63.『勇者送還』
簡単な前話あらすじ
・やった事あった事のアレコレ
・サプライズ露天風呂
・youはどうやってマギカネリアに?
ルクセウス王国、王城、謁見の間。
この場には今、限られた者だけが集まっている。
「陛下、お世話になりました」
「ほっほっ、儂としても楽しい時間じゃった。いつかまた会える事を願っておる」
「なはは、いつかきっと」
「うむ。…タイガ、レン、マイ、ミキ、ミオ、クルミ、ノゾミ、ノア。達者でな」
「陛下もお元気で」
「「「ありがとうございました」」」
「それじゃ、俺らは帰ります。見送りありがとうございました、先輩?」
「…ふっ、ふふっ。俺ともまたいつか会ってくれ、後輩達」
「なはは、侑人さんに頑張ってもらいましょ」
「だな」
「またなLEO」
「あぁ、また。皆元気でね」
「そっちこそ。…色々と頑張りーや」
「まずは師…侑人さんにたっぷり鍛えてもらうよ」
バラダット、レイヴン、LEOと順に話し終えると、大我達は謁見の間にある巨大な魔法陣の中心へと移動した。
8人の服装はこちらにやってきた当時のもの。2カ月の間に伸びた髪もそれなりに整えられている。
冒険者生活を送っていたお陰か、全員顔付きが逞しくなっている様に見えるが、一番見た目に変化があるのは…金髪&短髪が黒髪&短髪になっている大我かもしれない。
「よーし、忘れ物はないかー!みんなー!」
「熱血引率先生いらんねん」
「うふふっ。大丈夫よ侑人さん、皆リラックスしてるから」
「バレテーラ…。それじゃ、始めるよ」
「分かった。何から何までありがとな?侑人さん」
「「「ありがとうございました!」」」
「5年後、皆で待ってるわ」
「「「待ってます!」」」
「…なんか打ち合わせした? 卒業式みたいになってない?」
「ちーっとだけな?」
「したんかい」
別れの時が近付いているというのに、この場の誰もが笑顔を浮かべていた。
「…さて、いくよ?」
「おう」
「皆、またね。…『勇者送還』!」
魔法陣が輝き、謁見の間を光が埋め尽くす。
3秒程で輝きは弱まり、光が完全にが収まると、大我達8人の姿は消えていた。
☆
「………。無事に帰れたかな…」
大我達の居なくなった謁見の間に侑人の声が響く。
「気になる気持ちは分かる。無事に帰れたはずじゃ。それとも失敗の要素が残っておったのか?」
「いえ、それはありませんでしたけど…」
「なら問題無かろう。実験に実験を重ねておった。魔法陣は何度も見直しをしておった。ニホンへ帰ってからの事も入念に打ち合わせをしておった。大丈夫じゃよ」
「…ありがとうございます」
侑人は一度深呼吸をし、
「さて、次は日本とマギカネリアを行き来する魔法陣の構築かな」
次の目標に向けて「待て待て」…止められた。
「まずはしっかり休め。明らかに休息が足りておらんじゃろうに。ジャガーバルトにも長い事帰っておるまい?」
「あはは、確かに…。一度帰ってゆっくりするのも必要ですね」
「うむ。次に行うのは、召喚や送還と違い、ニホンとマギカネリア間を転移する様な…形…のうユート殿」
「はい?」
「…タイガ達に転移の印を記したものを持たせれば、…あちらで印してもらえば、簡単に行き来可能になったのではないか…?」
「………、あぁ…」
侑人の膝から力が抜け、その場に両膝と両手を付いた。
orz←この状態だ。
やっちまった感が漂ってしまっている。
「思い付かなかった…。召喚と送還ばっかり考えてた…。いけるいけないはともかく、試しに持って帰ってもらう事は出来たのに…。いやでも、そんな簡単に使ったらダメなのでは?」
「ユート殿の助けになるのであれば、それに越したことはない。…まぁ、儂ももう少し早く気付けば良かったのじゃがのう…」
「いえ、お気遣いいただきありがとうございます。懸念はありますしね? 転移魔術が…世界を越えられるのかどうか」
「…確かにのう。…いかん、このままではユート殿が休めぬ。この話はいずれまた行おう。まずは家に帰り、ゆっくりと休んでくれ」
「あはは…。ありがとうございます陛下」
侑人はLEOを連れ、ジャガーバルト家へ向かった。
…その道中、何度も溜め息を吐いていた。
一方、残された2人…バラダットとレイヴンは、
「…侑人にも、案外ああいった面があるのですね」
「ほっほっ。付き合いが長くなれば、これから何度も見る機会があるじゃろうて」
「ふっ、そうですね」
侑人を話題にして微笑んでいた。
☆
侑人が家へ帰って間も無く、レイヴンは王都を出て…ラグナロクに乗って帝都へと帰っていった。
王国と帝国が真に手を取り合える日を一日でも早く実現する為に。
