第61話 シラスVSマキト
半ばから折れたロングソードを身体の前で横に構える蓮に対し、先ほど背中を斬りつけてきた女が口を開く。
「一応、戦う前に言っておくわ。あたしの真の名前は、レオパルカ・フォーゲルバイト・カムナギ。この王都ロストアンゼルスを守る、黄金の戦士よ」
「……レオ、パルカ……カムナギ?」
レオという名も、完全な偽名という訳ではなかったらしい。蓮はマキト・コーレシュタイン・カムナギと同じ「カムナギ」という苗字に引っ掛かりを覚えた。ワ風な響きではあるが、イーストシェイドやメロアラントにそのような苗字は存在しないはずだ。
「……お前も、あっちのマキトってやつも……オレたちが暮らすトレヴァスの屋敷の向かいに、最近住み始めたっていう一味だよな……?」
「へぇ、もうそこまで調べ上げてるなんて、末恐ろしいわね」
敵対しているのだ、最早隠す意味もないだろうと蓮が“心眼”を発動させながら横目で見ると、やはりマキトなる男の体内からも、レオパルカと同じ金色の気配が感じられた。
黄金の戦士とはすなわち、「金竜に由来する黄金の≪クラフトアークス≫を身に着けた者たち」という意味なのだろう。
(金の≪クラフトアークス≫を持ってないやつにとっては、直接触れると毒なんだったか? なら常に武器に毒を塗ってるみたいなもんか……厄介だな)
レオパルカが手にしたロングソードは、既に黄金に輝くチェーンソーのような形態ではなくなっているが、その表面に黄金の≪クラフトアークス≫を纏っている状態なのは変わらない。恐らく、今は省エネモードなのだ。攻撃する際には、再びチェーンソーのように蠢かせるのだろう。
「いきなり背中から斬りかかるってことは、誇りある騎士とかじゃないんだよな?」
「はっ、例え不名誉でも勝利を収め、国に貢献し続けることが黄金の戦士の誇りよ」
蓮も常に正々堂々と戦う派ではないためことさら責める権利はないような気もするが、とりあえず相手を煽る意味で発した言葉だった。が、レオパルカには通じなかった。
(勝てればなんでもいい、みたいな……傭兵とか暗殺者みたいな感じなのか?)
となると、びっくりどっきり系の初見殺しな必殺技をいくつも持っていそうだ。後手に回れば敗れる。じっくり手の内を観察するより、こちらからさっさと決め切るべきだ。蓮はそう考え、左手を腰へと落とす。
「……そうかよ。じゃあ、いっちょやるか」
逆さまの状態で藍色の短剣を引き抜き、手の中で回すことで正位置へと持ち替えた。
「いつでもいいわよ?」
蓮とレオパルカが激突する……その時、少し離れた場所で、シラスとマキトは既に開戦を迎えていた。
小柄な体格のマキトが、稲妻を思わせる俊敏さでジグザクに走り寄り、高身長のシラスへと迫る。シラスは足元に黒翼の沼を生成し、そこから丸太のような触手を二本立ち上らせる。だが、マキトはコボルトとは違う。身軽な動きで触手を躱し、それが後方から追いすがって来ることを悟ると……反時計回りに一回転。左手に握るロングソードが金色に輝き、黒い触手を半ばから断ち切っていた。
断ち切られた触手は、ボロボロと崩れるように宙に溶けていく。影、もしくは闇と表現される属性と黄金の属性は、特にどちらが有利という訳ではない。だが、これは恐らくマキトの筋力……そして技量が相当に高いためだろう。上質な戦士だ。ロングソードが纏う黄翼の輝きはほとんど失われず、黒翼の触手ばかりが削られた。これは遺物厳選もかなり極まり、「直剣の攻撃力上昇」とか装備していそうだ。……何の話だ、急に脱線して夜を渡るな。
当然シラスもまた、足元からただ触手を生やすだけでドール国の精鋭に対抗できるなどと楽観視してはいなかった。今回はコボルト戦とは違い、上半身もきびきびと動かしている。手にした日傘を、左手を持ち上げることで広げつつ……ボタンを押し込んだままの右手を、力強く後ろへと引く。
――すると、シラスの右手には巨大な針が握られていた!
