表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/243

3.やれば、できるっ!

お食事中の方は念の為ご注意下さい。


 結論から言えば、


「あ~うまっ」


 大丈夫そうであった。侑人はひと口飲んで喉を潤し、安心してもうひと口、からのもうひと口。

 そして折り畳み式のエコバッグを広げ水を入れてみた。水漏れは…今の所していない。


(持っててよかったエコバッグ)


 本来の用途とは違うが、今は心強いアイテムだった。入れていた水でそのままバシャバシャと簡単に中を濯ぎ、水を捨てる。

 新たに水を入れようとして、ふと手を止めエコバッグを地面に置き、トイレを済ませようと一本の木に向かった。小の方である。PPPにはなっていない。


 侑人は耳を澄ませて森の方を見回し、「…大丈夫そうだな」と呟いてズボンのチャックを下ろした。

 用を足しながら…下の方を見ながら、森に入る前に考えていた事を思い出す。


(あ~、最悪の場合はって思ったけど、やっぱ嫌だな…。改めて水が見つかってよかった…)


 侑人が最悪の場合、何をどうしようとしていたのかは割愛する。察してやってほしい。



 トイレを終えて手を洗い、その場から3歩横にずれてエコバッグに2リットル程度の水を入れ、左手に持って立ち上がる。

 思いのほか近くに水場があったのだ。無理に多く運ぶ必要はないと判断した。


 撒き散らかしていた枝を拾い集めて左わきに抱え、十徳ナイフを右手に握り、元来た道を戻っていく。

 5分程度でスポーツバッグのある場所まで戻って来る事が出来た。慎重だった行きの時とは違い、戻りの時間は速かった。そして…バッグは無事なようだ。


 森から出た侑人は、少し離れた場所に抱えていた枝を置き、スポーツバッグを抱き着かせている木に近付いていく。

 手頃な高さの枝にエコバッグの取っ手部分を結び、木に登ってスポーツバッグを下ろし、拾ってきていた枝の元へと戻る。


(ちょっと急いだ方がよさそうか…)


 太陽の位置は侑人が湖へ向かう前より低くなっており、気持ち程度…空が赤くなってきている気がしたのだ。

 焚き火用にと(まば)らに置いた枝の近くにスポーツバッグを置き、森の浅い位置で適当に葉を拾う。


(なんだっけ、松ぼっくりとかあるといいんだっけ)

「ないだろうけど…、たちまち(とりあえず)乾いてそうなやつを…」

(着火には…、ティッシュあったな)

「いやティッシュじゃ無理か」


 考えながら手と足を動かし、ついでに口も動いていた。

 ある程度拾い抱えた葉を持って、枝を置いていた場所まで戻る。

 葉を地面に置き、上から枝を乗せ、念のためにとティッシュを1枚だけ葉の山の中へ押し込む。


(……2枚にしよ)


 しょぼい悪足掻(わるあが)きである。

 侑人はポケットからライターを取り出し、ついでに煙草を取り出し、咥えて火をつけた。

 そのまま四つん這いになって頭を下げ、口に咥えたままの煙草を葉の山の中へ差し込み、吸っていく。


(うまく燃えてくれ~…)


 『自動販売機の下に小銭が落ちていないか確認するのポーズ』を取りながら、吸って吐いて息を吹き掛けてを繰り返す。


 通常、煙草の燃焼部分は700度を超え、吸い込む時…喫煙時には900度に近い。侑人は正確な燃焼温度までは知らなかったが、ライターで直接着火を試みるよりも可能性が高いと思ったのだった。


