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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第3章 冒険者編 -坩堝の王都と黄金の戦士-
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第57話 拷問とか得意そう

 獣には容赦という概念が存在せず、どうやら獣人もそれに近い気質を持つようだ、と。今の観戦から蓮が得られた教訓はこれだった。


 ……それに加えて、素の身体能力の高さ。


(こりゃ、獣人が“自分たちこそ優生種だ”と信じて人間を見下し、逆に人間側は獣人を“野蛮で危険な生き物だ”と断定して、争いが絶えなかった訳だよ……)


 黒タヌキ耳のクスタバル、そして犬耳のニーナゼルの戦いぶりを見た蓮は、妙な納得感を覚えてしまった。いや、そうした差別と迫害の歴史が、正しい行いだったなどとは思っていないが。

 補足すると、女剣士スカルセドナも相当に強かった。だが彼女の方は僅かに汗をかき、今はふぅと息をついている。獣人二人には、それがない……そもそも疲労を感じていないように見える。クスタバルに至っては、一分以上に渡って走り回っていたにも関わらず、である。

 あの勢いでの戦いを、一体何分に渡って続けられるのだろうか? 小休憩さえ取れれば人間のスタミナ回復速度もかなりのものだとされるが、不眠不休ではすぐに限界が来る。


(暗黒大陸にはこのレベルの戦士がゴロゴロしてるってんなら、人間たちが開拓できなかったのは当たり前としか思えねー……いや、むしろよくイェス大陸の人間たちも獣人に侵略されずにいられたな? って感じだけど……)


 その辺りは、ベルナティエル魔国連合を統べていた先代魔王ルヴェリスの計らいにより、人間界への攻勢が意図的に抑えられていたことが理由の殆どを占めるのだろう。加えて金竜ドールによる、イェス大陸に暮らす人類を強化する永続魔術の影響もあったのだろうが。


「さて、じゃあそろそろ残りのメンバーで次を始めてもらおうか」


 コボルトの死骸が近くに集められたのち、教官役のディルクがそう指示した。残りのメンバー……蓮、シラス、レオは顔を合わせる。


「割と皆スピードタイプっぽいし、誰でも引きつけ役はできそうだよな……?」

「まぁ、そうね。あたしが行くでもいいけど」


 今のところ表面上は友好的であるレオは、蓮の言葉に対して同意し、自分が役目を引き受けてもいいと表明した。

 それに対し、シラスは思案するような顔になった。


「……俺は入り口の横で待機しよう。俺の……吸血鬼の≪クラフトアークス≫は妨害に特化している。コボルトを分断、誘導する役の方が向いているだろう」

「なるほど……」


 シラスの説明は間違ってはいない。

 ……いないのだが、


(いや、妨害以外の適性も反則だろ。治癒能力とか、影の中に物を潜ませたり、移動させたりとかさ……)


 蓮は、そう突っ込みたい気持ちを抑える必要があった。

 吸血鬼は最近まで“危険種”扱いだったこともあり、シラスはあまり人間を怯えさせないように計らっているのかもしれない。……単に手の内を晒したくないだけの可能性もあるが。


「その手腕も見せてもらいたいし、じゃああたしが行ってくるとするわ」


 結局、レオが引きつけ役を担ってくれることになった。

 シラスは洞窟の外、入り口の脇に控え、内部のコボルトからは身を隠した状態となる。照りつける日差しから黒の日傘で身を守り、優雅なご身分といった風だ。

 蓮は洞窟内部からでもよく見える真正面に陣取り、シラスに合図を出す役割となった。


 この位置関係は悪くない。

 洞窟の奥へと歩いていくレオの背中に向けて、蓮は“心眼”を発動させた。


 教官役のディルクや補佐のヨラン、残りの新人冒険者組は後方に離れている。洞窟の入り口脇でこちらを見ているシラスには(目が青く光っている? 何かをしているな)などとは確実に思われるだろうが……吸血鬼である彼は、どちらかと言えば蓮の味方……のはずだ。レオに対し、蓮の行いをわざわざ告げ口するようなことはないだろう。


(新人冒険者を名乗る帝国人の女、レオ。お前に秘密があるなら、悪いけど見せてもらうぜ……)


 ヴィンセントという凶戦士に苦しめられていなければ、蓮もここまでレオを警戒せずにいられたかもしれない。……いや、どうだろうか。彼には元々帝国人への苦手意識はあった。


 ……だが、背中に“心眼”を向けられているレオも――その状況に確信がある訳ではないが――、蓮の瞳を警戒していた。


(あたしはそう簡単に手の内を見せるつもりはない。特に、“心眼”を使われてるかもしれない状況でなんて……)


 立ち振る舞いだけでも滲んでしまうものはある。一般人に毛が生えた程度の実力しかない、そう誤認させるまでは難しいかもしれないが……少なくとも、異能の力を身につけているなどという尻尾は掴ませない。


 鞘付きのロングソードで洞窟の壁を叩き、奥に潜んでいるコボルトを挑発するレオ。

 その音で、先ほどの同族が始末されたことを悟ったのだろうか。分からないが、曲がり角の向こうから姿を現したコボルトの数は……五体。先ほどよりも二体多い。侵入者の脅威度を高く見積もったのかもしれない。


(ありゃ、釣れすぎちゃったわね。これは……実力を隠すなら、後方の面々に助力を願うべきかしら……?)


