25 謎の女占い師とティーノ
「エンリコを呼んでくれ。アトリ諸島に行ってもらいたい」
「オズヴァルド。エンリコはまだ北翔洋から戻ってきていません」
「何? 木材の買い付けに時間がかかっているのか?」
「いえ、木材の買い付けはとうの昔に終わって、商船は先に持ち帰ってきています。エンリコは買い付けのために寄ったティガの港で土産物として売っていた金細工に興味を引かれ、作っていたドワーフと直取引できないかティガに残って交渉しているそうで……」
これにはオズヴァルドも苦笑するしかなかった。エンリコのそういう行動力を買って、フラーヴィアとの連絡要員にしようと思っていたのだから。
「オズヴァルド。フラーヴィアのことですね」
「ああ」
リエトの問いにオズヴァルドは頷く。
「オズヴァルド。フラーヴィアのことは心配でしょう?」
「ああ」
半世紀を超える期間、行動を共にしたリエトにオズヴァルドはその感情を隠さない。
「オズヴァルド。リエトが行ってきましょうか?」
さすがのオズヴァルドも絶句し、そして、苦笑した。
「気持ちはありがたいが、オズヴァルドと同い年のリエトが外洋にあるアトリ諸島に行くのは無茶だろう」
「何をおっしゃいます。オズヴァルド。内海で黒真珠を仕入れた帰り、海賊に襲われた時、お互いに背中を預けて戦い抜いた仲じゃないですか」
ついにオズヴァルドは吹き出した。
「ははは。あれは五十年も前の話じゃないか。若かったな。あの時は。黒真珠が仕入れられそうだという情報が入った途端、海賊の巣と承知の上で乗り込んだんだから」
「そうでしたね」
オズヴァルドはまだ笑っていた。ティーノとフラーヴィアのことで悩むオズヴァルドをこういう形で励ましてくれるリエトの気持ちが嬉しかった。
「いまやデ・マリ商会はあの頃より随分大きくなった。その分冒険心がなくなってしまった。それを持ち合わせたフラーヴィアのバックアップが出来る者。もはやオズヴァルドとリエトが動けなくなった以上、それが出来るのは……」
「エンリコしかいないでしょうなあ」
オズヴァルドとリエトは頷き合う。
「エンリコが北翔洋から帰ってくるのを待つしかないか」
「そうですな」
◇◇◇
早々にオズヴァルドの下を辞したティーノはヴェノヴァのダウンタウンを走っていた。
安い飲み屋や賭博場、売春宿が並ぶ。
誇り高くリスクを極端に嫌うティーノには全くもって似つかわしくない場所であった。
そして、目的の場所に着いた。どうやら占い師の館らしいが、その扉は閉じられている。
しかし、ティーノは気にすることなく、建物の裏に回り、裏口の扉を叩いた。
「レオニー。僕だ。ティーノだ。開けてくれないか?」
ゆっくりと裏口の扉が開く。そして、一人の女が顔を見せる。ティーノに気を許しているのだろうか。その装いはナイトウェアのままだ。
「今日は占いの方はお休みだけど。ティーノ。あなたは別。さあ中に入って」
「ああ、ティーノのレオニー」
ティーノはレオニーに抱きつく。
「あらあら気の早いこと。でもまた悩みがあって、レオニーに会いに来たのでしょう?」
「そうなんだ。レオニー。またティーノのオズヴァルドが……」
レオニー。マルク群島総督アドルフ公爵の妻と同名である。しかも、驚くことにその外見。輝かんばかりの金髪と澄み切った碧眼も同一人物ではないかと疑われるほど酷似している。
但し、今の段階では公爵夫人と場末の占い師。二人のレオニーの関係は今のところ分からない。
もちろんアドルフにもティーノにもそんなことは知る由もなかった。
◇◇◇
「だから、勝手にアトリ諸島に残ったフラーヴィアが悪いんだ。なのにオズヴァルドは何故連絡体制を作っておかなかったのかとティーノを責める。おかしいよ。そんなの」
「そうだね。それはおかしいね」
占い師の館の奥にある寝室。
全裸のレオニーはベッドの上に座っている。その太ももに頭を乗せているティーノも全裸である。ことを終えた後のようだ。
「そりゃあ、今までホラン王国領のマルク群島が独占的に生産していたクローブとナツメグをアトリ諸島でも作れるようになったのは注目に値するかもしれない。だけど、作ってるのはどこの国の後ろ盾もない海賊だってんだ」
「ふーん。どこの国の後ろ盾もない海賊なんだ」
ティーノにはいつもどおりレオニーが愚痴に耳を傾けているだけと感じていた。だが、その瞬間、レオニーの澄み切った碧眼のうち左眼だけが金色に光った。
「そのうえ、その海賊も艦は二隻しか持っていないし、防衛のための要塞どころか大砲の一つも設置していない。あれじゃあ、どこかの国の艦隊か他の強い海賊に狙われたら、すぐに潰されちまうよ」
「ふーん。艦は二隻だけで大砲も全然ないんだ」
レオニーの左眼はまた光った。
「おまけにその海賊の頭目がまた冴えない男なんだ。自分で刈ったんじゃないと思える酷い虎刈りに汚い無精ひげ。名前はえーとジェフリーって言ったっけ」
「ふーん。海賊の頭目が冴えない男なんだ。名前はジェフリー」
レオニーの左眼が三度目の金色になった後、ティーノの愚痴は別の話題に移り、その後何時間も語り続けて、そのまま疲れて眠るまで続いた。
次回第26話「第二王女対伝説の大商人の孫娘 最終決着は寝室で」




