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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第3章 冒険者編 -坩堝の王都と黄金の戦士-
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第66話 スカルセドナVSアルヴィド

 黄色肌の女エルフ(推定)、スカルセドナが手にする黒樫クロガシの木剣は、彼女の腕よりも短いくらいだったはずだ。だが蓮が目を向けた時、それはぐにゃりと形を曲げ、アルヴィド・ファイロンが手にしたサーベルをすり抜けるところだった。

 とうに枯れ枝であるはずの木剣が生物のように蠢いているのが、エルフの能力なのだろう。後退したアルヴィドにある程度まで追いすがった木剣の長さは、元の倍を超えている。

 対する警察の高官(推定)アルヴィドは鎧を身に纏っている訳ではない。豪華で分厚い警察の制服に身を包んではいるものの、質量保存の法則を無視していそうな、あの魔法めいた木剣に胸部を殴打され……果たして心臓に異常をきたさずにいられるものなのか?

 いや、二人の戦いは蓮がそちらに目を向ける以前から続いていたはずだ。変幻自在の軌道を描くスカルセドナの木剣に、既に何度となくアルヴィドの身体は攻撃を受けていたと思われる。それでも倒れない彼の身体は、相当に鍛えられているというべきか……それとも、天賦のものなのか。


 スカルセドナの木剣がガードをすり抜けてきた際、アルヴィドは顔だけは左手で護っている。ガントレットという程ではないが、彼が身に着けている黒いグローブはかなり耐久性が高そうだ。だからこそスカルセドナは、アルヴィドが護りの優先順位を落としている胸部を重点的に狙っていたのだろう。

 蓮は(股間か脛を狙ってればもう決着が付いてたんじゃ……)と考えてしまったが、それは騎士道や武士道を重んじる、誉れ高き勇士に選べる手段ではないだろう。スカルセドナとアルヴィドは、どちらも堅物寄りな印象を受ける。

 もっとも……そう考えてしまった蓮自身も、この戦いの後に相手と和解したいという目論見があったため、そうしたダーティな戦術は取らなかった。


「≪アーヴァの芽吹き≫……」


 凛とした発声と共に。スカルセドナの左手……武器を持たない方の指先から、二本の若葉色の光が飛び出す。≪クラフトアークス≫による光線だ。蓮は知らないが、かつて≪ランドセル≫にてヴィンセントが死闘を繰り広げたエルフ、エルトリルが使ったものによく似ている。

 足元を狙うように放たれた若葉色の光線を、アルヴィドは左足を下げ、半身に構えつつ躱す。しかし、それは単純な攻撃ではないようで。床を穿った若葉色の光は、そのまま床の亀裂を広げるように膨張し、地表側ではツル植物のように身をうねらせ、アルヴィドの足に絡みつこうとする!


(一人の剣士の手数じゃないな……自立起動する手下の植物を召喚できる、みたいな感じか)


 蓮が“心眼”で見て分かったのは、床に根を張った若葉色の触手、その本体はあくまで地下にある種であること。床の亀裂から漏れだす光、あの先に源がある。地表で蠢いている触手部分を切り裂いたとしても、また復活するのではないか。


(いや、なんつー厄介な……。床の奥深くまで逃げ込んだ本体を、オレだったらどうやって殺す……?)


 だが、アルヴィドは対応した。バックハンドで振るわれたサーベルが、二本の触手を半ばで断ち切る。蓮の見立て通り、断ち切られた部位より下が、再び鎌首をもたげようとして……地中の大本までをなぞるように朽ちていく。


「……帝国の兵士より、エルフの手の内は聞いている」


 そして、アルヴィドはバックハンドで武器を振るうだけに留まらず、振り終わるよりも前にそれを前方へと突き出していた。スカルセドナが向かわせていた木剣に対して。刃ではない。サーベルには握った拳を守るための護拳ごけんがある。それで木剣を殴りつけるような技だ。確かに、振り終わってから刃の向きを変えるよりもずっと早い。


「――手緩いぞ、エルフの剣士! 想像以下だ!」


 スカルセドナの体勢を崩しながらの、アルヴィドによる叱咤。


「ぐっ……!」


 虚を突かれていたスカルセドナは、そのまま腹部にアルヴィドの左拳を受け、吹き飛ばされる。


(アルヴィドのサーベル、あれも“竜狩りの武器”なのか……!)


