33.私はユート先生の…師匠なんだから(IFストーリー)
IFストーリー後編
引き続きミュリアル視点です。
side:ミュリアル
私は、目の前の出来事を飲み込めず、動けなかった。
ユート先生が倒れた。
倒れて、身体を丸めてる。
脇腹を抉られてる。
その抉られた傷口から、血が流れ出てる…。
傷自体はすぐに死ぬ程の深いものじゃない。街にいるシスターの『ヒール』でギリギリ治せる範囲のものだと思う。ポーションを飲みながら街へ戻って教会へ行けば助かる。
…でもそれは、『ヒール』やポーションが効く人の話。…ステータスがある人の話。
「ぁっ…、ぐ…」
「バ…バカ…野郎…。お前が怪我して…どうすんだよ…」
ユート先生の口から、苦しそうな声が漏れてる。
ユート先生を守る事は沢山考えた。いつ、どこから襲われても対処出来る様にって、沢山考えた。
でも、…守れなかった後の事は…考えてなかった。
違う…、考えたくなかったんだ…。怪我をさせてしまったら…出来る事が無くなるから…。
「あなた! そんな場合じゃないでしょう!? ミュリアルも呆けてないで! 血を止めるのよ!」
「ラルフ! こっちの事はいい! 早くユート殿を連れて街へ戻れ!」
ミリアの声は聞こえてた。ニックの声も聞こえてた。
…聞こえてただけ。私はユート先生を見つめたまま…動けなかった。
血を止めたその後は?
傷を治す為にする事は?
何をすれば助けられるの?
ユート先生に教わった事も頭に浮かんだ。
チキュウには回復魔術が無いから、怪我や病気をしたらビョーインに行く。
怪我を治しながら移動出来る乗り物がある。
空を飛ぶ乗り物で怪我人を運ぶ事もある。
病院には、体の中を映し出す魔道具のようなものがある。
思い出した話の中に、ユート先生の怪我を治せそうなものは無かった。
心臓の音が大きい。ドクンドクンと耳元で鳴ってる。
いくら考えても答えが分からない。このままだとユート先生が──
「何してる! 『ヒール』! ポーションはないの!?」
動けなかった私の前に現れたのは、冒険者の漆黒だった。
すぐにユート先生の側に座って『ヒール』をかけ始めた。
「漆黒…? お前さん、回復魔術が使えるのか?」
「そんな事はどうでもいい! ポーションを早く!」
…私は、何をしてた?
必死に助けようとしてる人がいるのに、ただ立ち尽くして考えてただけ。
今しなくちゃいけない事は何? 行動する事。
行動を起こさなければ、ユート先生が本当に死───
「漆黒、ユート先生にポーションは効かない。…『ヒール』も効かない」
やっと私の口から出た声は、凄く震えてた。
「そんな事が…」
「ユート先生には…魔力も無くて…ステータスも無い…。ポーションも『ヒール』も…効かない…。私達じゃ…助けられない…」
声が震えてたんじゃない。私は…泣いてたんだ…。
口に出した事で、私は現実を理解してしまったんだ…。
ユート先生を…助けられないって…。
「………」
漆黒は無言で考え込んでる様子だった。『ヒール』はかけっぱなし。
ユート先生の呼吸は荒くなってる。流れてる血も多くて、顔色も悪い。『ヒール』は…多分効いてない。
でも…漆黒は諦めてなかった。
「…ひとつ、試したい事がある。この場を離れる。邪魔をしないで」
漆黒はそう言うと、私達の返事を待たず、ユート先生を優しく抱き上げて、街の方へ歩いていった。
有無を言わせない強い言葉だった。それでいて、ユート先生を大切に運ぶ姿は…深い優しさを感じた。
☆
「『サイクロン』!」
「飛ばし過ぎだミュリアル! 温存しろ!」
ユート先生と漆黒の姿は、最前線と街の中間くらいで突然見えなくなった。
あの現象は多分…結界魔術。感じた魔力量からしてもそうだと思う。
モンスターと戦えて、回復魔術が使えて、結界魔術も使えて…。
おばあちゃんと同じで、漆黒も色んな魔術やスキルを使える…んだと思う。色んなスキルが使えるエルフがいる事は、ユート先生にはまだ伝えてない。もしも伝えた時…私がそうじゃない事にガッカリされるって思ってしまったから。
…漆黒の正体はエルフなのかもしれない。
「ふぅっふぅっ…」
ユート先生が助かったのかは分からない。分からないけど、私達には…ユート先生を救う手段が無い。
…漆黒を信じるしかなかった。
「…ごめん、もう大丈夫」
「そりゃそうだろうよ。モンスターが殆ど風で巻き上げられて、倒す相手が居なくなっちまってるからな」
あの後、ラルフは兵士の肩を借りて街に戻った。
残された私達は、モンスターの殲滅を再開した。
私は、戦いながらユート先生の無事を祈ってた。
無事を祈りながら、こんな事になってる理由を考えてた。
ユート先生には、ラルフに迫る槍が見えてた。だからラルフを突き飛ばした。
その槍は、ユート先生の脇腹を抉って、地面に斜めに刺さってた。
人族が使うよりも大きな槍だった。オークロードが使う槍。
やっと、ユート先生に傷を負わせた相手を認識した私は、ゆっくり近付いてきてたオークロードを討伐した。
…多分、漆黒が何かしてたんだと思う。オークロードのHPが減ってたみたいで、すぐに討伐できた。
討伐したのに…全然怒りは収まらなかった。ユート先生に傷を負わせたオークロードに対して。そして…ユート先生に傷を負わせてしまった私自身に対して…。
魔術でモンスターを全部巻き上げて、魔術の範囲から漏れたモンスターを冒険者達が倒して、モンスターが一時的に居なくなった事で、…少しだけ落ち着きを取り戻せた。
「派手にやったな…。朗報を持ってきてやったぞ」
「ラルフ、膝はもういいのか?」
「あぁ、シスターに怒られたがな?」
「ラルフ、朗報って?」
「ユート殿は助かった」
………助かった? …ユート先生が、…助かった?
