11.正直に答えろ
侑人がシルヴィアを抱きしめたまま『スリープ』の魔術を使って眠らせ、優しく抱き上げて血の海から脱出し、ゆっくり地面へ寝かせた。
(侑人…)
(俺は大丈夫。だけど…そうだな、とりあえず…)
侑人は『CC』を使ってリュートの姿になり、捨てられていた翼や角、鱗や爪に『洗浄』をかけて『インベントリ』に収納し、すぐにシルヴィアの元へと戻った。
パーツを回収したのはシルヴィアの治療の為。時間の設定を最遅にし、シルヴィアを正気に戻せた時に治療しようと考えての行動だ。
リュートは心の中で(ごめんなさい…)と謝りながらしゃがみ、『眼』を使ってシルヴィアのステータスを覗く。『増血』スキルを使いつつHPの確認をして『ヒール』で回復させ、『CC』を使って侑人の姿へと戻った。
(本当に大丈夫なの?)
(ん~…正直なところ、精神的にクるものはあるけどね。最悪は何度も経験させられたし、多少の耐性はあるつもりだったけど…現実だと思うとやっぱり辛いや)
(経験…ダンジョンにいたナイトメアね?)
(うん。あそこでの最悪はリュートに対してのものばっかりで…あの悪夢と今とどっちがマシとも言えないけど)
(…そうね。でも、彼女は生きてるわ)
(………だね)
肉体的には確かに生きてはいる。そんな言葉が浮かんだ侑人だったが、緋雨に同意する事にした。
緋雨の(彼女は生きてるわ)という言葉は、なかなか核心を突いていると思ったからだ。
(ほんと、緋雨がいてくれて良かったよ)
(な、何? 突然そんな事言われたら…驚くじゃない…)
そう言いながら簪を鳴らす緋雨は照れているのだろう。
緋雨の言う事は確かに合っている。この場の最悪とは、シルヴィアが自らの命を絶っていた場合だ。もしそうなっていれば、侑人にも手の施しようがなかった。
致命的な損傷の無い死後間もなくであれば、回復魔術での蘇生が叶う可能性はある。状態異常・心停止…という認識だ。
その情報源は桜華からだった。人族と魔族との戦争中、そういった場面は幾度もあり、助かった者もそれなりにいたそうだ。が、話を聞いたリュートも誰かで試すわけにはいかない実験とあって、もしもの時の大事な知識として持っている状態だ。…試す試さない以前に、ダンジョンではモンスター以外と出会わなかったのだが。
話が逸れたが、シルヴィアは確かに生きている。リュートが『眼』で確認した際には、HPが8割以上残っていたのも確認済みだ。『ヒール』をかけた事で、傷を負って減っていたシルヴィアのHPはほぼ満タンにまで回復もしている。もしもの時の出番は無かった。
(それで…これからどうするの?)
(…どうしたらいいんだろうな)
どうしたらいいんだろうというのは、途方に暮れているわけではなく、どれが正解なのかを考えての言葉だ。
侑人の中には、いくつかの選択肢があった。
シルヴィアの望むまま、リュートではなく侑人として竜の谷で生きていくという選択。
魔術の創造や応用で、侑人が居なくなってしまってからの記憶を封印するという選択。
それ以前の…シルヴィアが侑人と初めて出会った時からの記憶を消去するという選択。
リュートとして初めて創造に手を出した時…『CC』を創造した時よりもMPの最大値は上昇し、魔術に対しての理解も深まっている。適した魔術を創造する事は可能だろう。
魔術適性の数も増え、記憶を封印する魔術にも当たりがついている。時間はかかったとしても、術を施す事は恐らく難しい事ではない。
…ただ、確実に成功するという保証は無い。
他にも選択肢が浮かんでくる中、侑人はどんな選択をするのだろうか…。
☆
「ボグゥ!ドゥラッ!?エヴォン!?」
グルードが某青いタヌキに改名して自己紹…なんでもない、きっと空耳だ。
桜華のお礼参りが始まって1時間。グルードが気絶した回数は6回…たった今7回目となった。
リュートとダンジョンで過ごした2年間で、桜華は一般的なドラゴンを優に超える強さとなっていた。
オーディエンスと化しているドラゴン達は、グルードを圧倒する桜華に最初こそ驚いていたが、今ではグルードに対して冷めた視線を送っている。
「ほう、…こうこう、そしてこうか?」
ラッシュに至っては、『人化』した姿で桜華の動きを真似ている。ズボンに上半身裸という…なかなかワイルドな姿で。
「踏み込みと腰の回転を意識して、一連の流れとして撃つんです。全部じゃなく3発目に力を込めて、シッシッフッ!って感じで」
