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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第1章 出立編 -水竜が守護する地-
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第8話 水の初代龍ゼーレナ、≪レメテシア戦役≫の真実


 幼馴染組がお互いに複雑な感情を向け合っている状況に斬り込むように。


『――とまぁ、細かい箇所を省きながら我が語ればこうなるが。……大丈夫かな? 過去のトラウマを刺激されてしまってはいないかね?』


 と、メロアが皆を気遣うように言った。


 ……もっとも、メロアもまた事件の当事者ではない。その全てを事細かに話せる訳もなく、「このタイミングで蓮が飛び出した」だの、「千草が血塗れの両手を突き出した」だの、わざと傷口を抉るように状況を追って話した筈もない。


「いえ、別に大丈夫ですよ?」


「その程度、なんともありません」


 美涼と敦也は問題無いとばかりに頷いた。彼女らには「自分たちが最もあの事件で心に傷を負っている」という自覚も、他人からそう思われている自覚もあった。


 功牙などは、


(……得意げに拳銃の恐ろしさを説いてしまったけど、まさかもう皆が経験済みだったとは……。()()()()()()……前にこの話を僕に教えてくれた時は更にざっくりしてたもんだから、拳銃の部分が僕に伝えられてなかったんだ……!)


 と考えていた。


(後で機会を見て、蓮たちに謝ろう……)


 実際にそれを口にして、蓮と千草を叩きのめした訳ではないのだが。功牙は弟子にも己自身にも、清廉であることを課している。


 申し訳ないと思った時点で、心に毒を溜めないためにすべきことが決まっているのだろう。



『という訳で、これが我の知るあの事件の全貌だ。……それで、敦也の問いだったね。あの誘拐事件と、今日の件に繋がりがあるかと言えば……、』


 敦也がごくりと唾を飲み込んだ。


『――背後にあるのが帝国の勢力という意味では同じ側だろうけど、全く同じ組織の仕業とは断定できないね』


 なーんだ、結局分からないのね、とエドガーが緊張を解くも、メロアの話はここからが本番だった。


『あの当時の実行犯たちは蓮に価値を見出していなかっただろうが、今回はむしろ()()()()()()であった。我はそれが、最も気になっている』


「えっと……メロアさまが最近神明家を重宝しているから、四華族よりも人質として価値があると思い始めた……とかじゃないんですか?」


 という千草の台詞に、曖昧な表情で首を横に振るメロア。


『その程度の理由であれば、標的を君にでも、他の子供たちに変更しても良かっただろうと思う。……我が重用する神明家。白猿湖を代々管理する一族。その息子を誘拐しようとしたということは……もしかすると。既に、我に何かを要求することが、真の目的では無くなっているのかもしれない』


 正直なんのこっちゃわからん、という表情が並んでいることを確認した後、メロアはダリの方を見やった。


『……≪クローズドウォーター≫によって護りを固めたこの神殿を突破する方法。それを求めたのだとすれば……』


 ダリが頷いたことを確認すると、メロアは核心を口にする。


『――帝国は、我を。水竜メロアを利用するのではなく、殺める術を探し始めているのかもしれん』


 子供たち全員に、電流のような衝撃が走る。


 功牙だけは既に知っていたのか、そんな子供たちの様子を静かに観察していた。


(ま、そりゃ驚愕だよね。やっぱりエドガーでもこのクラスの情報だとまだ子供に戻っちゃうか。むしろ、一番落ち着いてるのはエリナか。メロア正教が崇める神が危ぶまれる話でこれとは、確かにこりゃ逸材だ……)


 などと考えながら。


「帝国が……メロア様を殺害する計画をっ!?」


「帝国はメロア様を……邪魔だと考え始めてるってことですか!?」


 蓮とエドガーの叫びを、メロアは右の掌を向けることで抑えた。


『静粛に。帝国と言っても、その一部の組織がそう考えていると思われる、という段階だ。それがサンスタード皇帝そのものの意思だと確定した訳ではないよ』


 だから今すぐに全面戦争が起こる訳じゃない、と。安心させるようにメロアは付け加えた。


『――ふん。あの高慢で知られる帝国が、そもそもなぜこれだけの広大な土地を≪清流の国≫として四華族に与えることになったのか。おまえたちは疑問に思ったこともないのであろうな』


