4.すごく…大きいです…
王都へ向かう道中、侑人が朝のランニングで疲れていても、師匠であるミュリアルの修行は行われていた。侑人も望むところである。
手を握って魔力を流す作業。これまで何の感覚も掴めていない侑人。
相手が見た目140cm程度の少女であると思うと雑念が入る。独身のおっさんには難易度が高かった。
「………」
「………」
雑念を振り払い集中を続けるも、成果はでなかった。
☆
魔力譲渡プレイ…、ではなく修行が一旦終了した。
「すみませんミュア師匠、全然できなくて…」
「ううん、絶対にユート先生を一人前にしてみせる」
「美しい師弟愛だな、うんうん」
「こちらも先生として頑張らないといけませんね」
ミュリアルへの日本語の授業内容も深めていかなければ…と、侑人は気合いを入れ直した。
そもそもなぜ日本語がこちらの世界で知られているのか、ミュリアルが知っているのか。距離や重さの単位や1日の時間の刻み方が地球と共通なのか、チェスやトランプがあるのか、リンゴやバナナなど名前が日本と共通するものがあるのか。
その辺りの説明をするのに、まずはこの世界に召喚された勇者…オーカ・アカギについて触れよう。
☆
約700年前、その時世界は魔族と人族との戦いが続いていました。
魔族軍は人族の領地に侵攻を続け、人族たちは窮地に陥っていました。
力の差は圧倒的でしたが、「諦めてはいけない」と、聖女が女神に祈り願ったのです。
すると異世界から一人の男が召喚されました。
名前を、オーカ・アカギといいました。
勇者の召喚と同時に、女神はこの星にマギカネリアという名前を与えました。
その祝福は人族を包み込み、大きな力となりました。
人族は勇者を筆頭に魔族軍の侵攻を食い止め、追い返し、束の間の平和を得ました。
勇者は剣と魔術を駆使し、力を付け、魔族軍へと打って出ます。
時には他の種族の力を借り、時には一人で、魔族を倒していきました。
そしてとうとう、魔王を打ち倒し、人族を真の平和へと導いたのです。
魔王を倒した勇者は、聖女の元へ帰ってきました。
しかし勇者は、魔王との戦いで呪いを受けていました。
このままでは人族に不幸が訪れてしまう。そう思った勇者は、人族の元から離れてしまいます。
聖女が追いかけますが、勇者の役目を終えた彼は、元居た世界へ帰ろうとしていました。
感謝の祈りを捧げる聖女。すると祝福の光が降り注ぎ、勇者にかけられた呪いが解けたのです。
聖女と勇者は夫婦となり、遠い地から人族を見守りながら、幸せに暮らしました。
☆
「勇者の物語?」
「えぇ、絵本ですけどね。難しい方はまだ読めないですし」
特に何事もなく本日の旅を終えて、小さな町の宿の一室にいる2人…ミュリアルと侑人の会話である。
この話は子供向けの絵本、大人向けの小説にもなっている。物語として書かれた本は30種類以上出ており、内容や結末は本によって多少違うが、殆どが同じ内容だ。
物語に出てくるオーカ・アカギ、名前の響きは完全に日本人である。
束の間の平和に当たる時に、トランプのような娯楽や物の名前、各単位や文化が伝わったと言われ、他の種族とあるのがエルフだという。
そのエルフの1人がミュリアルの祖母で、そこで日本語を教わったものがミュリアルに受け継がれたそうだ。
日本語を気に入っていたミュリアルは、里に残されていたオーカの荷物の中にあった日記を読もうとしたが、難しい字が多すぎて読めなかった。
その話を聞いた時、代わりに読もうかと侑人が提案したが、その日記は王都にあるミュリアルの家に置いてあったので無理であった。
700年前の日記が無事なのかと聞けば、状態を保つ魔道具があるという答えが返ってきた。破れる事はあるが、朽ちたりはしないらしい。さすが魔道具である。
オーカが伝えていたのは平仮名ばかりであったらしい。日記にはおそらく漢字が多く入っていたので読めなかったのかもしれないと、侑人は推測していた。
(確かクイズ番組でやってたっけ…、小学校だけでも習う漢字の数は1,000個あるとかなんとか。…さすがに漢文じゃないよな?)
