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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第3章 冒険者編 -坩堝の王都と黄金の戦士-
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第51話 セーフハウス、≪ヴァリアー≫の事情、そして向かいの家

 二十分後。蓮たち三人は使った食器を洗面台へと運んで水に浸したのち、ダイニングテーブルへと戻って来た。

 ラナもまた食事を終え、メイドからドロシアの面倒を見る役割を引き継ぎ、彼女にも食事を取るようにと勧める。ケイトは感謝の言葉を述べ、肉じゃがを口へと運んだ。


「とても美味しいです。薄味めに出来ているのも素晴らしいですね」

「それなら良かったです」


 ケイトの感想に対し、調理組を代表して返したエリナ。味付けは彼女によるものだったこともあるだろう。

 調理役が蓮たちなので毒見をする必要もなかったケイトは、これが一口目だった。一応、外で出来合いの惣菜を購入した場合などは、前もって彼女が毒味をしてくれている。それで実際に毒が入っていたことはないのだが。


 ケイトからの高評価を得て、蓮と千草はふふんと得意げな顔をした。


(とりあえずは子供用に薄味に作っといて、物足りないと思ったやつだけ、自分の皿ん中で醤油でも追加すりゃいいんだよな)


 ……という蓮の思考は、簡単に味変出来る調味料が潤沢に揃っていることが前提の、若干金持ち側のものだった。師匠が知れば「あんまり甘えちゃ駄目だよ、外じゃ苦い野草しかなくても、我慢して食べなきゃ生き残れない場合もあるんだから」などと言いたくなったかもしれない。まぁ、この屋敷で暮らす間は特に問題はないのだろうが。


「それでですね。≪ヴァリアー≫についてですが……あそこで知り得た全てのことを、蓮に教えることは出来ません」


 食事が終わった面々に向け、エリナがそう切り出した。

 蓮は分かってたさ、とばかりに頷いた。


「ん……まぁ、そうだろうな。そこに関してはオレがさっさとBランク冒険者に成ればいいだけだし、もう文句を言うつもりはないさ。それを勝手に話すことで、お前たちが罰されてもあれだしな……」

『でも、ちょっと焦りたくなるような話もありましてですね。言える範囲だと……現在の≪ヴァリアー≫は、ドール政府を通じて帝国から圧力を掛けられている状態らしくって。何か手柄を立て続けないと、強制的に解体されちゃう可能性があるみたいなんです』


 千草の念話に、蓮は目を剥いた。


「マジかよ、オレが関われないうちに、そんなの……」


 何も貢献できないまま、≪ヴァリアー≫が解体されてメンバーが散り散りになってしまっては――なるとも限らないが――訊きたいことも訊けなくなる。「自分がさっさと活躍できていれば!」と思うだろう。いや、「だからさっさとオレを入れときゃ良かったんだよあのクソ女局長がよッ!」かもしれない。


「一応、≪ヴァリアー≫が拠点として使っている屋敷の主……つまりは貴族の方が一人、味方になってくれていますので。その方の護衛をするために集まっている、という名目は得られているらしいです。あとは、この街で突発的に発生した事件・事故に対処したりだとか」


 エリナが、千草が話した内容に補足していく。


「……なるほど?」

「もっとも、そうした活動も“おおやけの国家機関か傭兵に任せろ”と、体制側の一部貴族は批判しているようですが」

『帝国側の思想を持つ貴族、アシュバートン侯爵家がかなりやっかいみたいですね~』


 ドール王国のアシュバートン侯爵と言えば……五年前に王国の貴族として取り立てられる以前から、サンスタード帝国の名門武家として有名だった。先代の≪四騎士≫の一人である“虎眼こがんの騎士”アレクシスが、騎士を引退した今でも、帝国の意思を通すために王国の国政に参加しているという訳だ。

 蓮も今日使っていた一万スタル札に描かれた偉人、剣聖アレクシス・アシュバートンその人が……この先≪ヴァリアー≫として活動するなら敵対することになる相手なのか、と。蓮は思わず、ぶるりと身を震わせた。武者震いというよりは、素直に怯えの色が強いか。当代の≪四騎士≫最強の男によりトラウマを植え付けられたばかりでは、仕方がないのかもしれない。


