10.宴会
「これから宴会が始まるが、1つ聞いてもらいたい事がある。昨日の戦いについて、今はあまり他所で広めないで欲しい。中途半端に不安をまき散らさない為にって事で頼む。…とは言っても、期間はそんなに長くねぇ。王都に報告して対応策なんかを話し合う事になるだろうから、その後なら言ってもらって構わねぇ。まぁ、今日この場ではその限りじゃねぇから、大いに語り合ってくれていいがな? …それじゃ次は、領主様の挨拶だ」
「みんな、1日待たせて済まなかったな。昨日既に騒いでいた者もいただろうが、今日も存分に飲んで食って騒いで貰いたい! 費用はギルドマスターのニックと俺持ちだ! 食材や酒を出してくれてる者はちゃんと請求してくれよ?」
宴会の準備が完了した街の広場に、即席の台の上から『拡声』の魔道具越しに喋るラルフの声が響き渡る。
好感度を独り占めさせないように、宴会はニックとラルフの共同開催という形をとった。ラルフの隣で手も振っていた。ニック、ちゃっかりしている。
「この街で、聞いた事もない出来事が起こった。俺だけじゃなく、誰もが初めての経験だったと思う。俺は昨日の戦いで腹に穴が空いちまった。傷はちゃんと塞がっているから命の心配はないが、流した血が多かったせいで安静にしてるように言われてる。だから俺の分までお前たちが騒いでくれ!」
ニヤッとしながら言われた後半の言葉に、「任せろ!」「食うぞ~!」と返事が返って来る。
「戦ってくれた者、治療に当たってくれた者、勝利を祈ってくれていた者、それを守ってくれていた者。お前たちのお陰で今がある。ただ、俺は昨日の事を過ぎた事だとそのままにするつもりはない。王都への報告とは別に対策を考え、近々発表させてもらおうと思う。だが、今日だけはゆっくりしよう。喜びを分かち合おう。…危機は去った! みんなよく生き残ってくれた! ありがとう! 勝利を存分に祝ってくれ! 乾杯!」
「「「「「乾杯~!!」」」」」
皆が酒や果実水の入ったジョッキを持ち、控えめに掲げたり頭上に上げたり、それぞれの乾杯の形をとって宴会が始まった。
☆
ラルフはいくつかの料理をメイドのマリアとミルに運んでもらい、家へと帰った。
足取りもしっかりしてはいたが、まだ顔色が悪い。とはいえ、HPが体調不良をしっかりカバーしている。ちゃんと食事と休息を取れば、2日後には完全復活するだろう。
ちなみに『増血』の魔術は使われなかった。
緊急時でもなければ自己治癒力に任せた方がいいのだ。具体的には、ステータスが伸びるという利点がある。ラルフも納得済みだった。
ラルフを見送ったリュートは、果実水をそれぞれ両手に持って街の入り口まで来ていた。正確にはシェリルの元へ。
「ご苦労様です」
「あ、ユ…リュートちゃん、用事でもあった?」
「ううん、様子を見にきただけ。異変は何もない?」
「そうね…、昨日の事がウソみたいにね」
街の門からは、いつも通りの風景が見えていた。
戦場となった草原はリュートによって直され、土の壁もリュートによって解体済みである。
「そう思っちゃうのも仕方ないよ、はいこれ」
「あ、ありがとう。…う~ん、どんな話し方をすればいいのか悩んじゃうんですけど!」
「どうしたのいきなり…」
「だって見た目は10歳くらいの少女なのに、中身は…中身? まぁいいや、中身はユートさんなんだもん! 普通に話したらいいのか、丁寧に話せばいいのか分かんないんだもん!」
「あはは、なるほど。それなら普通に話してもらえばいいよ。後で分かる事だけど、私もジャガーバルト家の一員になったから」
「………うん?」
シェリルは混乱した。
リュートとラルフが話していた時には既にシェリルは出掛けていて、その話を知らないのだ。混乱するのも無理はない。
いきなり一員になったと言われても分からず首を傾げ、受け取った果実水を一口飲んで、再び首を傾げた。
「私…じゃない、侑人が居なくなる前にラルフさんが言ってたの覚えてる? 家族にならんかって」
「あ、あ~~!」
「それを受けたの。つまり私は今、ジャガーバルト家の末の娘…シェリルさんの義理の妹ってこと。よろしくね、おねーちゃん?」
「お…お姉ちゃん…」
口に出した後に心の中で反芻し、頬をほんのり赤く染めてモジモジするシェリル。…妹が欲しかったのかもしれない。
「家族…妹に敬語なんていらないでしょ?」
