第68話 濃艶な女王と迫る悪意
お飾りの女王。字面だけなら自虐的なことこの上ないが。その口調と目を見れば、彼女がお飾りで終わる気はないことがありありと感じられた。
「エルフのスカルセドナと申します。失礼ながら……確か、ドール王国の女王様はプラチナブランドの長い髪を持つ、絶世の美女だという話でしたが……」
絶世の美女だという部分は疑いようがない。スカルセドナが気になったのは、エヴェリーナ女王がショートヘアだったことについてだろう。
「ええ、式典ではウィッグを被り、普段から長い髪で生活しているという体でいますよ。その方が、普段の生活でわたくしだと気づかれにくいですから……とは、うふふっ……本代公爵様の入れ知恵ですけれど」
女王は普通に笑うだけで艶やかだ。特に男性を手玉に取ろうというつもりはないのだろうが……彼女が最後に付け加えた内容に、蓮は軽くどぎまぎしつつ頷いた。
「も、モトシロ公爵は女王様の味方なんですね。女王様にはご自身の意思があり、帝国の傀儡と言われる状態から脱したがっている……ってことでいいですよね。≪ヴァリアー≫に出資しているのは、私兵を確保するため……?」
「歯に衣着せぬ言い方をするなら、そうなりますね」
にこやかにそう返され、蓮は「今のはさすがに表現が粗雑すぎたか」と顔を青くした。
そんな蓮に助け舟を出すように、千草が元気よく挙手する。
「この貴族家は絶対に味方側で、逆にあの貴族は明確に帝国側だ、みたいなのはどれくらい分かってるんです?」
「それに関しては、まだなんとも言えませんね。本代公爵様とは五年以上の付き合いなので信用していますが。先代の帝国四騎士であったアレクシス・アシュバートン侯爵様は、本人に隠す様子がないほどに、純然たる帝国派ですね。ウルフスタン伯爵様は本代公爵様との繋がりが深いので、味方になってくれると信じたいですが。ミザール侯爵様は……なんとも言えません。それから、トレヴァス伯爵様ですが……こちらはあなた方の親類でしたね?」
エリナはダライアス・B・トレヴァス伯爵の義理の妹にあたるし、蓮はそんなエリナの婚約者である。
「はい、そうですね。ダライアスさんが治める伯爵領からは既に私兵の類が限界まで削り取られ、傭兵ギルドばかりを利用させられているという話なので……女王様に敵対こそしないと思いますが、戦力として数えるのも難しい、というところでしょうか」
「そうでしょうね。むしろ、トレヴァス領に属する者のうち、最も戦力として数えられるのはあなた方……エリナ様、チグサ様、レン様だと言えるでしょう」
エリナに同意したあと、女王は蓮たちをトレヴァス領に属する戦力と表現した。
まぁ、確かに蓮たちはトレヴァス家の屋敷に住まわせてもらっているので、そう言って差し支えないのかもしれない。ダライアスがメロアラントで暮らしていた半年の間に交流を持った蓮も、彼には好印象を抱いていた。
(それにしても、この女王様は誰に対しても様付けするんだな……)
他人からここまで恭しく扱われたことがないので、蓮は少しむずかゆかった。
「話を戻しましょうか。そもそも、なぜ吸血鬼の一部の方が、エヴェリーナ女王とナインテイル閣下が参加されるサミットを襲撃する計画を立てたのか、ですが……シラス君、検討はついていますか?」
「いえ、全く……」
アドラスの問いに短く答えたシラスは、憂鬱そうだった。長らく逃げてきた事柄に向かい合わなければならなくなった。そういう状況なのだろう。
たとえば、父親が水竜メロアを害する計画を立てていたとしたら、蓮も同じような気持ちになることだろう。
「分かりました。では、あくまで私たち≪ヴァリアー≫の見解ですが……この件の裏には、六年前と同じように幻竜の影が感じられます」
蓮、千草、エリナのメロアラント組は目を見開いた。
無敗の幻竜。龍の一柱であり、歴史の裏で暗躍し、しかし本体は安全な場所に身を隠し続けているという、性格最悪のクソ野郎。
