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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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サンドフォードは電気羊の夢を見るか?

本日三回目……と言いたいところでしたが、日付を跨いでしまったので一回目の更新ですね(今日はこれで終わりです)。



 黄昏の時代(ラグナエイジ)六年、八月一日。


 蓮たちメロアラントの若者らを護衛する任に就きながら迎えた月初めの朝に、アシュリー・サンドフォードは懐かしい夢を見ていた。


 学生時代の自分が……≪ランドセル襲撃事件≫に遭うシーンだった。


 夢であるが故に、その全てが実際の人生で経験した通りでは無かったが……大きな差異と言えば、力強く拳を握った自分が、ヴィンセントの頬を思い切り殴り飛ばしていたくらいか。ロビンもクラークも結局は死んでしまっていたし、幸せなイフという訳でも無かった。


(……どうせ夢に見るなら、ヴィンセントよりも敵の方を殴って欲しいが……)


 まぁ、自らの深層心理に対して文句を垂れていても始まらないだろう。身体を起こし、周囲を確認する。


 そこで眠ったのだから当然と言えば当然なのだが、男性陣が眠るテントの中である。隣では今も、蓮がすやすやと寝息を立てている。もう一つの寝袋は空だ。


 テントの入り口を開ければ、不寝番を担当してくれていたマリアンネ、セリカ、ヒルデ、ルギナが四人で焚火を囲んでいた。小さく手を挙げたマリアンネに、アシュリーは頷きを返す。


 不寝番を担当していた訳ではないがアンリも既に起床しており、昨夜のうちにエリナに溜めてもらっていた、水が入った鍋を焚火の上へと運んでいるところだった。


「あ、おはようございます、アシュリーさん」


「ああ」


 アンリの挨拶に短く返し、アシュリーも溜められた水桶たちの方へと向かうと、蓋を外し、タオルを水に浸す。


 エリナ・リヴィングストンを始めとして、水の力を身に着けたメロアラントの人材は、旅の仲間として頼もしすぎる。


 潤沢に生成された水をほぼ好きなだけ使えるため、こうして水辺で無くとも顔や身体を拭くことが出来るし、使い終わったそれらも桶に放り込んでおけば、後程エリナが熱湯消毒してくれる。


 火を使わずとも水をお湯に変えることができる能力も、考えてみれば中々に反則級だ。雪山で遭難しても凍死しなさそう。


 いいとこのお嬢様に水仕事をさせるのはどうなのかという気もするが、これが最高率なので是非頼みたいところなのだ。それに、手に怪我をするような仕事ではないので許されるだろう、きっと。メロアラントの上層部に告げ口されなければ。


「おー、どうしたアッシュ。顔色がワリィゾ?」


 女性陣のテントが開いたかと思えば、開口一番挨拶代わりにそう声を掛けてきたビルギッタ。


「……あぁ、いや……問題ない。昔の……≪ランドセル襲撃事件≫の夢を見ただけだ」


「あー……そうカ」


 メロアラントの若者たち以外の昔からの仲間は、アシュリーが経験してきた出来事をとっくの昔に共有されている。それがアシュリーの心に大きな傷を残していることを知っているため、深く掘り下げようとする者はいなかった。


 だが、他ならぬアシュリー自身が。


(……いや、これも……蓮たちにも事情を共有する、いい機会かもしれないな。ヴィンセントの真の能力を推察することも出来るかもしれん……)


 そうして、アシュリーは皆が朝食の準備をしている間に、話すべきことを整理し。


 蓮と千草、エリナの三人が起床した後、帝国教育機関≪ランドセル≫の在り方と、かつてそこを襲った悲劇を話して聞かせたのだった……。



 その日の午後、森を抜けた一行は平原に到達する。強い日差しを嫌う吸血鬼の特性を持つマリアンネは、漆黒の日傘を差している。


 現在はゴーストタウンと化しているという、かつてエイリアと呼ばれた街の跡を遠目に見て、少年少女は不安げな表情を浮かべた。


 ――炎竜ルノードと、その眷属によって焼かれた街。


 メロアラントが戦場になれば、このような光景が彼らの故郷を塗り潰してしまうのかもしれない、と。


 中心街を軸に多くの建物が崩壊しているようだが、巨大な時計塔だけは今もその形を保っているのが目を引いた。


「時計塔や図書館の大部分、それに旧≪ヴァリアー≫本部の地下なんかは、地竜ガイアがその≪クラフトアークス≫を使って建てたって言われてる。だからこそ永遠に残るんじゃないかってくらい、あれらだけが今も無事に見える訳ね」