「…ふふ、そうね。ユートさんにも変身出来る事を知ってると複雑だけど、少なくともその姿の時は妹として見る事にするわ。よろしくね、リュ…リュート」
「あはは、よろしく、シェリルお姉ちゃん」
「あっは~!?」
リュートに背を向けて顔を両手で隠しながらしゃがみ込み、イヤイヤと頭を揺らしながら「かわいいっ…は~~!」と呟いたシェリル。頬が赤い、イジリ倒したら鼻血を吹くかもしれない。
ちなみにシェリルは今、1人で門番として職務中である。いくら住民総出の宴会とはいえ、街を訪れる人間がいないとも限らない。今の所来客は無いが…もとい、基本来客の無い街だが。
この時間帯、宴会中の門番役はシェリル自ら立候補した。
中には他の兵士から、
「俺が代わりにやるよ!」
「俺も一緒に番をさせて下さい!」
との申し出があった。好感度上昇を狙う者、2人きりであわよくば…を狙う者を、
「いえ大丈夫です。皆さん楽しんできてください!」
とキッパリ断っていた。領主の娘としての責任感か、真面目である。
イヤイヤモジモジから再起動したシェリルは、街の内外に気を配りながらリュートと雑談を続けた。
「自分の事を呼ぶ時って、前までは俺って言ってたよね? 今は私って言ってるの?」
「ううん、姿が変わると一人称もなんとなく変わるんだよね。精神が肉体に引っ張られる感じで」
「うわ~、こんがらがっちゃいそう…」
「あはは、でも今は案外間違わないよ? 自分の声を聞いてると…今なら自然と私って出るし。意識してれば俺って言えるし。最初はまぁ…、別の面で色々苦労したけどね」
「苦労?」
「まぁほら…。大人が子どもに、男が女になったりすると…普通はならないけど、柔軟性とか筋力とか、ステータスも違って、身体の大きさの齟齬もあったりして。それも苦労ではあるけど、身体の作りが違うからさ? その…、トイレとか…」
「………、ユートさんのエッチ…」
「生理現象だから! それに今はリュートです~!」
エッチと言いながら赤くなるシェリル。生理現象だから仕方ないのは事実である。
リュートもさすがに「エッチって言う方がエッチです~!」とまでは言わなかった。
「銀の盾の皆さんは、すごく積極的にユートさんの事探してたんだよ?」
「そうだったんだね…、ありがたい話だよほんと。銀の盾の皆にも私の事話しておかないといけないかな」
「それがい…あっ!」
「な、何?」
「私覚えてたよ!フラグってやつ! ジャックさんがミランダさんに結婚…あれ? 告白かな…? しようとしてたんだよ、昨日の戦闘中」
「それは…、なんて危険な事を…」
「ちゃんと止めたんだよ?私。その後皆に「え~?」って目で見られちゃったけど…」
「おお!私は褒めるよ! いい仕事したね! さすがシェリルお姉ちゃん!」
「ぐっふぅ!」
シェリルが再びモジモジモードに入ってしまった。シェリルお姉ちゃんと呼ばれるのがツボなのかもしれない。
大きな戦いの前に大事な約束をしたりする事を死亡フラグなどと呼んだりするが、絶対に死ぬと決まっているわけではない。
約束をして無事に帰り、結婚して末永く幸せに暮らす者も多いはずである。ジンクスを信じるならやらないに越したことはないかもしれないが。
「あ~、もしかしたらジャックさんとミランダさんがギクシャクしてるかも? 私…侑人がいない間に付き合い始めたって話を聞いたりした?」
「聞いてはないよ。ギクシャクしてるかは、どう…かな。今日は見かけてないから…」
「私も同じく…、あとで私の事を伝えるついでに様子見てみよっかな」
「そうだね。宴会が終わったらうちで話し合いするんだっけ、その時がいいかもね」
「ミランダさんの加入には私も関わってるからね」
話がひと段落したので、リュートは街の広場の方へ戻っていった。正確には家で療養中のラルフの所へ。
領主宅で今後の事を話し合う予定なのだが、銀の盾他数名にも参加してもらうよう伝えるつもりだ。
宴会に参加している皆は、リュートの武勇伝や教会での行動をもちろん知っている。その話を肴に酒を飲んでいる者もいるくらいだ。故に…声を掛けづらい雰囲気が伝染している。
遠巻きに…だが興味津々な視線を受けながら、リュートもそれに気付きつつ、苦笑いしながら広場を進んでいった。
☆
「皆、よく食ったか? よく飲んだか? 大いに生きてる事を実感してくれたか? 俺はたっぷり休ませてもらったがな」
宴会開始の宣言から3時間程が経ち、広場に戻ってきたラルフが台に乗り、話し始めた。
