31 ジェフリーが一番好きなのは……
その目には敵兵相手に奮戦する海賊団員とエルフ、それにフラーヴィアも映った。だが、レオニーの目を引いたのはそれらの者たちに「体力」と「気力」を魔法で供給し続けるジェフリーとアミリアの二人である。
(普通三倍もの敵を相手にすれば、疲れ果て、体力と気力が払底して、殺されていくはずだ。それがそうならないのはジェフリーとアミリアの仕業か)。
「ふん」
レオニーは一言唸った。もう彼女の周りには誰もいない。彼女のいる最後方三隻目のガレオンの乗員はみな前に出て、ジェフリーとその一味と戦っているのだ。彼女が精神的に支配した「マルシェ海賊」の海賊団の、その頭目ですらも。
(だが、こうなるとジェフリーとアミリアはレオニー直々に殺してやらねばなるまい。ジェフリーとアミリアさえ殺せば、後は烏合の衆だろうしな)。
「ふん」
レオニーがもう一声唸ると、その身体は空中に舞い上がった。
そして、ジェフリーのガレオンに乗り移らんとする「マルシェ海賊」の海賊団員のまっただ中に舞い降りた。
ざわっ
敵味方とも戦闘の手が一時止まる。
「さあて、ジェフリー。あの世に行ってもらいましょうか。いやそれよりも先にジェフリーの隣にいるあのアミリアを先に殺してしまいましょう。ふふふ。その方がより苦悩がジェフリーの魂に刻まれて、わが魔力に吸収する時、より味わいが増すことでしょう」
レオニーがその武器である「魔弾」を放つべく、その右肘を真後ろに引いた時、最初に我に返ったのはンジャメナだった。
「気をつけてっ! レオニーはっ!」
ここでンジャメナは更に声を張り上げた。
「レオニーはっ、『人間』でも『亜人』でもありませんっ! レオニーはっ、『魔族』ですっ!」
◇◇◇
ンジャメナの声にみな我に返った。
しかし、既にその時にはレオニーが放った「魔弾」はアミリアの心臓に向け、一直線に向かっていた。
そして、その「魔弾」がアミリアの心臓を貫いたと思われた時、アミリアは少し離れたところで尻もちをついていた。
レオニーが放った「魔弾」は回避されたのであろうか。
いや、「魔弾」はとっさにアミリアを突き飛ばしたジェフリーの左肩を貫いていたのである。
◇◇◇
「痛つつ、あ、でもアミリアは無事か。良かった……」
その言葉を最後にジェフリーはその場に崩れ落ちた。
しばらく呆然としていたアミリアだが、すぐに自分の目の前で起こったことを理解した。
「ジェフリー兄さまっ! ジェフリー兄さまっ!」
倒れたままのジェフリーにしがみつき号泣するアミリア。そして、そのまま離れようとしない。
「あっ、あの……」
見かねたンジャメナが声をかける。
「アミリア様。お気持ちは分かりますが、ジェフリー様も今すぐエルフの治療薬を使えば、助かると思います。どうかこの場はエルフたちに任せていただき……」
「ジェフリー兄さまっ! ジェフリー兄さまっ!」
その言葉はアミリアには届かない。
◇◇◇
「アミリアッ!」
いきなりの呼び捨てに周囲は慄然とする。今のアトリ諸島にはアミリアを呼び捨てにする人間はジェフリー以外にいない。そのジェフリーは気絶している。しかも今のは女性の声だ。
パンッ
泣き顔のまま顔を上げたアミリアを襲ったのは頬の平手打ちだった。
「えっ?」
何が起こったか理解が及ばないアミリアの前にはやはり泣き顔のフラーヴィアがいた。
「フラーヴィア……さん?」
「『さん』はいらない。アミリアッ! あんたっ! ジェフリーが魔族に傷つけられて、何ただ、おんおん泣いてるのっ?」
「だっ、だってだって」
「だってじゃないっ! ジェフリー様はアミリアが危ないと思ったら、躊躇なく飛び込んだんだよっ! 自身の危険なんか全然顧みずにねっ!」
「!」
「何度も言わせるなっ! 悔しいけど、ジェフリー様はアミリアが一番大事なんだよっ! 泣いてないでその気持ちに応えろっ!」
アミリアは顔を上げ、後ろを振り向いたそこにはあらかじめ翻訳魔法をかけられた長老がいた。
「長老。ジェフリー兄さまをよろしくお願いします」
頭を垂れるアミリアに長老は大きく頷く。
「おうよっ! わしらエルフにとってもジェフリーは大事な人だ。何としても助けさせてもらうぜっ!」
アミリアはもう一度長老に頭を下げると今度はフラーヴィアの方を向いた。
「フラーヴィア」
「何?」
パンッ
今度はアミリアがフラーヴィアの頬を張った。
「ありがとう。フラーヴィア」
「どういたしまして。かーっ、今回は失恋だけど、どうも親友が手に入ったみたいだね」
あはははと笑い合うアミリアとフラーヴィア。
「でもさ。アミリア。フラーヴィアが好きだった人とアミリアの好きな人を大ケガさせた魔族は許せないよね」
「もちろん」
そこへ今まで固唾を飲んで見守っていたンジャメナが会話に加わる。
「魔族には『人間』の普通の武器は通用しません。アミリア様の魔法力付加が不可欠です。よろしくお願いします。アミリアにしか出来ないことです」
「分かりました」
アミリアはすっくと立ち上がる。
「ンジャメナさんとフラーヴィアはあの魔族を狙ってください。アミリアが魔法力を付加します。他のエルフの方々は白兵戦の援護を」
「「「はいっ」」」
次回第32話「アトリ諸島攻防戦決着」




