第70話 サンスタードとオールドマン
「――サっ……サンスタード姓……ってことはつまり、ピーアさんはサンスタード帝国の……? あ、じゃあその兄である副局長も……」
「あ、いや、待ってくださいせんぱい。帝国の現皇帝の名前は、ギャラティ・ジ・オールドマンのはずです……」
驚愕の面持ちになった者たちを代表して蓮が疑問を口にすると……こちらも驚きつつだが、千草がそれを訂正した。
副局長アドラスが首肯する。
「ええ、私の本名はアドラス・フォン・サンスタードです……が、ギャラティ皇帝とは血が近い訳ではありません。むしろ、かなり遠いと言えます」
机で何やら書き物をしていたアドラスが立ち上がり、一行のテーブルへと歩み寄ると、その上に紙を広げた。即席の資料を書いていたらしい。
資料の一部に指を向けつつ、彼は続ける。
「こちら……先代皇帝はカール七世。カール・フォン・サンスタードですが、彼は千年続いた帝国を内側から終わらせかねない、危険な程の平和思想を持っていました」
「……確か、魔人融和派だったんですよね?」
「ええ」
蓮の問いに肯定しつつ、アドラスはサラサラと更なる情報を書き足していく。どう考えても、この情報共有が終わった後には跡形もなく燃やしてしまう必要がある程の資料になっていた。
他の面々が自己紹介をしていた僅かな時間に、簡単な家系図と帝国の歴史の要点をしたためていたとは。透明なテーブルの上の紙に目を走らせながら、一同はアドラスの能力に内心で唸っていた。また、めちゃくちゃ字が綺麗だった。
「それ故に、差別主義に染まった多くの帝国人からは疎まれ、常に命を狙われていました。最終的に、カール七世とその派閥を虐殺したのは魔人の台頭を嫌った災害竜テンペストの勢力でした。一般的には突発的な竜巻災害のせいということになっていますね。……そのせいで、分家だったオールドマンが現在皇帝の座にあることを、一概に玉座の簒奪だとは言い切れないのが難しいところです。一度は傾いた帝国を立て直したことは、私としても評価せざるを得ませんから」
何の恨みも感じさせない調子のアドラスに、話を聞いている側の方が困惑してしまう。カール七世とその派閥とはつまり……現皇帝と戦い、最終的に命を落とした者たちの中に、アドラスとピーアの家族が含まれていたのではないのか。
蓮も父親との関係が良好とは言えないが、それでも父親の命を狙う人物がいれば対処しようとするだろうし、仮に父親が殺されれば復讐を誓う……かは分からないが。下手人に対し何の悪感情も抱かないとは思えなかった。
人生経験によってはこんな人間も生まれるのか? 蓮はアドラスという傑物を計りかねながら口を開く。
「……アドラスさんとピーアさんの家族や……親戚と敵対して、暗殺しようとしてた人たちなんですよね……?」
「そうですね。しかし、相手を恨み続けるというのは疲れるものなのです。まだ若いあなた方には実感がないかもしれませんが。私のように老いた人間は、復讐よりもまだ手元に残っているものを護りたいと思うようになっていく……ことも多いのだと。今の私はそう思っていますよ」
と、三十手前の割に二十代前半くらいに若く見える顔をしたアドラスが言うものだから、≪ヴァリアー≫古参の面々は小さく笑った。
「私とピーアは先代皇帝カール七世の直系という訳でもなく、その分家ですね。蓮君も……三百年前のレメテシア戦役にて、高貴な血統を誇る帝国貴族たちの一部には、清流人が身に付けた水の≪クラフトアークス≫を拒んだ者も多かった……それはご存じですね?」
「はい。英雄ゴットフリートもそうだって話ですよね。マリアンネさんの話じゃ、メロア様から力を貰わなくても、もう黄金の≪クラフトアークス≫を持ってたからじゃないかって……」
「昔の話なので、ゴットフリートが実際に黄金の力を持っていたのかは定かではありません。ですが、初代金竜ゴールドールが創出した種族、オーロス。金竜人とも呼ばれる彼らの子孫の血には、確かに黄金の≪クラフトアークス≫が受け継がれていました。帝国人の多くは魔法的な力を身に付けて広義の魔人に含まれることを嫌うものですが、どうしても劣勢に陥った際などに使うための秘密兵器として、金竜の血は絶やさずにいた訳です。そのオーロスの血を受け継ぐ王家の傍系が、我々の一族でした」
「……なるほど。じゃあ、帝国勢力の追っ手から命からがら逃げだして、今までずっと潜伏してきたって訳ですか……って、あれ?」
口にしながら、蓮はそうではないと思いなおした。
アドラスはふふっと微笑んだ。
「ええ、現皇帝らは当然、私とピーアが生きていることを知っていますよ。それ故に、帝国は≪ヴァリアー≫に支援していたのですから。我々は王位継承権を放棄することを条件に、生存を許された子供たちの一部なのです」
「……その言い方だと、生き残りは他にも結構いる感じですか?」
「そうですね。二度と帝国と関わりたくない者も多いでしょうから、わざわざ名前は明かしませんが……明かせる範囲ですと、≪四騎士≫のロウバーネ・サオトメ・ヘイスティングズも私たちの親戚ですよ」
それはつまり、“鎖の騎士”ロウバーネは自分の親たちが権力闘争に敗れても尚、帝国に従い続けているということになる。確かに、直接的に手を下した仇という訳ではないらしいが、それにしても……。
