35 アミリア個人でのお楽しみ
「大体予想通りの展開だったね」
アフマドを戻した後、フラーヴィアがアミリアに声をかける。
「そうだね。そして、これからのことなんだけど……」
アミリアは周囲のメンバーを見回す。
「一人一人を信用できる人間かどうか見極めてからなんだけど、今のアトリ諸島は人が慢性的に足りない。投降した人でアトリ諸島に残りたがっている人には仕事を割り当てたいと思う」
全員が頷く。
「それで、どこの部門で人がほしいか言ってもらえる?」
「何と言っても船大工ですな」
先陣を切ったのはエンリコだ。
「今のアトリ諸島にはガレオンが四隻に商船が二隻もある。ちょっとした艦隊ですわ。ただその中で無傷なのは商船が一隻だけ。ガレオン三隻と商船一隻に至っては横転している始末で」
(エンリコが商船をぶつけたからだけどね)。
フラーヴィアは内心そう思ったが、さすがに口には出さなかった。
「そうですね。港をいつまでもあのままにしておけないし。船大工の部門作ったら、とりまとめ役はエンリコさんにお願いできます?」
「エンリコとお呼びください。アミリア様。すみませんがエンリコはフラーヴィアと一緒に取引の方をやりたいんで。ほら、あのドワーフの坊主。あいつ、建築から細工まで何でもこなす奴なんであいつに任せてもらえやせんか」
「エンリコがそう言うなら。言葉は『翻訳』の魔法で何とでもなるしね。で、取引の方は?」
今度はフラーヴィアが発言する。
「エンリコが連れてきた船員もいるけど、商船も二隻になったし、取引部門も人はほしいね」
「取引部門もほしいのね。で、ンジャメナの方は?」
「うちもほしいですね。クローブとナツメグの木も広げたいけど、果樹もやりたいし。後はンジャメナもよく知らないのですけど、自給自足のために麦や野菜の作り方が分かる人がいるといいですね」
「うん」
アミリアは笑顔で頷く。大変な仕事だが、自分たちの島が豊かになるのを見ているのは楽しい。
(後はジェフリー兄さまは戦闘員がほしいだろうし、長老は医療班の人を増やしたいだろうなあ)。
会議は終わり、メンバーは各々自宅に帰った。エンリコはしれっとフラーヴィアの家に一緒に入ろうとして、叩き出されていたが。
(さてさて仕事は一段落ついたし、これからはアミリア個人でお楽しみっと)。
あるところに向かうアミリアの足取りは軽かった。
◇◇◇
その日、公爵夫人はいつもより明るかった。実に楽しそうにアドルフ公爵と話していた。
ドサッ
しかし、その楽しい時間は不意に中断された。
公爵夫人がその場に倒れたのだ。
上がる悲鳴。駆け寄る侍女たち。だが、公爵のアドルフはそれを制す。
「公爵夫人はアドルフが寝室に連れて行く。医師に寝室に来るよう伝えてくれ」
アドルフはベッドにレオニーを横たえる。もともとこの魅惑的なレオニーは体の弱いところがあった。だが今回は何かがおかしい気がする。それは何か?
診察を終えた医師がアドルフの方を振り返る。
「命に別状はありません。過労です。休養を十分に取られれば回復するはずです。ですが……」
「ですがの後は何だ?」
「ここから先は甚だ不穏なお話になります。お聞きになるかどうかはアドルフのお考え次第」
「かまわん。話せ」
「では。レオニーの過労の状態ですが、失礼ながら通常要塞で生活していただけでは考えられない状態なのです」
「どういうことだ?」
「そう例えて言えば、戦場に立ち、指揮を執り、最後は自ら戦った上に倒されたような過労なのです」
「そんな馬鹿な。レオニーは要塞に来てから、一歩も外に出たことがないのだぞ。そのようなことは考えられん。生来の病弱さからくるものだろう」
「ならよいのですが。心に留めおきくださいませ」
医師は一礼すると寝室から出た。アドルフはベッドの脇に椅子を置いて腰掛け、レオニーの手を握った。
熱にうなされてかレオニーからうわごとが出る。
「アドルフ様……」
アドルフは黙って頷く。
「次は……次こそは……ジェフリーとその一味を殲滅し……」
その言葉の意味はアドルフには分からなかった。いや理解することを拒んでいたのかもしれないが。
◇◇◇
アミリアは頭目の館のドアをノックした。長老が出迎える。
「あ、長老。ジェフリー兄さまの状態は?」
「あ、ああ」
長老は努めて冷静を装って答える。
「傷はすっかり塞がった。後は休養して体力を回復させるだけだよ」
「そうですかあ」
アミリアはニンマリする。
「長老。今回のことでは随分とお世話になりました。でも後は体力回復だけということならアミリアの方で看させていただきます。家に戻ってお休みください」
「いっ、いっ、いいのかい? アミリアだって疲れているのじゃないかい?」
長老は何やら動揺している様子だが、アミリアは満面の笑みを見せる。
「いいのです。アミリアはジェフリー兄さまを看ていた方が元気が出るのですから」
「そっ、そそそっ、そう。じゃあ長老は失礼させてもらうわ」
落ち着かない様子で頭目の館を出る長老にアミリアは深々と頭を下げる。
頭目の館のドアが完全に閉まったのを確認してから、アミリアは再度ニンマリする。
(ふっふっふっ、エリザ姉さまはそうそうイース王国王宮を離れられない。フラーヴィアは負けを認めて、エンリコ君に追いかけ回されている。そして、何より今のジェフリー兄さまは弱った状態。これぞ神がくれたチャンス。積年の思い叶える時が来ました)。
アミリアは何も言わず、静かに寝室のドアを開ける。
(今までは事前に宣告して、『睡眠』魔法かけられてましたからね。今回はいきなりいきますっ!)
アミリアは足音を立てずに、静かにベッドに近づくと、いきなり毛布をめくった。すると……
「こっ、これは人形っ!」
何とジェフリーのベッドには人形が置かれていた。しかもご丁寧に魔法力を付加して。
「ジェフリー兄さまあ~。やってくれましたわねっ! これは高くつきますわよ」
次回第36話(第二部完結)「人間語の話せる女エルフは高く売れる」