 蓮は目を見開いた。“心眼”で分かっていた訳ではない。触手部分を断ち切られただけで、地中の本体まで死に絶えたということは、つまりはそういうことだろう。龍の血筋に伝わる能力≪クラフトアークス≫に対する特効を持つ武器群、竜狩りの武器。

 髪を伸ばしていないことからも、アルヴィドは≪クラフトアークス≫を極めている戦士ではないのだろう。人間らしさを保ったまま、竜狩りの武器を用いることでドラグナーへの対策とする。≪クラフトアークス≫に手を出さず、純粋な人間であることに拘るというのは旧風な考え方の帝国人に多いものだが、果たして彼の場合もそうなのか。

 それよりも……サーベルはかなり近代的な刀剣に思えるが、あれも古代の巨人族によって製造されたものなのだろうか。いや、ヴィンセントが言っていた模造品とやらなら、今の技術でも製造可能なのかもしれない。それにしては、地中の本体まで殺し尽くしたことが引っ掛かる。


(少なくとも、アシュリーさんが使ってた長剣よりも竜狩りの性質が強そうな気がすんぞ……?)


 左手で腹部を抑えながら立ち上がろうとしているスカルセドナに向け、アルヴィドが疾走する。黒樫の木刀が伸び、それを阻もうとするが……サーベルがそれを受け止める。木刀とサーベルの腹同士を擦れ合わせるようにしながら、木刀の護りを押し退けつつ、アルヴィドが左拳を引く。どうやら、彼は相当な怪力のようだ。今回の戦いでのみ柔軟に行動しているというより、普段から剣だけでなく拳で殴りつけるという手段を訓練しているのだと思われた。


(……そうか、あの枯れ木に命を吹き込む魔法は、別に≪クラフトアークス≫って訳じゃないんだな)


 竜狩りの武器に触れても黒樫の木剣の伸縮能力が失われないということは、あれは若葉色の≪クラフトアークス≫に紐づいた龍の能力ではなく、エルフという種族が元から持っている別の何かだ。


 ついに木剣が完全に跳ね上げられ、アルヴィドの左拳がスカルセドナの胸部へと向かう……今度こそ意識を刈り取るつもりだろう。サーベルで切り裂こうとしないあたり、アルヴィド側にも相手の命を奪う意図は無さそうだが。


 ――しかし、戦いとは勝利を確信した瞬間が最も危ういものなのだ。


 今度はスカルセドナが右足を引き、半身の構えに近いものを取ると……彼女は跳ね上げられた木剣を既に手放しており。

 彼女の左手が閃き、アルヴィドの左腕を下から巻き取る様に伸ばされた。スカルセドナの胸の中央を抜くために突き出されていた勢いを利用するように、アルヴィドの左腕、その袖が大きくまくられる。露わになった白い素肌に、スカルセドナの右手が重ねられた。その掌は、若葉色に輝いていて――。


 何かをされそうになっていることは、勿論アルヴィドにも分かっていた。


(敗れるよりも前に、踏み込むのみ……!)


 彼は回避を諦め、半身になったスカルセドナを追いかけ、拳の勢いを緩めるどころか進めていた。「カァァツ……ッ!」それがスカルセドナのみぞおちに到達し、少なからずダメージを与えただろう時点で……アルヴィドは意識を失い、その場に崩れ落ちていた。


(はぁっ……? 決まり手はなんだったんだ……?)


 蓮だけでなく、その戦いを注視していた誰もが、そのからくりを見抜けなかった。未だ人類が認知していない、未知の魔法によるものだろうということだけしか分からない。

 いや、ギルドマスターは未知の魔法ではなく、


(……あれはまさか。眠りの魔法、なのか?)


 帝国が求めているものの一つなのではないかと、脳内で既知の魔法と照合していた。


「……うっ……はぁ、はぁ……」


 スカルセドナもまた、苦しそうに呻きながら膝を突いたが、意識はある。

 彼女の勝利であることに異論を持つ者はいないだろう。


 ――だが、勝ったところで、何だというのだろうか?


 この場では殺されずに済んだところで、これ以降も憎しみの連鎖が続くのであれば救いがない。そうした状況を避けるために、彼ら彼女らは不殺を選んだのだろうが。


 蓮はシラスとスカルセドナと明確に仲間と言える関係ではないが、沈黙を破る役割を担うことにした。


「え……っと。……で、これからどうなるんでしょうか……ギルドマスター?」

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