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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第3章 冒険者編 -坩堝の王都と黄金の戦士-
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第54話 馬車に揺られて

「あ、あのー……シラス、君……」


 講習の内容や目的地の説明をする合間に、教官役のディルクが水筒から水を飲んでいる。その隙を見計らって、蓮は小さめの声で左隣にいるシラスへと声を掛けた。

 そもそも、蓮はこうして小声で話しかけるチャンスを伺うため、わざわざシラスの近くのポジションに座っていたのだ。

 もっとも……どれだけ小声で話そうが、この馬車内の全員に聴かれてしまう前提でいた方がいい。蓮は元よりそのつもりで、多くの情報をこの馬車内で語るつもりはなかった。

 ゆっくりと走らされている馬車でも、小声程度ならばかき消してしまう程度には車輪が音を立てている。蓮の声が聴こえるかどうかは、対象との距離や聴力によって決まるだろう。


「……なんだ?」


 隣にいる上に吸血鬼であるシラスの耳なら、確実に聴こえるだろうと蓮は確信していたが。


「えっと……多分、昨日の昼から色々と聞きたいことがあったりしたと思うんだけどさ……どこかで折を見て話すから、とりあえず皆の前で質問するのは避けてもらえると……助かる、んだけど……」

「――分かった。好きにしろ」


 意外な程素直に、シラスは蓮の要請をあっさりと受け入れた。理解ある彼くん……もとい、理解ある吸血鬼くんだった。

 不愛想で取っ付きにくそうな第一印象を抱いていた蓮だったが、中身を知ればそうでもないのだろうか。少し敦也あつややアシュリーに似ている人物なのかもしれない。



「――今向かっているのは、コボルトの洞窟なんだ」


 ディルクによる話の再開は、そんな言葉で始まった。


(コボルト……実物を見たことはないけど、危険度の高いモンスターじゃないことくらいは知ってるな)


 そう蓮が考えたのは間違っていないのだろう、馬車内の他の面々にも驚きの色はなかった。いや、新人冒険者にしては妙に戦い慣れていそうな面子ばかりのため、「お前ら何が相手だったら驚くんだよ」と問いたい気もするが。

 そのコボルトの生息地には、大体一時間ほどで到着するらしい。馬車を飛ばせばもっと早く到着することも可能だが、しっかりと情報共有しながらのんびり向かった方が、その後が円滑に進むことも往々にしてあるだろう。


「今いるトレヴァス伯爵領と、ウルフスタン伯爵領の間……東の台地にあってな。そこは冒険者ギルドで管理している、初心者用のダンジョンの一つなんだ。……まぁ、今日のメンバーならもっと難しいダンジョンでもいいんだろうが、初心者用の講習ってこういうものだからな。まずはギルドが規則を大事にしていることを知っておいてほしいってな訳だ」

「失礼。冒険者ギルドで、ダンジョンを管理……とは?」


 右手を挙げながら、スカルセドナがそう質問した。

 ディルクは頷いて答える。


「ああ……詳しい内情を知らなくても無理はないよな。……別に、冒険者ギルドがモンスターにわざわざ餌を与えて、飼育してるとかじゃあないからな?」


 冒険者ギルドには、そこに所属している冒険者たちが自分の実力に見合った仕事に当たれるよう、充実した管理体制が敷かれている。

 例えば、戦闘の初心者が最初に始めるような“薬草採取”の依頼がある。これにしたって、依頼書に書かれている内容を正確に守ることが義務付けられている。逆に言えば、指定された数を逸脱する量を採取することは禁止され、酷い場合には罰則が与えられるのだ。

 これは、他の初心者の仕事を奪わないための措置であると同時に、ポーションの原料などに使われる薬草が絶滅してしまうことを避けるための規則でもある。


 ……では、その対象が“商業的価値のある素材を落とすモンスター”である場合はどうなるか?