「とはいえ、出血が多かった。すぐに動ける状態じゃない。今は教会に運ばれて安静にしているはずだ」
「…あの傷は?」
「漆黒による回復魔術が効いたらしい。顔色は悪かったが、傷自体は無くなっていた」
「そう…」
「おっと、まだ戦闘中だ。気を抜くには早いぞ」
体中の力が抜けて座り込みそうだった私は、ラルフに支えられた。
漆黒がどうやってユート先生を助けたのかは分からない。ステータスがなくても傷を治す方法、回復魔術が効かなくても回復させる方法、…いくら考えても思いつかない。
ただ、ラルフがこの場限りの嘘をついているとは思わなかった。
「…俺達はユート殿の無事を今聞いたんだ。気が抜けるのも当然だろうよ」
「それもそうか」
「ユートさんは、本当に大丈夫なの?あなた」
「あぁ、………」
「…あなた?」
「…いや、すまん。ユート殿が漆黒に背負われて教会に運ばれてきた時、少しだけ話をしてな。怪我はなかったですか?って心配されちまった。お前さんに助けられたって伝えたら、怪我をしてすみませんって謝られたよ」
「………」
「自分が死にそうだったくせに俺の心配をして…、補給が続けられなくなった事を謝って…、そのまま部屋へ連れて行かれた」
「漆黒はそのままユート殿の看病をしてるのか?」
「だと思う。ユート殿が助かった事を伝えるのが優先だと思ったから、俺はここへ戻ってきたんだ。…ミュリアル」
「ん…」
「このよく分からない戦いを終わらせて、ユート殿の見舞いに行くぞ」
「…うん。…うん!」
ユート先生は助かった。今は教会で安静にしてる。
私が…私達がやる事は、この戦いを終わらせる事。
森から…ううん、初級ダンジョンからまたモンスターが出始めた。
「『ウィンドカッター』!」
私はゴブリンやグレイウルフを無視して、危険度の高めなレッドウルフとブラックウルフの討伐を続けた。
☆
氾濫が始まって3時間は経った。
計画的に休息を取って、効率よく討伐を続けた。
…この戦いの終わらせ方が分からない。
ダンジョンから出てくるモンスターを全滅させればいいのか、それとも…大元があって、それをどうにかしなければこの戦いはずっと終わらないのか。
終わりが見えるのと見えないのとじゃ、集中力もやる気も全然違ってくる。
ユート先生が言ってた、ダンジョンコアの存在。その確認だけでもした方がいいんじゃないかと思って、ラルフに声をかけようとした。
「ラルフ───」
その時、街からやってくる人物を見て、声が止まった。
「…漆黒、ユート殿の様子は?」
「ん、大丈夫。今は教会のベッドで眠ってる」
「そうか。改めて感謝する、ユート殿を救ってくれてありがとう」
「ううん。私が助けたかったから助けた、それだけ」
「…そうか」
「私も戦いに参加する。私があなた達を守る」
漆黒はそう言うと、森へ向けて歩き始めた。
それと同時に、森から大きなプレッシャーを感じた。
「………オーガ」
ニックが森の方を見ながら、そう口にした。
「オーガ…、あれが…。ランクは?」
「資料でしか見た事が無いが、…ランクは8だ」
「あなた達はここに居て。私が倒す」
「!? 1人じゃ危険過ぎる!」
「大丈夫、すぐに終わらせる」
「すぐにって…」
「アレを倒す、ダンジョンに突入する、最奥に原因が無いか調べる。この戦いを終わらせるって約束した。早く終わらせて、ユートの所へ帰る」
漆黒が猛スピードでオーガへと突撃していった。
その速さは、今まで私が見たどの冒険者よりも…ううん、エルフや獣人族を含めた誰よりも速かった。
オーガに肉薄した漆黒は、腰の剣を抜いてオーガの腕を斬り飛ばしていた。
「回復術師…じゃない? 剣士…? 漆黒は一体…」
(守る…、約束…、ユート…)
ニックが漆黒について考えてたみたいだけど、私の頭の中は…漆黒の言葉でいっぱいだった。
私は漆黒の姿を見ながら、何故か胸の痛みを覚えていた。
☆
結局、スタンピードは漆黒がオーガを倒した事で収まった。
オーガが討伐された途端、森から出てきていたモンスター達が消滅してしまった。
