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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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アシュリー・サンドフォード

 本日で「黄昏のイズランド」は投稿開始から丸二年となります。いい機会なので、この日に合わせて番外編2を完結させられるよう頑張ってみました。



「……凄いよな、エルマーのやつ。あれだけの経験をしてなお、魔人どもやモンスターと戦う気が折れないってのはさ。ああいうやつが大成するんだろうな……」


「…………」


 こちらを見るでもなくぽつりと呟かれた、返事を求めているのかどうか不明瞭なリチャード・クイグリーの発言に、しかしアシュリーは対応を迷うことはなかった。


 ……そもそも、会話する気力すらなかったためだ。



 ――襲撃事件の翌日。時刻は既に夜十時を回っていた。


≪ランドセル≫とその周辺の宿場町。エルフが率いる電気羊の群れによって大打撃を受けたそこは、既に人が生活できる場所ではなくなっていた。


 四千人を超えると言われた人口の殆ど――行方不明者を含め、三千六百人以上が帰らなかった――を失い、夥しい数の死体によって伝染病の蔓延が懸念された結果……帝国上層部は、この場所を一度“捨てる”ことを選んだ。


 結果……アシュリーたち生き残りは、半日遅れで駆け付けた帝国軍によって移送され、最寄りの駐屯地のテントに押し込められていた……。


≪ランドセル≫が機能しなくなった以上、生徒たちはこれからは別の場所で生きて行かなければならなくなった。


 だが、その全員が実家に帰り、家庭教師を付けてもらってハイ解決……とはいかない。


 実家から存在を疎まれている者、孤児院出身のため帰る家がない者、等。


 生徒によって抱える問題は様々であり、唯一生き残れた教官であるハーヴィー・ゲッテンズ一人では、対応が追い付かないのが現状だった。


 リチャードによると、エルマー・スタイナーは早速この駐屯地で仕事を手伝い、そのまま兵士として雇ってもらえないものかと志願しているらしい。教官に頼り切らず、自ら生きる道を切り拓こうとしているのは大変立派だと言えるだろう。


「……ロビンやクラークがどう死んだのかすら、俺は教えてもらえないんだよな」


 リチャードはその目でエルフという魔人を見ていなければ、人づてに聞くことすら出来ていない。


 あの戦いに加わった生き残りには箝口令が敷かれており、エルフの一人を銃剣で屠ったアシュリーもまた、リチャードにそれを話すことは禁止されているのだ。


 ただ、「やはり電気羊を使役していた魔人の一団は存在し、死闘の末にハーヴィー教官とヴィンセントがそれを討ち取ったらしい」という噂は発生している。


 どうしようもなく止められない程度の噂は、常に存在する。


 それでも、アシュリーはこの一日で「エルフ」という単語を耳にした記憶はない。箝口令を言い渡された生き残りは、全員がしっかりとそれを守っているのだろうと思った。まぁ、破れば罰則が下るので、当たり前かもしれないが。


 アシュリーは胡坐をかいた格好で項垂れ、膝の上に立てた右手の甲を額に当てて支えにしていた。


 どうやら思っていた以上に、同室であるロビンとクラークの存在はアシュリーにとって大切だったらしい。勿論、その他に大勢の学生の死体を見たこともショックだったが……。


 周りに比べて自分は頭が回る方であり、何事にも冷静に対処できるつもりでいたが……いざ失ってみるまで分からない内面もあったようだ。


「……ま、しゃーないか。冷凍室に閉じこもって震えてただけの、臆病者じゃな……」


 リチャードの自虐的な呟きに、さすがに慰めてやるべきかという気持ちが僅かに湧いたものの、顔を上げることすら億劫だった。


 襲撃事件発生時、リチャードとクラークは食堂にいた。


 血塗れの電気羊が食堂に大挙して押し寄せ皆がパニックになる中、キレ者のリチャードとクラークは同じテーブルに付いていた数人を引き連れて、食材を保管する冷凍倉庫へと飛び込んだ。


