第67話 種明かし
「……うむ、想像以上だったな。諸君らの実力は……」
冒険者ギルド、王都ロストアンゼルス支部のギルドマスター……バルタザール・ベックマンが声に期待を滲ませつつ、高台の端にある階段を下りて迫り来る。息を切らした蓮たちの元へと。
蓮は、それに対し武器を構えるべきだとは思わなかった。バルタザールを脅威だと感じなかった訳ではない。むしろ、彼は老いてなお強そうだ。戦うとなれば、一切の油断は禁物だろう。
注目すべきはその更に後ろ。バルタザールの向こうでカーテンがかき分けられ、新たな人影が次々と姿を見せる。色とりどりのコートを見に纏った連中だ。
先頭を歩くは水色の髪をした、童顔だが凶悪な目つきの女性。≪ヴァリアー≫局長のリバイアだ。
続いて、象牙色の髪に、黄色人種としては濃いめの肌色。赤い眼鏡を掛けた成人男性は……恐らく≪ヴァリアー≫副局長のアドラスだろう、と蓮が考えていた人物だ。
三人目は、目深に被ったフードで顔を隠した、華奢なシルエット。しかし、女性だとするなら身長はかなり高い。前を歩くリバイアよりもずっと。
そして、そのまた後ろから……、
「せんぱーい! 黙って見守ってるのほんと拷問でしたぁーっ!!」
「無事でなによりです、蓮……」
局長リバイアと副局長アドラス、そして顔を隠した人物の脇を追い抜いて蓮の元へとひた走る、千草とエリナの姿があった。千草はヴィンセント戦で負った喉の傷がすっかり癒えたようで、久しぶりの大声を披露した。
「千草、エリー……ってことは……」
蓮の周りに取り付いて、怪我の様子を確認する幼馴染二人の勢いに苦笑しながら。蓮はバルタザールとリバイアの間で視線を往復させる。
「この戦いは……いや、このメンバーでの新人冒険者講習は、最初から全部仕込みだったって訳ですか。≪ヴァリアー≫とギルドハウス……いや、王国政府側って言えばいいんでしょうか。とにかく、両組織は目的を同じくしていた、と……?」
蓮の推論に、しかしバルタザールは首を横に振った。
「いや、そうとも言い切れんな。このギルドハウスが王国の、というよりエヴェリーナ女王の影響下にあるのは間違いないが。≪ヴァリアー≫とは協力関係を結んでいるものの、常に全く同じ目的のために動いているという訳でもない。あくまでビジネスパートナー、といったところかな。≪ヴァリアー≫がどう言おうと……我々がテストの結果、蓮君、シラス君、スカルセドナ君のいずれかを認めず、処断する可能性もあったのだ」
「……な、なるほど……」
その言葉を素直に解釈するなら、蓮、シラス、スカルセドナの全員がバルタザールのお眼鏡に適い、処分を免れたということだろう。果たして、それぞれが敗北していれば結果は変わったのだろうか?
「また……厳しいようだが、厳密に言うと、まだ諸君らを全面的に許し、信用した訳ではない。ただ、黄金の戦士を打ち負かした諸君らの実力と、不殺を貫いた信念を評価して、重大な任務を与えたい。……それを達成して初めて、諸君らは無罪放免となる」
む、と表情を険しくした蓮、シラス、スカルセドナの三人。
今日の戦いなど比べ物にならない程、死に瀕することになる任務が押し付けられると直感したのだ。
シラスが苦々しい表情を隠せぬまま――いや、隠す必要もないのかもしれない――、ため息をつく。
「ふーっ……二ヶ月後のDBサミット、でしたか。それを襲撃する計画を立てている吸血鬼を全て明らかにし、事前に処理すればいい。そういうことですか」
シラスは一応、目上の人間に対して丁寧語を使うことは出来るらしい。
「いえ……」
それに対し、否定のニュアンスから入ったのは副局長アドラス(推定)だった。
「失礼、名乗るのが遅れました。≪ヴァリアー≫副局長のアドラスと申します。……我々の調べでは、最近になって吸血鬼特区の方々が魔国連邦の各地に連絡を取っているということが分かっています。最悪のケースを考えると、もし今から吸血鬼全体を鎮圧したとしても、サミット当日には人間に恨みを持つ別の“危険種”たちが襲撃を決行する可能性があります。具体的にどれほどの数の吸血鬼がこの計画に参加しているのかも、現時点でこの街にどれだけの危険分子が入り込んでいるかも定かではありませんし」
「――出来るだけの対策はするべきだが、その上で当日も厳戒態勢で警備しなきゃなんねェってワケだ」
副局長アドラス(確定)の説明を、乱暴な口調で局長リバイアが引き継いだ。
「だが喜べジンメイ、シラス、スカルセドナ。この長い任務に参加することを承諾するなら、テメェら三人をAランク冒険者に推薦してやる。この≪ヴァリアー≫局長のリバイア様が、直々にな!」