気を緩める事無く、ダンジョンの最下層まで調べに行って、モンスターが1匹も居なくなった事を確認した。…最下層には得体の知れない黒い渦があったけど、話し合いの結果…放置する事になった。
…それと同時に、行方が分からなくなっていたララの…遺体を発見した。
「………ララちゃんが、…そうですか」
戦いが終わった事と、ララの事を伝えられたユート先生は、ベッドに寝たまま…静かに泣いていた。
翌日には宴会が行われたけど、ユート先生は教会のベッドで過ごして、漆黒が付きっきりで看病をしてた。
☆
それから半月が経った。
漆黒とユート先生の間でどんな話があったのかは分からないけど、2人は家を借りて一緒に住む事になった。
付きっきりで看病をするなら、その方がいいのは間違いない。ユート先生の傷が治ってても、突然体調を崩す事があるかもしれないから。そんな時に治療できる人が近くにいるのは安心だから。
漆黒はユート先生を回復させる手段を持っている。それは確かな事。だから間違ってない。
ただ、…ユート先生と一緒に居られなくなるのは、ちょっと寂しいって思った。
更に半月が経った。
ユート先生の経過は順調みたいで、漆黒と散歩をしたり、遠出をしたりするのを見かけた。ララのお墓参りに行く姿も見かけた。
漆黒は鎧姿だから表情は分からなかったけど、漆黒と一緒にいたユート先生は楽しそうに見えた。
ユート先生が元気になって嬉しい。…嬉しいと思う気持ちと同時に、私の寂しさも増していた。
☆
それから1カ月が経った。
漆黒…ううん、シルヴィアとユート先生が結婚する事になった。
ユート先生とシルヴィアが1週間くらい遠出して戻ってきた時、シルヴィアは子どもを連れてきてた。
シルヴィアには子どもがいた。きっとシルヴィアの実家にいた子を連れてきた…んだと思う。
その子どもは、シルヴィアにそっくりだった。10歳くらいの女の子だった。
ユート先生との子と考えるには…計算が合わなさ過ぎるから。
子供がいて…シルヴィアはその上でユート先生と夫婦になるらしい。
…違う、ユート先生はその上でシルヴィアと夫婦になるって決めたんだ。
「ユート殿が結婚か…。漆黒の正体…じゃない、本来の姿があれ程の美人だとは思わなかったぜ」
「確かにそうね。嫉妬する気も起きない…って言いたい所だけど、羨ましいのかしら?」
「がっはっはっ、俺にはお前しかいないって知ってるだろう?」
「…私から言い出した事だけれど、改めて言われると…嬉しいというか…照れるわね」
「がっはっはっ! 俺達の友人の大切な時間だ。ちゃんと祝ってやろうぜ?」
「うふふっ、そうね」
「…王都から戻ってバタバタして、家族にならないかって誘った返事を貰う機会が無かったってのはあるが、まさかこうなっちまうとはな」
ラルフは、ユート先生から何かしら事情を聞いてるんだと思う。
夫婦になって街に住むって事は、領主として知ってないと変だし。…友人と呼ぶ相手なら尚更。
「「「おめでとう!」」」
「おめでとうございます!」
「おめでと~ん!」
「羨ましいぜ、おめでとう!」
教会の前で行われたちょっとしたお祭り。ニホンでは結婚式って呼ぶらしい。
銀の盾やフランソワ、多くの冒険者や親しい人達が集まって、ミスズも王都からやって来て、祝福の声をかけていた。
喜ばしい事なのに、ユート先生は幸せそうなのに、私は…胸が苦しかった。きっと、今まで一緒に過ごしてきたユート先生との日常が遠くなったせいだと思う。
それでも私は、2人の事を祝福した。…ううん、ユート先生とシルヴィアとリュート、3人の事を祝福した。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「ほら、リュートもお礼を言って?」
「うん!おとーさん! ありがと~!」
自然と、涙が出てきた。
この涙はきっと嬉しさからくる涙だ。
ユート先生が幸せそうなんだから、涙が出るのは不思議な事じゃない。祝福するのは間違ってない。
私はユート先生の…師匠なんだから。
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