皆ほどよく酔っぱらっており、領主であるラルフの言葉に「おぉ!」と合いの手を入れたり笑ったりしていた。このやり取りが成立する辺り、好ましい領主の形だとリュートは思った。
「一旦ここでこの宴会は終わりにさせてもらうが、飲み足りない者、騒ぎ足りない者もいるだろう。止めはしないがここからは自腹だ。金がかかるからそのつもりで飲み食いしてくれ」
日はまだ高く、時間で言えば午後3時。お開きとするには早いと思ってしまうのが普通である。
しかしそれぞれに事情はあるものだ。翌日の仕込みをする者もいれば家の用事がある者もいる、広場の片付けもそうである。
「と、ここで2つ言っておく事がある。まず1つ、これは連絡だな。銀の盾のメンバーはすまないがこの後、俺の家まで来てくれ。もう1つは…」
ラルフが後ろを振り返り、即席の演説台の後ろに待機していたリュートに上ってくるよう促した。リュートの腰には、先程までは無かった短い刀が差されている。
「この子の事だ。昨日直接目にした者も多いだろう、この3時間ほどの間に耳にした者もいるだろう。この子の名前はリュート。モンスターと戦い、皆の怪我を癒し、この街を救ってくれた英雄だ」
「「「「「おおおぉぉ!!」」」」」
かわいらしい少女というアイドル性もあってか、広場から大きな歓声が上がる。主に男連中から。侑人としてもリュートとしても心境は複雑である。
『拡声』の魔道具を渡されたリュートは口を開いた。
「英雄ではないです、見た目通りの女の子ですから」
ラルフへの多少の抗議から始めたスピーチだったが、「イヤイヤ…」という声が住民の中からちらほらあがる。さもありなん。
「え~っと…そうですね。改めて言いますが、私は英雄ではありません」
きっぱりと否定したリュートの言葉に、周りは静まり返った。2回目の否定は、何故か妙に惹き付けられる…説得力のある言葉に聞こえた。
「確かに私は多くのモンスターを倒し、治せる怪我を治しました。それを見れば確かに英雄と思えるかもしれません。ですが、死者を出す事なく、完全勝利という形になったのは皆さんの力です。皆さんが家族を、友達を、共に戦う仲間を助けて、全員で守ったからこその完全勝利です」
話を聞いていた皆が隣の人間を、愛しい家族を、親しい友人を、共に戦った仲間を見て、再び少女に視線を戻した。
「死んだ者を生き返らせる術はありません。もし死者がいれば、心の底から祝う事は出来なかったでしょう。それが皆さんが慕う領主様であれば尚更…。今皆さんがこうしていられるのは皆さん自身の力です。一丸となって街を守った皆さんの力です。私はその土台の上でおいしい所をもらっただけ。『英雄』である皆さんのお陰で、この街は救われたんです。街を救っていただき、本当にありがとうございます」
リュートが台の上で礼を言い頭を下げた。同時にリュートの腰にある刀から、チリンと音が響いた。
ジャガーバルトを拠点にしている冒険者、小さな街の治安を守る兵士、その街の商人、職人、住民。ごくごく一般的な生活をしている者が『英雄』と呼ばれる機会など一生のうちにあるだろうか。
嬉しさか恥ずかしさか、頭をかいたり頬を指先でかく者がちらほらいる。少なくない人間が幸福感に包まれていた。
「その上で私を『英雄』と呼びたい人もいるかもしれません」
頭を上げたリュートのスピーチはまだ続いた。
「止める事はしませんが、私にはリュートという名前があります。これからこの街で過ごしていくので、『英雄』ではなく名前で呼んでもらえると嬉しいです」
「「「「「………、えええぇぇぇ!?」」」」」
言われた事を理解するまでに時間がかかったが、理解すると同時に驚きの声が揃ってあがった。
笑顔で両手を突き上げ歓迎の意を表す者、「ヒャッホー!」と喜びを露にする者、胸の前で両手を組んで祈る者、興奮気味に鼻息の荒い者。行動は様々だ。
門番さ…シェリルさん、最後の人です。
「改めて、私はリュート…リュート・ジャガーバルト。領主様の娘になりました。よろしくお願いします」
「「「「「「「おおおぉぉ!?」」」」」」」
「「「「「「「わああぁぁぁ!」」」」」」」
ペコリと頭を下げたリュート。広場にいる皆が歓迎の雄叫びをあげたが、
「おとーさん、上手に出来ました」
「お、おう。今言うんじゃねぇ、せめて後で言え」
「「「「「「「あはははは」」」」」」」
すぐさま父娘のやり取りによって笑い声に変わったのだった。
ギリギリタイトル回収…?