ラグナロクが王都から離れていく姿を遠目に見届けたバラダットは、王城の研究室を訪れていた。
「これは陛下。送還は成功したのですかな?」
対応にやって来たのは室長のジラーナ。
少々背の低い、白髭の似合う…好奇心旺盛なお爺ちゃんだ。
ソフィアの治療に薬が使われたと聞いた時や、『快楽宴』騒動で侑人が使っていた仮面を見た時に、ちょこちょこ主張していた人物である。
「うむ。タイガ達は無事に帰っていった。…はずじゃ」
「こちらから観測する事は不可能と言っていいでしょうからな…。女神の魔法陣を…『使者』による700年の研究を僅か2カ月で解明・調整をしてみせたユート様に、儂は興味が尽きませぬ」
「『勇者召喚』自体、研究者として興味の塊であろう?」
「はっはっ、違いありません。が、『勇者召喚』は資料を含め、陛下が禁書に指定なさいました。陛下の信頼を失ってまで好奇心を優先するなど、儂を含めこの場の誰もいたしませんとも。…ところで、陛下はどうしてこちらに?」
「おっと、そうであった。次回ユート殿が城へ来た時の為に、資料を見繕っておこうと思うてな」
「…陛下はユート様を大変気に入っておいでですなぁ」
「あれほどの男じゃからな。100年…いや、1000年に1人の男じゃと思うておる」
「左様でございますか。…いよっと。『勇者召喚』を除く『使者』の残した資料の一部でございます。残りは奥にありますので持ってまいります」
「助かる」
ジラーナは一礼し、その場を離れた。
「…しかし、通常の書籍や辞書ばかりのようじゃな。魔法陣の研究に必要だったのじゃろうが…。これだけの中から何を選…うん? …これ…は…」
研究所に保管されていた『使者』関連の書物。箱に詰められていたその中の一冊を取り出したバラダットは、
「っ!? ………」
一瞬息を呑み、深く考え込んでから…
「陛下、残りの…陛下? いかがされました?」
「すまぬ、用事が出来た」
ジャガーバルト家へ向かった。
☆
ジャガーバルト家の応接室には今、ラルフとバラダットがローテーブルを挟んで…向かい合って座っている。
ソファーに座るバラダットの横には包みが置かれている。
「突然の訪問になってすまぬな」
「いえ。何か問題が起きた…のでしょうか? 陛下自らお越しになる程の…」
「緊急…ではないのじゃが、皆がジャガーバルト領へ戻る前に、どうしてもユート殿に見てもらいたいものがあったのじゃ」
「そうでございましたか。では彼を呼んでまいります、少々お待ちください」
冷静そうなラルフだが、心の中ではド緊張していた。
が、訪問の目的が自分ではないと分かると、緊張から解放され…落ち着きを持って応接室を出ていった。
入れ替わりでやってきたのはもちろん侑人である。
「失礼します。先程ぶりですね陛下」
「ユート殿。邪魔しておる」
「いえいえ。…それで、俺に見てもらいたいものがあるとか…」
「うむ。これなのじゃが…」
そう言いながらバラダットは包みを開き、一冊の本を取り出してローテーブルの上に置いた。
十字に縛られているベルトが、どことなく本を封印している様に見える。
ただ、ベルトで縛られていても…表紙の文字は見えていた。
「………。賢者の書…下巻…」
「ユート殿がガーハンテの別邸から持ち帰ってくれた資料の中に、これがあったのを見つけてな。見るからに怪しく、手に取ると淡く光ったのじゃ」
「光った…?」
厄介そうな匂いがプンプンする。
「うむ。が、光はすぐに消え、それ以降光を放ってはおらぬ。光ったのは最初に触れた時の1度だけ。本に他の異変はなく、儂にも異常はない。が、安全と判断するには…な。ユート殿に休めと言った手前、どうしようかとも思うたのじゃが…」
「そう…でしたか…」
(光が出るとか絶対普通じゃない…。少なくとも、あの時に光った覚えはない。ガーハンテの家で根こそぎ詰め込んでた時、10冊くらいまとめて持ったりしてたから、丁度俺が触ってなくて光らなかった…? 俺が触って光るかどうかも未知数だけど。…うん、未知数が過ぎる。今ここで何かするのは避けた方がいいか)
「俺の事は気にしないでください。何かあってからじゃ遅いですからね?」
「ありがとうユート殿。以前アレの話を聞いておっただけに、そのままにしておくのはマズいと思い、ここへ持ってきたのじゃ。すまぬな」
アレとは、現在リュートが持っている…以前ライオネル家にあった『賢者の書』の事である。
バラダットが禁術に指定したヤバい魔術が載っていた本と考えれば、下巻とやらにも同等以上の危機感を抱くのは当然だろう。