「あぁ……そういえば戴冠式の時、万札まんさつの人が女王エヴェリーナ様に王冠を被せたって話だったっけか。……まぁ、警察に当たる組織が別にいるんなら、そう難癖をつけられそうではあるよな。……でも……」


 貿易の国アロンデイテルや、学徒の国エクリプスのように、民間の警備会社としての扱いを受けることは出来ないのだろうか……と考えた後、蓮ははたと気づく。


「そうか、ここはサンスタード帝国の影響下にある国で、帝国が元締めをしてる傭兵ギルドがあるから……」

『――ですです。不穏分子になる可能性がある≪ヴァリアー≫なんかさっさと解体させちゃって、その分傭兵ギルドの人員に仕事を与えた方が帝国にしてみたら都合がいい、って感じだと思います』


 別に傭兵ギルドに所属している者達が≪ヴァリアー≫と敵対している訳ではないとしても、その裏にいる帝国はそうではない、ということだ。

 千草が念話で纏めてくれたその間、ダイニングテーブルでは誰も話していないのに蓮たちが神妙な顔つきをしているように見えるものだから、またしてもドロシアが頭にハテナを浮かべてしまうことになる。


『……帝国はとっくに、≪ヴァリアー≫が炎竜グロニクルの一派に協力してることを疑ってるんでしょうね。“双槍そうそうの騎士”ヴィンセントも、そんな感じのことを言ってましたし……明確な証拠が出てこない現状では、最後の一撃を与えられないってだけで。もう既に、治安維持組織としての活動の幅は随分縮小させられちゃったみたいですし。……いつか炎竜と帝国勢力の間に戦いが発生した時、≪ヴァリアー≫が炎竜一派の外部協力員みたいになって、この街で騒動を起こすことを危惧しているんじゃないかな~と』


 千草がヴィンセントの名前を出したことで、蓮の表情は少し……いや、かなり曇った。


 今でも耳にへばりついている。“――≪ヴァリアー≫の連中を悪者にすればいいんだ。局長リバイアは、実は今でも炎竜一派と通じていて、両者の仲違いは見せかけだった。この筋書きなら、彼女の元に残った連中とは殺し合いができるはずだよね。そうしよう”……そう嘯いた、ヴィンセントの声が。


 それはもしかすると、傷つき倒れていたアシュリーやビルギッタを奮い立たせるために、わざと怒らせるようなことを言っただけかもしれないが。

 帝国勢力が≪ヴァリアー≫を危険視している、もしくは邪魔だと思っているのだろうことは確実だ。ヴィンセントは≪ヴァリアー≫の言うことを信用していない。


(≪ヴァリアー≫だって元々は、帝国とベッタリだった金竜ドールが立ち上げた組織なのにな。……金竜ドールが死んだあとは、副局長アドラスの思想に染まったみたいな感じか……? だったら尚更、なんでアドラスさんが新しい局長になってねーんだよって話になってくるけど……)


 あの、来客に対する態度が最悪の若き女局長……リバイアの顔を振り払うように、蓮は小さくかぶりを振った。


「……なるほどな……って、ん? ……お前らって≪ヴァリアー≫の人たちと、もうそういう(・・・・)内情をぶっちゃけた話までしたのか?」


 少しぼかした表現をしつつ……同席しているラナ、ケイト、ドロシアの方をちらりと見た蓮。三人を信用していない訳ではないが、知らない方が安全な情報もある。

 世間的には悪とされている炎竜グロニクルと、その仲間たちに味方するような発言(念話も含め)を聞かれるのはどうなんだ……と、今更ながら考えたのだ。


 今のところ、“危うい内容”である千草の念話を聞いて、ラナとケイトが顔色を変える様子はないが……。ラナは甲斐甲斐しくドロシアの世話を焼き、ケイトは無言で食事をしている。

 貴族の屋敷で生活していると、自然と“聞いていないフリ”が身に付くのかもしれない。ラナがドロシアを出産する以前は、ラナもケイトもトレヴァス領の屋敷で生活していたのだから。


「――いいえ、そういった話まではしていません」

『合ってる自信しかないですけど、全部わたしの想像です! 炎竜一派の話とか、せんぱいのお兄さんの話とか……そんな踏み込んだところまで訊ける雰囲気じゃありませんでした。今でも≪ヴァリアー≫に残ってる人たちに挨拶して回って、皆さんのプロフィールを覚えるだけで精一杯だったと言いますか』