シラスの肩から拳までと同じ程度の長さを持つその針は、先端に向けて緩やかに細くなっており、根本の方は普通の傘の芯よりもずっと太い。それが何らかの金属で作られていることは想像に難くない上、筒状の武器であることを考えれば、剣との打ち合いに負けることもそうそうないだろう。それを振るうのが元から怪力自慢の吸血鬼であるなら、尚更だ。
「――あァっ!? ハーミルピアス、だと……何でお前がそれを持ってる!?」
マキトは、シラスが引き抜いたその巨大な針に見覚えがあるようだった。だからこそ驚愕を覚えた。
しかし、驚きの声を上げつつも、黄金の戦士は止まったりしない。
左手のロングソードをシラスが持つハーミルピアスなる武器と打ち合わせつつ、右手で左腰に残った黒き魔法剣を抜き放つ。マキトが誇る、必殺剣の一つだった。
お互いに片手で振るっていた剣と巨大針。人間の力で吸血鬼の膂力には拮抗できず、少しずつ押されていたマキトだったが……両手で対抗する形になれば、あるいは。
……よく知らない者が二人の戦いを見守っていれば、そう考えただろう。
だが、そうはならない。マキトの必殺剣は初見殺しである。六年前にはあの炎竜グロニクルをも苦しめたのだ。アニマだろうが吸血鬼だろうが、最初から対応できるはずがない。
それは、シラスのハーミルピアスを押し返すためのものではなく。
――シラスの武器に接触したマキトの右手の剣は……たちまちバラバラに砕けた!
夜の闇を吸ったような黒。その刀身は右手で握る柄以外は残らず、シラスの顔面に襲いかかるように飛び散る。
瞬間、シラスは反時計回りに回転し頭部を庇うようにしながら、後方へと飛び退った。
彼はそのまま、周囲の地面に黒い剣の欠片たちが血飛沫のようにこびり付いていることを確認するや、己の背中からたち登らせた黒翼を広範囲に撒き散らす。
「な……っ」
今度こそ、マキトは一瞬だが絶句し、足を止めた。シラスという紅目の吸血鬼の規格外さに……恐怖はないが、警戒を増した。この上なく。
黒い剣に見えるものが実はとても脆く簡単に砕け、剣を打ち合わせた相手の顔や身体、そして背後の地面に散らばる。そして、その後に命じることで、相手を背後から貫きながら手元へと戻り、元の漆黒の直剣に戻る。それがマキトが扱う、魔法剣オブシディアンの反則的な能力だったのだが。
……本当に初見で、対応できるものなのだろうか?
「……ちっ、訊かなきゃなんねーことがどんどん増えていきやがるな、吸血鬼」
シラスは撒き散らした黒翼を周囲の床に固定しており、今もオブシディアンの欠片がマキトの元へ戻れないようにしている。何故、そこまでマキトの手の内を把握しているのか。
「なんでお前が“薔薇の騎士”のハーミルピアスを使っているのか……そして、俺の魔法剣に完璧に対処できんのか……」
マキトは右手のオブシディアンの柄を鞘へと戻したあと、額に固定していた大きなゴーグルを目の位置へと下げた。それはマキトが本気を出す際のスタイルだった。
「指名手配犯の弟にして、≪四騎士≫の武器を盗難した疑惑あり。……そして何より、その知識だ」
ゴーグルに嵌められた黒いレンズの向こうで瞳を金色に輝かせながら。マキトは後ろに揺れる、結われた髪の毛の一束を引き千切った。右手の中で、それは見る見るうちに剣の形を成していく。
「吸血鬼シラス・バーリ。さてはお前……“緋の王”と繋がってるな?」
シラスが災厄の炎竜一派に属する者ならば。
黄金の戦士マキトは、決してそれを見逃しはしないだろう……。