日本では日常的だが、文字にはひらがな、カタカナ、漢字が使われる。
言葉だけならばともかく、勇者がそれらの文字を全て伝えるのは無理だったのだろう。平仮名に絞るのは仕方ない事だ。そもそも戦う為に召喚されたのだから。
と、侑人は当時の勇者の事を慮った。
日記の解読を諦めたミュリアルは読む事から教わる事へ目的を変え、オーカと同郷の者…日本人がいないか探すことにした。
勇者が召喚されたと言われる国の王都へ行き、情報を集め、転移者がいないか探し、時には旅に出てを繰り返した。
その後ラルフらと出会いパーティーを組み、ルクセウス王国の王都を拠点に活動していた。が、理想と出会うことはなかった。
ラルフが叙爵されてからは、王都にあるルクセウス王立学園で、魔術を教えながら研究をすることとなった。研究内容はもちろん日本語関係。研究員はミュリアルのみ。ちなみに現在休職中だ。
400年かけて探していた日本からの転移者が、友人宅でドッキリをしかけてきたのだ。それはさぞ驚いたであろう。
「日記、楽しみ」
「見てみないと分からないですけど、頑張ります」
名前の感じからして現代に近い日本人ではあるだろう…と侑人は踏んでいる。ミュリアルの使う日本語にも違和感…古臭さは無い。だが、確率はとても低いが万が一…憶が一、もし侑人の居た時代から700年前…1300年代の人間が書いた物ならば、読める自信は微塵もない。
…その確認も侑人にとっては王都での楽しみの一つである。
勇者オーカ・アカギのような、召喚された…転移した者が剣や魔術を使って魔族や魔王と戦う物語。転移者にも魔術が使えるという実例があるのだ。
今のところ超ハードモードではあるが、希望を持って修行を続けている侑人。日記から何かヒントが見つかるかもしれないと、密かに期待していた。
☆
翌日、宿を出て王都へ向かう途中、モンスターと遭遇した。
ジャガーバルト領はとても安全だが、王都に近づくとモンスターを見かける事は珍しくないという。
灰色をした狼の魔獣が5匹、もし侑人1人であったなら詰んでいただろう。だが、
「『ウィンドストーム』」
魔法陣が現れ、狼の元へ風の渦が襲い掛かる。ミュリアルの魔術だ。
ミュリアルやラルフのステータスを可視状態にしても侑人には見えなかったのだが、魔法陣は見る事が出来るらしい。
ミュリアルの魔術を逃れた1匹の狼がラルフに向かっていった。
「ふっ!」
ラルフはスッと右へ避け、腰の剣を抜きざま、狼の首を落とした。
(おぉ!速い! ラルフさんの戦闘は初めて見たけど、こんなに動けるのか)
「ミュリアル、1匹逃したぞ? 腕が落ちたか?」
「(フルフル)ラルフの腕が鈍ってないか試しただけ」
「がはは。そうかい、ありがとよ。どうせなら5匹まとめて寄越してくれてもよかったんだぞ?」
武器を収めながらの軽い会話。ビビッてただ見ていただけの侑人。これが経験、ステータス、ジョブがある者と無い者の差である。
その場に残ったものは細切れお肉が4匹分と、頭と胴体が別れた1匹分。まさに瞬殺。
侑人はミュリアルの授業で、魔獣は血が緑色で食べるとまずいと教わっていた。つまり…狼肉は食べずにそのまま処分された。
モンスターがアイテムを落として消えたりしないのかと侑人から質問した際には、「地上のは消えない、それはダンジョンのモンスターだけ」という返事が返ってきた。
ダンジョン
初級中級上級等と分類され、ジャガーバルトの街近くの森には初級のダンジョンがある。王都にも中級と上級のダンジョンがあるらしく、どこも宝箱やモンスター、最下層にボスが存在する。
階数やモンスターの強さで難易度が分けられており、ダンジョン前に見張りの兵士がいる…ということはない。