「あぁ……そっか……」


 蓮が心配しているのはそこではなかったためか、返事が上の空気味になっていた。


「――私とケイトのことは気にしなくていいよ。君たちにとって不利になるようなことはしないし、何も聞かなかったことにするだけだからね」


 蓮に続いてエリナと千草までもが自分の方に視線を送ったからか、ラナが妹たちを安心させるように言った。


「君たちが異国の地でも安心して暮らせるよう配慮するのが、メロア様が私に望む……保護者としての役割だろうからね」

「いや……でも、オレたちのせいで知らなくていいことまで知りすぎちゃって、皆さんがどっかの勢力から狙われる……なんてことになったら、オレは死んでも死にきれないですよ」

「まぁ、何がどう転んでも死なないでほしいものだけどね。……それでも、この家の中ですら君たちが抑圧され、本心で会話出来なくなってしまう方がよくないと思うんだ。特に、蓮君は≪ヴァリアー≫に入隊出来ていないことで疎外感も感じているだろうし。心が疲弊してしまうというのは、想像以上に危険なことだよ」


 ラナは……そして水竜メロアは、トレヴァス家を蓮たちにとって絶対のセーフハウスにしたいらしい。特に手紙の類で指令を出された訳でもないはずだが。

 ラナにとってメロアは、四年前を最後に久しく会っていない故郷の神だろうが……その忠誠心は全く揺らいでいないらしい。勿論、蓮たちもいつかメロアに背くつもりなど毛頭ないが。


「それは……はい。ありがとうございます……」

「この家の中にいる時くらいは、何も気にせずにリラックスして過ごしてほしいな」


 そう言って、ラナは懐かしさを感じる笑顔を見せた。白い歯が眩しい。


「姉さん、ありがとうございます」

「ラナ姉、ありがとう!」


 口々に礼を言ったエリナと千草。


 他の民族からすれば奇妙というか、怖いくらいに団結力の強い、清流人という人種。身内の裏切りを恐れる必要がないというのは、彼らの確固たる強みだろう。リンドホルム学園に在学中の学生たちには、嫉妬心から蓮を攻撃してしまう未熟者も多かったが。それでも、そんな彼らも外国に対して同族の情報を売るような、誉れのない真似はしないだろう。

 そしてその堅物なサムライの性質は、彼らの神である水竜メロアの祝福によって、更に他民族へと伝播していくことがある。


 ――例えば、この屋敷のもう一人の持ち主である、ダライアス・B・トレヴァス。


 そのミドルネームは、正式な場面では「ブラッドリー」と読む。

 外見には帝国人の特徴を色濃く残すものの、帝国政府からは離れて久しい家系の青年だ。

 年齢はラナの一つ上で、二十五歳。四年前にラナを娶った、トレヴァス伯爵家の初代当主である。


 彼は五年前に新政府によって伯爵位を授けられたばかりであり、元々は貴族ではなく、街の顔役の一人だった。故に、帝国貴族に受け継がれるような悪いイメージ……いわゆる高慢さが存在しない。冷静にして明敏であり、打算的だが誠実な人物だと周囲からは評価されている。


 ラナとは恋愛結婚ではなく家柄に基づいた見合い婚だが、半年ほどメロアラントに滞在し、ラナとの結婚式を挙げるまでの期間はリヴィングストン家の人々と共に生活していた。

 そればかりでなく、全てが水竜メロアにとって都合のいい環境である水竜の神殿へと赴き、メロアによって直接人柄を確かめられている。それは帝国貴族であれば「不敬だ、人権の侵害である!」と激昂してもおかしくない行為であり……しかし、彼は自らそれを望んだという。

 ラナとダライアスは共にメロアによって祝福を授けられ、かなり強力な水翼すいよくによって生命の安全を保障されているらしい。それは同時に、水竜メロアに決して背けない縛りを、ダライアスもまたその身に宿したことを意味している。もし彼がメロアラントの人々に敵対したならば……最悪の場合、遠隔でメロアによって命を奪われかねない。


『この力は君の自由意志を縛るものではないが……受け取れば、君は我々清流人たちに対して敵対出来なくなるものと考えてほしい。帝国から重用されることも、難しくなるだろうと思う』