 そうして、寒さと恐怖に震えながら、外が静かになるのを待ったのだ。


 勿論、ずっとそうしていれば凍死してしまう。ヴィンセントかハーヴィー教官か、はたまた最終的には生き残れなかった兵士によるのかは不明だが……外が静かになり、食堂から電気羊の気配が消えたあと、リチャードたちは一度冷凍倉庫から外に出た。


 そして冷凍庫としての電源を落とすと、もう一度その中に入り、迎えが来るまで隠れ続けたのだ……クラーク以外は。


 アシュリーとロビンが学生寮の生き残りを指揮し、バリケードを作り終えた頃だろうか。途中の階には目もくれず、クラークは屋上を目指した。中等部にいる妹の様子が、どうしても気になったのだ。


 アシュリーは知らなかったが……正々堂々を嫌い、勝つために出来ることは何でもやるクラークの生き方は、少しでも自分の評価を上げ、妹共々卒業後に幸せな未来を掴み取る為のものだったらしい。


 だから……アシュリーとロビンがバリケードを越え、屋上の様子を見に行った時……クラークは全てを投げ打って、妹を庇っていたのだろう。


 客観的に見て、アシュリーとロビンが屋上へ向かわなければ、クラークの妹が生き残ることは無かったと思われる。


 そういう意味では、ロビンの死は無駄ではなかったのだと。……アシュリーとしては、自分を納得させるためにそう考えるしかない。何度も何度も、反芻する。


「……何が正しかったのか。別の選択を取っていた方が後悔しなかったかどうかなんて、誰にも分からん」


 違う選択を取っていたとしても、より後悔する結果に終わっただけかもしれない。


 あの苛烈な戦いにおいて、何かを全力で頑張れば誰でも結果を出せただろうかと問われれば、否だとアシュリーは思う。


 恐れを知らず、積極的に行動していた自分ですら……ヴィンセントにしてみれば、ただの邪魔者でしかなかったのだろうから。


 自分自身に言い聞かせるような言葉だったが、一応はリチャードを慰めるために漏れ出た言葉だった。


「…………ああ。そうかもな」


 二人の間に沈黙が降りる。


 テントの中には他にも十数名の生徒たちがいたが、口うるさく会話するような元気のある者はいない。先程からのアシュリーとリチャードの会話も、向こうの隅にいる生徒の耳には全く入っていないだろう。ぽつぽつと会話をする者はいるが、どれも小声であり、アシュリーにも内容は分からない。


 全員が死者たちを悼んでいるかのようだ。いや、実際そうなのだろうが。


 この空気はいつまで続くのか。いつか、今日心に負った穴が塞がる日は来るのか。十五歳のアシュリーには分からない。


 テントの外を歩く足音に、帝国兵士とハーヴィー教官の声がうっすらと聴こえた。


「……そういや、教官が一人ずつに進路の希望を訊いて回ってるらしいな。まぁ、進路っていうか、緊急の受け入れ先って感じだけど」


 リチャードの言葉を聞いて、アシュリーは目線を上げた。テントの中央部には紙束が積まれている。


 今現在で生徒たちを受け入れられる施設や、住み込みでの働き口に、他国に根を張った帝国の機関についての資料も混じっている。全ての希望が通るとは限らないが、教官が生徒のことを考えてくれているのは分かる。


 その資料に既に一度は目を通したアシュリーは、己の中に小さな炎が起こっていることを自覚していた。


「お前はもう決めているのか」


「……そうだな。俺の実家は裕福じゃないし、一旦はどっかで働くことになるかな。どこまで補助が下りるのかは分からんけど……仮に下りなかったとしても、金が貯まり次第自分で家庭教師を雇うかな。もっと勉強したかったし」


 リチャードは疲れることを嫌いはするが、勤勉で読書家だった。その能力を高めていけば、多くの兵士を生き残らせる名指揮官に成れるかもしれない。アシュリーも、リチャードがそうした部隊を預かる側の立場を目指していることを知っていた。