 考えを巡らせつつ、レオは振り返らないまま後方に連続で飛び退るようにして後退する。これはこれで強者のムーブな気もするが、長年の習慣として……敵に背を向けて走ることを嫌ってしまったのだ。コボルトは遠距離攻撃をしてくることはないため、今回はそこまで気にする必要はないはずだが。


 背中側から入り口を抜け、太陽の元に身を晒したレオ。


「――五匹も来てるっ! どうする、あたしたちだけでやるか、後ろまで下がるかっ!」


 レオは少し焦ったような声色を演じ、真横を過ぎ去った形となるシラスに伝えたが……。


「問題ない、俺が管理する」


 シラスは短くそう返し、足元に広がる日傘の影を蠢かせた。

 レオは内心で(スカしやがって、吸血鬼が)と思った。


 入り口から五メートルほど下がったあたりで、レオの隣に蓮の姿が現れる。彼は既にロングソードを抜いており、“心眼”の発動は取りやめている。結局、今の短い時間でレオから有力な情報を得ることはできなかった。


「――シラス君今だっ!!」


 蓮の叫びに応じて、シラスと日傘の影が爆発的な広がりを見せた。それには指向性があり、洞窟の入り口……そこから出て来ようとしているコボルトたちの足を捕らえるように……低い位置で実体化し、薙ぎ払われる!


 まるでイカやタコの触手のような漆黒の≪クラフトアークス≫……黒翼が、音もなくコボルトたちを転倒させ、またすぐに影の中へと引っ込んだ。成人男性の腕よりも太いそれは、硬質化を意識すれば充分に鈍器としての性能を発揮するだろう。


 二体のコボルトは、自分の身に何が起きたのかすら把握できていない。顎から地面に突っ伏すように、蓮とレオに首を差し出すように倒れ込んできた。


「――いや、さすがにこれを斬るだけなのは……」

「イージーモードすぎる、わよね……」


 何の努力もせずに勝利をお膳立てされた人になってしまう。特に蓮が。

 蓮とレオは半分感心、半分呆れ顔になりながら、互いに斜め後ろへと距離を取る。それぞれコボルトが立ち直るまで待ち、一匹ずつ引きつけようとしているのだ。唸り声を上げるコボルトたちは脚にダメージが残っているのか、まだ起き上がれてすらいないが。

 一方、残り三匹のコボルトを一手に引き受けた形となる、シラスの方は問題ないのか……と蓮が一瞬視線を向けてみれば……やはりというか、何も問題は無さそうだった。


 ――無双している。吸血鬼無双だ。


 シラスは悠々と、日傘を差したままの状態で……両手を使わずに戦っている!

 日傘の大きな影から時折飛び出す触手がコボルトたちの腕を打ち、また足を捉えて転倒させ。時折放たれる鋭い蹴りが、コボルトの胴体を陥没させている。コボルトたちは体の一部を凹ませながら吹き飛び、既に残りは一体となっていた。

 どうやら、影を操る吸血鬼の能力は、漆黒の日傘との相性が抜群らしい。ただの日除けではなく、固有魔法の威力を高める触媒のようなものだったのか。


(凄すぎだろ……もしかしてかなり高位の吸血鬼なのか? ――いやいや、シラスの優先度は高くない。レオを観察するためには……)


 蓮は視線を己の前で起き上がりかけたコボルトへと戻す。レオの戦い方を見るために、自分のコボルト戦をさっさと終わらせてしまおうと考えたのだ。

 だが、最低限一回はコボルト側に攻撃させ、シラスにお膳立てされただけの勝利ではないことを証明したい。これは戦士の意地のようなものだろうか。少なくとも、「この中でレン・ジンメイが一番弱いな」などとは誰にも思われたくはなかった。


 メロアラントの武士として、剣の実力と水の≪クラフトアークス≫までをも隠す必要はない。蓮はロングソードを両手で握り、刀身に≪クローズドウォーター≫を薄く纏わせる。


「――グオッ!!」


 唸り声を上げて飛び掛かって来たコボルトに対し、斜め後ろにステップを踏みながら……生き別れの兄が得意としていた剣技を披露する。つまりは、カウンターだ。全く同じ動きという訳ではないが。

