プロローグ
ジェフリーには一瞬、何が起きたか分からなかった。
そもそもが気の置けない王族・貴族の子女のパーティーのはずだった。
急遽、第一王女のエリザが壇上に上がる。
何でエリザが? と思う間もなく満面の笑みを浮かべた公爵令息のアドルフがその脇に寄り添う。
(どういうことだ? エリザはこの俺、侯爵令息のジェフリーの恋人だろう?)
「レディースアンドジェントルメン。今日のこのパーティーを楽しんでますかあ。でも、ちょっとだけお時間もらえますか? これから重大発表があります」
急に会場の大広間に声が響き渡る。
(「拡声」の魔法使ってやがるな。あれはアドルフの腰巾着の男爵令息のブルーノじゃないか)
「その美貌の前にはあらゆる宝石の輝きもかすみ、知性の泉は汲めども尽きないと言われる第一王女のエリザ様。その婚約者が今夜発表になります。誰もが羨むその座を射止められたのは……」
(待てっ! 何だっ? この展開はっ?)
「公爵令息のアドルフ様です。みなさん拍手を」
万雷の拍手は……起こらなかった。代わりに起こったのは、どよめきだ。
だがアドルフはめげなかった。
「エリザに憧れていた者は多いだろうが、こういうことになった。中には自分がエリザの恋人だと思っていた勘違い野郎もいるようだがね。だが、エリザの婚約者はこの私アドルフだ。なあ、エリザ?」
「えっ、ええ」
うつむきながらも頷くエリザ。
(そんな馬鹿な。エリザと二人で会って、「王位は優秀な王太子のリチャード兄さまが継ぐし、私は侯爵令息のジェフリーと結婚したいと言ったら、国王陛下もジェフリーならいいだろうと言ってくれたの」と言われたのが一昨日だぞ)
「今日のパーティーは私とエリザの婚約披露パーティーに変えさせてもらうっ! さあっ! みんなっ! おおいに食べて、飲んで、踊れっ! 歌えっ!」
そんなアドルフの声と共に、予め仕込まれていたであろう吟遊詩人が「拡声」の魔法を使って、祝いの歌を歌い始める。
呆然としていたジェフリーとエリザの目が合う。
だが、エリザはすぐに目を逸らしてしまった。
ジェフリーにはもう耐えられなかった。大広間から全力で駆け出した。
「まっ、待って。ジェフリー兄さま」
まだ幼いエリザの異母妹アミリアの制止する声もジェフリーには届かない。
この場にいたくなかった。遠くに行ってしまいたかった。こんな最悪とも言える形でエリザが我がものでなくなることを思い知らされた以上、イース王国にも侯爵家にも何の未練もなかった。
ジェフリーの足は自然と港に向かっていた。
そこに停泊していたのはイース王国最新鋭の戦闘艦ガレオン。ジェフリーの父の所有物だ。
ジェフリーは荒々しくその船に乗り込むと怒鳴った。
「すぐに船を出せっ!」
「これはこれはジェフリー様。しかし、侯爵閣下からは航海の話は承っていないのですが?」
「父には俺から言ってある。すぐに船を出せっ!」
「はっ、はい。で、行き先はどちらで?」
「そっ、それは、ある程度行ったところで改めて指示する」
「……承知しました」
どこへ行こうかなんて決めていなかった。飛び出した後のことなど何も考えてはいなかった。
第1話「ぴっちりした事務服をまとう少女は相当の魔法の使い手」