 顔を上げ辺りを見回し、危険がないかチェックする。先ほどよりも日が沈み、辺りを茜色に染め始めていた。

 再度煙草を吸い、燃焼温度を上げる。と、葉よりも先に色の濃い枝に突然火がついた。


「おおぅ!? そっちかい! 火ぃついたからええけども!」


 枝にツッコんでしまった。リアクションは返ってこない。

 下手に触らず、そのまま葉へ燃え広がるようにと恐る恐る息を吹きかける。…現時点で火が出ているので恐る恐るやる意味はあまり無い。侑人が心配性なだけである。


 火は順調に燃え移り、ティッシュもブワッと瞬間的な主張をし、火の勢いは強くなった。侑人の初めての焚き火が成功した。

 侑人の脳内では、オレンジ色のスーツを着た芸人が「やれば、できるっ!」と祝福していた。


(あの枝燃えやすいとかあるんか? 若干黒っぽい…)

「はぁ~~……、ス~~…、ハァ~~…」


 息を吐き、勝利の一服として最後のひと吸いをした煙草を携帯灰皿へと入れた。侑人はその後、すぐさまナイフを持ち、追加の枝を取りに小走りで森へと進み始めた。


 カバンからスマホを取り出し、電源を入れておく。スマホ片手に近場にある枝を集め、起動が完了したスマホを操作しライトを付ける。

 示していた時間は20時03分。「20時!?」と声が出てしまったのも無理はない。

 まだ森の外は夕日に照らされ明るい、夕方20時とは何事か。


「え~…、後!」


 声に出して先送りにした。



 枝をかき集めて焚き火の元へ戻り腰を下ろすと、間もなく太陽が丘の奥へ沈んでいった。

 スマホを見れば9月18日、20時19分。オンラインにしても相変わらず圏外、電池残量は74%だった。


 空を見上げ、黄色い月を眺めながら、(大きい…気がする)という感想を抱いた。同時に、(明日の結婚式は友引だったな…)と家を出る前に確認した事を思い出した侑人は、心の中でごめんとおめでとうが入り混じった。


 頭はあまり回っていないのだろう。そもそも月に対して大きさを気にする以前に、転移したと考えているこの場所で、地球のように月らしき衛星が空にある事に違和感を覚えていないのだから。

 とはいえ、責めるのは酷だろう。ここには空気があり、重力もある。水を飲んだが今の所身体に不調は無い。それらと比較すれば、危険性の無さそうな月に違和感を覚えている余裕は確かに無いのかもしれない。


 侑人はその後、焚き火に目線を戻し、現状の確認を進める事にした。


(日の入りが遅い…? ん~…? 異世界に転移してたとして、転移した時間からずれてた…のか? 16時に転移して14時に着いた…みたいな?)


 答えは出ないが、時間の流れが気になったので、翌日も日の入りを確かめようと思い、スマホの電源を切った。

 地球と同じ周期なのか。それとも早いのか、遅いのか。現段階では確認のし様がなかった。


(少なくとも体感気温は日本の夏と差がない…かな? …転移…異世界か~。…待てよ? タイムスリッ…プは無いか)


 侑人が森の中で見た木や花に、奇抜な…見た事がないと感じるものは無かった。…詳しいわけでもなかったが。

 突然知らない場所にやってきた=異世界と結びつけるには決定力に欠ける。


 今の所、この場所が異世界であると思える材料はホーンラビットだけ。緑の血を吐き出した一角兎は、タイムスリップ説を否定する材料として十分だった。

 水と火の確保が無事に終わり、侑人は焚き火に枝を放りながら推定異世界について考え始めた。


(人のいる場所を探して移動するか…? でも飲める水があるのにわざわざ離れるのもなぁ、当てがあるわけでもなし…)


 先ほど行った湖を思い出す。エコバッグに水を入れて行動するにも限界があるのだ。


(行方不明事件と関係あるんかな…。水はともかく飯どうするかな~…。ホーンラビットとかゲームの世界っぽいけど…。異世界なら魔法とか使…)


 思考が(まと)まらなくなっていたが、ふと思い至った事に頭を振って再起動する。

 行方不明事件の手がかりになりそうなものはないので、今は頭の片隅に追いやることにした。

 ちなみに飯…ちゅるりは明日の朝試してみるようだ。


(この手の話って大抵神様やら女神様が現れて、「侑人さん、あなたは死んでしまいました」的なイベントとかあるんじゃないん? 知らんけど)


