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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第3章 冒険者編 -坩堝の王都と黄金の戦士-
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第50話 トレヴァス家の面々

 貴族街であるが故に、庶民が暮らす壁が繋がった集合住宅群ではなく、ヨウ風建築の庭付き一戸建てとなっているトレヴァス家のお屋敷にて。

 綺麗に磨かれた屋内用の靴へと履き替えた蓮は今、鋭利な刃物を手に……タマネギと対峙していた。


「さて、こいつはオレの“心眼しんがん”を鈍らせる程の力を持つ相手なのか……?」

「しょうもないことを言ってないで、手を動かしてくださいね」


 蓮に対し冷めた突っ込みを入れているようでいて、別に彼を嫌っている訳でもないのがエリナだ。長い金髪を後ろで纏め、青い頭巾を被っている。エプロンまで含めて青いので、全体的に帝国カラーだと言える。

 彼女は蓮の右隣に立ち、テキパキとジャガイモの皮に付着した土を落としていた。水の≪クラフトアークス≫を用いているのだろう、エリナの手は水仕事による荒れを知らず、ジャガイモからは土が簡単に落ちる。……いや、そればかりではなく皮までもが剥がれ落ちていき、彼女の手の下に置かれたザルへと溜まっていく。


『エリナ姉ってこのまま更に能力を極めれば、最終的にはジャガイモの芽が生える部分まで同時に削り出しそうですね。そしたら料理の神ですよ、もう』


 凹んだ手洗い場より更に右側にもスペースがある。本来はまな板を敷いて作業するような場所ではないが……これも貴族家クオリティか。千草はまな板を横向きにして贅沢にスペースを使い切り、ニンジンの皮を剥きながらエリナを誉めそやしたのだった。

 念話を用いているのは、酷使によって傷ついた喉を休めるためだろう。


 さすがは伯爵家のお屋敷と言うべきか、キッチンは無駄に広い。いや、そのおかげでこうして多人数が調理に参加していても狭さを感じていないのだから、無駄ではないのか。

 これでもまだ、城砦の外にて当主が暮らすトレヴァス領に建てられた屋敷よりはずっと小さいのだが。そちらは来客のもてなしなども含めた政務活動を執り行う要地であるため、トレヴァス領にて最も大きく豪華な構えをしているらしい。


 五年前に新政府が発足し、現当主であるダライアス・B・トレヴァスが女王より伯爵位を授かり、メイル・ストーンと呼ばれる広大な農耕地帯の管理を任ぜられた。

 時には農業従事者たちを指揮し、また作物を外敵から護るために傭兵ギルドと密接に連携を取りながら、今日も食糧自給率の向上に貢献しているダライアス伯爵はかなり多忙なのだが……そう遠くない内に蓮たちも「壁内の方のお屋敷に住ませてもらうことになりました」と挨拶に向かうべきだろう。


「買い物ばかりでなく、調理まで皆さまにお任せしてしまうなど、非常に心苦しいのですが……」


蓮たちに料理を作ってもらうことを申し訳なさそうにしながら、今はこの家の一人娘であるドロシアを背負って遊んであげているのが、当屋敷の家事を預かっていたメイド……ケイトである。


「いえ……急に居候が増えまくって、負担ばっかり増やす訳にも行かないですから。オレたちにも出来ることはさせてほしいです」

「始めのうちに、私たちの生活能力を見ていただいた方がいいでしょうね」


 好青年のような返しをする蓮に、身につけた魔法の才からして生活力最強のエリナも同意した。


『基本的にわたしたち、なんでも人並み以上に出来るように教育されてますからね〜、安心して見ててくださいっ!』


 千草は念話だが、似たようなものだ。これくらい自分達にとっては大した苦労にもならないと、ケイトを安心させようとする。


 ……そう、トレヴァス伯爵家のメイドであるケイトには、千草の念話が聴こえているのだ。

 彼女はこの国で長く暮らすうちに、見た側の分かりやすさを優先し、カタカナ表記で自分の名前を書くようにはなったが。実際はカン字を用い、「恵登」と書くのが正式なものだった。

 暗い青色の髪を持つ彼女は、東陽人とうようじんの血を色濃く残した清流人せいりゅうじんなのだ。だからこそラナに信頼され、安心して雇われ続けているというのもあるだろう。清流人が彼らの神であるメロアに逆らうことも、同族であり高貴な身分であるリヴィングストンの人間に害を為すことも、どちらもあり得ないと言っていい。