「構いません。むしろ、煩わしさから解放されるとも言い換えられるでしょう」


 ――とは、祝福を与える日のメロアとダライアスの会話だった。


 そうして、トレヴァス家はメロアラント華族の親戚にして、盟友となった。


 メロアが語った通り、有事の際はメロアラント側に立つことが確定しているダライアスに対し、サンスタード帝国は与える情報の量を絞り、注意深くその動向を見守っている。故に、帝国の影響が強くなっているこのアラロマフ・ドール王国の貴族の中では、国政に対する発言力は高くない。もっとも、異国の神であるメロアとの結びつきが強いということは、それだけ無下に出来ない存在であることも確かだが。少なくとも、謂れのない罪をでっち上げられ、家を取り潰されるような事態にはそうそうならないだろう。


 トレヴァス伯爵領が荒事を任されず、年々農耕地帯の拡張を命じられていることも、彼に武力を持たせたくない帝国側の考えによるものだと思われる。領地の警備を担当するのはダライアスの私兵ではなく傭兵ギルドから派遣される人員なため、確かにそれではダライアス側に帝国へ反旗を翻すような企ては不可能だ。そもそも戦力と言えるものが存在しないのだから。

 王都から直接繋がる肥沃な領地、メイル・ストーンを与えられたこと自体は、そう悪いことではない。

 ……要するに、ドールの新政府からは「トレヴァス伯爵家はそこでおとなしく食い物でも作ってろ!」と言われているのだ。


 帝国によるいつもの嫌がらせのようでいて、それが巡り巡って蓮、千草、エリナのセーフハウス確保に繋がっているのだから、何がどう転ぶか分からないものである。災い転じてセーフハウスと為す。


 元々は帝国人の血筋だったにも関わらず、今は帝国の思想を離れメロアラントに協力している……と書くと、トレヴァス家はリヴィングストン家やオールブライト家と似た家系になったことが分かる。何世代か経た頃には、トレヴァスの分家がメロアラントに移り住む未来もあるかもしれない。



『――まぁ、私の二人目の出産が控えてるし。ケイトが休職して、来年には出産している可能性も考えると……もう少し、この家を護れる人員が欲しくはあるね。ドロちゃんがまだ≪クラフトアークス≫に目覚めていない以上、この家の一番の弱点は、間違いなくこの子だから。……いや、信頼できる人物を見つけるというのが、一番難しいんだけれど』


 ドロシアに聴かせないためだろう、ラナもまた、一時的に念話を使っていた。四年も前に祝福を授かったことを鑑みるに、次代のハイプリースティスと評されるエリナには及ばないだろうが、蓮や千草よりは≪クラフトアークス≫の扱いに慣れている可能性が高い。そのあと、「ケイトを手放したくない理由にはそれもあるんだよね」とラナが補足したことで、蓮はなるほどと納得する。


 冒険者として日々モンスターと戦っているのだろう、ケイトの夫であるエリクが住み込みで働いてくれれば、確かに安全度は上がるだろう。

 いかんせん護るべき人数が多すぎるため、エリク氏一人だけではまだ手が足りない可能性は高いが。


「すみません……住ませて貰う対価として、オレたちがここを護れれば良かったんですけど」


 さすがに蓮、千草、エリナのうち常に一人をこの家に残し続ける、といった縛りは難しいだろう。蓮は冒険者ギルドで精力的に活動するつもりだし、千草とエリナも≪ヴァリアー≫という新天地に臨むなら、安全を期して二人揃って行くべきだ。いや、≪ヴァリアー≫側が千草やエリナを攻撃してくるとまでは、蓮も考えてはいないが。


「いや、いいんだよ。君たち若者は後悔しないよう、やりたいことをやるべきだ。トレヴァス家の跡取りを護るのはこの私の役目であって、お金だって無い訳じゃない。それでも、中々信頼できる警護役を見つけられずにいるのは、一重にこちらの不徳だから」

「……≪ヴァリアー≫には、本部となっているお屋敷に住んでいないメンバーも多いようでした。話の流れにもよるでしょうが、もし≪ヴァリアー≫でいい人を見つけられれば、何人かにここに住んでもらうのもいいかもしれませんね」


 エリナのその提案に、ラナは手をポンと打った。


「おー……エリナ、それは実に名案だよ。独り身の女性剣士でもいれば、是非とも声を掛けてみてほしいね。部屋は本当に……四つも五つも余ってるというか、家具を取り出せば更に空くくらいだから」


(まぁ、やっぱラナさんからしたら同じ女性が増えた方がいいよな……)


 蓮自身はこれ以上異性ばかりが増えすぎると心理的に生活し辛くなるような気がしたが、居候の身で何か言えるはずもなく。


(マジでエリクさん、住み込みで来てくれ……!)


