23 赤髪少女はいろいろな意味で積極的
「結論から言う。デ・マリ商会はアトリ諸島産のクローブとナツメグの取引は出来ない」
そう言い放つティーノをジェフリーとアミリアは緊張した面持ちで見ていたが、やがてアミリアが口を開いた。
「理由をおきかせねがいますでしょうか」
「ふん」
ティーノの尊大な態度は変わらない。
「取引をしないことに対する説明などは本来不要だ。だが、オズヴァルドのこともあるので特別に教えてやる。特別だからな」
(ふうっ)
ジェフリーとアミリアは内心溜息を吐いた。
「まあ、香辛料の品質は思ったより良かった。生産量も思っていたよりはましだった。だがな……」
「……」
「『海賊団』といいながら、持っている艦はガレオンと商船が一隻ずつか。お話にならん。これではヴェノヴァへの輸送もままなるまい」
「…… デ・マリ商会の方で輸送を請け負ってもらうことは出来ませんか?」
「何を言っているっ!」
ティーノは声を荒げた。
「何様のつもりだ。ぽっと出の弱小海賊がっ! 新参者はヴェノヴァまで届けるのが当然だろうっ! それにだ。今はまだクローブとナツメグのことが知られていないからいいが、他国がそのことを知って攻め寄せてきたらアトリ諸島を守り切れまい。見たところどこの国とも組んでいないだろうっ! そんな危なっかしいところと取引できるかっ!」
(ぐっ)
アミリアは唇を噛んだ。確かにそのとおりだ。イース本国とも断絶状態だし、他国とのつながりも全くない。
だが、その辺は少しずつクローブとナツメグを売り、上がった収益で防備を固めていくつもりだった。
そして、防備が仕上がった段階で大量にクローブとナツメグを市場に出す。そういった計画だった。
但し、この計画には商人の協力が不可欠だ。成長性の高さを理解した上でリスクを取ってくれる商人と組まなければ計画自体が成立しない。
アミリアはティーノの祖父であるオズヴァルドであれば、それは可能だと判断したが、実際に来たのがリスクを全く取りたくない後継者だったのは大誤算だった。
「さて、『説明』も終わった。デ・マリ商会の総意として『取引不成立』も通告した。さて、とっとと帰るぞっ! これ以上アトリ諸島にいる時間がもったいない」
「お待ちなさい」
◇◇◇
その場にいた者がみなその声の主の方を振り向く。
そこにいたのはフラーヴィアだった。
「ティーノお兄様。あなたの言われるデ・マリ商会の総意として『取引不成立』に異論があります」
「何だと」
ティーノはまたも声を荒げた。
「新規の顧客や供給先にリスクがあるのは当たり前でしょう。問題はそのリスクと将来的な収益を比べ、取引する価値があるかどうか判断することじゃないですか。私の目から見れば……」
フラーヴィアはティーノの目をしっかり見て言った。
「アトリ諸島には十分取引する価値があります」
「ふん」
ティーノは鼻で笑った。
「フラーヴィアの言っているのは、デ・マリ商会が弱小だった頃、オズヴァルドがまだ若く、駆け出しだった頃の話だ。いまやデ・マリ商会はヴェノヴァでも五本の指で数えられる大商会なのだ。持ち込まれた取引の話を選ぶ立場なのだ。リスクがある相手と取引する必要なぞない」
(駄目だ。それでは駄目なのだ)。
怒りとも焦燥感ともつかない感情がフラーヴィアを襲った。
(内海貿易が主流だった頃はヴェノヴァはそれで主導権を握っていた。だけどもう時代は外洋貿易に移ってきている。ヒスパ、ポルト、フラン、ホラン、そして、イース。先進大国はみな外洋貿易に力を注いでいるじゃないか。積極的に外洋貿易の供給先を開拓しなければいけない。そうしないといずれどこからも相手にされなくなってしまう)。
「やはり、フラーヴィアは反対です。アトリ諸島で取引交渉を続けるべきです」
「ふん」
ティーノはまた鼻で笑った。
「勝手にしろ。ティーノはラ・レアルでもうヴェノヴァに帰るからな。取引交渉したいなら、フラーヴィア一人でやっていろ」
「分かりました。お言葉とおりフラーヴィアだけで続けさせていただきます」
「よし分かった。オズヴァルドにはフラーヴィアはアトリ諸島が気に入って帰らなかったと言っといてやるっ! ティーノは帰るぞ。ラ・レアルを出せっ!」
「よっ、よろしいので?」
さすがに護衛たちは戸惑う。
「かまわんっ! フラーヴィアが自分で一人でアトリ諸島に残ると言ったんだ。こっちはとっとと帰るぞ」
ジェフリーにアミリア、海賊団員とエルフたちが呆然として見守る中、ティーノを乗せたラ・レアルは出港していった。
フラーヴィアは腕を組んだまま、その光景を眺めていた。
◇◇◇
「さて」
フラーヴィアは後ろを振り返った。その顔は笑顔だ。
「時間がもったいないのはフラーヴィアも同じ。早速交渉に入りましょうか。ジェフリーがこの海賊団の頭目ですね」
「あっ、ああ」
ジェフリーは頷く。
「良かった。では交渉を始めましょう」
そそくさとジェフリーに駆け寄るとその右腕を取るフラーヴィア。
「「「「「あっ」」」」」
周囲から一斉に声が上がる。しかし、誰もが次の言葉がすぐに出てこなかった。
そして、ジェフリーは固まっている。
次回第24話「第二次主人公争奪戦勃発」