 侑人にそんなイベントが起こった記憶はなかった。


(覚えてないだけで会ってる可能性はある…、かもしれん)

「ん˝んっ…、ステータス…、ファイアッ…、…………」


 咳払いをし、ステータスが出たり魔法が使えないかと試してみる。多少小声になったのは恥ずかしさからだろう。

 だが何も出てこなかった。もしファイアと唱えて、火の玉が出てしまったら危険だぞ侑人。


(ステータス……、システム……、システムウィンドウ……)

「ステータス……、システムウィンドウ……、シュテイトゥス……、スィスティム、ウィンヌドゥ……」


 念じてみても声に出してみても、目の前に何かが浮かぶでも、頭の中にそれっぽいものが浮かぶ事も無かった。あと、侑人の発音が酷い。

 動作で反応するのでは?と、思いつく限り手を動かしてみたが、結局何も起こらなかった。


「う~ん、なるほど…分からん。言語の差とか動作か?」


 それっぽい言葉を考えた。が、さすがに適当に言葉を発して当てるなど無謀である。

 何万、何億分の一の確率で正しい言葉や行動をとれていたとしても、侑人には正解なのかどうかが分からない。反応がある保証もない。

 そもそもステータスや魔法があるとも限らない。現在確定しているのは、角の生えた兎がいる世界という事だけ。そう思うと、諦める以外に選択肢はなかった。


 焚き火に枝を追加しながら周囲を警戒し、異変がないと分かると溜息を吐いた。もうすっかり辺りは暗くなっている。


「はぁ~、異世界サバイバルかぁ~………。浅い知識じゃすぐ詰むぞ…」


 今の所、一番役に立っているのは最安の100円ライター、次点でエコバッグである。ガスが切れた時や壊れた時を想像すると、いつまで使えるかは分からない。

 木を擦り合わせて行う火起こしなど、バラエティ番組で見た事がある程度。やったことなど一度もなく、その道具も無い。やり方もうろ覚えだ。

 更に、この場で焚き火をしているのは合っているのか、モンスターから身を隠す為に森の中に居た方がいいのではないか、むしろ危険か。あれこれ考えても知識や経験の無い侑人には答えは分からない。

 侑人は自分の思う最良を行っていくしかなかった。


 スポーツバッグから着替え用のTシャツを出して重ね着し、火の番を続けた。


(転移じゃなく異世界転生ならワンチャンあったかなぁ…。力使えんくなっとるのも分からんし…、使えとったらテイマー系の話っぽくなっとったんかなぁ…)

「俺の冒険(異世界サバイバル)はまだ始まったばかりだ…」

(ご愛読ありがとうございました…なんてね~…。はぁ…)


 片膝を立てた状態で座り、十徳ナイフの位置を再確認し、火を見つめながら棒読みでつぶやく。疲れも出て頭も回らなくなったようだ。

 パチッと枝が爆ぜ、(生木ってやつかな)と考えながら、目が閉じかけては枝の爆ぜる音に起こされる。

 それを繰り返すうちに、侑人は座ったまま眠りについていた。



 これからアラフォーおっさんの異世界サバイバルが始まる。…事はなかった。

 侑人は湖で、あるモノを見落としていた。水を飲む方法を考え、火を起こす為に急いで戻ったために、違和感に気付けなかった。

 翌日のこの時間、侑人は全く別の場所で過ごす事となる。


「はぁ…、ホーンラビットさんの出番が無くなってしまった…。何かと理由付けて今回も登場すると思ってたんだけどな。…前のも反則技に近かったけど。………やっぱり来ないみたい。それじゃ…え~…、無事に異世界サバイバル1日目が終了。これから俺はどうなってしまうのか、お楽しみに! …自分で言うとか恥っず!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