 ダリが愛想の欠片もなく、しかしどう繕っても可愛らしい声で言った。


(ちょっとくらい考えたことあるけど……)


 と蓮は思いつつも、


「――ええ、お恥ずかしながら。ダリ様、ご教授いただければ幸いです」


 とダリを立てるように言った。


 それに機嫌を良くしたように、ダリは、


『うむ、では説明してやろうぞ。こちらのメロアからな』


(あんたがするんじゃないんかい)


 呆れ顔を必死で抑えている蓮をよそに、メロアは気にした風もなく頷いた。


『――では、語るとしよう。今より三百二十年ほど遡る、昔話を』


 再び床から水が立ち上り、キャンバスが形作られた。


 そこに描かれたのは……世界地図のようだった。


 相も変わらず踏破が叶わず、謎に包まれたままであるイェス大陸下部、暗黒大陸下部、そしてレピアータ大陸が省かれた、竜信仰の国ガイアを中心に描かれたワールドマップ。


 ――いや、より現代風に言うならば、イズランドマップとなる。


 竜信仰の国ガイアとアラロマフ・ドール王国の狭間にある空白地帯。その一点に印を付け、メロアは言う。


『――我の始まりを。……水を司る初代龍ゼーレナと、彼女に拾い上げられた子供たちの話を』



 ――三百二十年前。


 竜の時代(ドラグエイジ)六六六年。アラロマフ・ドール地方。


 金竜ドールが龍の座を引き継いでから、八十年ほど経過した頃だっただろうか。


 当時その場所には高い山があり、その奥に村を拓いて住まう黄色人種の集団は、一体の強大な生物をシンと仰ぎ、仕えていた。


 ――シンとは、その民族・纏まりが王よりも上の存在として仰ぎ戴く、国の象徴とも言える生命のことである。イーストシェイドの東陽人であれば、天皇という表現がしっくりくるかもしれない。


 もっとも、天皇とは異なり、多くの場合は武力による庇護を求められた存在であるため、場合によっては軍を率いて戦いに出るようなこともあるが……。


 仕えると言っても、その村の者がシンの身の回りの世話をしたりだとか、配下となってどこぞの勢力と戦うようなことはなかった。


 ただ、古くからの決まりの通りに、半年に一度、村の者から十歳以上の者を一人選出し、生贄として捧げる。


 その見返りとして、シンは村に悪意を持って近づく者を排除する。


 それだけの関係だった。


 当時にしてみれば(今でもそうだろうが)、半年に一度一人の命を捧げるだけで村の安泰が得られるという条件は破格であり、「人間しか食べられないという話だが、我らがシンは小食で助かるなぁ」などと喜ばれていた。


 その年に生贄に選ばれた少女は、名をメロアといった。


 生贄になるには最低でも十の年齢が必要。村の者は、それ未満では「食いでが無い」ためだと考えていた。


 それ以外には条件が無かったため、当然村としては最も必要のない命、切り捨てたい命を選ぶことになる。


 メロアが選ばれたのは、容姿のせいでも、性格のせいでもなかった。


 まず片親で姉妹を育てていた父親が、狩りの最中に事故で亡くなり。それによって性格の荒れたメロアの姉が、前回の生贄として選ばれていた。


 メロアが生贄に選ばれることは、その時点から決まっていたようなものだったのだ。


 村の人間はメロアを過剰に贔屓にすることも、ぞんざいに扱うこともまたなかった。ただ、「次の生贄はこの娘になるな」とだけ考え、死なない程度に食事を恵んでいた。


 当時十一歳の子供一人で山を出ていける筈もなく。少女は死んだように生き、生贄として選ばれた後も、抵抗することなく自ら歩いた。


 ――そうしてシンに対面し、少女は真実を知ることになった。


「……食べないんですか、わたしを。あなたはもう、半年も何も食べていないんじゃ」


 空腹って、辛いですよね。人よりもそれをよく知る少女に対し、


「――ばーっかじゃねぇの! 人の肉しか食えないわけがねーだろ。いつまでそんな話を馬鹿正直に信じてやがんだ、あの村の連中は! ……いや、騙しやすくて助かるけどな!」