 まだ会ったこともないケイトの夫に、勝手に期待し過ぎる蓮だった。


「じゃあ、とりあえずはそんな感じで。もし信頼できる人が見つかったら、是非私と話をさせてほしいな」

「分かりました、姉さん」


 エリナの答えに満足そうに頷いたラナ。

 そこで、黙って聴いていたケイトがおもむろに手を上げる。


「――あの、皆さま。私からも一つ、ご報告しておきたいことがあります」

「なんだい、ケイト?」


 ラナに促され、彼女は一度頷くと。


「これは良いニュースとも悪いニュースとも言い切れないのですが。今日、今まではずっと使われていなかった、向かいの建物……本代もとしろ家の旧邸に、何人もの人間が引っ越していらしたようなのです」

「おや、上級貴族だね。こっちから挨拶に行った方がいいかな?」

「いえ、お待ちください奥様。……その面々の中に私の古い知り合いが……ロッテさんという女性がいたため、個人的に話をさせていただいたのです」


 ロッテ……その名前には全く聞き覚えがないな、と全員が思った。いや、ドロシアはそんなことは考えていないか。煮崩れして小さくなったジャガイモに集中している。


「彼女から得られた情報は、今回本代家の旧邸に越して来た方々は本家の人間ではなく、使いの者たちであるということです」

「ふぅむ。続けて?」

「……その中に、顔を隠そうという意思が感じられる出で立ちをした人たちが混じっているのが、個人的に気になりました。もしかするとですが……彼らは、この屋敷に暮らすことになったエリナさま方を監視する役割を与えられた、体制側の人間かもしれません」

「――えぇッ!」


 そこまではラナが合いの手を入れていたのだが、蓮の驚きの声が他の面々を黙らせてしまった。


「……こ、こほん。すみません」


 恥じ入る様に言った蓮に対し、ラナは明るく笑いかける。


「いや、仕方ないさ。それが本当だとすれば、確かに警戒するべきだ。ありがとうね、ケイト」

「いえ。あくまで私の推測であり、確証はありません……可能性の一つとしてお考えください」



 ――それから、更に数分後。


 ラナは食事を終えたドロシアの口元を拭き、「じゃあ、私たちは早めにお風呂に入っちゃおうか」と提案した。ケイトが食器を片付け、ドロシアは自分の着替えを取りにパタパタと走る。

 三人が浴場へと向かうと、ダイニングテーブルには蓮たち三人だけが残された。


『一度知っちゃうと気になりますよねぇ。いっそのこと、こっちから引っ越して来た方々とやらに話しかけに行ってみます?』

「……あんまり切れ者だと思われると、余計警戒されそうじゃないか? もし監視されてるとして、まだ確実に敵になると確定してる訳じゃないなら、無駄に刺激しない方がいいような気もするけど。……あ、いや……」


 そこで蓮の脳裏に、ある可能性が浮かんだ。


「そうか。もしかして……明日のオレの様子を、早速監視しようとしてくる可能性もあるのか……?」

「人数がいるということなら、私たちの方にも来る可能性はありますね。部外者の方が≪ヴァリアー≫の本部に歓迎されるとも思えませんが」

『うーん、じゃあとりあえずは、向こうの出方を見る感じですかね』


 そうして、一旦向かいの本代家については保留となった。


「……じゃあ、話を戻すけど。≪ヴァリアー≫側には特に、これ以上オレが聞ける話はない感じか?」

「ええと、そうなる……でしょうか」

『なんか凄そうな体格をした魔人さんがいたとか、副局長アドラスさんが本当に切れ者っぽかったってくらいですかね?』

「……なんだ、千草はアドラスさんと知恵比べでもしたのかよ?」

『とりあえず、チェスと人生ゲームでボロ負けしてきましたよ』

「人生ゲームはただの運だろ……」


 呆れつつも、(確かにチェスで千草をボコれるのは凄めか?)とも考えた蓮。蓮であれば千草には勝てないためだ。


(っていうか、なんで人生ゲームやってんだよ。……オレにもさせろよ!)


