46 レオニーの策謀は冴える 困惑するアダム
アダムは更に黙考した後、また口を開いた。
「ウォーレン。これからエリザ女王にお会いしよう。そして、今話したことを話すんだ」
「! こんな深夜にか?」
「そうだ。エリザ女王は大変聡明な方で、また、奴隷貿易を誰より嫌ってらっしゃる。そして、海軍大臣を買ってらっしゃる。こんなことで失うことを望まないだろう。いやむしろウォーレンはエリザ女王にこのことを言うべきだ」
ウォーレンは静かに、しかし、大きく頷いた。
「分かった。お会いしよう。そして、全てをお話ししよう」
◇◇◇
突然の王太子たる長兄の死、更に父王の死、そして、次兄との王位争いからくる内乱といった難事を乗り越えてきたエリザにして、ウォーレンの言葉は衝撃だった。
「にわかには信じがたい話です。しかし、アダムはウォーレンが虚言を弄す人間ではないというのですね」
「はい。女王陛下」
「分かりました。エリザは信じましょう。しかし、他の者たちを納得させるには証拠が要ります。ウォーレン、エルフの遺体が埋められている場所は知っているのですか?」
ウォーレンは頷く。
「はい。ご案内できます」
「その場には海軍大臣にも立ち会っていただく必要があります。アダム、今、海軍大臣はどこに行って、何をしているのです?」
「イースタンプトン港にて、先日竣工した最新鋭戦闘艦『シップ』の最終検査をしているところです。もう何日かかかるとのこと」
「そうですか。『シップ』の造船は海軍大臣が心血を注いできた事業ですから、中座させるのは申し訳ないですが、こちらを優先してもらわざるをえないですね。相手方に証拠隠滅の時間を与えるわけにはいきません」
アダムが頷く。
「宜しければアダムがこれからイースタンプトン港に行って、海軍大臣にすぐ王宮に戻るように伝えます。『シップ』の造船にはアダムも関与しているので、最終検査はアダムが引継ぎます」
エリザは笑顔を見せる。
「そうしてくれますか? アダム」
しかし、エリザはすぐに厳しい顔になった。
「今回のことは全ての事実が明らかになってから、私が全て裁定します。だから、ウォーレン」
「はい」
「いくら強く責任を感じても自裁することは絶対に許しません。それは忠義者のすることではありません。そして、アダム」
「はい」
「エリザの今の言葉、海軍大臣にも伝えてください」
「はい」
アダムは頷いた。
(エリザは海軍大臣とウォーレンの責任感の強さをよく分かってらっしゃる)。
そう思うと涙を禁じ得なかった。
◇◇◇
(なかなかやるわね)。
ヒューゴーとレオニーとの性行為は三回に及び、最後まで激しさを持っていた。
(そうは言ってもアドルフ様には遙かに及ばない。ただ己が欲望をぶつけてるだけじゃあね)。
「なかなか良かったじゃねえか。ヒューゴーの愛人になれよ」
「ふふ。レオニーが愛人になったらエルフをいたぶるのを止める?」
「バーカ。止めるわけがねえだろ。それはそれ。これはこれだ」
「ふふ。さすがね。ヒューゴーのそういうところ、素敵だわ。エルフに限らず、亜人は獣と同じ。好きに殺していいものなのよ」
「おっ、レオニー 話が分かるな。だけどよ。世の中馬鹿ばっかで、女エルフも手に入らなくなるとか言ってやがる」
「じゃあさ、奴隷商人を潰した生意気な海賊を叩きのめすことが出来て、女エルフもいくらでも手に入るように出来ると言ったらどうする?」
「ふん。なーに夢みたいなこと言ってんだよ」
「最初に言ったよね。レオニーはヒューゴーの夢を叶えるって」
「そんなことが出来るのか?」
「出来る。海軍大臣の嫡子であるヒューゴーならば」
◇◇◇
イースタンプトン港にいるアダムの心は晴れなかった。
アダムから一連のことを伝えられた海軍大臣の顔色は蒼白になった。
「残念だが、そんなことはないと言い切れるほど、自分はわが居城のことを知らない。今は現実を見るしかないのか」
そう言いながら弱々しく王宮に向かう海軍大臣の背中をアダムは忘れられない。
(しかし、あの場ではアダムは何も出来なかった。何とかうまく収まってくれるといいけれど)
だが、その後、目に入った光景にアダムは驚愕した。
仰々しくイースタンプトン港の波止場に入ってきた馬車。それには海軍大臣のクレア公爵家の家紋を付けていたからだ。
(馬鹿な)
アダムは自分の目を疑った。
(早すぎる。海軍大臣がイースタンプトン港を出て、王宮で協議し、居城での調査を終えて帰ってくるにはどう考えても時間が足りない)。
そのとおりだった。馬車から降りてきたのは金髪碧眼の女性を随行させた高貴な装いをしながらもどこか軽薄さを感じさせる若い男だった。
(海軍大臣ではない。そして、アダムが知る、その子息ウォーレンでもない。とするとこの若い男性は?)。
「おい、おまえ。何をジロジロ見てるんだよ? それに何してるんだ?」
次回第47話「最新鋭戦闘艦「シップ」出航す」