古くは水の初代龍ゼーレナを破り、弱体化させ。
近年ではベルナティエル魔国連合の軍師ニルドリルを洗脳し、そこから世界中を混乱に陥れた。
無属性の初代龍であった先代魔王ルヴェリス、氷の初代龍アイルバトス、炎の初代龍ルノード、それから黄金の龍ドール。四柱もの龍が立て続けに命を落としたのも、元を辿れば幻の龍が≪ヴァリアー≫襲撃事件が起きるように誘導したせいだ。
そして何より、蓮の兄……マモル・ジンメイに呪いをかけ、人としての尊厳を奪ったらしい存在だ。
その幻竜が、≪ヴァリアー≫襲撃事件から六年後の今回は、女王エヴェリーナと魔王ナインテイルが集まる場所を狙っている。
……どう考えても、嫌な展開しか浮かばない。いや、想像を超えた地獄が待っている気しかしない。
「して、何ゆえ幻竜は二人の女王を狙う? 確か幻竜は、今は帝国に協力しているという見立てだったな、アドラス」
「ええ」
バルタザールの問いに、まずアドラスは短く肯定した。腕を組んで数秒思案する様子を見せる副局長。
「少々、乱暴な表現になることをお許しください。帝国と幻竜の利害が一致し、今も協力関係にあるままだとするなら……今回の襲撃の目的は、開戦の口実。そして、エヴェリーナ女王の排除でしょう」
「なるほど?」
平然と返した女王だったが、その他の多くの者はぎょっとせざるを得ない。
アドラスは続ける。
「噛み砕いて説明しますね。……吸血鬼、もしくは他の“危険種”にサミットを襲撃させ、エヴェリーナ女王を殺害できたなら……まず、サンスタード帝国は言いなりになることを拒み始めた邪魔なエヴェリーナ女王を廃し、新たな傀儡を国家元首として据えられる。それに加え、魔国領側から先に人間の女王を害したとなれば、正統な手順の元に周辺国家を扇動し、共に魔国連合へと攻め入るまたとない機会となります。ついでに、魔王ナインテイルも拘束、ないし処刑する手筈かもしれません。そのための人員が、既にこの街に集結しつつあるようにも見えます。……ああ、それからついでに、今では女王の私兵に近い、目障りな≪ヴァリアー≫を解体する口実も手に入れようとして来る可能性があります。体よく警備責任を押し付けられないよう、注意を払わなければ……」
「待て待て、さすがに次から次へと、話が突拍子もなさすぎる。いや、君を疑っている訳ではないんだが……頭痛が悪化してしまうではないか」
バルタザールが両手でそれぞれのこめかみを押しながら言った。
「えっと、吸血鬼さん側には幻竜と協力しているとか、幻竜に計画を持ちかけられた、みたいな意識はあるんでしょうか?」
千草の問いに、アドラスは否定のニュアンスで首を振る。
「いえ……今までの幻竜のやり方を見るに、指導者側の大物を洗脳するにせよ、集団に憎しみの種を蒔いて扇動するにせよ、相手方に自分の痕跡は残さないでしょう。今回の場合、指導者といえば吸血鬼の族長、ヴィクター・スフレイベルですが……」
「――いや、族長はいつでも聡明だ。あの方がおかしくなったなら、周りがすぐに気づいていた……はずです。いつも近くにいる父か、それから、俺だって……」
それは、今までのシラスよりも早口だった。よほど族長であるヴィクターのことが大切なのだろう。
アドラスは頷いた。
「ええ、私もヴィクターさんは洗脳されておらず、計画にも関与していないと考えていますよ。彼は元々、人間と争いたがる性質ではない。恐らく、今回は成人したばかりの若者を中心に、幻竜の扇動を受けているのだと思います」
「成人したばかり……そういうことか。記憶を、人間への恨みを思い出したばかりだから……」
得心がいったように拳を握りしめたシラスだが、蓮はそこに思い至るまでに時間を要した。
(あ、今回の戦いの最中にシラスが言ってた……自分はまだ十八歳で未成年だから、魔王ルヴェリスにロックを掛けられた記憶が戻ってないって。……その封じられた記憶の中に残る、人間への恨み……)