「ふむ、シッシッフッ! …なるほど。人族の体とは面白いものだな。狭い場所に行くには便利という程度に思っていたが、中々に興味深い」
桜華も桜華で、気絶したグルードをほったらかしにしてラッシュにアドバイスをしていた。
タイマン…対ドラゴンなのでタイドラだろうか? …語呂が悪いのでタイマンにしておこう。
タイマン開始から1時間の間、戦いを見ていたドラゴン達に桜華が事情を説明したり、今のように桜華がラッシュにアドバイスをしたりしていた。…グルードの気絶中に。
1時間もの戦いの割にグルードの気絶回数が少ないのはそのせいである。
…もしもグルードの気絶後に即回復・即戦闘と続けていれば、気絶回数は50回を越えていたのではなかろうか。約1分に1回ペースでの気絶…途中でグルードの心が折れていたかもしれない。
ここがもし地球ならば、世界記録を記したあの本に載りそうである。
ラッシュが桜華の真似をしているのは、一方的に負けて気絶させられてしまうグルードを心配してのこと…ではなく、単純に興味本位である。元より、侑人と桜華が来る前にグルードをボッコボコに殴っていたのは彼だ。
この場に集まっている他のドラゴン達も桜華からグルードの所業を聞かされ、グルードが気絶させられている今も同情する者は1体もいない。1時間前の、グルードに対して怒り成分が多かったドラゴン達の視線は、ゴミを見る様な視線へと変わっている。
グルードが気絶している間にそんな事が行われているなど本人に知り様もなく、そんな状況にあると気付ける事も無かった。加えて、毎回目覚めると目の前に桜華がいて戦いが再開されるので、周りからの冷めた視線に気付く余裕も無かった。
気絶させられて放置という高度なプレイをしているグルード。グルードへの興味を無くしたオーディエンス。人の姿で訓練を行うラッシュ。ラッシュにアドバイスを送る桜華。
そんな場面をカオスと呼べばいいのか、シュールと呼べばいいのか。
☆
ラッシュへのアドバイスを切り上げた桜華がグルードとの第8Rに向かおうとして…足を止めた。そして、侑人の進んで行った通路へと顔を向ける。その表情は真剣なもの。
桜華を見ていたドラゴン達も、桜華の見ている方向へと顔を向ける。
静かになったその場に、通路の奥からこちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。
徐々に大きくなる足音は1人分だけ。やってきたのは侑人かシルヴィアかと注目が集まり、そのシルエットが見え始める。
「「「おぉ!」」」
「ユート殿がシルヴィア様を…」
「………」
侑人がシルヴィアをお姫様抱っこしている。遠目にそれが見えたドラゴン達からは、シルヴィアが戻ってきた事で嬉しそうな声が出た。が、桜華は冷静だった。
シルヴィアを横抱きにしている理由、2人の話し声が聞こえてこない理由、近付くにつれて見えてくるシルヴィアが…血まみれの理由。それは一体何故なのかと考えていたからだ。
(戦ったのか? …いや、戦う理由なんて無いか。それに、もしも戦闘があったなら『気配察知』に引っかかるはず。何より…『洗浄』も使わずに戻ってくるなんて侑人さんらしくない)
桜華が考えを巡らせる中、他のドラゴン達も侑人との距離が近付いた事で状況が見え始め…困惑した。何故シルヴィアは動かないのか、何故シルヴィアは血まみれなのか、と。
ラッシュが震える声で侑人に話しかけた。
「ユート殿…、シルヴィア様に一体…いや!それよりも回復を!」
「お静かに。彼女は寝ているだけで、HPは『ヒール』をかけているので大丈夫です。…こんな状態のまま皆さんの前に連れてきてしまったら心配しますよね、すみません」
「…血を落とさなかった理由があるんです? いや…、HPはって事は、傷を負ってるまま…」
「うん。彼女は今も傷を負ってて、このまま傷を治せないんだ。その理由を説明する前に…『スリープ』」
広場まで戻ってきた侑人は、抱いているシルヴィアに念の為『スリープ』をかけ直し、シルヴィアを壁際に座らせ、桜華に面倒を見ていてくれとお願いした。
桜華は何も聞かずに了承し、HPの回復だけをするように意識して『ヒール』を使いながら、
(侑人さんの言ってた通り、確かに美人だ。そして…リュートによく似てる。…こんな形で再会するとは思わなかったよ)
心の中で再会の挨拶を済ませた。
「さて、みなさんに1つ報告があります」