 中々遊ぶのに時間が掛かりそうなゲームが選ばれたこともそうだが、二人で遊ぶゲームでもないだろう。千草だけでなくエリナも、そして副局長アドラスを含む≪ヴァリアー≫側の何人かも加えて、入隊記念のレクリエーションが開かれたというのか。

 蓮が入隊出来た暁には、再びそのレクリエーションは開かれるのか?


 蓮は額を抑え、「……いや、そうじゃない……」と呟いた。そこそこ悔しそう。


「……そうでした。もう一つ言っておくべきことがありました。とりあえず、私と千草ちゃんの適性を見て≪ヴァリアー≫での役割が決められるまでは、毎朝伺うことになっていますが。私達が≪ヴァリアー≫に所属することになっても、今の情勢では安定した給金を保証出来ないということもあって……≪ヴァリアー≫側はそもそも、今の隊員達に対して強制力のようなものは特に持たないそうです」

『突発的な事件が起きて、その犯人を≪ヴァリアー≫が捕まえたりしても、国からお金が貰える訳じゃないですから……資金繰りは厳しそうですよね』


 中々大事なことをエリナが思い出し、千草が補足した。

 蓮は首肯して、


「……なるほどな。昔はボランティアギルドとか呼ばれつつも、裏には金竜ドールがいた訳だから国営の機関みたいなもんだったんだろうけど。今の≪ヴァリアー≫は、マジもんのボランティアって訳だ」


 千草は「それな!」とばかりに蓮の方を指差した。


『まぁ、味方になってくれている貴族さんからは、護衛の代金としてある程度は貰えているらしいですけど。勝手にやってる街の警備で装備の補修が必要になったり、傷を負って病院に掛かったりしてたら、そりゃあマイナスですよね』


 新たに加入させる隊員を絞っているのには……つまり蓮が落とされたことには、そういった事情もあるのだろう。

 勿論、以前の本部があったエイリアという街が≪氷炎戦争ひょうえんせんそう≫で失われ、仕切り直しになったこともあるだろうが。まともに養える隊員の数が減ってしまったことも、かつては副局長アドラスによって四百人を超える才能人が集められたという、かの大会社≪ヴァリアー≫が落ちぶれた理由なのだ。会社……?


『そんな感じなので、局長リバイアさんと副局長アドラスさんからの信頼を得て、携帯端末を与えられるところまで行けば……もう毎日≪ヴァリアー≫本部に顔を出す必要も無くなるみたいです。そうなったら……むしろ冒険者ギルドとかの、帝国からの影響が小さい副業は推奨されるとか』

「あ、じゃあお前らも、オレと一緒に冒険者として活動出来るようになるのか」

『ですです!』

「……いや、でも待てよ。お前らと一緒にいると“あのメロアラント華族のエリナと千草が冒険者として大活躍!”ってとこばっかりが話題になって、オレが評価され辛くなる気もする、ような……?」


 蓮は千草が嬉しそうにしているところに水を刺すのも悪いとは思ったが、しかし幼馴染組で仲良く冒険者活動を楽しめても、その分≪ヴァリアー≫に所属出来る日が遅れてしまうのでは本末転倒だ。


『うー……すぐにせんぱいと冒険者やりたかったのになぁ』

「冒険者になることが、私達の目的ではありませんからね。……先のことは一先ず、置いておきましょう。そろそろ蓮に今日の出来事を聞いておかないと、睡眠時間が足りなくなってしまいますよ」


 エリナにそう促され、とりあえず“ドキッ! 幼馴染組のワクワク冒険者ライフ♡”についての話は流れた。


「じゃあ、オレの番だな。今日のギルドハウスでのことと、明日の予定について話すよ……」


 そうしてギルドハウスの内装に始まり、褐色兎耳魔人の受付嬢と来て、最後に「紅い瞳の吸血鬼」の情報が共有されることとなった。


 ――蓮の中にフェリス・マリアンネの≪クラフトアークス≫を感じたのだろう、紅い瞳の吸血鬼がどう出てくるのか。


 ――そして、蓮を監視する体制側の人間が存在し、本当に明日の講習会に姿を現すのか。


 ……想定されるいくつかの事態に備えて彼らが考えた策が、果たしてどういった結果を生むのか。

 それは、明日を迎えてみなければ分からない。

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