 開口一番、シン……()()()()()()()()()はそう言って笑った。


 ――半年に一度、生贄として捧げられてきた人間たち。それらは、殆どが存命だった。


 メロアの姉もまた、ギラついた目を失うことのないまま生きていた。


 曰く、「村からはじき出された可哀想な人間を保護する」という環境が、水竜ゼーレナにとっては都合が良かったらしい。


 生贄を要求された村側は、あまり役に立たない人間を口減らしする名目を得られる。それに、武力に関してはゼーレナが担ってくれるのだから、その分人手を生産職に回すことができるようになる。


 落ちこぼれ、厄介者として切り捨てられた人々を拾い上げたゼーレナ側は、彼らに異能の力を与え、身体的に抱える問題を解決し、己の後継者として育てることができる。


「あぶれた奴らの才能を引き出し、いつかあの村の連中を見返してやりてぇ。……ま、途中で死んじまった奴らに関しては実際、骨まで残さずおれが喰うことで、おれの一部として未来に連れて行ってやるんだけどな」


「それはすてきな考え方、ですね」


 食人文化。カニバリズムというと猟奇的なものだと思われがちだが、実際のところ、その感覚は法治国家にこそ根付いたものである。飽食の時代に、それでも無意味に他人の人権を侵害し、その肉を喰らうからこそ忌避されているのだ。つまるところ、真に嫌われているのは結局は食人ではなく、殺人ということである。


 イズランドにおいて未開地やそれに近い環境、ジャングルなどで生きる部族にとっては、食人は決して復讐の手段でも、己の欲を満たす行為でもない。命を掛けた決闘ののち、相手が強き戦士だったからこそ、その意志を受け継ぎ、力を自分のものとして連れて行く。もしくは、死が惜しまれる同族……多くの場合は産みの親の一部を食べることで、その栄誉を引き継ぐという儀式的側面が大きい。


 食すということは古来より相手の力を我がものとする行為であり、「いただきます」とはすなわち「あなたの命を私の命に変えさせていただきます」という意味である。このイズランドという惑星における食事は、地球のそれとは比較にならないほどに、相手の長所を取り込む魔法のような法則を持っていた(ちなみに余談だが、地球では復讐の手段として敵対者を食人する部族の存在も確認されているため留意されたし。海外旅行の際にあなたを乗せた旅客機が墜落し、一命を取り留めたかと思えば、深い森の中で原住民と殺し合いを繰り広げるような事態に遭遇しないことを願う。もしそうなったらまずは何より木を集めるところから始めよう。木は全てのクラフトの基本となるためだ。なんか二つくらいのゲームの話が混じったな)。


 そんな事情もあって、メロアはゼーレナの食人に忌避感を抱くどころか、共感し、心酔した。彼女のために生きたいと思った。仮にメロアが元々、高度に発展した人間社会で暮らしていたなら、共感できなかったかもしれない。もっとも、その場合は山の中で暮らしていたはずもないため、そもそもこのような状況に陥ることは決してなかっただろうが。


 半年ごとに生贄として新たに連れて来られる、死んだ目をした同族たちを。メロアは自分こそが救いたいと考え、献身した。


 水竜ゼーレナは、かつて存在すらも定かでなかった謎の龍……幻竜(げんりゅう)と戦い、敗走し、この場所まで逃げ延びたのだという。


「ちょっとそん時に、竜門を造り過ぎちまってな。もう殆ど、力が残ってねーんだ」


 竜門とは、上位存在によりこの世界の管理者の一人として選ばれ、龍としての位を授けられたものが創造できる、特別な居城であり、補給地点だ。


 地中に流れる龍脈に作用し、そこから無尽蔵とも言えるエネルギーを取り出すことができる。


 ちなみに、今この昔話を聴いている蓮たちがいる場所そのものが、水竜メロアの竜門の()……つまり、竜の核心(ドラグハート)である。


 この竜門の上に陣取ってさえいれば、他の龍であってもおいそれとは手出しができない。常に最大出力で戦い続けられるのだから。


 とはいっても、その竜門を創造するためには途轍もなく大きな力を消費する必要があり、それは寿命を削っているようなものなのだという。多くの龍はその人生で一度しか造らず、そこに永住する。