 まず、全滅させてしまうことは、言わずもがな大きな損失となる。


 しかし、そのコロニーを完全に放置、もしくは餌を与えるような真似をしてしまえば、今度は逆に群れが成長しすぎて周囲の集落にとって危険となる可能性が高い。そのため、定期的に上級冒険者が偵察に向かい、群れの規模を把握しておくことになっている。

 今回のコボルトの洞窟であれば、ギルドからの素材回収の依頼書には「コボルト五体~十体の討伐。入口から百メートル程度までの侵入を許可する。その範囲でコボルトの兵隊の注意を引き、外におびき寄せてから戦うことを推奨する。群れを過剰におびやかすことのないよう、生き残りから見えるような位置で解体作業を行わないこと。解体はせず、馬車に積んだ状態で帰還することも視野に入れるべし」といった具合に、注意事項が長々と綴られているものなのだ。


「コボルトの何が、そんなに人間にとって役に立つんだ?」


 と、クスタバルが質問した。どうやら年上に対して敬語が使えないタイプの魔人らしい。

 ゼバル族である少年は暗黒大陸出身で間違いないはずだが、暗黒大陸にはコボルトが分布していないのだろうか? それとも、素材として利用する概念がないだけか。


「主に骨と革だな。骨は良質な硬さで、弓だったり槍だったり、小型のナイフに加工されることもある。革に関してはまぁ、別にコボルトのものに拘る必要もないんだが。今の人間界で家畜と言えば、食べることを考えたものばかりでな。着るものの原料はモンスターから取るってのが、昔からの文化として根強く残ってるってだけだ。この辺は段々と変化していくかもな」


 ディルクの返答に、クスタバルは満足そうに頷いた。


「なるほどな~。確かに、元からいい感じの形をした骨を武器にするってのは楽だよな。あっちの大陸にもそうしてる部族がいたぜ」


 教官役として態度の悪い年下の相手をすることには慣れているのか、ディルクがクスタバルの喋り方に気を悪くした様子はない。というか、クスタバルも敬語が使えないだけで、別に相手を馬鹿にしたり、威圧したりする意志はないのだと思われる。


 ディルクによる説明は続く。


 曰く、モンスター同士の強さで言えば、コボルトはゴブリンよりも上位であるのだという。両種族が戦えば、優れた瞬発力を持つコボルトに利があると。

 ただ、人間の戦士から見ても同じだとは限らない。


 コボルトはイヌ科に酷似した頭部を持ち、二足歩行も可能なモンスター。二足歩行も可能、とされていることから察せられる通り……大きく前方へと曲がった腰と、膝を曲げた状態の人間のような骨格をした彼らは、本気の速度を出そうとした場合は四足歩行の形態を取る。

 前足には鋭い爪があるが、ものを掴むことには不向きであり、骨格のせいもあって体高はかなり低い。高い位置にある人間の心臓部や頭部を狙うことは難しく、本能のままに手近な足や胴体に向けて爪を振るうか、噛みつくことしかできない。


 そのため、コボルトと同様に体高は低いながらも棍棒を持ったり、投石をしたりする知能を備えたゴブリンの方が、人間にとっては危険度の高い相手となる……ということらしい。


 また、コボルトの巣穴の奥には彼らが蓄える習性を持つ、光る鉱石の類が大量に眠っているとされるが……巣穴の奥まで侵入することを禁止された初級冒険者たちにとっては、全く関係のない話だ。


(巣穴を視察する上級冒険者だけは、その鉱石を持って帰る権利がある……みたいな話か、これ? まぁ、別にそれが悪いとは言わないけど)


 蓮は一瞬そう邪推したが、実際はそうした上級冒険者も鉱石の全てを着服するのではなく、ギルドにきちんと報告・提出しているのだろうから問題はない。モンスターの群れを乱獲するのとは違って発覚しにくそうなため、こっそりルールを破っている者がいないとは言い切れないが。


 ……まぁ、ここまでの説明でよく分かっただろう。


(――ふふん。ここに来て、ようやく無双させてもらえるってことらしいな)


 そうした蓮の考えは、特に間違ってはいない。客観的な事実ではある。

 が、コボルト相手に無双して喜んでいるようでは、師匠にがっかりされそうな気がするので、己を律しようとする意識はあった。


 そして……更に言うなら、蓮の実力がこの中で一番優れているとは限らない。

 他の面々の実力を見るのが怖いような、それでいて楽しみなような……。

 蓮が心を落ち着けようとしていると、馬車は早々に目的地の近くへと到着した。

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