「…何だろうか?」
侑人の言葉に、すっかり集団の即席リーダーとなっているラッシュが答えた。しかし、その意識の大半はシルヴィアに向いている。
他のドラゴン達もシルヴィアの状態が気になって仕方なかった。それでも侑人の言葉に耳を傾けている。
侑人の報告とは何なのか。大丈夫とは聞いていても、侑人から語られるのが良い報告なのか悪い報告なのかと考えてしまう。シルヴィアが血まみれで戻ってきた事から考えれば悪い報告だろう…と、ここにいるほぼ全てのドラゴン達は予想していた。
ほぼ全て…気絶しているグルード以外。
「報告…、まずは見てもらうのが早いですね。ちょっと光ります、『CC』」
…光ります以外に言い方は無かったのだろうかと思わなくはないが、実際のところ…侑人にも心の余裕はあまり無かった。
『CC』を使って光に覆われた侑人は、そのシルエットを小さくしてゆく。
「「「………」」」
「………」
ドラゴン達にとって、人族が光る事も、そのシルエットが小さくなる事も、それに応じて強さが少々増したと感じる事も、あまり驚きは無かった。
しかし、光が弱まって消え、そこに現れた少女の姿…シルヴィアが子どもになったかの様な少女の姿を見て、言葉を失った。
「改めて、初めまして。シルヴィアの子、リュートです」
☆
「………ん、…ハッ!?」
『ヒール』によって気絶から回復したグルードは、起き上がってすぐに戦闘態勢を取った。7回目ともなれば慣れたものである。…慣れる方向性…いや、言うまい。
「おはよう…グルード」
「っ! お前…失礼、戻られたのかユート殿。シルヴィア様の様子はどうだったのだ?」
戦闘は始まらず、グルードの目の前にはリュートの姿から戻った侑人がいた。声を掛けられたグルードは思わずお前呼びをしてしまったが、軽い謝罪と訂正をする程度には冷静さが残っていたようだ。
侑人から距離を開けてドラゴン達がぐるりと取り囲んでおり、その中には桜華の姿も見える。どういう状況なのかと推測しようとしたが、
「…聞きたい事がある、正直に答えろ」
グルードの問いかけを無視し、侑人は逆に命令した。
グルードに対しての侑人の言葉遣いは1時間前の再会時からタメ口だった。が、先程の言葉は命令口調になっており、それがグルードの神経を逆撫でする。
グルードの苛立ちが増しはしたが、グルードの位置からは侑人越しに桜華の姿が見えている。苛立ちを「ぐっ…」という言葉と共に堪えて話を聞く事にしたようだ。
感情に身を任せていた場合の想像は容易につく。…ボッコボコだろう。7回目ともなれば…いや、言うまい。
「…分かった。なんだろうか?」
「シルヴィアさんの事が心配だったか?」
「そうだな。谷の奥で食事もされずにおられるのだ、当然だろう」
「…そうなる原因となった、シルヴィアさんが止めに行った黄龍と黒龍のケンカ。アレを仕組んだのはお前か?」
「そうだ。…!?」
「ケンカをさせる為に、バルに噂を流しに行かせたのもお前か?」
「そうだ。なんだこれは!?」
「自分が疑われないように、バルを口封じの為に殺したのもお前か?」
「そう…だ。待ってくれ! 何が起きている!?」
「待たない。そのドラゴンに恨みでもあったのか?」
「恨みなど全く無い! それにそんな事はしていない! バルは私の派閥にいたのだ! 私が殺すわけがないだろう!?」
「では、誰がバルを殺したんだ?」
「私…が、殺…した。何なんだこれは!?」
殺したと認めて否定し、また認め。何も知らない者がグルードの言葉を聞けば、情緒不安定な…面白くもない一人芝居と思えるだろう。
この状況を前もって知らされていた桜華とドラゴン達は、グルードに向ける視線の温度を更に下げていた。
侑人がシルヴィアを抱いて戻ってきた後、リュートへ『CC』して自己紹介を済ませ、リュートの見た目に驚いていたドラゴン達にシルヴィアの状態…怪我を負っているという事が伝えられた。
その後、リュートは『眼』の力を使ってグルードの過去を覗き、色々と知る事が出来た。…ただ、長命種のドラゴンの過去となるとその情報量は多い。短時間で膨大な情報を覗いたリュートは、酩酊感のようなものに襲われてふらつき、桜華に支えられるという一幕もあった。
そんなハプニングがありはしたが、グルードの悪行はリュートに知られる事となった。それを周りに伝えようと考えたリュートは、グルードに自ら認めさせる事にしたのだ。