 ちなみに、創造主である龍が死亡した時点でその竜門は機能を失うため、「おれは竜門を造らずに、以前に別な龍が暮らしていた竜門を借りて生きてやるぜ! そうすれば寿命を消費することはねー!」といったズルはできない。


「元いた場所で一回、ここに逃げ延びる途中に一回、こうしてここに根を張って一回……合計三回も竜門を創造したのは、多分だけど、おれくらいだろうよ」


 そのせいでゼーレナは虚弱な龍となり、竜門から離れることすらできなくなった。


 そんな彼女にとっては、近くに人間の集落があったことは幸いだった。


「――これで、死ぬ前に何かを残せる。おれはそう思ったんだ」


 村人へと生贄を要求する。その際に十歳以上という条件をつければ、村人たちは以前よりも子供たちを大切に扱うようになるだろう、と余計な気を回す余裕すら見せ。


 あぶれ者どもを集め、彼らを幸せにすることで余生を過ごすことにしたゼーレナ。


 彼らを追い出した村の連中まで含めて、全てを幸せにしようとした彼女は。


 人に幸福を振りまくために詐欺師たらんとした、稀代の聖人であった。言葉遣いだけは、最後までぞんざいだったが。


「なら、ゼーレナさまが死んだあと、わたしがあなたの跡を継ぎます」


 そう言ったメロアの頭を、ゼーレナは嬉しそうに撫でた。


「嬉しいこと言ってくれるじゃねーか!」


 その日から、ゼーレナはメロアの師匠となった。



「――なぁ、メロアよぉ。おまえ、村の連中に復讐してやりてぇと思ったことはあるか?」


 ある時、ゼーレナがそんなことを言った。


「冗談でも、やめてください。ゼーレナさまが仰った「いつかあの村の連中を見返してやりてぇ」という言葉を、わたしは忘れていません。あなたは殺戮が好みではないはずです。……わたしもそうです」


「……あぁ、そうだったな、わりぃ」


「いえ。……感謝していますよ、ゼーレナさま」


 メロアがそれを諫め、話は終わったはずだった。



 ――だが、運命のいたずらか。


 それとも、神である黒竜イズの意思によるものか。


「……おまえら、幸せに……なれよ……」


 ゼーレナが息を引き取ったその日、水の龍としての力を継承したのは、メロアだけではなかった。


『――ええ、ゼーレナ様。私は私の手で、()()()()を掴み取りますよ』


 ギラついた目を持つ姉……ティシーもまた、水の龍としての力に目覚めていたのだ。


『あなたから受け継いだ、この力でね』


 当時メロアは十六歳。ティシーは二十二歳であった。


 年齢の離れた姉妹ではあったが、龍としては不思議と双子のような存在とも言えた。


 同質の≪クラフトアークス≫を、メロアよりも躊躇なく振るうティシーは、その日のうちにかつて自分を捨てた村を洪水で押し流し、山々を穿った。


「ティシーが乱心した」「何を考えているんだ」「山が、村が」「メロア、どうにかできないか」


「――みんな、こっちへ! わたしがみんなを守るから!!」


 恐れおののく同胞たちを支え、そして他ならぬ姉の息子を抱きかかえ、共に逃げ場所を探しながら。


 そこでメロアは、ようやく気づいた。


(――ゼーレナさまがいつか言った、復讐をしたいかという話。あれは……)


 ゼーレナは、メロアの姉であるティシーの様子を案じていたのだ、と。



 それから十年以上の時間を掛け、この惑星の大半を占める海の中に陣取ったティシー。


 彼女は自ら海竜レメテシアと名乗り、己が力を研究し、邪悪に発展させた。


()()()()()……ゼーレナ様に、私、それに姉さんの名前を混ぜたってこと? 全員分の恨みを自分が晴らすとでも言いたいのかしら。……姉さん、あなたは勝手すぎる)