(それが騎士の誓いってやつなのか? 自分の大切な人たちと裏で殺し合ってた連中のために働くって……オレだったら絶対やらないけど)
メロアラントの清流人は東陽人から分岐した民族であり、その根底にあるのはサムライ……つまりは武士道である。己の武力にて身を立て、より高い地位へと上り詰めることを狙う武士と、主君に仕え守護することを至上とする騎士の精神性は大きく違う。
清流人の子供たちには、いまいち騎士道というものが理解できていなかった。
「ロウバーネや他の子供たちと一緒に帝国を追い出され、紛争地帯を抜けてガイア国を目指して放浪していた私たち。……その道中で出会い、一時は共に旅をしたはぐれの魔人……後の軍師ニルドリルと、夜通し語り合ったものです。人間と魔人の国をそれぞれ平和にした後、もう一度会おう、と。……結局、再会は叶いませんでしたが」
懐かしい光景を思い返すように、目を瞑りながらしみじみと語ったアドラス。
軍師ニルドリルと言えば、幻竜に操られたことで六年前の戦争の切っ掛けを作ってしまった人物だ。アドラスの語り口からして、やはり元々は悪人ではなかったらしい。
「軍師ニルドリルが、はぐれの魔人? 最初から魔国連合に属していた訳じゃないんですね」
「そそ、兄さんはどこかの人間の国で自分の理想を実現できる組織を作って、一方魔人のニルドリルは魔国連合でのし上がって。二人が変わらぬ友情を持ち続けていれば、いつか人間と魔国連合との間で平和的な話し合いが持てることは確実でしょ?」
千草が意外に思って尋ねると、今回答えたのはピーアだった。
その口調は得意げで、実際誰が聞いても悪くないものだ。ただ、天才と評される二人であっても、それは上手く行かなかったようだが……。
「当時のアラロマフ・ドール無統治王国にたどり着いた私は、金竜ドールと交渉し、帝国の援助を受けられることを明かし、≪ヴァリアー≫という組織を立ち上げることに関して快諾を得ました。金竜は人類種全体の利益になる取引を拒めない……そういった呪いのようなものを引き継いでいましたから」
そこでアドラスは、赤い眼鏡を左手の人差し指と親指で挟むようにして持ち上げた。辛い過去の日々を思い返すように、眉間にしわを寄せている。
「人類の生活圏、つまりこのイェス大陸に残った“危険種”……吸血鬼とアニマの方々が暮らす里へと赴いたのは、その後です。当然、その頃の我々はアニマという種族に関しては存じ上げず、ただ吸血鬼の集落があるものだと思い込んでいたのですが。……そこで私はアルフレート……今はアルベリクと名乗る彼を説得し、仲間に引き入れることが出来ました」
「はっ……」
その結果は別に悪くなかっただろうが、という風にアルベリクが鼻を鳴らした。
問題はその後だったのだろう。
「ですが、吸血鬼やアニマと密接にコミュニケーションを取っていたはずのロウバーネが、突如として裏切りました。その理由は定かではありませんが……彼女は自分を追い出したはずの帝国勢力と繋がりを保っており、彼らを≪翼同盟の里≫へと引き入れたのです。そこから、アルの故郷が炎に包まれる戦争が始まりました……」
「ま、今のロウバーネが≪四騎士≫の地位にあるってことは、つまりはそれが手柄として認められたってことだろうよ。けっ……」
アドラスがロウバーネに抱いているのは「なぜ裏切ったのか?」という困惑であり、一方でアルベリクの口調はロウバーネに対する確かな憎しみを感じさせた。同族が大勢殺された戦争なのだから、至極当たり前だが。
「仲間として連れ返ったアルと共に、私は≪ヴァリアー≫を立ち上げました。金竜ドールをトップの座に、そして自分が実質的には組織の舵を取れるように、ナンバーツーに。……しかし、ここでも私の計画は上手く行きませんでした」
「私が人質に取られたようなもんだったからね」
アドラスは妹であるピーアを騙すような形で憑依体にされたことで、金竜ドールに逆らえなくなってしまった。
そこでアドラスは、人類種全体のために動き続けながらも、人間一人一人のことはこれっぽっちも愛していない金竜ドールの本質に絶望したらしい。そこで絶望し続けていた訳ではなく、状況を変えるために色々と策は巡らせていたようだが。
結局、嵐の外の世界からの迷い人であるヴァレンティーナ。本代家の落ちこぼれとされていたダクト。同族の罪を代わりに清算するためにやってきたレンドウ。状況を変えるためにアドラスが≪ヴァリアー≫へと引き入れた者たち。
――そして何より、幻竜に操られたことで魔王ルヴェリスに反旗を翻してしまったニルドリル。
彼ら彼女らの複雑な事情が絡み合った結果、この黄昏の時代と、今の≪ヴァリアー≫はある。
ピーアとアドラスは金竜の呪縛から解き放たれ、こうして蓮たち新参者に対し、隠し立てせずに己の事情を明かせるようになったのだった。
悲しい出来事の積み重ねの上にある今だが、悪いことばかりではないのが人生なのだ。
今日この場に集まった仲間たちは、アドラス・フォン・サンスタードの誇りだ。
ぶっちゃけると後付けの部分もありますが、副局長アドラスと妹ピーアの事情をようやく説明できて感無量です。前作で残されていた謎の一つなので。
まったく、前作が完結してからもう丸々三年以上経ってるぞ。前作キャラが再登場するまで時間かかりすぎなんだよ!!