今のグルードは気絶中に隷属魔術をかけられており、本人が気付かないまま侑人の奴隷となっている。気絶状態から起こされたグルードは「正直に答えろ」という主人の命令を守っているだけなのだ。
「お前が悪巧みをした結果がどうなったか分かるか?」
「…分からない。それよりも私は今ドウッ!」
「…それよりもじゃないんだよ」
侑人はグルードの顔を殴って言葉を止めさせた。グルードに大したダメージは無かったが、殴った侑人の右拳からは…皮が破れて血が出ていた。種族とステータスの差によって、攻撃を仕掛けた側がダメージを負ってしまったのだ。
「お前が行った事の結果だ。受け入れられるか?」
「? っ!?シルヴィア様!?」
侑人がその場から横に移動し、侑人の後方で並んでいたドラゴンの内の1体が前へ出てきた。人の姿をしているシルヴィアを大切に抱きながら。
血まみれでぐったりしているシルヴィアを見て、グルードは大声で名前を呼んだ。しかし…シルヴィアからの反応は無い。
「貴様! シルヴィア様に何をした!」
「…お前がやった事の結果だと言っただろうが」
「私…の…? いいや!ありえん! 私が何をし…そうか、貴様がシルヴィア様を油断させて怪我を負わせたのだな? 皆!シルヴィア様をそのような姿にしたのはこの人族だ! 殺してしまえ!」
「…ハァ、皆さんはどちらを信じますか?」
「当然、ユート様だ」
「なぁっ!?」
代表して喋ったのはラッシュだったが、他のドラゴン達も同意するように頷いている。グルードの味方は1体もいなかった。
「仮に俺がシルヴィアさんを油断させたとして、怪我を負わせる程の力があると思うか?」
「思わない。ぐっ…さっきから何なのだこれは…」
「…俺に彼女を傷付ける理由は無い」
「そんな事分からないだろう! 人族は欲深い。シルヴィア様の爪や鱗を売ろうと考えて行動に及んだのではないのか? どうなんだ!?」
「俺が? 有り得ないな」
「有り得ないかどうかは私の知った事ではない! …貴様のせいで、シルヴィア様は悲しんでおられたのだ。その命を絶つ事でしか、シルヴィア様が救われる方法は無い」
「………」
グルードの言葉に対して、侑人は無言だった。
激高していたはずのグルードは、突如冷静に…諭すように語り掛け、侑人の精神を誘導する。シルヴィアを説得しようとした時と同じ様に。
「…なるほどな」
「理解したのならさっさと自害でもしろ。それがシルヴィア様の為「断る」…なんだと?」
「断ると言った。シルヴィアさんにもこうやって…言葉に魔力を乗せて語り掛けたんだろう? その結果が彼女の今の状態なんだよ。…お前の言葉で苦しんだ彼女は、お前の嫌いな人族になろうとして…自分を傷付けたんだ。爪を剥がし、翼を引き千切ってな」
「「「!?」」」
「なっ………」
侑人に精神誘導が効かなかった事よりも、シルヴィアの自傷行為の理由に驚いて言葉を詰まらせたグルード。怪我の内容までは聞かされていなかった周りのドラゴン達も驚いている。
グルードの使った手口はナイトメアと呼ばれるモンスターと似たもの。対象の記憶に干渉し、絶望を見せつけて意思を挫くナイトメア。それと比べてグルードの使うものは記憶への干渉は出来ないが、言葉を用いる事で精神を多方向に誘導する事が可能となっている。喜ばせる事も、悲しませる事も。…慕わせる事も、…憎ませる事も。
グルードはこの技術に名前を付けていなかったが、もし名付けるならば『洗脳』とでも呼べばいいだろうか。
その効果が効き過ぎてしまったシルヴィアは長時間苦しみ、精神に大きなダメージを受けてしまったのだ。
そんな精神攻撃を受けて、何故侑人は無事だったのか。それは攻撃と認識しているかどうかの差である。
迷い込んだダンジョンで、幾度もナイトメアにリベンジした事で、絶望という悪夢を攻撃と認識して対処出来るようになっていた。
その経験がこんな場面で役に立つとまでは思ってもいなかったが。
「…罪悪感はあるか?」
「ある。ぐっ…、それは貴様の言葉が事実であればだ! そしてシルヴィア様に対しての罪悪感だ! 貴様にではない!」
「当たり前だろ、大声で言う事か?それ」
「!? こ…このっ…!」
「悪い事をすれば謝る、子どもでも知ってる事だ。長く生きてるのにそんな事も知らないのか?」
「知っている。がああ!くそおおお!」
(ここで言うのね! …でも、ドラゴンって顔が赤くなってるかどうか分からないわ?)