ある事件をきっかけに、一時期は王都のダンジョンに見張りの兵士が常駐していた。…いたのだが、少数でいる所を山賊に襲われ、対応として兵士が増やされ、山賊が増え、兵士が増やされと繰り返された結果、王都が手薄になって襲撃を受けるという別の事件に発展した。兵士の補充として行われた採用試験に至っては、数人の山賊が最終審査まで残り、危うく受かりかけたのだ。
採用試験は事なきを得たが、それからはダンジョン前に見張りを置く案は一旦打ち切られている。
なにより、見張りを置くのは人に対してだった。ダンジョンのモンスターはダンジョンの外へ出られないので、そちらを見張る意味は無いのだ。
昔、ある学者が冒険者を連れて試した所、モンスターはダンジョン出入口付近で透明な壁のようなものに当たってしまい、連れ出せなかったという。
侑人も授業として初級ダンジョンへ連れて行ってもらい、ダンジョンの中で実際にモンスターがゲームのように消えてアイテムと魔石を残すのを見ている。
なぜダンジョンのモンスターはアイテムを落として消えるのか。そうミュリアルに聞いてみると、
「………? ………ダンジョンだから?」
分からなかったようだ。分からないと答えなかったのは、師匠としての意地かもしれない。
ちなみにダンジョン内で時間が経過すると、モンスターも宝箱も復活する。ゲームのようだとしか思えない場所であった。
☆
「もう王都が見えてきたぞ、どうだ?」
「すごく…大きいです…」
グレイウルフを倒した後、馬車を進めた先に見えた大きな街に対して、思わずそんな感想を言う侑人。
パッと見てもジャガーバルトの街の10倍の広さ。その中に、いくつもの背の高い建物、そして大きな城が見えていた。
「ここが王都ルクセウス。あの城が王城で、あっちの建物がルクセウス王立学園」
王都に近付き、門を抜け、馬車に乗ったまま道を進んでゆく。
ミュリアルの解説を聞きながら街を眺める侑人。並ぶ店と多くの買い物客、様々な格好をした冒険者。中には剣を腰に装備し、全身真っ黒な鎧を着ている者もいる。
(まさかのリアル黒の剣…いやいや、考えたらダメな気がする。フルプレートアーマーっていうのかな? 顔も見えないし、全身真っ黒。…ん? あれは…)
「ミュア師匠、あの店にある豆って何か分かります?」
「豆? あぁ、あれはコヒの実。虫よけや肥料に使う」
「なるほど、ありがとうございます」
ある店に見覚えのある豆を発見した侑人がミュリアルに聞いてみると、コヒの実という名前だった事が分かった。匂いは感じないが、見た目はまんまコーヒー豆である。
(あとで買いに行ってみるか、こっちに来てから見た事なかったし。でもコーヒーの淹れ方…)
侑人が日本に居た頃はよく飲んでいたが、それはほぼインスタントか缶のコーヒーだ。焙煎や豆の挽き方などなんとなくでしか知らない。
ミュリアルに飲んだりしないのかと聞くと、「………豆を飲むの?」と勘違いされていた。侑人が訂正して説明しても、やはり飲む習慣は無いとの事だった。
程なくして貴族街へ入り、王都にあるジャガーバルト家に到着した。
貴族街の中でも割と小さめの家。家の周りには生垣があり、ジャガーバルトの街にある領主宅よりも小さい。
「おかえりなさいませ、ラルフ様」
「父上、おかえりなさい。皆様もお疲れ様です」
「ただいまアラン、アリアも。変わりないか?」
「こんばんわアラン」
「こんばんは、初めましてアランさん」
この家で生活しているアランとメイドに出迎えられた。
アラン・ジャガーバルト、王国騎士団に所属するシェリルの兄である。顔立ちはラルフによく似ている。
それぞれが挨拶を済ませ、家の中へ入っていった。