 ヒルデの説明を受けると、千草は首を傾げた。


「……となると、まだ部分的には人が住める環境ってことですか?」


「いや、さすがにここで起きた事件が凄惨過ぎるから、もう誰も住みたいとは思わないんじゃないか?」


 蓮はそう疑問を重ねつつも、(でもまともな街に住めない盗賊の類は根城にしたりしてそうだけど……)とも考えていた。


 そうした蓮の思考を読んだかのように、腕を組んだアシュリーが口を開く。


「一応、都市として再開発を進める計画はあるらしい。エヴェリーナ女王が即位してからはドール王国の在り方も変わった。新たに任命された貴族たちは領地を与えられると同時に、その場所を整備して護る義務も負うことになっている……」


「だかラ、賊の類が棲み付けない様、貴族家の騎士どもが定期的に巡回くらいはシ始めてンじゃネーカ? アタシらも交友があるってワケじゃないかラ、そこまで深くは事情を知らなイんだケド……ここら一体を任されてンのは、ウルフスタン伯爵家だナ」


 ビルギッタの補足を受け、蓮は顎に手を当てて思案する。


(伯爵……。騎士を下級貴族に当てはめるとして、その上に男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵……って続いていくんだよな。あと、個別に国を治める権限を与えられた者は大公や大公爵って呼ばれるようになるんだっけ……?)


 サンスタード帝国に支配されていた影響が色濃く残るイーストシェイド公国では、帝国の皇帝より大公の地位を与えられた者が統治を担っているというが……それにしたって、イーストシェイドの大公が帝国軍に何らかの命令を下せる立場にある訳ではない。


 ドール王国の貴族もまた、帝国における貴族制度とは意味合いが異なる場合もあるかもしれない。


 制度自体が新設されたばかりだという王国の言う伯爵や男爵は、そこまで凄い身分では無いのかも、と蓮は思った。今回貴族として取り立てられるまでは、きっとどの家も一般人の身分だったのだろうし。……などと油断していると、実際に貴族サマに出会った時も油断した振る舞いをしてしまいそうで少し不安になる。蓮にはもう少し危機感を持って欲しい。――危機感持った方がええでマジで。



 そんな話をしながら旧エイリアを避けるように歩いていた時……ビルギッタが突如として声を上げる。


「――ン……あの空を飛んでる鳥、なんか気になるナ。……皆も見てくれネーカ?」


 吸血鬼の血には、優れた視力が受け継がれることが多いという。


「確かに何か変ね……」


「鳩ですね。足に何か……結び付けられてる? ような気がしますね」


 マリアンネとアンリが口々に言った。


 蓮もまた“心眼”を発動させる。彼の目が青く発光し、真上を過ぎ去ろうとしている遥か彼方の点を見つめる。


 彼の視力ではそれが何らかの鳥だということは分かっても、種類までは判別できない。できないのだが、普通とは違う点に気付くことは出来た。


「……少なくとも、野生の鳥ではないですね。魔法か、魔術か……何らかの防護が掛けられているようなオーラが見えるんで……誰かが放ったものであることは間違いないと思います」


 それを見ながら蓮がとつとつと私見を述べると、アシュリーやビルギッタは深く考え込む様子を見せた。


「えっと、この状況から最悪を想定するなら……あの鳩はヴィンセントを含む帝国勢力が王都の仲間に向けて飛ばした……連絡手段だったりするのでは?」


 千草が誰もが言われたくないであろう最悪を口にすると、アシュリーは重々しく頷いた。


「あぁ、そう考えた方がいいだろう」


 伝書鳩というシステム自体は、そういうものが大昔にはあったということは伝わっている。それを帝国が復活させたなどという話は広まっていないが……他国に対して情報戦で秀でるために、それを秘匿出来るうちは秘匿するのが帝国だろう。


