26 第二王女対伝説の大商人の孫娘 最終決着は寝室で
そして、やがてその小さな占い師の館はひっそりと店じまいをした。実は世界中に同じレオニーという名の女が営む占い師の館がたくさんあり、それが一斉に店じまいをした事実は誰も知る由もなかった。
しばらく後、ヴェノヴァの占い師の館を訪れたティーノは空き家になっていることを知り、ただただ泣き崩れることしかできなかった。
◇◇◇
アミリアとフラーヴィアは固まったままのジェフリーを両サイドで支えたまま、頭目の館の応接椅子に腰を下ろした。取りあえずは、取引交渉の始まりである。
「さて」
アミリアはジェフリーの頭越しにフラーヴィアに声をかけた。
「フラーヴィアは残ってくれたけど、船はヴェノヴァに帰ってしまいました。これではフラーヴィアにアミリアたちがクローブとナツメグの実を提供しても、フラーヴィアは売る手段がないのではないですか?」
「それはそのとおりですね」
フラーヴィアは物怖じせず答える。
「そこは『姿なき海賊団』の船を提供してもらうしかない。『姿なき海賊団』だって、クローブとナツメグの実が売れないと困るでしょう。船の使用料は今後の交渉ですね」
「ティーノは『姿なき海賊団』が船を二隻しか持っていないことを指摘されていましたが?」
「あれはティーノの言うことがおかしい。大船団出してアトリ諸島のクローブとナツメグを大量に市場に出すようにしたら、いやでも目立つ。アトリ諸島を狙う国や海賊が出てくるでしょう。防備体制が整うまでは少しずつ市場に出した方がいい。初めは二隻もあれば十分です」
(ほああ)
アミリアは内心感心した。
(ビジネスが分かっていますね。マスターオズヴァルドの良い薫陶を受けたようです)
「それでは売り先はどうします? ヴェノヴァが一番売りやすいでしょうが、ティーノから妨害されるのでは?」
「それもそのとおり。それにアミリアたちのことを言えば、イース王国も無理でしょう」
(良く分かっている。これはあるがままに言った方がいいですね)。
アミリアは微笑を浮かべながら答えた。
「そのとおりです。そして、ホラン王国もマルク群島で戦っていますので無理ですね」
フラーヴィアも笑顔を見せた。
「率直に言っていただいてありがたいです。幸いフラーヴィアはオズヴァルドのお供をして、ヒスパ、ポルト、フランの三王国とも取引をした経験があります。ヴェノヴァと違い、たくさんの取引は出来ませんが、初めは少しの取引しかできないからちょうどいい。それに三王国の港はヴェノヴァより近い」
「素晴らしい。そして、もう一つお願いがあります」
「何でしょう?」
「売り上げは大砲の購入など防備の強化や船舶の増強、アトリ諸島の温暖な気候を生かしたクローブとナツメグ以外の農作物の栽培に使います。そして、そのために必要なのは予算の他に……」
「「人ですね」」
意図せず同時に出た言葉にアミリアとフラーヴィア《二人》は大笑いした。
「そうです。人です。海賊だから戦闘技術は持っていますが、数が足りない。船舶増強するとなると船大工もほしい。農作物を栽培できる人もほしい」
「分かりました。くすぶっている人を連れてきましょう。ならばこちらからもお願いが……」
「何でしょう?」
「『奴隷』として売られている『亜人』がいたら、買ってきたいのです。そして、ンジャメナみたいにアトリ諸島で働いてもらいたい」
「大賛成です。それについては多少の赤字が出ても積極的に買ってください。まあ、それと同時に奴隷商人を潰す活動もしませんとね」
「素晴らしい。アミリア様。無礼を承知でのお願いですが、握手してもらえませか?」
「こちらこそよろしく」
アミリアが左腕でジェフリーを支えつつ、右手を伸ばす。フラーヴィアも同じだ。
そして、二人は気の抜けているジェフリーを抱えたまま、がっちりと握手した。
しかし……
「アミリア様。気のせいかどんどん握る力が強くなってきていません?」
「そういうフラーヴィアこそ握る力が強くなってきている。どういうことです?」
「取引はほぼ成立ですが、ジェフリーについてのことが未解決だったことを思い出しまして……」
「気が合いますわね。実はアミリアもそのことを思い出したところです」
「『副官』とのこと。では、頭目の自由恋愛には発言すべき立場ではないのでは?」
「『副官』うんぬんは関係なく、アミリアはジェフリーだけは譲れないのです」
「譲れない理由は教えていただけます?」
「初恋の人だし、魅力的だからです。砕けて見えて凄く繊細なところもあります。それに何より仲間思いです。そういうフラーヴィアは?」
「フラーヴィアはこれでも伝説の大商人と言われているオズヴァルドの薫陶を受けた身です。人を見る目はあるつもりです。総合的に見て、ジェフリーは買いです。潜在能力は計り知れない。譲れるものではありません」
「アミリアだって譲れません」
「では」
フラーヴィアは声を潜めた。
「寝室で決着をつけるというのは?」
「いいでしょう」
アミリアが堂々と答えたのはフラーヴィアには意外だった。
(ただの深窓のご令嬢ではないと思っていたけどここまでやるとは……)
双方一歩も引かないまま寝室に入り、ジェフリーをはさんだままベッドに腰を下ろす。
「さて」
「いざ勝負」
次回第27話「お頭は変態であると認識されている」