その言葉に真っ先に飛びついたのは勿論、蓮だった。
「――つまりっ、Bランク冒険者の条件もすっ飛ばしてAランクってことは……これでオレも≪ヴァリアー≫に入れるんですよね!?」
「あァ、いいぜ。もうオマエの実力は分かった。≪氷炎戦争≫の頃のほとんどの隊員より上だと認めるしかねェ……オマエの兄貴より、剣の腕は劣ってるけどな」
体術と≪クラフトアークス≫を含めれば、レン・ジンメイは既に五年前のマモル・ジンメイより強い。いや、ともすれば、炎竜ルノードから記憶と力を引き継ぐ以前のレンドウよりも強いかもしれない。
リバイアは内心そう認めていたが、口にしてはやらなかった。
「……兄貴の話も、しっかりと聞かせてくださいよ。隠さずに……」
「ちっ……まァ、時間がある時にな。……んで、シラスとスカルセドナはどうだ?」
「俺は……計画に加担していない潔白の吸血鬼が罪に問われずに済むなら、協力します」
「異論ありません。元々、私は人間と敵対するつもりなどないので。≪ヴァリアー≫にお世話になるのもいいかと。エルフという種族が抱えている事情についても、一度じっくり説明させていただきたいですし」
リバイアが水を向けると、シラスとスカルセドナも承諾した。
この場は丸く収まったと言っていいだろう。やきもきしながら話の流れを見守っていたディルクとヨランも、ようやく安心できた。
「――なぁ、おれとニーナは?」
長い間蚊帳の外となっていたクスタバルが、隣に立つニーナゼルを指差しながら問いかけた。明確に誰に向けて放った問いとも言えないものだったが、アドラスが代表して口を開く。
「あなた方にも是非、協力をお願いしたいと考えています。未知の“危険種”が街に入り込んでいる可能性がある以上、あなた達の嗅覚は非常に頼りになる。ゼバル族、アゼル族の族長にも話を伺いたいですし……」
クスタバルは嬉しそうに拳を打ち付けた。
「おー、いいぜ! 戦いてぇしな!」
「……だから、戦いを未然に防ぐのが目的だって話してたと思うんだけど? ……あ、わたしも協力は惜しみませんので……」
クスタバルに突っ込みを入れつつも、ニーナゼルもまた協力を表明した。
「ありがとうございます。≪ヴァリアー≫の隊員としての席は用意できますが、居住地に関しては今のままでお願いします。うちが間借りさせてもらっている屋敷に、私個人の判断で居住者を増やすことはできませんので」
アドラスの台詞には「念のため、ゼバル族とアゼル族もまた吸血鬼の襲撃計画に加わっている可能性を考慮している」ことが示唆されていたが、どうやら二人は気づかなかったらしい。自分たちの部族が人間に反旗を翻そうと企てているなどとは、夢にも思っていないようだ。……いいことではあるのだが、クスタバルに対して大人ぶっているニーナゼルも、まだまだ子供ということだろう。
「今の≪ヴァリアー≫の事務所……確か、パトロンになってくれている貴族の方の屋敷という話でしたよね。もしかして、そちらの方が……?」
言いながら、蓮はアドラスとリバイアの脇に立つ、フードで顔を隠した人物の様子を窺っていた。フードの隙間から僅かに除く、ゴールドの瞳。“心眼”を使って秘密を暴こうとした訳ではないが、蓮には不思議と予感めいたものがあった。
(≪ヴァリアー≫を支援してる貴族様の正体を知ったら驚くだろうって、千草も言ってたしな……)
「ほう……」
さすがはマモル・ジンメイの弟といったところでしょうか、という視線を向けて来たアドラスに、なんとなく気まずさを感じた蓮が目を逸らした時。フードの人物が、自らの両手でそれを取り払う。現れたのは、プラチナブロンドのショートヘアをした女性の顔。
赤みがほとんど感じられない純白の肌に、釣り目という訳でもないのに、不思議と意志の強そうな黄金の瞳。
いずれかの神が自らデザインしたと言われても納得してしまうような美貌に、百七十センチを超える長身ながら、男性の欲望を刺激してやまない見事なプロポーション。
あえて言おう、性的魅力に溢れていると。立ち居振る舞いが淫靡な訳ではない。その外見が高身長美女の到達点なのだ。
(……やっぱり……でも、まじか……)
蓮は、彼女を既に知っていた。
以前からの知り合いではない。
ただただ、彼女が有名人だっただけだ。
「皆様、お初にお目にかかります」
地味めな灰色のコートに身を包んでいても、高貴な血筋特有のオーラは隠せていなかった。
「――エヴェリーナ・イスラ・ドールと申します。帝国がこの王国に据えたお飾りの女王とは、わたくしのことです」




