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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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ヴィンセント・エーギル・パルメ


 先ほどヴィンセントは“神絵師の腕を喰う”という比喩を使ったが……実際の所、優れた槍の技術を得るために、腕そのものを食べる必要はない。


 受け継がれる側の遺志と受け継ぐ側の意志さえあれば、胸の肉だろうが脚の肉だろうが関係ない。流れ出た血を飲んだだけで、一定の力を受け継いだ前例すらある。


 ――だが、その能力に留まらず……相手の記憶をも受け継ぎたいと望むならば、より重要な臓器……心臓や、脳に近い部分を食べた方が効率が良いとされている。


 ヴィンセントはロビンの生まれが気になっていたこともあるが、記憶に蓄積された経験こそが戦闘能力に繋がる部分もあると考え、()()()()()()



 やがて……回復してきた視界で、周囲を見渡すヴィンセント。


 そこは校庭であり、左には正門の向こうにグラウンドが、その更に奥にはもうもうと煙を噴き上げ続ける初等部の校舎が見える。


 ヴィンセントが今も手を突いているロビンの亡骸の向こうには、綺麗に仰向けの体勢で寝かされている少年少女たちがいた。


 毎度のことながらヴィンセントはいちいち名前を憶えていないのだが……アシュリー・サンドフォードにクラーク・キムラ・プレイステッド、そしてその妹。


 血塗れのクラークは既に息をしていないが、それでも五体満足な状態を保っている。


 自然に落下していれば、それはあり得ないことだった。


(……誰が屋上から落下してきた彼らを助けた……? 人間業じゃないぞ……)


 人間業とは思えない所業であることと、先ほどまでこの場所にいたと思われる謎の人物“セドナ”。この二つが意味することはつまり……。


(いや、今はそんなことを考えている暇は無い)


 セドナなる人物がいかなる意志を持っていたとしても、エルトリルによって「いますぐここを離脱せよ」と命令され、姿を消したのだ。既にこの戦闘には関わりのない情報だ。


 これで、実は陰からヴィンセントを狙撃しようと虎視眈々と隙を窺われていたのだとすれば……その時はその時だ。読み間違えた代償として、命を落とすことを受け入れる。ヴィンセントは再び賭けたのだ。


 エルフの中に、人間に情けをかける人物がいる可能性など……捨て置く。


(やっぱり僕は……ロウバーネの気持ちが分かるよ。だって今、僕は……全てのエルフを抹殺するべきだって、そう思ってるからねぇ……)


 吸血鬼との共存よりも、それを根絶した方が人類にとっての安寧が得られると判断した少女。ヴィンセントはエルフとの戦いを経て、きっと彼女も似たような考えを抱いたのだろうと思った。


 校舎側にスピアが転がっているのが見える。先程の戦いでエルトリルによって捨てられたものだ。


 身体は大分回復してきた。一応人間の形を取り戻したヴィンセントは、上半身に焦げ付いた衣服を除けば全裸のまま這いずるように進む。


(性器を露出させたまま戦う趣味はないし、羽織るものくらいは欲しいな……)


 アスファルトに擦れて悲鳴を上げる肌を叱咤しつつ、たどり着いたスピアを支えに立ち上がる。


 ――勘違いしてはならないのは、特にロビンの肉に他とは一線を画する回復効果があった訳ではない、ということだ。


 ロビンの肉からのみ得られる特色はあくまで技術と経験であり、それを消化することで発生するエネルギーは他の動物のものとそう変わらない。つまり、傷の回復自体はどんな肉でも狙うことはできたのだ。


 当然、ヴィンセントがただの人間であればその自然治癒が追い付く筈もなく、ショック死、あるいは失血死していただろう。


 というより、頭部から左胸までしか残っていなかった人体に、胃が存在する筈もないのだが……嚥下した肉は喉を通る途中から、謎めいた消化吸収を起こしていた。


 いや、それは消化吸収というよりは、もはや燃焼と表現するべきなのかもしれない。


 本人も自覚できている訳ではないのだが、彼の喉の中では黒い炎のような黒翼(こくよく)が燃え盛り、食物を消失させ、その分の栄養素を全身の治療に当てていた。


 右胸が、肋骨が、胃が、下半身が生えていくそのさまは、まるで再生能力に秀でたスライムのようだった(スライムに骨はないが)。


 よろめく身体をスピアを杖にして支え、再びロビンの亡骸へと歩き出す。


 背後の校舎では、内部で何者かが発砲している音、そして何かが壁を砕くような音が断続的に響いている。


(まだ戦える大人が生き残っていたんだ。……恐らくはハーヴィー教官あたり。直接戦ってエルトリルに勝つことは難しいと判断して、射撃武器を贅沢に使いながらの撤退戦を仕掛けているのか……)


 エルトリルも馬鹿ではない(というか頭はかなり良さそうだった)ので、一度通った道は二度と使われないように崩落させているのだろう。校舎の中の全ての道が封鎖され、教官が外に追い立てられるまでそう時間はないと思われる。


(一刻も早く、完全復活しないと……)


 そう考えるヴィンセントの口からは今も、ロビンの右の眼球から伸びた視神経管が垂れ下がっていた。同級生の眼を口に含んだまま這いずっていたのだ。グロテスクなのであまり想像しない方がいいかもしれない。


 さすがのヴィンセントと言えども、素手で人体をスパスパ切り分けられるほど人間をやめてはいない。回復し切っていない両手でも抉り取れたのは、傷口周りの肉や眼球だけだったのだ。


 立て続けの戦闘によってアドレナリンが過剰分泌されていなければ、同級生の眼球を抉ることも、それを口に含むことにも、一定の躊躇はあっただろう……。もっとも、ここまでヴィンセントの人間アピールを重ねてやる必要もないかもしれないが。この過去編ではそうだったというだけで、本編では躊躇なくやりそうではあるし……。