「一体どうやって、手紙を持たせた鳩の目的地を指定してるんだろ?」


 進むべき方向にニンジンがぶら下がってる訳でもないのに、というルギナの疑問に、


「確か、鳩に備わった何らかの本能を利用するんだったような気がする……けど、今考えるべきはその理論ではなく、それに対しての対策でしょう」


 セリカが諫めるように答えた。


「まぁ、事前に気付けただけましだろう。――ビティ、よくやった」


「……えへへッ」


 恋人に褒められ、嬉しそうに鼻の下を掻こう……としたのだが、猛犬用のマズルに手を阻まれて終わるビルギッタ。


 別に今は人里にいる訳でもないので、そのマズルはもう外して生活してもいいのではないか……と蓮は思ったが、案外既に身に着けて生きることが癖になっているのかもしれない。猛犬プレイをしながら生活しているということか。


 ――そう、この二日後にバティスト・J・モトシロ公爵は「奴らも伝書鳩の存在は知らなかっただろう」と考え、アシュリーたちを庇う動きを見せるのだが。


 優秀で隙のないパーティ編成を実現していた彼らは、自力でそれにたどり着いていたのだった。


 超火力の遠距離攻撃役に、それを守る近接型の戦士。索敵を担う目、敵の情報を見破る目に、高度な作戦を立て相手の裏を読む頭脳。水と炎と影の力に、それぞれがもたらす生活力。


 王都に到着する際に解散せざるを得ないのが惜しいと思われる程のパーティだった。今後「あの時のパーティ編成だったらこんな戦いに苦戦することなかったのにな~」と何度も考えることになるかもしれない。


「このまま、のこのこと城門を通ろうとしてたら危なかったかもしれないわね」


 ため息と共にそう言ったヒルデに、


「私の能力を使い、門兵の警備をすり抜けて街に入れば大丈夫でしょう。夜になるまで待てばより安全だと思うし」


 マリアンネが自信満々に答えた。


 こうして、蓮たちは王都ロストアンゼルスが見えた辺りでアシュリーたちと別れ、三人だけで城門を潜ることにしたのだった……。


 これが、彼らが無事に王都にたどり着くまでに起きた出来事の要約である。



 ――そして、時は再び八月四日。


 きっと今頃は、隠れて侵入を果たしたアシュリーたちは船に乗って、暗黒大陸へと渡っている頃だろう。


 蓮が今考えるべきことはアシュリーたちの状況ではなく、目の前の≪ヴァリアー≫女局長から発せられるプレッシャーを受け流し、入隊申請書を書き上げることだった。


 一瞬だけ目を開けてこちらを見たリバイア局長の視線に、「まだ書けねェのかよ、ケツを蹴り上げてやんなきゃダメかァ?」という意思を感じた気がして……蓮はぶるりと身を震わせるのだった。



【番外編2】 了



 お読みいただきありがとうございました! これにて番外編2は終了となります!


 ここまでで本文の合計は42万文字超え。番外編2に10万文字以上掛けてしまったようですね……。ここまで長くするつもりは無かったのですが、「アシュリーとヴィンセントの過去を掘り下げるのに一番良いタイミングは、後にも先にもここしかねぇだろうがッ!!」と思い、筆が乗ってしまったので仕方がありません(筆が乗ってる割には書くペース遅すぎだろ)。


 このタイミングだったからこそ、ラストあたりで「過去編から現代のシーンへ」違和感なくヌルッと戻って来て、第3章へと繋がる流れを作れたと思います。この流れを断ち切らぬよう、すぐにでも第3章の執筆に入りたいと思います!


★2024.11.07追記:ごめんなさい、またしても遅れそうです(汗)。現在、カクヨムへ前作から手直ししつつ投稿する作業に追われているため、まずはそれを今年中にやっつけたいと思っています。第3章の更新は……2月以降とかになりそうです……ウグゥ(ぐうの音)。

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