 新たな生命の根源を創出し、アメーバ状の単細胞生物を地上へと送り込んだレメテシア。


 それらは地上の生き物の死骸を取り込み、特性を模倣し、また新たな生物へと襲い掛かった。


 少しずつ種類と数を増やしていったそれらは、ある程度の特性を取り込みつくしたところで容量がいっぱいになり、その形を終着点として、それぞれが進化を終えた。


 その際に生まれた怪物たちが、現代でモンスターと呼ばれる生命体たちであった。


 オオカミを喰らったモノがヘルハウンドとなり、飛竜の死骸を喰らったモノが亜竜となった。


 中には……豚の死骸を取り込んだモノが更に人間を喰らい、双方の特徴を残したオークとなるなど。


 既存の生態系を大きく破壊し、モンスターによって世界に混乱をもたらしたレメテシアを。


 人々は“大渦(たいか)の魔王”と呼び、恐れ、憎んだ。


 ちなみに、一般市民の感覚としては「大量の怪物を従えた海竜と名乗る存在が戦争を仕掛けてきた」となり、レメテシアがのちにモンスターと呼ばれることになるそれらの祖であること、モンスターが元はアメーバ状の生物であったことなどは知られていない。


 それが明らかにされていれば、海竜レメテシアの名はここまで風化していないだろう。五年前の炎竜ルノードによる大量虐殺よりも、レメテシアの軍勢による死者の方が遥かに多い。災害竜テンペストによる世界の断絶よりは、さすがに劣る規模だと思われるが。


 レメテシアは自らをどう調律したのか、≪クラフトアークス≫の色を深い紺色へと変えていた。それはもしかすると、妹に冤罪を被せないためであったのかもしれなかった。



 争いをよく思わなかったメロアは自分自身が戦場に立つことはなかったが、金竜ドールと人間たちに協力し、望むものには加護を与え、姉の軍勢に対して敵対した。


 その際、彼女が与える力を拒まなかった殆どが東陽人であり、彼らの灰色の髪と黒い目は、個人差こそあれ、メロアの加護によって青く染まった。


 そもそも帝国人による戦の際に何故東陽人が大量に参加するかだが、これはかつて帝国との戦争に敗れた東陽という国が帝国による植民地支配を受け、属領となっていたことが大きい。三百年前の当時には既に領土は返還されていたが、東陽はイーストシェイド自治領と名前を改めさせられた上、帝国の戦の際には協力することを約束させられたのだった。


 現代人の多くは最早英語に馴染みがないため、当時ですらもイーストシェイドという新しい国名に改名させられた人々は、大した反感もなく受け入れてしまっていた。しかし実際のところ、「沈まぬ太陽」を意味していた国に「日の光が遮られてできる陰」と名付けたのは、鬼畜の所業だろう。余談だが、帝国貴族は時たまこうして自分たちだけがよく知る古代語(多くは英語)を使い、他者を貶めるような名付け方をして遊ぶ傾向にある。人の心が無いのか、それとも人間だからこそここまで陰湿な真似が出来てしまうのだろうか。仮にこの世界にインターネットが普及し、民草の誰もが利用できていたとすれば、それに気づいた僅かな人から情報が流れ、帝国の悪事はたちまち拡散され、炎上していたことだろう。しかし残念ながら今の文明レベルではそんなことは起こらない。帝国に対して声高に異を唱えれば、それが大衆へと伝播するより先に、自分の首が飛ぶのがオチだ。文明が発達しない限り、専制君主制の国家による横暴を止めることは難しいのである。ちょっと流石に本筋から逸れ過ぎたので、そろそろ話を戻したいと思う。