「感謝いたします」


 ドロシアを背負いながら、ケイトはペコリと頭を下げた。


けー(・・)、あやまれてえらい?」


 その後頭部を、ドロシアが不思議そうな顔で撫でながら言った。けー、とはケイトのことである。

 この幼女には千草の念話が聴こえていないため、蓮とエリナが喋り終わってからケイトが返事をするまでに、妙に間があったように感じたのだろう。


「いいえ……今のは“ごめんなさい”ではなく、“ありがとう”を言ったのですよ、お嬢さま」

「ふーん……」


 ドロシアは同世代の他の子供に比べるとずっとおとなしく、大人の髪を引っ張ったりすることが殆どなかったらしい。遊びをねだるなどの甘えは当然あるものの、間違いなく手がかからない側の子供なのだろうとは、既に蓮も察していた。エリナもそうだが、妙に達観した精神性の人間が生まれやすい家系なのかもしれない。

 もっとも、どれだけ手のかからない利発な子供であろうが、貴族家の子供であれば常に誘拐などの危険性は他の子供よりも高い訳で、目を離していいなどということにはならないが。事実、エリナも(蓮と千草もだが)昔誘拐されていた。


「――ケイトも来年には休職予定だからね。これからはどんどん家族が増えて、賑やかになりそうで嬉しいよ」


 そう落ち着いた声を響かせたのは……柔らかいソファに深く腰掛けた、この屋敷にて最も尊い人物だった。


 ――ラナ・L・トレヴァス。


 娘のドロシアと同じくミドルネームとなっているLは、正式な場面では「リヴィングストン」と読む。


 四年前にトレヴァス伯爵家へと嫁いだ、エリナの実姉である。金の髪に翠緑の瞳、身長は妹よりも少し低いくらい。身分の高い女性である彼女は、出産しても髪を短くする必要がなかったらしい。後ろ髪を纏めて左肩の上で結んだ、ルーズサイドテールとも呼ばれる髪型をしている。

 メロアラントにて神秘的な雰囲気を持つと称されていたエリナに比べれば、明るく朗らかで、俗っぽい。貴族のお嬢様というよりは、からっとした性格の母親という感じだった。子供を産んだことで変わったという訳ではなく、昔からそうだったことを蓮は知っている。幼馴染組とは違い、毎日一緒に遊んでいたというほどの仲ではないが。


 ラナは大きくなり始めた腹部を優しく撫でながら……カウンターキッチンの向こう側で、こちらを向く形で仲良く調理している妹達を満足そうに眺めていた。


「奥さま、まだそのお話は……」

「いいじゃない。あなたの旦那さんとも、家族ぐるみのお付き合いをしていけば。なんなら、住み込みで働いてもらっても構わないんだよ。部屋は余ってるし」


 トレヴァス伯爵夫人であるラナは第二子を妊娠中で、現在六ヶ月目になる。


「まぁ、そうですね……。いつまでも危険な冒険者稼業を続けられるよりは、執事として同じ家で働く姿を見られれば安心出来そうですけれど。……しかし、そのために私が家族のような扱いを受けるなど……」


 恐れ多いことだ、という風にケイトは謙遜する。


(……実際のところ、貴族家の内情を知ってるメイドを放逐するより、無理矢理にでも屋敷に置いといた方が安全ではあるよな)


 ケイトが望んで伯爵家を裏切るようなことがなくとも、誰かに攫われて脅迫されるだとか、あるいは幻術の類で操られてしまう可能性はある。この世は無常であり、何でも警戒し過ぎるということはない情勢なのだから。

 蓮は邪推するようなことを考えつつも、ラナが同性の親友としてケイトを手元に置きたがっていることは分かっていた。


(それより……ケイトさんの旦那さんって冒険者なのか? じゃあ、オレの先輩じゃん)


 危険な冒険者稼業とケイトは言っていた。薬草採取などに始まる初級の物資調達ではなく、日常的にモンスターと戦っているのだと思われる。なら、この先蓮と現場で出会うこともあるのだろうか。いや、その前に引退されるかもしれないが。


「まぁ、今度旦那さんも交えて、ゆっくり話し合いましょ。私だって、あなたの旦那さんが冒険者をやめたくないと言うなら、無理やり従わせようだなんて思ってないから」

「分かりました。……いえ、実際のところ、冒険者は一時的に活動をやめたくらいで首になるようなものでもないので。エリクも、喜んでお受けしたいと言うかもしれません」


 どうやらケイトとその旦那……エリクとやらは安定した収入を得て、来年か再来年あたりに子供をもうけたいと考えているらしい。


(まぁ、数年休んだら筋力だったり戦いの勘だったりは確実に鈍るだろうけどな)