「いえ、それは全然いいんですけど…。今の所、ステータスや身体に異常はありませんか? 些細な事でも」
「一切ない。逆にそれが不安なくらいじゃ」
「ですか。…突然何かの魔術が発動する、なんて事はないと思いますが、著者が著者ですからね…。この場では開かない方がいいでしょう。…お預かりしておきましょうか?」
「頼めるか?」
「もちろんです」
「ありがとうユート殿。…先程は『見てもらいたいものがある』と言うてしまったが、ユート殿の元以上に安全な場所はない、そう思うて持ってきたのが正直なところじゃ。研究室で何かが起きてしまう可能性を考えてしまってのう…」
「あはは。本が光るなんて知ったら、室長さんがとても興味を持ちそうですしね? …では失礼して」
侑人はリュートに『CC』し、本に触れないよう気を付けながら『インベントリ』へ収納した。
そのまま数秒様子を見て、異常がなさそうだと判断してから侑人の姿へ戻った。
「む?」
「? どうされました?」
「いや、ふと目に入ったのじゃが…。ユート殿は首飾りなどしておったじゃろうか、と思うてな」
バラダットの目に入ったのは首飾りの紐だけで、本体は見えていない。
「あぁ、なるほど。家にいる時は付けてるんです」
バラダットの疑問に答えながら、侑人は服の下になっていた首飾りの紐をつまみ、服の外へ出した。
(っ! あれは…)
「…シャルちゃんからいただきました。素敵なものを貰ってばかりだから、お返しのお守りをって」
「………、ほっほっほっ。シャーロットからのお守りか。そうかそうか、そうであったか。よく似合っておるのう?ユート殿」
「あはは、ありがとうございます」
「ほっほっほっ」
バラダットは、国王として…その首飾りの正体を知っている。首飾りを渡す事の意味も知っている。が、侑人にその意味を知っている素振りがない。
シャーロットが首飾りを『お守り』として渡してしまった経緯を想像し、バラダットは微笑ましさから大きく笑ってしまったのだ。
と、そこへ…
「あれ?」
「どうし…うん? 何やら外が騒がしい…か?」
「みたいですね…」
ジャガーバルト家の前には今、バラダットの乗ってきた馬車が待機している。護衛の兵士もいる。
その兵士と誰かが言い合いをしている…らしき声が微かに聞こえてきたのだ。
「…行こう、緊急の用事であればその方が早い」
「分かりました」
バラダットと侑人が応接室を出ると、すぐ近くにラルフがやって来ていた。
「陛下、何やら外が…」
「うむ。儂も聞こえたのでな、向かおうとしておったところじゃ」
平時であればメイドのアリアが状況を確認する場面。家主であるラルフが状況を収める場面。
だが、今はバラダットが来訪中。そして大勢の兵士が待機中。とても平時と呼べる場面ではない。
それ故にアリアもラルフも行動を慎み、対応を兵士に任せる形で…バラダットにお伺いを立てに来ていたのだ。
『お願いだ! 家に入れてくれるだけで、領主様に一言伝えるだけでいいんだ! 頼むよ!』
『そうはいかない。今は誰も通せないのだ。だからどうか立ってくれ。そこまでする想いは汲んでやりたいが、無理なものは無理なんだ』
『そこをどうか、そこをどうか!』
「え…、この声…」
侑人達3人が玄関に近付くと、話の内容がよく聞き取れるまでになっていた。
その声に聞き覚えのあるラルフと侑人が顔を見合わせた後、ラルフが口を開いた。
「陛下、家の前にいるのはおそらく…ドラゴンの内の1人かと…」
「なんじゃと!? す、すぐに入ってもらえ!」
「は、ハッ!」
焦りを見せながらバラダットが指示を出し、貰い焦りをしたラルフが思わず臣下の礼を取りながら答えた。
バラダットにとって、ドラゴンは貴賓的な扱いだ。ラッシュ達と顔合わせをした時の態度や言葉遣いからも、それは窺えるだろう。
そんなドラゴンが、必死に領主であるラルフに会いたがっている。ただ事ではない。そう認識したバラダットが焦ってしまうのは当然だろう。
…ついでに言えば、兵士が止めている相手がドラゴンだと知らされれば、…若干とはいえ兵士が上からの雰囲気で対応していると知ってしまえば、焦ってしまうのも無理はない。
対応は迅速に行われ、訪問者のリンディーが家にあげられた。
ここにいないはずの、…ジャガーバルト領にいるはずのリンディーが何故ここにいるのか。何故必死になっていたのか。
その答えは…リンディーの放った言葉に込められていた。
「領主様! 夫人が、ミリアが倒れた!」
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