かつて≪翼同盟の里≫と呼ばれた、吸血鬼とアニマが共に暮らした地。
「幻竜が吸血鬼たちに憎しみを思い出させ、扇動するのは簡単だったのでしょう。何より、DBサミットには彼らの仇が参加しますから」
「吸血鬼にとっての仇……?」
蓮が口にした疑問は、誰に対してのものでもない小声だった。それに対する返事という訳でもないだろう、アドラスは続ける。
「彼らの里に送り込まれた諜報員であり、彼らを見限る決断をした張本人、ロウバーネ・サオトメ・ヘイスティングズ。現在の≪四騎士≫である“鎖の騎士”」
フェリス・マリアンネの話に出てきた女騎士だ。
吸血鬼とアニマには、ロウバーネを殺せるなら自らの命など捨てても惜しくない、と考える者が何人もいるレベルらしい……。
「それから、何代にも渡って吸血鬼ハンターを生業としてきたパルメ家の跡取り。ヴィンセント・E・パルメ。こちらも現在の≪四騎士≫で、“双槍の騎士”ですね」
アドラスが口にしたその名前を耳にして、蓮、千草、エリナの三人はまさしく「うげぇ」という顔になった。
あの悪夢みたいな帝国騎士に、また会うことになるのか……と。いや、一応まだ二ヶ月近く猶予はあるだろうし、必ずしも出会い頭に殺し合いになるとも限らないが。特に、≪ヴァリアー≫が蓮たちの身分を保証し、隊員として守ってくれるのであれば。
「っかー、そりゃ納得だわ。事情に疎いおれでもわかるぜ。その二人の騎士を見りゃー、我を忘れて斬りかかっちまうのが何人もいるんだろうな」
クスタバルがうんうんと頷いた。
「ええ、帝国もその恨みの深さを理解した上で、ロウバーネとヴィンセントを避雷針のように、これ見よがしに使っているのでしょう。たちの悪いやり口だとは思いますが、効率的でもあります」
アドラスも冷徹だった時代があるが、今の彼は、敵の感情を逆撫でするような手段は極力取らないだろう。彼には守るものが随分と増えてしまった。戦いが終わっても尚続くほどの怒りを買うのは、利口とは言えない。悪辣な行為を例としてあげるなら、敵対勢力を皆殺しにしたり、女子供を人質に取っていたぶったり……だろうか。
「それから……≪四騎士≫の一人、“死の薔薇騎士”ヴァレンティーナも出席予定でしたね。しかし、集まるのは帝国の≪四騎士≫だけではありません。魔国連合からも多くの騎士と部族長が参加しますし。ガイア教団、メロア正教、イーストシェイドの使節、氷竜勢力、アロンデイテル新政府、デルの技術者、エクリプスの学生など……多種多様な民族が集結する舞台です。だからこそ……」
おいおい、どこまで巻き込んでるんだよ、そもそも何の話をするためのサミットなんだよ、と蓮が呆れ半分に聞いていると……急に、アドラスの口調は底冷えするようなトーンへと変化した。
「このサミットで事件が起これば、それは世界を巻き込んだ戦争に発展しかねません。もはや、帝国と魔国連合だけの問題ではなくなります」
「…………」
誰も、何も言えなかった。
頭から冷水を浴びせられたかのように、思考が冷える。全くその通りじゃないか、と。蓮もそう思ったのだ。
サンスタード帝国。
ベルナティエル魔国連合。
地竜信仰の国ガイア。
清流の国メロアラント。
イーストシェイド公国。
氷竜が治めるリオ・デ・ネレイド公国。
貿易国家アロンデイテル。
工業国家デル。
学徒の国エクリプス。
アラロマフ・ドール王国にこれらの国の重鎮が集結し、その多くが魔人が起こした事件によって亡くなったとしたなら。
世界が……めちゃくちゃになるだろう。間違いなく。
「――この世界を守るために、どうか皆さんの力をお貸し下さい」
守るために……。
蓮はアドラスの真摯な言葉を反芻しながら。
(守る。オレがあんたの代わりに、≪ヴァリアー≫の仲間たちを。……それから、この世界を守ってみせるよ、兄貴……)
全力で幻竜に抗うことを、兄へと誓った。




