ユーニス・キムラ・プレイステッドと≪双槍騎士隊≫
本日二回目の更新です。
――そして、時は現代。
黄昏の時代六年、七月。
数々の戦いで勝利し続けてきた帝国の英雄(英雄と書いて凶戦士と読む者も多いが)にして≪四騎士≫の一人、“双槍の騎士”の異名で呼ばれるヴィンセント・E・パルメは……アシュリー・サンドフォード率いる蓮たちに敗れ、バラバラに斬り刻まれ……、
――その後に復活を果たした。
全裸で。
謎の龍に脅されたこともあり、蓮たちを追うことは諦め、丸裸のままで来た道を戻ることになっていた。
幸いにと言うべきか、「栄えある≪四騎士≫最強の男が、全裸で川沿いの道を徘徊していたらしい……」というような噂が立つ事態にはならなかった。
三十分もしないうちに、援軍として送られてきた部下たちに出会えたためだ。
「――隊長! ご無事……なんですかこの状況は!?」
先頭を走っていたエルマー・スタイナーがいの一番に叫ぶと手綱を引き、軍馬の勢いを緩ませる。
青に黄色の差し色を基調とした布で飾り付けられた、鉄鎧に身を包む帝国騎士たちが総勢十六名。
彼らは一糸纏わぬ姿のヴィンセントを庇うように軍馬を止め、地上へ降り立った騎士たちが周辺を警戒しながら彼を囲んだ。
「――うぎゃーっ!! 隊長が身ぐるみ剝がされてるーっ!? わたしの隊長がーっ!!」
絶叫しながら乗っていた軍馬を飛び降り、男性騎士たちを掻き分け、軽鎧姿のままヴィンセントに体当たりをするように抱き着いた女性。
成人してはいるのだが、時折こうして感情が高ぶると、子供に戻ってしまうきらいがある。もっとも、それ以外の場面では基本的に優秀だからこそ、周りより若い年齢でありながらも≪双槍騎士隊≫の副隊長が務まっているのだが。
ユーニス・キムラ・プレイステッド。何の因果かヴィンセントへの思慕を募らせている彼女が、頭部をぐりぐりとヴィンセントの胸板へと押し付けている。
兜の額のあたりにある飾りが、ヴィンセントの肉を食い破らんとしているようにも見える。
「あの、普通に痛いからやめて欲しいんだけど……」
彼は痛みに耐えることは出来るが、痛みを感じていない訳ではない。
「無事なんですよねっ! 全裸に剥かれたあとに写真とか撮られてませんかっ!?」
「これはバラバラにされた後に復活したから裸だってだけで、向こうの連中には見られてないよ」
謎の龍には全裸を見られまくっていたが、今はそれはいいだろう。現時点で部下たちに謎の龍のことを伝えても、無駄に混乱させるだけだ。
ユーニスが気にしているのは、愛しの隊長が全裸写真を界隈に配り歩かれて辱められることを危惧してのものでは、勿論ない。
ヴィンセントの両手両足は、彼本来のものとは微妙に色合いが異なる。顔や胴体は帝国貴種を思わせる白さなのだが……両手の肘から先、両足の膝から先は、黄色人種のそれに見える。
普段はそれを化粧や装備で誤魔化しているのだが、バラバラにされて復活した直後なため、本来の姿が露わになってしまっているという次第だった。
彼の四肢が変色している理由は推察止まりだが……かつてそれらが失われたあとに行われた行為が関係しているのだとすれば……ヴィンセントがそれを欲したからこそ、今の彼に生えているのは“ロビン・キースリーの四肢”を模したものなのかもしれない。
今となっては彼を構成する要素である槍術。それを手に入れた経緯が広まれば、人心を乱しかねない。尽きぬ寿命や達人の実力を求めんがために、食人行為を行う人々が蔓延する恐れすらある。
故に、帝国はそれを秘匿している。
選ばれた力を持つのは、それに値する精神を持つ者だけでいい。その理念の元、強者の肉は“資源”として運用されるに留まり、決して不用意に全兵士に与えてはならぬものとされている。
ヴィンセントが自ら選出した≪双槍騎士隊≫の面々に関しては、その全員がヴィンセントから切り出された肉を喰らった経験があるのだが。
――つまりは、この場に集った騎士たちは皆、帝国のエリートなのだ。
銃剣をアレンジした新兵器……銃槍とでも呼ぶべきものを背負っていることからも、それが分かる。
最新鋭の兵器に熟達したばかりでなく、魔人の脅威を知り、それを冷静に駆逐するための精神を兼ね備えた精鋭たち。
「――アシュリーにバラバラにされたんですか? まさか隊長が負けるなんて……ビルギッタ・バーリは……まさか、エルフを超える強さだったとか?」
エルマーのその問いに、発してはならない類のものは含まれていなかった。帝国の精鋭の中では、もはやエルフという驚異の存在は秘密でも何でもない。対策するべき特級の“危険種”として認知されている。
帝国人が魔人を敵視していることはどこの国の一般人からしても不思議でも何でもないので、例え街中であったとしても、エルフを仮想敵にした会話も何らおかしくない時代になっている。
「……いや、確かに僕はアシュリーくんを舐めていた。想像より……ずっと良い指揮官だったことは認めるよ。けど、彼は勿論……ビルギッタ・バーリも、あのエルフの大将、エルトリルには遠く及ばなかった」
今もヴィンセントの脳裏に強く焼き付いている、エルトリルという凶悪なエルフ。最後には新たな力を手にし、教官と共に屠った相手だが……それは相手が一人だったからだ。
あの魔術師を護衛する優秀な騎士がいたとすれば、最後に負けていたのもこちらだっただろう。ヴィンセントの人生において、あれは三本の指に入る強さの相手だった。
「今回、圧倒的な強さだと感じたのはエリナ・リヴィングストンだよ」
――そう。エリナはエルトリルと同じく、後方から超火力を出す魔術師タイプであり。
それを守護する壁となったアシュリーとビルギッタを、ヴィンセントはついに抜くことが出来なかった。
「……さすがは、龍の後継者候補。そう言われるだけはあるね……」
逆に言えば、エルトリルもまた……どこか別な龍の後継者候補だったのだろうか?
