33 男エンリコ それもご褒美
「「「えーっ!」」」
船員たちは驚きの声を上げる。
「海戦が行われている島に突っ込むんですかい?」
「そんな無茶な。この船は商船ですぜ」
「大砲はなくはないけど戦闘艦には歯が立ちませんぜ」
「危険ですぜ」
「うーむ」
エンリコは一言唸って、すぐに言葉を続けた。
「分かったっ! 船員たちは島が近づいたら救命ボートで脱出しろっ! エンリコはこの船を敵艦にぶつけるっ!」
「えーっ!」
「エンリコっ! あれだけ苦労して仕入れたドワーフの金細工。海に沈めちゃうんですかい?」
「一番出来がいいやつ、フラーヴィアにプレゼントすると言っていたじゃないすか」
「執事のリエトさんからもらった手紙読んで、直にフラーヴィアにプレゼント渡せるって飛び上がって喜んだくせに」
「うぐぐ……」
エンリコは歯を食いしばり、次の言葉を吐き出した。
「まずは船員たちの命が一番大事。全員キッチリとボートに乗れ。その次はフラーヴィアにプレゼントする金細工。これも出来るだけ持って行ってね。それからボートが沈まない程度に他の金細工も持って行ってね」
「へいっ」
「それでこそエンリコっ!」
「見上げた商人魂っ!」
「セコいんじゃねえっ! 商品を大事にしてんだっ!」
「いよっ! 男の中の男っ!」
褒めているのか貶しているのか分からない声が飛び交う。しかし、エンリコはご満悦だ。
「はっはっはっ、あんまり褒めるな。おっ?」
エンリコの袖をドワーフの少年が引っ張る。ティガの郊外にある金細工作りのドワーフの集落に住んでいたが、エンリコを慕ってついてきてしまったのである。
「何だ? ふんふん。そうか。この船にずっと一緒に乗っていたいのか。うんうん。その気持ちは嬉しいが、やっぱり危ないからな。先にボートに乗っていてくれ。エンリコは大丈夫だからな」
「エンリコ。いつも思うんですが、いつドワーフ語覚えたんですかい?」
「バカヤロ。んなもん知るかっ! 目見て話してれば何となく分かるんだよっ!」
◇◇◇
いよいよアトリ諸島が近づくとエンリコたちにも実情が見えてきた。
「姿なき海賊団」側が港に停泊させたガレオンに篭り防戦するのを、三隻の敵側のガレオンが接近して攻撃しているのである。
(こりゃあ、やっぱりこの商船じゃあぶつけるしかないな)。
エンリコは停船の指示を出した。幸い敵は「姿なき海賊団」との戦闘に気を取られており、こちらに気づいてないようだ。もっとも「姿なき海賊団」もこちらに気づいてないが。
心配そうにエンリコを見つめるドワーフの少年の頭をエンリコは撫でる。
「頼んだぜ。その金細工はエンリコが愛しのフラーヴィアにプレゼントする大事なもんだ。しっかり持っていてくれよ」
ボートがしっかり商船から離れて行くのを確認してから、エンリコは商船を再発進させ……
◇◇◇
「それでこういうことになったわけね」
照れているような、呆れているような、何とも言えない表情でエンリコを見るフラーヴィア。
「はい。フラーヴィア。そして、これがエンリコからフラーヴィアへのプレゼントです」
「ん。ありがと」
それは見事な金細工のブローチだった。目が吸い込まれるような美しさである。こころなしかエンリコの脇に立っているドワーフの少年が得意そうだ。彼もこのブローチの制作に携わったのかも知れない。
「でね。エンリコ」
「はい。フラーヴィア」
「今回のこと、とても助かったわ。ありがとう」
「いえいえ。愛しのフラーヴィアのために働けて、天にも昇る気持ちです」
「でもね……」
「はい?」
「エンリコはいつも無茶しすぎなのよっ! もっと自分を大切にしなさいっ!」
「…… ぷっ、ぶわはははは」
一瞬絶句したエンリコだが、すぐに爆笑しだした。
「何よ。いきなり笑い出したりして失礼ね」
「ひーひー苦しい。だっ、だって、フラーヴィアが言いますか? 『無茶するな』って」
エンリコのその言葉に真っ赤になったフラーヴィア。しかし、言葉を継いだ。
「でもまあ、さすがに今回はエンリコの無茶がなければ命も危うかったかもね。ありがとう」
一気に明るくなるエンリコの表情。
「ではっ、ではではっ。命の恩人からフラーヴィアに一つお願いが……」
「なっ、何よ?」
「いえいえ大したことじゃなんで、エンリコのですね、この右頬に一回だけチュッとやっていただければ」
「なっ……」
フラーヴィアの顔は更に真っ赤になった。だが、小さく頷いた。
「わっ、分かったわよ。エンリコ。じゃあ目をつぶって」
(やったー)
エンリコは内心小躍りし、目をつぶった。
(怒られるかとも思ったけど、言ってみるもんだな-)
ワクワクしながらフラーヴィアの唇を待った。そして……
パンッ
実際にエンリコの右頬を襲ったのは平手打ちだった。
呆然とするエンリコにフラーヴィアの一言。
「エンリコ。調子に乗りすぎなの」
その言葉にエンリコはニヤリと笑う。
「フラーヴィア」
「何よ? 怒ってるわけ?」
「ありがとうございます」
「なっ、なっ」
マックスまで赤面化し、動揺するフラーヴィア。
そして、その様子を見て歌い出すエルフたち。
「何よこの歌? ンジャメナ」
ンジャメナは苦笑しながら教える。
「私らエルフは『恋の話』と『歌』が大好きなもんで。これはエルフの部族に伝わる『恋の歌』」
「なっなっ、何でまた?」
「|フラーヴィアとエンリコ《あなたたち二人》が凄く仲良く見えたんでしょうね」
「……」
フラーヴィアは赤面したまま下を向いた。
次回第34話「魔族の精神的支配を受けていた時は……」




