66 アドルフに挑発は通用しない
「舐めてんのかっ! あいつらっ!」
ホラン王国海軍第一艦隊旗艦シップの艦上。「千里眼」の魔法で島を窺ったアドルフは激怒した。
「こっちはアトリ諸島を灰燼にするつもりで砲撃してるのにあいつらときたら笑ってやがる」
「笑って死ぬつもりなの?」
レオニーは対照的に静かに怒る。
「そうはいかない。レオニーに敵対し、死んだ者の魂は地獄の業火に焼かれる。あいつらの笑顔は癇に障る。もっと砲撃を激しく出来ませんか? 奴らを全て地獄に堕としましょう」
アドルフは頷く。そして言った。
「全艦砲撃強化。アトリ諸島を丸焼きにしろっ! 草一本残すなっ!」
◇◇◇
やっとなされたジェフリーの告白に笑顔だったアトリ諸島の面々だったが、急に激化したホラン王国海軍第一艦隊の砲撃には泡食った。
「いかんっ! みんな隠れろっ! アドルフの奴、こっちが笑ってるの『千里眼』で見やがったな」
慌てて指示を出すジェフリーにアミリアは微笑む。
「いいですね。挑発の前段はうまくいっているようですよ。さっ、行きましょうっ! ジェフリー兄さま」
そう言いながら差し出されたアミリアの右手をジェフリーはがっちりとつかむ。
「ああっ、行こうっ!『拡声』」
「『拡声』」
ジェフリーとアミリアは手を握り合ったまま、自らに「拡声」の魔法をかけ、海岸の高台に立った。
◇◇◇
「!」
さすがにアドルフは当惑する。
「どういうつもりだ?ジェフリーとアミリア? これでは狙ってくれと言わんばかりではないか」
だがその当惑は長くは続かなかった。
「おーうっ! アドルフゥ! 久しぶりだなあ。俺だっ! ジェフリーだっ!」
「拡声」魔法のかかったジェフリーの声はアドルフとレオニーのところにきれいに届く。
「マルク群島じゃあ『クローブ』と『ナツメグ』もらっちゃってありがとな。おかげでイース王国の収益は大幅に上がって、どんどん国力も上がってるわ」
「貴様っ! ジェフリーッ!」
アドルフは唇を強く噛んだ。
「魔族の彼女もそこにいるのでしょう?」
今度はアミリアが挑発する番だ。
「前回の戦いではアミリアが魔族を撃った。そして、アミリアの兄リチャードは魔族の軍団を殲滅している。更に魔族のもくろんだエルフの奴隷化はこのアミリアが叩き潰した」
レオニーの白い肌は怒りで真っ赤に染まった。
「アドルフ様っ! ジェフリーとアミリアっ、砲撃で殺しましょうっ!」
アドルフはまたも頷く。
「大砲は全てジェフリーとアミリアを狙え。『クローブ』と『ナツメグ』の林を焼くのは後からでいい」
◇◇◇
たちどころに砲弾がジェフリーとアミリアのところに飛来する。
「そおれっ、おいでなすった。『身体強化』「精霊の守り」」
「『身体強化』『精霊の守り』」
直撃せんかと飛んできた砲弾をすんでのところでかわす。
「当たらないなー」
「当たらないですねー」
更に次々と飛来する砲弾。しかし……
「はあはあ、当たらないなー」
「ぜいぜい、当たらないですねー」
それでも砲弾は絶え間なく飛来する。
「はあっ、あっ、当たらないな。『体力回復』」
「ぜいっ、あっ、当たらないですね。『体力回復』」
そして、次の砲弾も辛うじてかわした時、ジェフリーとアミリアは言った。
「はあはあ、これは当たらないな。もう少し近くから撃ってこないと」
「ぜいぜい、当たらないですね。もっと近づかれたらまずいかもしれませんが」
◇◇◇
「小癪な。もっと近づいて大砲を撃ちなさいっ!」
激高するレオニー。アドルフも頷く。
しかし、今にも艦が動こうとした時、アドルフは右手を差し上げ、それを制した。
「なぜ止めるのです。アドルフ様」
不満そうなレオニー。だが、アドルフは冷静だった。
「どうも嫌な予感がする。ジェフリーの奴が何か企んでいるんじゃないかと感じるんだ」
「企み? あのジェフリーが?」
「ああ、一筋縄ではいかない奴だからな。すまんがもうちょっと様子を見たい。遠距離砲撃を続けてくれ」
「はっ」
◇◇◇
一度は島に接近しかけたホラン王国海軍のシップ二隻だが、すぐに停止し遠距離砲撃を再開した。
「くっ、まだ挑発が足りないか」
「でも、続けるしかないですね」
「ああ」
ジェフリーとアミリアは砲弾の回避をしながらも挑発を続ける。「体力回復」の魔法をかけながら。
「もっと近づかなきゃ当たんねえぞっ! 『体力回復』」
「そんな遠くから撃って当たるとでも思ってるんですかっ? 『体力回復』」
「はあはあ、やっぱり遠いと当たんねえなあっ! 『体力回復』」
「ぜえぜえ、やっぱりもっと近づいて撃ってもらいませんとねえ。『体力回復』」
「はあはあはあ、まだ遠いと当たらないって分かんねえのかなあ。『体力回復』」
「ぜいぜいぜい、近づかないと当たんないんですけどねえ。『体力回復』」
ここでアミリアはジェフリーに目で合図する。
ジェフリーも頷き、「拡声」魔法が解除される。
「ぜいぜい、ジェフリー兄さま。挑発してるのに近づいてこないですね」
「はあはあ、ああ。今回は今までと違って、魔族ではなく、アドルフが指揮を執ってるんだろう。悔しいがなかなか挑発に乗ってこない」
「どうしますか? このまま挑発を続けますか?」
「残念だが他に方法も思いつかない。続けるしかないんだが、アミリア。後、どのくらい魔法力は残っている?」
「正直もうあまり残っていません」
「そうか。でももうアミリアだけでも逃げてくれというわけにはいかんよな」
「当たり前です。本気で怒りますよ」
次回第67話「フラれたショックで侯爵令息から海賊の頭目になったジェフリーが王女様と最後を共に出来るとは光栄」