「いつか、お前が指揮する部隊の名前が聞こえてくることを期待している」


「へへっ。……で、アシュリーはどうするんだ?」


 リチャードの問いに答える際に、迷いはなかった。きっと仰天されるだろうとは思ったが。


「――無統治王国の治安維持組織……≪ヴァリアー≫に行こうと考えている」


「バリバリの危険地帯じゃねーか……」


 リチャードだけでなく、会話を聞いていた周囲の生徒たちも驚いていた。別に盗み聞きをするな、とはアシュリーは思わなかった。聴こえる距離にいれば、聴いてしまうものだろう。



 放置国家などと揶揄される、無統治王国アラロマフ・ドール。


 三百年以上前に港町(更にその前は砦だったという話もある)であったロストアンゼルスを軸に発展し、現在では狂暴なモンスターや“危険種”の魔人が現れないように街道を整備している地帯だ。


 ドールという名前を代々引き継ぐ国王が君臨し、しかし民衆には姿を現さず、宮殿に引き籠もって“放置”という政策を取り続けている。


 結果、無法地帯が出来上がったかと言えばそんなこともなく、そこに集った人間たちが独自のルールを定め、治安維持に努めている。


 彼らに受け入れられた友好的な魔人も合わさって、他国から見れば非常に珍妙な暮らしが実現しているらしい。


 今のところ大きな内紛もなく、奇跡的なバランスの元に人間と魔人たちが共存している国……。


 その起こりには帝国の勢力が関わっているという話で、アシュリーとしては「帝国が外部に設置した実験場の一つなのではないか?」と考えていた。


 何を実験しているのかと言えば……魔人との共存、だろうか?


 多くの帝国人は幼少期から刷り込まれた「魔人=悪」の固定観念を持っているはずなので、それに異を唱えるような実験を主導するとは、意外ではあるのだが。三百年以上前に≪レメテシア戦役≫が起こった頃に、何かのきっかけがあったのかもしれない。


 とにかく、そこはイェス大陸における人類の生活圏にて、人間と魔人が共存を実現している唯一の国である。


 ……それでもリチャードが言った通り、そこが危険地帯であることは間違いない。


 比較的安全であるのは街の中で、友好的な魔人といる間のみだ。いつの間にか街中に侵入し棲み付いていた“潜伏魔人”が捕らえられたという話は枚挙にいとまがないし、ドール領の外には“危険種”が闊歩している。


 ドール領に隣接する、どこの国にも属さない空白地帯の中には、「特級の危険種である吸血鬼の集落がある」という噂もある(実際はラ・アニマに暮らすアニマたちのことだった)。


 わざわざそんな場所で暮らしたいと考える帝国人の子供など、奇特もいいところだろう。


 だが、アシュリーはそうした危険に対し恐れを抱くことはない。幼少期の経験のせいか、あらゆる感情が薄まっていたためだ。≪ランドセル≫に勤めていた医者にも、感情欠乏症だろうと診断されていた。


 しかし、昨日。≪ランドセル襲撃事件≫を機に……怒りだけが色濃く芽生えていた。


 ――大勢の命を奪った、エルフたちへの怒り。


 ――自分を役立たずの木偶の坊だと罵った、ヴィンセントへの怒り。


 ――そして、その罵りの通り……目の前で仲間が死んでいくのを防げなかった、自分自身への怒り。


 人間と魔人が友好的に共存している国とやらが、“本物”なのかどうか。


 どちらか……人間が魔人を踏みつけにしているのではないか。あるいは、本性を隠した魔人に国を乗っ取られているのではないか。エルフによる殺戮を見た後では、よき隣人としての魔人を想像することはアシュリーには難しかった。


 ――そこに欺瞞があるなら、暴いて殴り飛ばしてやる。


 己の中に眠っていた暴力性に仄かな驚きを覚えつつ、アシュリーは拳を強く握ったのだった。



 ――それから、三年半の月日が流れ。


 新しく≪ヴァリアー≫に所属することになったレンドウという名前の魔人をアシュリーが殴りつけ、そこから不思議な縁が始まるのは……また別の話になる。


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