 一方で協力体制を築きつつも、帝国人の多くは純然たる人間としての力で戦うことに拘り、メロアによる力の提供を断ることも多かった。


 最も“人間の英雄”であることに拘りが強かった、竜狩りの武器を振るう勇者ゴットフリートもその一人だ。


 彼の元に集まり、後に≪ゴットフリートの四騎士≫と呼ばれる者たちは、最終的には全員がメロアの力を受け取ったが。


 東陽人であった蛍光院と曙の二人とは異なり、純粋な帝国人であったリヴィングストンとオールブライトの二人には抵抗が強かったのだろう。


 結局、ドールの首都ロストアンゼルスの決戦を前に、モンスターたちが大陸全土へと広がりかけた際まで、力の受け取りに悩むことになった。


 水竜メロアの加護を手にした四騎士はゴットフリートにレメテシアとの決戦を預け、大陸中に溢れ出したモンスターに対処した。


 ……そして、多くのモンスターは駆逐され、今日日(きょうび)街道沿いでそれらを目撃することは無くなった。


 現在、人間の支配域で彼らが出会う(おも)な脅威と言えば、山賊に盗賊、夜盗へと身を落とした魔人に、人間の法を拒む“危険種”の魔人が主である。


 生き残ったモンスターたちは既にレメテシアの影響下には無く、ダンジョンと言われるスポットで、ひっそりと独自の生態系を構築するに至った……。



 ゴットフリートに敗れたレメテシアは、今日まで大人しくその身を潜め続けている。


 元々この世界の海は船を腐らせる“腐海(ふかい)”と呼ばれるエリアが多く、航路があまり発展してこなかったのだが、ロストアンゼルスから見て南西の海域に、特にそれが強いエリアがある。


 メロアが内心で“紺の腐海”と呼んでいるそこに、レメテシアは今も眠っているのだろう。


 少なくとも、海の中に拠点……つまるところ竜門を構えられてしまえば、最早彼女に手を出せる龍も国も現状存在しないだろう。


 海竜レメテシアはそうして緩やかに忘れられ、伝承の存在になっていった。


 それでもドールの首都ロストアンゼルスは、今でも増水と氾濫を想定した街作りを徹底しており、海竜対策は万全だと言える。


 英雄ゴットフリートと金竜ドールの間にどのようなやり取りがあったのかは分からないが、ゴットフリートは一代限りの王としてドールに君臨し、一時(いっとき)とはいえそこは放置国家ではなくなった。


 彼は晩年、己の死期を悟ると生前退位し、一族を率いて帝国へと舞い戻ったという。アラロマフ・ドールは再び無統治王国へと戻り、金竜ドールが裏から操る国となった。


 その後、帝国には≪四騎士≫という、軍部における最上位の位が設けられた。当然ゴットフリートと共に戦った“四騎士”に(なぞら)えたその階級は、現代でも全帝国兵士の憧れだ。


 帝国貴族の五等爵で言えば侯爵、つまり上から二番目にあたり、国政に関わることもあるという。



 一方、ゴットフリートに仕えた元々の“四騎士”は帝国からの報奨として四華族としての地位と領地を与えられ、≪清流の国≫を治めることになっていた。


 当時は荒れ果てていたものの、現在の栄えぶりを見れば、メロアラントという土地に大きな価値があったことは言うまでもない。


 サンスタード帝国にしてみれば珍しく、純粋な厚意の現れだったと言えるだろう。


 まぁ、四華族の半分が帝国人だった、というのが大きいかもしれないが。


 自国民である英雄に大した報酬を与えない訳にもいかず、同時に他の二家を蔑ろにすることも沽券に関わると判断したのかもしれない。


 当時の≪清流の国≫の住人と言えば、四華族と共に戦った東陽人が大半を占め、次に同じく共に戦った帝国人、そしてそれらに比べれば極僅かな、初代龍ゼーレナの民たち。


 現代における神明家や宝竜家はその戦争に加わっていなかったために位が低いが、水竜メロアの分家とも言える、海竜レメテシアの血を引いている。


 そのため、名実ともに由緒正しい血筋ではある。


 もっとも、海竜の血筋とは言っても、それは彼女がまだティシーと名乗っていた頃に産んだ子供から受け継がれたものであり、そういう意味では直系と表現していいものかは疑問が残るが。


 それでも、実際に紺色の≪クラフトアークス≫に目覚める者が稀にいたことから鑑みるに、やはりその血を通して、特に宝竜家の者はレメテシアとの繋がりが強いのだろう……とは、メロアの見解だ。


 ――以上が、≪レメテシア戦役≫の真実である。


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