(人の姿なら間違いなく真っ赤だろうね)
「さて…、謝罪する相手がまだいるだろう? しなくていいのか?」
「しない! 私を散々虚仮にしてくれた相手に謝罪など…!」
「…そうか。桜華くんはもうよかった?」
「そうですね。許すわけじゃないけど、もういいかな? 侑人さんは?」
「俺は…、俺もとりあえず一発殴らせてもらったからいいよ。それじゃ…謝罪は無いらしいですが、あとはどうぞ?シアンさん」
「………感謝するよ、ユート様」
「シ…シアン…」
グルードに利用され、口封じという理由で殺された1体のドラゴン、名前をバルといった。
ドラゴンの中ではまだ若い部類だった彼は、尊敬するグルードの派閥に名を連ねていた。
侑人とシルヴィアの間で『生誕』が使われた事で、グルードは人族を憎む気持ちが増幅し、人族を滅ぼすという目標を掲げた。バルはグルードの考えに賛同し、与えられた役目を喜んで果たしていた。…そう思い込まされていた。
バルは、黄龍の住む森で、黒龍の住む山で、「番にするなら黄龍か黒龍…強い方かな?」とシルヴィアが言っていたなどと噂を流し、お互いを戦わせる事に成功した。
バルが作戦成功をグルードに報告し、その褒美にグルードから贈られたのは…死だった。
「バルがあんたの派閥に居た事は…別に私が怒る事じゃない。でもね…、そんな理由で息子を殺された私には、母としてあんたを殺す権利がある」
「待…待て…待ってくれ。違うんだ…」
「…何が違うんだい?」
「バルは…そう!出掛けているだけなんだ! なので心配いらない!」
「…グルード、シアンさんの質問にも正直に答えろ」
「!? まさか…、その言葉で私を操っていたのか!?」
「操る? 正直に答えろと言っただけだろう? 何か問題があるのか?」
「うぐっ!?」
往生際の悪いグルードに追い打ちをかけた侑人。シアンが侑人に礼を言い、グルードを質問攻めにした。
「…出掛けたバルは、息子はいつ帰ってくるんだい?」
「帰っ…て、こ…ない。か、帰ってくる」
「何故帰って来ないんだい?」
「私…がっ、殺…した…からっ。私がそんな事をするわけが無い!」
「…何故殺したんだい?」
「ほ…保身…だっ、バレない…為…、もし…ものっ…為に…」
「ふんっ!!」
「ヴォヘッ!?」
シアンのダブルスレッジハンマーがグルードの脳天に直撃した。指を組んだ両手を頭上から振り下ろすあの攻撃だ。…小指を痛めるので、良い子は真似しないで下さい。
「あんたの身勝手な…保身なんて理由で…。なんでバルだったんだい!」
「ぐっ…、誰でも…よかった…」
「誰でもよかった…? それなら…なんでバルだったのさ…。バルはあんたの派閥だったのに…?」
「派閥に…入るっ…ように、私っ…が仕…組んだ。違う!バルは自分の意思で私の派閥に入った!」
「…そうかい。最初からあんたのせいだったんだね」
白状後に否定するグルードの言葉を信用する者は誰もいなかった。
子を奪われた母の悲しみを込めた一撃がグルードを襲った。再び炸裂したダブルスレッジハンマーによってグルードの頭部は地面に叩き付けられ、8回目の気絶モードへと突入した。