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58 アトリ・デ・マリ商会独立す

「ちょっと前までは『クローブ』と『ナツメグ』の生産販売はマルク群島を領するホラン王国が独占していた。だから、高値で売れて、収益も上げられた」


「……」


「ところがジェフリー(お頭)が計略を使って、『クローブ』と『ナツメグ』の苗木を奪った。おまけに生産を樹木の栽培に長けた森エルフに任せた。イース王国は『クローブ』と『ナツメグ』の生産販売でホラン王国を凌駕した。品質でも値段でも」


「……」


「当然、ホラン王国はこのことを面白く思っていない」


「!」


「サビーノ。この話はエンリコ()からアダム男爵令息にお話しして、イースタンプトン港全体で警備を強化してもらえるようお願いする。そして、アトリ諸島に戻ったら、ジェフリー(お頭)とアミリア王女にも報告する。ホラン王国に不穏な動きがあると。サビーノ(おまえ)は店員にホラン王国の手の者に襲撃や嫌がらせを受ける可能性があることを知らせ、対策も立てておくんだ」


「はい」


 ◇◇◇


 帽子を目深に被ったその男女二人組は人気のないところに行くとシートを敷き、座った。


 男の方は「クローブ」と「ナツメグ」の入った小袋の口を開け、それぞれ匂いをかいだ。


 更に小袋に指を入れ、その一部を()めた。


「ふん」

 男は一声唸ると、二つの小袋を放り出した。

「悔しいが、質が良いことは認めざるを得ないな。くそっ、ジェフリーの泥棒猫め」


 女は淡々と言う。

「どうします。ホラン王国王宮からイース王国王宮に抗議を申し入れますか?」


「それをしても、この件はエリザも一枚噛んでいるのは見えている。それに悪知恵の働くジェフリーのことだ。もともとアトリ諸島に野生の『クローブ』と『ナツメグ』が自生していたくらいのことは言ってくるだろう。そうなると反証は難しい」


「そうすると?」


「むしろ事前通告なしにイース王国とアトリ諸島に攻撃を仕掛ける方がいい。こっちが勝ってから、『クローブ』と『ナツメグ』を略取したからと理由付けた方がいい」


「さすがはアドルフ様。今度こそジェフリーとその一味とイース王国に目にもの見せてやりましょう」


「うむ。レオニー」


 ◇◇◇


 デ・マリ商会の大広間に三十人の若者が立っている。みんな希望に満ちた笑顔だ。


 それを見ているデ・マリ商会の(あるじ)オズヴァルドとその執事リエトの目も穏やかだ。


 ただ一人次期当主ティーノのみが不機嫌な顔でこの光景をながめている。


「マスターオズヴァルド。リエト様。長いことお世話になりました」


 声を揃えて頭を下げる三十人の若者たち。笑顔で頷くオズヴァルドとリエト。


 オズヴァルドとリエトは協議の末、オズヴァルドの孫娘フラーヴィアを「アトリ・デ・マリ商会」の支配人として独立させることにした。分社化である。


 それに当たり、エンリコを筆頭にデ・マリ商会の者でアトリ諸島に赴任している者でヴェノヴァに戻ることを希望する者は戻らせることにした。


 アトリ諸島からヴェノヴァに戻ることを希望する者は誰もいなかった。むしろ三十人もの若者が「アトリ・デ・マリ商会」への転属を希望したのだ。


 そのためオズヴァルドはフラーヴィアへの餞別として一隻の商船(キャラック)を贈ることにした。


 三十人の若者と既にアトリ諸島に赴任した者の家族を乗せ、その商船(キャラック)は船出していく。


「世話になったのはオズヴァルド(わし)の方だよ。みんな元気でな。フラーヴィア(わしの孫娘)をよろしく頼む」


 オズヴァルドの言葉に多くの者が涙ぐむ。だが、目から強い希望の光は消えていない。


「ではな。『アトリ・デ・マリ商会』に栄えある未来を」


「「「「「『デ・マリ商会』に栄えある未来を」」」」」


 エールの交換を終えると三十人の若者たちは名残惜しそうに立ち去っていった。


 ◇◇◇


 全ての若者たちが立ち去っていった後、不満を露わにした顔でティーノがオズヴァルドに近づく。

オズヴァルド(おじいさま)、今日という今日は言わせてもらいます。あなたはフラーヴィア()に甘すぎますっ!」


オズヴァルド(わし)がフラーヴィアに甘い? どこがだ?」


「まず、フラーヴィア(あいつ)は支配人をやるには若すぎます。それに餞別だか何だかは知りませんが、商船(キャラック)一隻に三十人もの人間をつけてやる。どう見ても甘いでしょう?」


「そうか。オズヴァルド(わし)はそうは思わんぞ。オズヴァルド(わし)がフラーヴィアの歳にはもう『デ・マリ商会』を立ち上げていた。それにティーノ。おまえは『デ・マリ商会』を引き継ぐ身ではないか。商船(キャラック)一隻に人間三十人くらいフラーヴィア()にくれてやっても、『デ・マリ商会』はびくともしまい」


「そういう話をしているんじゃありません」

 ティーノのイライラは募る。

「もともとフラーヴィア(あいつ)はどこか他の商家に嫁入りする身分でしょう。それがアトリ諸島に乗り込んでいっただけでもおかしいのに、アトリ諸島(そこ)に居座り、挙げ句の果てが分社独立? ふざけるなと言いたい」


「おまえは考え方が古いぞ。ティーノ。女だから支配人になれないなんてことはない。現にイース王国は女王ではないか」


「じゃあまあ、女であることは置くとしても、フラーヴィア(あいつ)のやり方はリスクが高すぎます。あのやり方では早晩破綻する」






次回第59話「ジェフリーのこれ以上の遁走はアミリアが許さない」

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― 新着の感想 ―
[一言] 時代が動きましたね( ˘ω˘ )
[一言] 質の良い香辛料は争いの種になりやすいですよね ><。
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