 復活したばかりの胃は内部で黒翼を燃え盛らせ、眼球を即座に消化し切る。その栄養素が全身に向かうや否や、直ぐにまた飢餓感を訴え始める。


 一日に何度も高カロリーの食事を摂取できる人材……よく食べることが出来るというのも才能だという話があるが、彼はまさにその極致にあった。


(視界、感度は良好。ちゃんと寒い。足も……もう走るには問題ない。ここで浪費してしまった時間は……ニ十分といったところかな……)


 先ほどとは違い、今の彼には刃物がある。今の彼に切り出せない人体の部位は存在しない……。


 ロビンの亡骸に短く黙礼した後、ヴィンセントは手にしたスピアを躍らせた。


 不思議と罪悪感は無かった。彼のものではない経験を元に振るえる槍は、まるでロビンの肉体を損壊することを、本人に赦された気がした。


(ロビンくん……そうか、君は保存された一族。()()()()()()()()()()()()()、竜狩りの末裔だったんだね……)


 切り出したロビンの肉を喰らいながら、流れ込んで来る記憶を漁るヴィンセント。


(つまり、君は()()()()()()だった訳だ……)


 次々と定着していく記憶と、着実に戻っていく力。それに昂揚していたせいか。


 ヴィンセントは己の左の足首を掴まれるまで、その人物の接近に気付けなかった。


「……お…………ま、え……」


 ――アシュリー・サンドフォードである。


 外傷は殆どないが、体力と気力を使い果たしていたのだろう。


 それでも、その瞳にあらん限りの怒りを滾らせ、ヴィンセントの足首を握り潰さんばかりに力を込めている。


「……あぁ、ロビンくんの友達……」


「……ロビンに、何を……している。おま、えが…………殺し、た……のか……?」


 自らの常識に照らし合わせれば、余りにも狂いすぎた光景なのだろう。同室の友人であるロビンがバラバラにされ、その血でヴィンセントが口を真っ赤に染めている。


 黄昏の時代(ラグナエイジ)のアシュリーであれば、その行為の理由にも思い至れただろう。しかし、この時は竜の時代(ドラグエイジ)九七六年であり……十五歳のアシュリーの目には、ヴィンセントが猟奇殺人鬼にしか映らないのは無理からぬことだった。


 その怒りの眼差しを真正面から受け止めて、ヴィンセントは、


(――ああ、面倒くさい面倒くさい面倒くさい。いちいち説明してる暇なんてないんだよ、こっちはさぁ……)


 ただ足を引っ張ってくる弱者の戯言としか認識できず、まともに取り合う気が一切湧かなかった。


「放してよ」


「説明、しろ……! さもなくば――、」


 怒りが彼を奮い立たせたのか。ヴィンセントの足に寄り縋るようにして、アシュリーはおもむろに立ち上がる。


「――僕を殺してやる、とでも言いたいのかい? 何の役にも立たない、出来損ないの分際で……」


 ぴしゃりと言い放ちながら、ヴィンセントは立ち上がったばかりのアシュリーの顎を左の拳で打った。


「ぐがっ……」


「黙って見てろよ木偶(でく)の棒。……ロビンくんから力を貰った僕が、敵を殺し尽くせるかどうかを、さぁ……僕を殺すかどうかは、それから決めても遅くないでしょ……」


 言葉を紡ぎつつ、ヴィンセントは左手でアシュリーの右肩を掴み、右膝を腹部へと突き立てた。よろめいたところでみぞおちにスピアの石突を差し込まれ、アシュリーは後ろ向きにアスファルトへと叩きつけられた。


 呼吸困難に陥り苦しむアシュリーを見下ろし、ヴィンセントは。


「……きみは、英雄ヴィンセント・エーギル・パルメの。……その活躍を証明するための、生き証人になれることを喜んでいればいい……」


 ロビンから拝借したジャージの下を穿き、自らが通っていた校舎へと向き直る。


 校舎の玄関口が爆発し、そこからハーヴィー教官が転がり出て来たのは、まさにその時だった。


(よし、間に合った……)


「――ヴィンセントか! ……まだ戦えるか!?」


 血と共に吐き出された問いに、薄笑いを張り付けると。


「……安心してください、教官」


 ヴィンセントは右手で握るスピアを一回転させてから、脇の下で構えた。


「――僕はもう、負けませんから」



 銃撃のプロであるハーヴィー教官の支援の元、ロビンより受け継いだ天賦の才でスピアを振るい。


 少々の手傷を物ともせず前線で暴れ回ったヴィンセントは、


 ――五分も要さずにエルトリルの首級を挙げた。



 という訳で、今回の戦闘はこれで終わりです。最後の締め方が駆け足気味に見えるかもしれませんが、元々復活した後のヴィンセントvsエルトリルを描く予定はありませんでした。


 ……というより、この過去編は「こういう学園生活を送っていて、ある日エルフに襲われてそれが崩れちゃったよ~」という情報を全四話くらいで羅列するだけの予定だったので、この前までやってたヴィンセントがエルフ軍団をバッサバッサと斬り倒していくストーリーの方が、むしろ予定外だったんですよね……(笑)


 もうこれで番外編2は16話目だよ。どうなってんだよ、はやく第3章書けよ、と自分でも思います。でも仕方ないだろ! 初めて描写する帝国勢力の教育機関を書いてたら、筆が乗りに乗りまくっちゃったんだからさ! とまぁそんな感じで、今回もお読みいただきありがとうございました。予定に変更が無ければあと2~3話で番外編2は終了します。

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