59 ジェフリーのこれ以上の遁走はアミリアが許さない
「アトリ諸島の取引は成功しているではないか」
「今までは運が良かっただけです。現にアトリ諸島は海賊とイース王国海軍と二回も攻撃されているじゃありませんか。強引なやり方が恨みを買っているんです」
(ふぅー)。
オズヴァルドは内心溜息を吐く。
「分かった。だが、フラーヴィアの分社独立はもう決まったことだ。ティーノも来春には正式に『デ・マリ商会』の当主になる。ティーノの見立てが正しいなら、『デ・マリ商会』は繁栄し、『アトリ・デ・マリ商会』は破綻するだろう。そうなっても、もう当主でなくなるオズヴァルドには『アトリ・デ・マリ商会』を救うことは出来ん。ティーノにもフラーヴィアを救ってくれと言わんよ」
「その言葉確かに聞きました。くれぐれもお忘れになることがないように」
ティーノはそう言うと大広間を出て行った。
◇◇◇
「ふぅー」
オズヴァルドは今度は本当に溜息を吐いた。そして、執事リエトの方を振り向く。
「リエト。どうだ? 予測は変わらぬか?」
「はっ」
リエトは頭を下げる。
「ティーノの言われることにも一理あります。リスクがあるのは確かでしょう。しかし、リエトはフラーヴィアとエンリコなら乗り越えていけると考えます」
「ふむ。では将来像は?」
「その予測も変わりません。二十年後には『アトリ・デ・マリ商会』の経営規模は『デ・マリ商会』のそれを凌駕するでしょう。そして、その先も発展していくと予測します」
「なるほど。『デ・マリ商会』の方はどうだ?」
「残念ながら縮小の道をたどることでしょう。既に『クローブ』と『ナツメグ』の収益は消滅してしまいました。それでもティーノの代までは辛うじてもつでしょう。しかし、その子、孫の代となると『デ・マリ商会』の建物は『商館』ではなく、往年の繁栄をしのぶ『歴史資料館』になっているものと予測します」
「手厳しい……といいたいところだが、オズヴァルドの予測もそのとおりだ」
オズヴァルドの言葉にリエトは黙ったまま頷く。
「それでも『デ・マリ』の名が残るであろうことを喜ぶべきなのだろうな。オズヴァルドは」
◇◇◇
「『アミリア オブ グランヴィル』を『アトリ諸島副王』に任ずか。さすがはエリザ姉さま、そう簡単にアミリアの思惑には乗ってくれませんね」
「姿なき海賊団」頭目の館。アミリアはイース王国王宮からの書状を見て、顔をしかめた。
「ジェフリーは自分が『副王』とかになるよりは、アミリアがやってくれた方がいいけどな。エリザが言ってきたとおりだろ。今は『海賊の頭目』でしかないジェフリーより現女王の異母妹のアミリアが『副王』になった方がいいってのは、もっともな話じゃないか」
「だから困るんですよ。それに分かってます? エリザ姉さまがジェフリー兄さまを『副王』にしなかったということは、エリザ姉さまはジェフリー兄さまを『王配殿下』にすることを諦めてないって意味なんですよ」
「! そう……なのか?」
「そうですよ。だから、ジェフリー兄さまを『副王』にしちゃえば、海外領土の統治の責任があって任地を離れられない。『王配』への任命は辞退させていただくと言えたんです」
「ジェフリーは近習のアダムにジェフリーを『王配』にするのは勘弁してくれと書いたエリザあての書状を託したぞ」
「それは認めないというのが、今回の任命書で言いたいのでしょう。しかし、これは本当に困ったことになりましたね」
「そうなの?」
「それはそうでしょう。アミリアはアトリ諸島統治の任があるから、アトリ諸島を離れるな。ジェフリー兄さまは『王配』に任ずるから王宮に来いと言って艦隊で迎えに来ますよ。近習のアダム君あたりを司令官にして」
「そっ、それは確かに本当に困る。逃げよう」
「これ以上、どこに逃げるって言うんです?」
「そうだなあ。ガシェウに逃げてエルフたちとカカオを育てるか、プップクプーでドワーフと一緒に金を掘るか」
「何をのんきなことを言ってるんです。『副王』のアミリアがそんなことさせません。アミリアが言えば、『海賊団』のみなさんも商会のフラーヴィアもエンリコも船を出しませんよ」
「そうか。じゃあ『救命ボート』で逃げるか」
「すぐに捕まえます。やめてください」
「うーむ。それは本当に困ったなあ」
◇◇◇
「サビーノ店長はおられるか?」
「はい」
イースタンプトン港の直売店。まだ開店前の早朝。店長のサビーノのところを訪れたのは港の役人だった。
「おお、おられたか。実はちょっと思案を要する案件が起きてな。お知恵を拝借したいのだが」
「はい。サビーノでお役に立てるか分かりませんが、お話をうかがえれば」
その言葉を聞いた役人の後ろにいた貴族風の男が前に出た。但し、服装は高貴なものそうだが、ボロボロである。
「お役人。この若者は?」
「はい。先ほどお話しした『アトリ・デ・マリ商会』の直売店の店長サビーノ殿です」
「アトリ? アトリ諸島の者か? ジェフリー侯爵令息がいるという」
「!」
サビーノに緊張感が走る。
「我らのジェフリーのことを『侯爵令息』とお呼びになるとは。かなりのいわくのある方ですね。そうなるとサビーノも発言に慎重にならざるを得ない。あなたは何者なのです」
次回第60話「フラーヴィアとエンリコ 二人だけの夜」




