じされるかもしれません」
「ん…。発言力なら、リュートが三爵の娘って事で少しはあるかもしれないけど、時間は間違いなくかかる…」
「それで弱体化?ってやつをしたんですか? 魔術を封じた…とか?」
「いえ、私がやったのは…」
「「「………」」」
「………ステータスの剥奪です」
「…?」
美鈴にはピンとこなかったらしい。
「出来るの? そんな事」
「私はステータスが無い状態を知っていますしね。ステータスを付け加える事も出来るので、今の侑人にはステータスもジョブもありますし、魔術も使えます」
「…それが出来るなら、ステータスを無くす事も可能…?」
「そうですね、封印ではなく剥奪…消失と言ってもいいでしょう。ステータスの恩恵は無くなり、魔術を使う事も出来なくなる、そして…元に戻る事はありません」
「「………」」
「私が怖いですか?」
リュートは自ら、そんな事が出来てしまう自分が怖いかと聞いてきた。目を閉じ、薄っすらと微笑んでいるようにも見える。
「今まで出せていた力が全く出せなくなり、魔力を使うどころか感じる事も出来ず、怪我をして『ヒール』をかけても治らなくなる。そんな「怖くない!」…」
立ち上がって否定したのは、ミュリアルではなく美鈴だった。そのままリュートに近付き、抱きしめて言葉を続けた。
「笑顔貼り付けてても分かるもん、怖がられて嫌われてもしょうがない…でも嫌われたくないって顔してる」
「…具体的過ぎませんかね?」
「違うの?」
「………、合ってますけど。…ありがと」
ステータスを剥奪した事による様々な不具合を説明していた時の、どこか達観したような表情とは打って変わって、泣いてしまいそうな…寂しげな表情を見せて礼を言うリュート。
怖がられ、嫌われてもしょうがないと思っていた。ミランダとミュリアルはすぐに返事が出来ず、リュート自身もそんな力は恐ろしいという認識はある。
それを力いっぱい否定した美鈴に…救われた。
「私の前で仮面を被るのは100年早いですよ?」
「あはは…、説得力しかない…」
「…ステータスの事、正直に言わなくても良かったじゃないですか。言わなきゃ誰がやったかなんて分からないのに。それ以前に、その人の状態を私達が知る事も無かったのに」
「話の流れだったのはありますけど、…後になってバレる方が嫌だな~って思っちゃって」
「あ~………、なるほど…」
美鈴は…時間をかけて納得した。
美鈴の脳裏に、バーバルンのミニトランクに入っていた清き乙女の聖なる…まぁパンツだが、それをわざわざリュートの方から見てしまったと謝罪された時の光景が思い出されていた。
付き合いが短いのでそれくらいしか思い出せるエピソードがないとも言う。
美鈴は振り返って2人に話しかけた。
「ミュリアルさんは怖いですか? ミランダさんは?」
「(フルフル)怖くない」
「私はちょっと、正直ちょっとだけ…怖いって思っちゃいました。でも今のリュートさんを見てると、リュートさんが一番怖がってたんだって分かったので…怖くありません」
ミュリアルが立ち上がりリュートに近付くと、美鈴はリュートの隣へ座った。ミュリアルはそっとリュートの手を握った、ミサンガの結ばれている左手だ。
ミランダもリュートの側へ来て、右手を握った。
「…みなさん、ありがとうございます」
「でも、なんでステータスを剥奪なんてしたの? 魔力を封じる魔道具だってあるし、他にも方法はありそうなのに」
「…615人、その魔術師…ワスラーが奴隷契約をした数です。そして…198人、死亡している奴隷の数です」
「「「………」」」
「ワスラーの年齢は25歳、闇系統の隷属魔術が使えるようになったのが20歳頃。単純に見れば、5年の内に600人以上を奴隷にし、200人の命を奪っているんです」
「「「………」」」
リュートの話に、3人は言葉が出なかった。