 宝竜功牙ホウリュウ コウガが手塩にかけた弟子である蓮の技術は、既に生き別れの兄のそれを超えている。


 手首を捻るようにしながら、ロングソードで宙に八の字を描く蓮。コボルトが振り上げた両腕の先から鋭い爪がポロポロと零れ落ちるが、コボルトはそれには拘泥しない。痩せ我慢しているのではなく……まだ気づけていないのだ。己が両腕から、既に殺傷能力が失われていることに。


 蓮はもう一度後方に跳ぶ。コボルトも更に前に跳び、蓮の胴体に咬みつこうと頭部を横に向けていた。

 突き立てる爪がまだあると信じ、蓮を刺し貫こうと内側に閉じられる両腕。蓮から見て左側から迫るコボルトの右腕を、蓮は左足で踏んでいた。

 そのまま、逆上がりをするように、コボルトの左胸に右足を当てる。コボルトの体を駆け上がるイメージで後方回転。その間に、自分の股の間に下げていたロングソードを跳ね上げる!

 水を纏ったロングソードソードは、迫るコボルトの首に対し、斜めに振り抜かれた形となっていた。


 バク宙に近い動きを決めた蓮の前に、首を失ったコボルトの体が倒れてくる。それを右に跳ぶことで血飛沫ごと回避し、片膝立ちの状態でレオの方へと目を向けた。

 わざわざ書くまでもないと思うが、蓮の一連の動きも、充分に常人の範疇を超えている。後方でディルクとヨランはあんぐりと口を開け、クスタバルは「やるじゃん、人間」と呟きながら小さく手を叩いていた。


(よし、間に合ったな)


 横でコボルトの体がずしゃりと音を立てて崩れ落ちたが、蓮の意識はもうそこに向けられてはいなかった。


 レオは周囲に手の内を隠そうとしていることもあってか、コボルトを瞬殺してはいなかった。恐らく、本気の戦い方を避けているのだろうと蓮は感じた。

 今は右手に握ったロングソードを前方に突き出すようにして、左右に軽く揺らしている……。


(あれは……アシュリーさんと同じ、待ちの構え……?)


 レオの外見的特徴が帝国人の血を示していることは間違いないが、それだけでは帝国出身であることまで確定している訳ではなかった。が、帝国の教育機関≪ランドセル≫出身のアシュリー・サンドフォードと同じ剣の構え方をしていることは気になった。

 必殺の魔道具を左手に装着していたアシュリーに比べると、何の変哲もないロングソードを構えているだけのレオは、貧相な装備構成だと評価せざるを得ないが。


 だが、コボルトがレオに向けて走り出すと同時に、彼女の左手が素早く引き抜かれた。

 右手のロングソードが外側へと振り抜かれ、迫っていたコボルトの左腕が半ばから斬り落とされる。そのまま立て続けに、左手で逆手持ちしたロングソードの鞘でコボルトの首を打つ!

 それでコボルトの首が千切れる訳でも、一撃で意識が刈り取られるほどでもなかったが、コボルトの体は大きくぐらついた。レオから見て右側に姿勢を崩したコボルトの背後を取るように、彼女は時計回りにステップを踏み……もう一度逆手持ちの鞘を振るった。

 後頭部を殴られたコボルトは、今度こそ意識を失って沈黙した。


 常識の範囲内に留まる威力の攻撃しかしていないが、無駄のない動きだった。


(本当は一撃で命を奪うこともできたんじゃないのか……?)


 今の一連の動きを見て、レオが手加減しながら戦っていると思える者はそういないだろう。蓮は帝国人の動向に関して過敏になっているため、特別だ。


「――この通り、あたしは器用だから捕獲任務が適任なのよ」


 鞘を左腰に戻し、僅かにコボルトの血が付着したロングソードの刀身を布で拭きながら。レオはそう嘯いた。


「素晴らしい才能だ、モンスターの生け捕りは難しいからな」

「ナイスです!」


 レオの言葉に、素直に褒めたたえるディルクとヨラン。

 戦いが終わったことを察して、皆が近寄ってきていたのだ。


(シラスの方も終わったのか)


 と思い、蓮が視線をそちらに向けると。


「えぇ……」

「……そんなのを見せられると、あたしの自信が揺らいじゃうわね」


 蓮の呆れ声と、レオのため息が重なった。


 一行の方へと歩み寄ってくるシラス。

 今も日傘を差し続けている彼の足元からは漆黒の触手が立ち昇り……四肢や口までに巻き付くことで完全拘束したコボルトを、逆さ吊りにした状態で伴っている。

 シラスの横にコボルトが浮かべられている感じだ。


「なんか、拷問とか得意そうでコワ~ッ」


 素直に思ったことを口にしたのだろうクスタバルに、他の面々も内心では同意せざるを得なかった。

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