 蓮は余計なことは言わずに思考だけ巡らせつつ、豚バラ肉を冷蔵庫から取り出し、フライパンへと投入した。

 貴族街には当然のようにガスが引かれているため、ガスコンロのスイッチを押すだけで火が利用できる。メロアラントからドール王国までの旅路を思い返すと、蓮は少しだけ涙が出そうになった。先ほど切ったタマネギは関係ない。

 人類の文明に感謝しつつ豚肉を炒め、色が変わったあたりで大きめのくし切りにしたタマネギたちをフライパンへと流し入れていく。

 ちなみに、この城塞のガスタンクはどれも壁の外側に設置してあるため、もし爆発事故が起きても貴族街がダメージを受けることはないとされている。火が使えなくなるという意味では困るだろうが。


(……多分、早めに子供を作らないと、成人するまで見届けられないかもしれないって焦りはあるんだろうな)


 ケイトは既に二十代半ばである。金竜ドールの永続魔術とやらに強化されたらしい今の人間が、どのくらいの平均寿命を手にしているのかはいまいちハッキリしないままだが。

 個人ごとの栄養状態にもよるが、元々は五十歳までに寿命を迎えるのが通常だとされていた。それがここ十年ほどで、「五十五歳まで生きれた」だの「六十歳を迎えた人が現れた」だのと、人間種全体が驚異的な速度で平均寿命を延ばしている。

 金竜ドールの永続魔術がいつどこで発動し、どういう条件で維持されているのかも判明していない。ただ、“純粋な人間の血を保っている者ほど強い恩恵に与れるらしい”という情報のみが、氷の龍であるナージアや、水の龍であるメロアの経験から語られている。


 現状二十代の人間が六十歳になる頃には、平均寿命はどれほどまで延びているのだろうか。もしかすると、百歳まで生きれる時代もあり得るのかもしれない。

 そうなれば、自分の子供が成人するのを見届けられるばかりか、孫の誕生をその目で見られる人の割合も増えるだろう。


 もっとも、この争いに満ちた世界においては寿命を迎えられる者がそもそも稀であり、多くは三十代を迎える前に命を落としていた。どこの国でも出生率は下がり続け、世界全体で見ても人口は減り続けていた。そんな情勢なので、少しでも寿命が延びて亡くなる人間の数が抑えられるのならば、それに越したことはない。

 超長期的に見れば、若者二人が高齢者一人を支えなければならないような時代が来るのかもしれないが……とりあえず、何百年か先になるだろうその事態は、今考えるべきことではないだろう。


 今現在、平和な世の中を実現・維持するために最も重要なのは、人間と魔人の垣根を無くし、世界から紛争を減らすことである。少なくとも、アラロマフ・ドール王国はそう唱えている。

 それを裏で操っているとまことしやかに囁かれるサンスタード帝国が、本当に魔人との融和を考え始めたのかには……昔からの帝国を知る者であれば疑念を抱くだろうが。


 料理をしていると、グツグツと煮えている鍋を眺めている時間などを退屈に思う人もいるだろうが、蓮は割と平気な方だった。

 足を肩幅に開いて維持したり、つま先立ちをしたりやめたりを繰り返して簡易的な筋力トレーニングをしつつ、平均寿命だの出生率だのと、世界に関する小難しいことを考える時間としては丁度いい。


 三人で協力したこともあって、一時間もせずに肉じゃががとりあえず食べられる状態にまではなった。人によってはもう少し時間を掛けて煮込んだり、火を止めたあとに余熱で蒸らしてから食べる方が好みな場合もあるだろうが。

 もっとも、三歳児であるドロシアに食べさせることを考慮すると、まだまだ弱火で煮込み続けるべきである。蓮は(ヤベ、ジャガイモを基準に煮込むとタマネギは完全に消失しちまうな……)と軽く後悔していた。ジャガイモの一部だけを小さく切り、それをドロシア用にすればよかったのだと、遅ればせながら理解した。

 まぁ、千草とエリナもそれに思い至らなかったために何も言わなかった訳で、特に蓮が責められるような事態にはならなかったが。


 余談だが、東陽人や清流人の間には「得意料理が肉じゃがだと豪語する女子は、実際はあまり料理全般が得意な訳ではないことが多い」とする風潮がある。

 ……が、調理の簡単さは抜きにして、美味しく作ろうと思えば長い時間を要する料理であることは間違いないのだから、手料理を振舞ってくれる相手にはしっかりと感謝するべきである。まぁ、とりあえず男性も一回、時間の掛かるタイプの料理を作ってみるといい。意外と面白くてハマるかもしれない。


 ……なんの話だこれ。次回はちゃんと話を進めたいと思う。

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