61 ンマゾネスの体験談は参考になるか
フラーヴィアは目を伏せた。
「ごめん。今すぐは応えられない」
「謝らないでください。エンリコが好きなのはのびのび生き生きしているフラーヴィア様なんです。無理矢理求めたら、それこそ魔族と同じになっちまう」
「……」
「今日はもう帰ります。でもこれからもフラーヴィア様に受け入れてもらうまで頑張りますからね」
エンリコはフラーヴィアの前では笑顔だった。
しかし、フラーヴィアの自宅から離れると肩を落とした。
「ふいー。また駄目だったか」
見ると「宴」はまだ続いている。真ん中に居座り誰より飲み、食い、大声で笑っているのはンマゾネスだ。
(あー、ンマゾネスさんだ。考えてみると、あの方だってジェフリーに惚れてたんだよなー。今はどうなんだろ?)
◇◇◇
エンリコはンマゾネスに近づく。
「ンマゾネスさん。やってますね」
「ん? 誰かと思えばエンリコか? エルフ語しゃべれるのか?」
「片言ですけどね。いくつかお聞きしてもいいですか?」
「おうっ、何でも聞いてくれや。いや、その前に飲めっ!」
「いただきます」
「おうっ、いい飲みっぷりじゃねえか。もっと飲めっ!」
「いただきます」
「ほれぼれする飲みっぷりだなあ。もっと飲めっ!」
「いただきます」
(いかん。これでは話が始められんぞ)。
「ンマゾネスさん。飲みながらでいいんですが、お話うかがえます?」
「おうっ、何でも聞いてくれや」
「ンマゾネスさん。以前、ジェフリーに求愛してましたよね? その気持ちは今も残ってるんですか?」
「ん? ンマゾネスが求愛したのはアミリア王女だぞ。ヘタレジェフリーじゃないぞ」
「いえいえ、アミリア王女にも求愛されてましたが、その前にジェフリーにも求愛してたじゃないですか?」
「んー、そうだっけ? はっはっは、昔のことは忘れたよ」
「そっ、そうですか」
(うーん。ンマゾネス、いろいろな意味で規格外だなあ)。
「では、アミリア王女のことは今はどう思っているんです?」
「んー、アミリア王女は心も体も強いから、嫁にしたかったんだがなあ。長老とンジャメナたちから土下座されて『アミリア王女はヘタレジェフリーに一途な思いを寄せ続けているんだから、口説くのは勘弁してくれ』と頼まれて、しょうがねえなあと思っているうちに、まあいっかと思えてな」
「……」
(やっぱンマゾネス、恋愛でも規格外過ぎて、参考にならないわ)。
「なんだい、そんなこと聞いて。ひょっとしてエンリコ、ンマゾネスに気があるのか? うーん、悪くはないが、もうちょっと筋肉つけてから、もう一度告りに来い」
エンリコは苦笑した。
「アドバイスありがとうございます。でも、エンリコはフラーヴィア様一筋なんで」
ンマゾネスは豪快に笑った。
「はっはっはっ、そうかそうか。あの商会の当主のねえちゃんか。うん。あれもいい女だ。もうちょっと戦闘が強けりゃ、ンマゾネスの嫁候補だったが、まあいいっ! エンリコッ! 頑張れっ! ンマゾネスは応援してるぞっ!」
ンマゾネスはバンと右手の平でエンリコの左肩を叩く。
その衝撃にエンリコは一瞬顔をしかめるが、すぐに笑顔になる。
「ありがとうございます。頑張ります」
◇◇◇
ホラン王国には嵐が吹き荒れていた。
現職の国王が病に伏した。
そればかりでなく王太子も病に伏したのである。
この緊急事態に摂政に就任したのは赴任先であるマルク群島から夫アドルフと共に帰国したばかりの第一王女レオニーであった。
レオニーが最初に行ったのは、マルク群島総督から海軍大臣に昇格したばかりのアドルフを更に宰相にすることだった。
自らの配偶者を宰相兼海軍大臣にすることを不満を持つ者は多く出た。また、魔法力を持つ貴族はレオニーが「国王の娘」ではなく、「魔族」がなりすました偽者であることを見抜いた。
それらの者に対して、アドルフ・レオニー夫妻が行ったことは「粛清」だった。
レオニーの「魔眼」によって、精神的支配を受けた者は命だけは取り留めたが、魔法力をもち、精神的支配に服さない者は「粛清」された。
ジェフリーから「アドルフの腰巾着」と揶揄され、アドルフがホラン王国に亡命した時についてまで行ったブルーノ男爵も例外ではなかった。
レオニーの正体が「魔族」であることを見抜いてしまったのである。
アドルフの「粛清」は「腰巾着」にも容赦なかった。
自分に対する逮捕状が出たと知ったブルーノはホラン王国から隣国のフラン王国に逃走した。
だが、アドルフはフラン王国にまで追っ手を差し向けたのである。
追い詰められたブルーノが取れる手段はもう一つしか残っていなかった。
かつてブルーノが足蹴にした生まれ故郷イース王国を頼ることである。
◇◇◇
「イース王国を攻撃する」
ホラン王国の四つの艦隊司令官及び参謀たちを前にアドルフ宰相兼海軍大臣は宣言した。
その場にいる者はみな表情が凍る。例外は後方にある玉座に腰掛け、静かに微笑しているレオニーホラン王国摂政だけだ。
「恐れながら……」
自分が言うしかないと思ったのか、第一艦隊司令官が一歩前に出る。
「イース王国を攻撃する口実がございませぬ」
次回第62話「アドルフは独裁する」