ふと浮かんだ疑問に、しかし答えは出ない。
「隊長ぉ~、服を着直したらすぐリベンジしましょうね、今度はこっちがアシュリー・サンドフォードをひん剥いてやりましょう」
「ひん剥きはしないってば」
「あたっ」
冗談だとは分かっているが、馬鹿なことを抜かしたユーニスを引き剝がし、その額に軽くチョップしたヴィンセント。
「……あと、そもそも追いかけないし。理由は複雑だから、説明は後でにしたいんだけど……」
「――隊長、アシュリーたちを追走しないことに関しては、了解です。それで、我々はこれからどこに向けて移動するべきですか?」
そう上手く会話を纏めてくれたのは、参謀であるリチャード・クイグリーだ。指揮官志望だけあって、冷静で頭がキレる。かつての同室であるアシュリーが帝国に敵対していると分かっても、取り乱した様子がない。
「そうだねぇ……一旦はメロアラントに戻って、それから一回帝都まで帰ろうか。それで、次回はもっとしっかり準備をしよう」
もう、これ以上の敗北は許されない。彼が自分に許さない。
戦いを楽しむことは大切だが、敗北するほどまでに遊んではならなかったのだ。
「――次回の遠征は、アラロマフ・ドール王国。あの国に縁のある人材も欲しいかな。≪薔薇騎士隊≫あたりと共同で≪ヴァリアー≫に圧を掛けつつ、エリナ・リヴィングストンらの同行を監視する必要がある……」
次の胸躍る戦いを予期し、ヴィンセントは舌なめずりをした。
……だが、その時にはとっくに、ドール国内にアシュリー・サンドフォードはいないのだろう。恐らくは炎竜一派の庇護を求めて、人類の生活圏から離れるはずだ。
彼との再戦が叶わないことを、残念に思っている自分に気付くと。
(――何の役にも立たない出来損ないとか、木偶の坊、とかは……さすがに言いすぎだったかもしれないね……)
そう、ヴィンセントは思った。
過去の記憶を漁り、思い出したのだ。エルフたちとの戦いの中、確かに自分よりも大柄な同級生が、自分に出来る最大限の仕事をしていたことを。
平凡だった同級生たちの多くが、あの惨劇にも折れずに帝国の精鋭として部下になってくれていることを考えれば……アシュリー・サンドフォードもまた、ヴィンセントの部下として共に戦っていた現在もあったかもしれない。
ヴィンセントがアシュリーを口汚く罵ったことが、その後の彼の選択にどれほどの影響を与えたのかは定かでないが。
それが巡り巡って彼を悪の道に走らせてしまったのだとすれば、あの日の自分は間違えたということなのだろう。
ヴィンセントの脳裏に、前線で戦う己を後方からの狙撃で支援する、大柄な青年の姿が浮かんだ。
「逃した魚は大きかった、か……」
「何か言いました?」
ぽつりと漏らした呟きに反応したユーニス。
彼女に対し「いや」と短く誤魔化しつつ、ヴィンセントは部下に差し出された着替えに腕を通しながら。
(次に再会することがあったら、謝るだけ謝っておこう……)
たとえ帝国とは相容れない思想の存在になっているとしても、騎士道精神だけは通そうと思うのだった。
――きっと、アシュリー本人は気の合う沢山の魔人と交友を結び、ビルギッタという恋人を得た今の人生を、全く悲観してはいないのだろうが。
「――あれ、隊長……例の……馬を召喚する指輪はどうしたんですか…………?」
「あ~……ははは……あまり過ぎ去ったことを気にするべきじゃないよ、ユーニス。……多分今頃は、どっかの川魚の胃の中とかにあるんじゃないかなぁと……」
「~~~~っ!! あれがどれだけっ……どれだけ……貴重な〜…………」
帝国騎士たちの(一部の)姦しい声は次第に薄まり、その場にはアマリュウ川から流れる水音だけが残った。
ヴィンセントに対するユーニスの態度は、意図的に蓮に対する千草に似せています。早くユーニスと千草を出会わせて、会話させてみたいですね。




