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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
第3章 冒険者編 -坩堝の王都と黄金の戦士-
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第49話 れんおじ!

 蓮が明日に備え、ギルドハウス周辺の店で各種道具を買い揃えたのち、帰路に就くと……東側の大通り、ロック・ストリートに到達しかけた頃には午後三時半を回っていた。蓮の早歩きならもう三十分も歩かないうちに、トレヴァス家に向かうために左へと曲がる……といったところで、前方を歩く二人組の人影に意識が向いた。


(……ん、あの後姿は……幼稚園から出てきたのか)


 蓮の顔見知りだ。より詳しく言うなら、昨日から同居人となった人物たちだと思われた。

 身長が一メートルにも満たない小さな少女の手を引いてゆっくりと歩く、メイド服を着込んだ女性。メイドの後姿だけでは確信が持てなかったかもしれないが、小さな少女のおかげで容易に分かる。


「――ケイトさん!」


 無駄に警戒させる形になるのも悪いと思い、蓮は接近する前に声を掛けた。

 反射的にぱっと振り返ったメイド……ケイトは、蓮の顔を見るや安心したように顔を綻ばせた。


「蓮さま、丁度お帰りでしたか」


 暗い青色の髪を真ん中分けにして、メイドの特徴とも言えるホワイトブリムで押さえている。東陽人とうようじんの平均身長を少し下回るくらいの成人女性だ。年齢は二十代半ばくらいだろうか。

 城塞内部のトレヴァス家の屋敷に住み込みで勤めてくれている、一家からの信頼も厚いメイドである。


 相手にしっかりと認知してもらったことを確認すると、蓮は早歩きで彼女らの隣に並んだ。


「はい。もし必要でしたら、このまま買い出しの手伝いも行けますよ」

「蓮さま、既に大量の荷物をお持ちのようにお見受けしますが……」


 ケイトの指摘通り、蓮は自分のために買った道具たちがパンパンに詰まった、大きな深緑色をしたリュックを背負っていた。このリュック自体も、先ほど購入したものである。


「両手が空いてれば、どうとでもなりますよ。なんなら、重い荷物があるほど修行になりますから」


 蓮がそうおどけてみせると、ケイトは思案するような顔で……傍らの少女へと視線を落とした。


「お嬢さま、どうしましょうか。早くおうちに帰りたいですか?」


 目的地の変更は、蓮とケイトの一存で決められることではない。保育園帰りの少女を一度屋敷まで送り届け、それから再度買い物に出かけるのが本来の流れなためだ。もっとも、物静かだがアクティブでもある少女は、外出の機会を望むことが多いらしい。昨日のうちにそれを聞いていたために、蓮もそれを提案したのだった。


「れんおじ……が、だっこしてくれるなら、かいものいく……」

「……やっぱりオレはおじさんなのか……」


 小さな声で条件付きの了承をした三歳児……ドロシア・L・トレヴァス。

 鮮やかな金のくせ毛に、くりっとした青い瞳。瞳の色が緑であったなら、ミニチュア版のエリナに見えたかもしれない。エリナはくせ毛ではないので、あくまで顔の印象に限った話だ。

 怪我を防止するためか、夏場でも長ズボンを履かせる方針らしい。トレヴァス家がその方針なのか、通っている幼稚園がそうなのかは分からないが。


 蓮はしっくり来ていないようだが、少女が蓮のことを「れんおじ」と呼ぶのは、そう間違った表現でもない。蓮とエリナは婚約しているため、将来的にはエリナの姉が義理の姉となる予定だ。

 ならば、エリナの姉であるラナの娘……ドロシアから見れば、蓮は義理の叔父と言って差し支えないだろう。


 まぁ、昨日初めて会ったばかりだというのに、既に接触を乞われるほどに慕われているというのは、悪い気はしなかったが。


(抱っこしてるところを人に見られるのって、なんか恥ずかしいんだよな……)


 リュックを身体の前に持ってきて「おんぶじゃ駄目?」と言おうかとも考えたが、前側で抱えていた方が突発的な危機に対処しやすいことは事実なので、蓮は受け入れることを決めた。


「……よしきた、おいでドロシー」

「うん」


 路傍にしゃがみ込んで腕を広げた蓮に、愛称で呼ばれたドロシアは頷いてから近づき、蓮にお姫様抱っこされる形になった。

 ケイトはポケットから取り出した携帯端末を操作していた。電波塔が設置されていない城塞外部まで出てしまえばその限りではないが、内部では上流階級の人間はこうした連絡手段を持っていることが多い。さすがに、屋敷の全員に携帯端末が行き渡るほどの家はそうそうないだろうが。


「……はい、奥様へはメールをお送りしました。では、蓮さまはお嬢さまをお願いしますね。荷物の方は私一人でも大丈夫ですので」

「分かりました、任せてください!」


 そうして三人はフレア・ストリート(北側の大通り)の商店街へと向かい、手早く食材を始めとした買い物を済ませ、今度こそ帰路に就く。


 トレヴァス家へと到着したのは、丁度午後五時になる頃だった。



「せんぱいお帰りなさ――ぎゃーっ!! せんぱいがお姫様抱っこしてるー!! 婚約者がいるのに! げほっ……」

「いや子供相手なら別にいいだろ……!?」

「――げほ、けほこほっ……」

「……おい、大丈夫か?」


 蓮が玄関を開けるや否や、姦しい叫びを上げた千草ちぐさだったが……すぐに苦しそうに咳き込んでしまった。


「けほっ……大丈夫、です。ちょっと≪ヴァリアー≫で喋り過ぎたみたいで、けほ……」

「お前、喉をブッ刺された傷が完治してないんだから無理すんなよ……」


 現代人の肉体の強度と回復速度は、金竜ドールが完成させた永続魔術によって十年前などとは比べ物にならないほどに向上しているという話だが……今回の傷はさすがに部位が悪すぎた。冒険者モーリスの弓矢によって抉られた千草の首は、未だに大きな傷跡を残している。今は幾重にも巻かれた包帯によって見えないが……本来であれば、まだ口を動かして喋るべきではない状態だ。


 大方、≪ヴァリアー≫の隊員との会話で知的好奇心を刺激され、質問しまくったのだろうな……と予想しつつ。蓮は、千草をいたわる様に彼女の背後に現れた、エリナへと視線を移した。

 エリナは蓮の視線を受け、頷いた。


「色々と、報告するべきことがありますね」

「あぁ……だろうな。こっちも結構色々と起きそうだよ、明日にでも……」


 目下もっか最大の問題は、紅眼あかめの吸血鬼への対処だが。

 無事に≪ヴァリアー≫へと入隊を果たした、千草とエリナの話も聞きたくて仕方がなかった。


 蓮はドロシアを優しく玄関に降ろし、屋内用に用意された靴へと履き替えた……ところで「おしっこ、もれる」と耳元で囁かれたため、再度少女を持ち上げてトイレへとひた走った。


(なんで子供って、もっと早めに尿意を覚えてることを表明してくれないんだ!?)


 ……蓮は脳内でそう愚痴っていたが。


 自分も十五年前には出来ていなかったことなのだから、他人にも求めるべきではないだろう。


 うちの作品では地味に珍しい、名前付きの幼女が登場しました。

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