72(第四部完)今度こそ本物の二人の夜
「ちっ」
ジェフリーは小さく舌打ちする。
「これじゃあ間違っても負けて死ぬわけにゃあいかねえじゃねえか」
「いっくぜえーっ」
ジェフリーは気合いを入れ直し、両足に更に力を入れると剣をあらん限りの力で振り下ろした。
「な・ん・だ・と」
レオニーは次の言葉を発する間もなく撥ね返された魔弾に包まれ、それごと消滅した。
◇◇◇
レオニーが消滅したのを見たジェフリーはその場で崩れ落ちた。
「わあっ」
多くの者がジェフリーに駆け寄らんとした時、どこからともなく声がした。
「『姿なき海賊団』頭目ジェフリー・ヴィアー」
ざわっ
一転して場に緊張感が走る。その声は「魔族」レオニーのものだったからだ。ジェフリーは最後の力を振り絞り、剣を握り直した。
その中にあってンマゾネスは冷静だった。
「心配要らない。あれは小さく弱い霊体だ。意思表示しか出来ない。生きし者に危害を加えることなど出来ない」
その声にざわめきは静まる。それを待っていたかのように声は再び発せられる。
「『姿なき海賊団』頭目ジェフリー・ヴィアー。まずは最後の勝負に応じてくれたことを感謝する」
「そいつあどうも」
ジェフリーは両足を投げ出し、座り込んだままだ。気が抜けたのか、剣も手放している。
「今回は負けを認めよう。今のレオニーの力ではジェフリーに言葉を伝える事しか出来ない。だが……」
「……」
「忘れるな。我ら魔族は人間の心が生み出したものであることを。この世が人間の驕り、憎しみ、怨みで溢れた時、魔族はすぐに力を取り戻す。その時までしばしの別れだ。また会おう。『姿なき海賊団』頭目ジェフリー・ヴィアー」
声がしたところに小さな赤い球体が現れ、どこへとなく飛び去って行く。それに従うかのようにアドルフの遺体からも赤い球体が飛び出す。アトリ諸島の近海からはヒューゴーのものらしい赤い球体が飛び出し、やはり従っていく。
かくして多くの赤い球体が飛び去って行った後、ジェフリーは呟いた。
「いやもうジェフリーの方はレオニーらの相手はもういいわ。他当たってくれ」
◇◇◇
「ジェフリー様。この念話、聞こえますか? アダムです。我々と対峙していたホラン王国のシップ二隻から司令官が討たれたため、降伏したいとの申し出がありました。これから武装解除に取りかかりますがアトリ諸島の皆様にもご協力いただきたく」
「あ、ああ。すまん。うちからも人を出そう」
「お頭―っ!」
更にそこにノアが駆け込んでくる。
「港の方のホラン王国のガレオン四隻も降伏を申し出てきました。もう武装解除を始めてます。港の方はノアやンジャメナたちに任せてもらえやせんか?」
「おっ、おう、そうしてもらえると助かる。相手が抵抗するなら別だが、そうでなければ丁重に扱ってやってくれ」
「了解でやす」
◇◇◇
「さすがにジェフリー兄さまは疲れましたよね。アミリアらで武装解除しましょうか」
そう言って歩き出そうとしたアミリアをフラーヴィアは制止した。
「え? 何? フラーヴィア?」
「武装解除はフラーヴィアらに任せて。アミリアはお頭についていてやって」
「え? え? でも」
「フラーヴィアらはみんな今夜は武装解除にかかりきりになる。そして、さすがのお頭も疲れ切っていて遁走は難しい。絶好のチャンスだよ。ものにしな。アミリア」
「あ、ありがとう。フラーヴィア」
アミリアはそう言うが早いかジェフリーのところに駆けていく。
「さて」
フラーヴィアは振り返る。
「武装解除にいそしむとするか。行くよ。エンリコ」
「あ、はい。フラーヴィア様」
普通に返事をしたエンリコだが、気がついていた。フラーヴィアのまなじりに一粒の涙が光っていたことに。
(フラーヴィア様。お頭への最後の思いを断ち切れたんだろうか。いや、今はそれは言うまい。今日のところは仕事に打ち込むフラーヴィア様を見守るまでだ)。
◇◇◇
頭目の館の外は武装解除作業に伴う喧噪にまみれている。
しかし、その声はおおむね明るい。
(ホラン王国の連中も実は降伏できてほっとしてるんじゃないか)。
ジェフリーはそんなことも思った。
そんなジェフリーは寝室の寝台に腰掛け、隣には寄り添うようにアミリアが座っている。
「ふっふっふ、もう逃げられませんよ」
「ああ、もうジェフリーも腹をくくった。『姿なき海賊団』なんて言っても、アトリ諸島はもう海賊なんかしなくてもクローブやナツメグ、カカオパウダー、金細工の収益で余裕で食っていける。おまけにアミリアはアトリ諸島の副王ときたもんだ。これで不安だ心配だ言えたもんじゃない」
「ふふふ。じゃあアミリアと結婚してくれますか?」
「ああ、随分長いこと待たせて悪かった。結婚しよう」
「本当に待たせすぎでよ」
ジェフリーに抱きつくアミリア。しかし、動きはそこで止まる。
「どうした? アミリア?」
「えー、アミリアはそっち方面の知識は座学で受けていても、実践経験はありません。つまり……処女なんです」
「なっ……」
驚くジェフリー。
「お、おま、おまえ、それでよく今まで『既成事実を作る』だの、『寝室で勝負』だの言ってきたな」
「だって必死だったんですよ」
赤面したままふくれっつらになるアミリア。
「そうか、悪かったな」
ジェフリーはアミリアを抱き寄せた。
「二人とも未経験なら厄介だったが、幸いこっちはサウタの娼館で手ほどきは受けている。
任せてもらおうか」
「はい」
夜は更けていく。
第四部 完
次回第73話「アダムに捧げるエルフたちの恋の歌」




