65 怒るアミリア ヘタレ決着の時
そして、注目がジェフリーに集まり、ジェフリーはゆっくりと口を開く。
「もちろんジェフリーは死ぬのは嫌だから全力を尽くし、回避する。だが、エンリコの言うとおり危険だ。回避し切れずに死んじまう可能性も少なからずある」
「!」
「だから先に命令しておく。ジェフリーが死んだらアトリ諸島を捨てろ。港に行って、全員が乗船し、何とか敵を振り切って逃げろ。イース王国本土まで逃げればエリザが受け入れてくれるだろう」
「……」
「ジェフリーが死んだ後の指揮はノアとアミリアに任せる。大変な仕事だが頼む」
「あの」
ノアがおずおずと申し出る。
「ジェフリーはそれでいいんで?」
ジェフリーは大きく頷く。
「ああ。もとはと言えばジェフリーが王宮からとんずらこいた時にアトリ諸島をアジトにしたのが事の発端だからな。けじめは取らせてもらう。いいな? ノア」
ノアは小さく頷く。
「へっ、へい」
ジェフリーは今度はアミリアに向かって言う。
「アミリアもそれでいいな?」
「いいわけがないでしょっ!」
◇◇◇
アミリアの剣幕にジェフリーはもちろん周囲もみんな驚く。
「ジェフリー兄さま、『命令』って何ですか? 『命令』って。ジェフリーは『姿なき海賊団』の頭目かもしれませんが、今のアミリアは『アトリ副王』です。『命令』は聞けません」
「すまん。『命令』って言っちまったが、ジェフリーが死んだら、みんなをまとめてアトリ諸島から逃げてくれ」
「お断りします」
アミリアの言葉には強い怒気が含まれていた。
「今のアトリ諸島の最高責任者はアミリアです。そして、アミリアはジェフリー兄さまが囮になって敵を挑発し、敵が近づいてきたら倒すという作戦とそれでジェフリー兄さまが失敗して死んだら、全員が逃げるという提案を却下します」
ざわっ
周囲の者はざわつく。
アミリアはかなりやんちゃなところはある。それでも第二王女だけあって、育ちは良く、普段は概ね穏やかだ。
しかし、今のアミリアは怒っていた。明らかに怒っていた。周囲の者がそれまで見たことがないくらい怒っていた。
周囲の者に言いようのない緊張感が広がる。次に口を開くことがはばかられる。
それでもこの男は口を開かねばならない。
ジェフリーは重い口を開いた。
「アミリア、そうは言っても他に方法もないだろう。ここはジェフリーの提案を受け入れてくれないかな」
アミリアは鋭い眼光でジェフリーをにらみ返した。
「敵に対する囮の役はアミリアがやります。前回、アミリアは魔族を射殺しているので、十分恨みは買っています。そして、運悪くアミリアが死んだら、ジェフリー兄さまはみんなをまとめて逃げてください。これは『命令』です」
「ばっ、ばっ、ばっ、馬鹿言うなっ!」
今度はジェフリーが顔を真っ赤にさせる番だ。
「アミリアを囮にして、アミリアが死んだらジェフリーは逃げるだあ。そんなこと出来るかっ! それでジェフリーが生き延びても嬉しいものかっ! その場で死にたくなるわっ!」
それをアミリアは淡々と返す。
「アミリアもそうなんですよ。ジェフリー兄さま。大好きなジェフリー兄さまを囮にして、死んだら自分だけ逃げるなんて出来るわけないでしょう」
◇◇◇
「……」
黙り込むジェフリー。しかし、アミリアは止まらない。
「ジェフリー兄さま。アミリアはジェフリー兄さまが好きなので、囮にして死なれたあげく、自分だけ逃げるなんてことは絶対出来ません。ジェフリー兄さまはどうなんですか?」
ゴクリ
つばを飲み込む周囲。
そして、熱い視線を寄せる。もちろんアミリアにはなくジェフリーにである。
更に無言の圧力をかける。
(今度という今度はハッキリさせろよっ! お頭っ!)。
◇◇◇
「……」
しばらく沈黙していたジェフリーだが、不意に口を開いた。
「ああっ、ジェフリーはアミリアが好きなんだよっ! 死んでほしくないんだよっ!」
ウォーッ
どこからともなく雄叫びが上がった。
パチパチパチパチ
どこからともなく拍手が湧いてきた。
「やっと、やっと言ってくれた」
涙ぐんでいる女エルフもいた。
「やっと言ってくれましたか」
その時のアミリアの顔は泣いているような、笑っているような、何とも言えない顔だった。
「アミリアはジェフリーに死んでほしくない。ジェフリーはアミリアに死んでほしくない。でも、アミリアは『副王』。ジェフリーは『頭目』。他のみなさんに対する責任もあります。どうですか。ここは……」
「……」
「二人で囮をやりませんか? ジェフリーとアミリアで共に生き、共に死んでいくのはどうですか?」
ジェフリーは頭をかいた。
「すまねえ。最後までアミリアに気を遣わせちまった。ジェフリーなんかでいいならよろしく頼む」
またも歓声が上がる。
「アミリア様、よかったよかった」
抱き合って喜ぶ女エルフたち。
「全くやっといってくれたか。ヘタレなんだからな」
悪態を吐きながら笑顔の海賊団員たち。
次回第66話「アドルフに挑発は通用しない」




