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【3章終了後に修正予定】黄昏のイズランド  作者: カジー・K
番外編2 帝国教育機関≪ランドセル≫
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ロビン・キースリー


 ヴィンセントは、ロビン……だと推定した肉塊の上に乗り上げると。己の右腕の断面……肩口から無惨にも引きちぎられたそれを、ロビンの口へと当てた。


 いや、実際のところ、本人の視点においては当たっているのかは怪しい。痛覚どころか、感覚の全てが薄すぎる。次の瞬間には、自分の命が尽きていてもおかしくないのではないかと彼は思った。


 仰向けに倒れているらしい同級生がまだ生きていることに賭け……焼かれたことで塞がった肩口の傷を開くように。ロビンの歯で己の肉が裂けることを望むように、擦り付ける。


 ヴィンセントから流れ落ちた血の雫が、ロビンの口内へと入っていく……。


『ロビンくん……』


 念話にて呼びかけると……ロビンの瞼が震え、微かに持ち上げられた。


『ロビンくん、聴こえているかい…………?』


 それに気付けないヴィンセントは、呼びかけを繰り返した。


 やがて、近辺に一つの≪クラフトアークス≫を宿した気配が生まれていたことに気付く。ヴィンセントが下敷きにしているロビンが、吸血鬼の黒翼に適性を示したのだ。


 僅かすぎるその気配は、さすがのエルトリルでも察知できないだろう。


 エルトリルがこの場に現れれば全てがご破算だが……いつ屋上から校庭へ降りてくるかはヴィンセントには予想しようがないので、あまり考えないことにしていた。


(良かった……まずは第一段階)


 ここで躓く可能性もあった。誰しもが等しく、全ての≪クラフトアークス≫を身に付けられる訳ではないのだから。


 五感の衰えたヴィンセントからしても、ロビンもまた劣らず、生きているのか死んでいるのか確信が待てない状態だった。だが、≪クラフトアークス≫を新たに身につけられたというなら、それは即ち生きているということだ。ギリギリだとしても。


 ヴィンセントには見えていないが……ロビンの両足は落下の衝撃のせいかあらぬ方向へと曲がっており、発熱もひどい。


 ……それでも、六階建ての校舎の屋上から突き落とされたにしては、奇怪なほどに五体満足なのだが。


 宿場町を含めた≪ランドセル≫がほぼ壊滅状態にある中で、怪我人をまともに治療できる人員など残っているはずもない。


 帝国軍本隊へ救援を求める伝令が遣わされているかも不明な上……仮にいたとして、それが無事に辿り着ける保証もまた、ない。


 今日中に援軍が派遣されて来るのかすら怪しい状況では、大怪我を負ってしまった人間は、死を待つだけだろう。


「……ぁ……………………」


 ロビンは口を開こうとしたが、声にならない掠れた音しか発することができない。瞼を持ち上げ続けることも、酷く億劫だ。


 だが、たったいま脳内に直接響いた、ヴィンセントの声。それと同じことが、自分にもできるのだとすれば。ロビンは目をぎゅっと瞑りながら、心の声がヴィンセントに届くようにと念じる。


『……ヴィン……ヴィンセント、くん……これ、で、いいのかな……聴こえてる……?』


『……筋が良いね。ちゃんと聴こえてるよ。……本当に申し訳ないんだけど、時間がないから……今から僕が言うことを、よく聴いてほしい』


 今はどういう状況なのか。戦いはどうなったのか、アシュリーをはじめとした他の生き残りはどうなったのか。ロビンには知りたいことが山ほどあった。


 ――だが、それを表に出すことはなかった。


 我を捨て、人類が勝利するための礎となる。その為に尽力する。強者たるヴィンセントの思うままに。


『わかっ……たよ……』


『――結論から言うと、ロビンくんはもう長くない。でも、死ぬ前に出来ることが何もないって訳でもないんだ』


 いつかきちんとした≪クラフトアークス≫の扱い方を学ぶ機会さえあれば、この少年は稀代の戦士として名を揚げたのだろうな、と。


 ヴィンセントは残念に思いながら、容赦なく本題に入っていく。


『この世界には、“喰らった相手の能力を取り込み、自分のものに出来る”……そういう法則があるんだ。まずはこれを理解してほしい。……夢物語みたいに聴こえるかもしれない……権力の分散を恐れた帝国政府も、この法則を隠そうとしているからね……ずっと、ずぅっと昔から……』


『……………………』


 ロビンは無言だ。


『素早い魚を食べれば、瞬発力が。強靭な獣を食べれば、爆発力が。……親が子供に「これを食べないと足が速くならないわよ」……なんて言って聞かせる小言の内容が、まさにその通りだったんだよ……』


 死んでいるとは思いたくない。きっと聴いてくれている。傾聴しているのだ。ヴィンセントは続ける。


『そしてその法則の働きを飛躍的に高める要素が、二つある。……一つは、喰らう側が“相手の力を我がものにしたいと願う”ことで……』


 ヴィンセントはそのままの姿勢で念話を続けることが難しく、ロビンの胸の上に頭を預けた。右耳の下で、ロビンの微かな心音が響いている。


『――もう一つは……食べられる側が……“自分の力を相手に継承させたい”と……願う、ことなんだ……』


 果たして誰が……創造神がこうした法則を創ったのかは定かではないが。


 それは、生前に願うことでも作用する。だからこそ一部の部族の間では、祖父から孫へ、そして父から子へと、特別な力が受け継がれ続けてきたのだ……。


『確か“刺殺の騎士”イービルモートが……あれ、なんて言ったっけ……そう、“神絵師の腕、喰う機会があれば食べておけ”……ってやつさ……』


『……あはは、そんな古事成語みたいに言われてもね……』


『今の説明で、きみの理解を得られるかは分からないんだけど……、』


『――いや、わかるよ。……僕の生まれた一族では……自分たちに翼が生えて、空を飛べるようにならないことは知っていても。……それでも、飛竜の力を得られると信じて、あの怪物を仕留めようとしていたんだ』


『きみの、生まれた一族……?』


 ヴィンセントは、ロビンのルーツに思い当たる(ふし)があった。やはりこの孤児院出身の少年は、平凡な生まれではなかったのだろう。槍を得意とする一族……それを投じることで飛竜をも地に縫い留めたと伝わる、竜狩りの一族だろうか?


『……いや、違う。今はそんな話を膨らませている場合じゃない。…………お願いだ、ロビンくん…………』


 ヴィンセントが言い辛そうにしているのは、ロビンの肉体を損壊する心積もりであることを伝えるのに、罪悪感があるためではない。


 どう伝えれば、快諾してもらえるのかが分からなかったのだ。どうすれば他人に好かれ、自分の願いを聞いてもらえるのかが分からない。


 自分を嫌っている――大勢の生徒に怖がられている自覚くらいはある――生徒であれば、今際の際であろうと、「はっ、誰がお前なんかに力を渡したいと思うかよ」と拒否されてもおかしくないのではないか。自分がその側に立ったことがない以上、ヴィンセントには“傾向と対策”ができない。


『僕がきみを……………………食べる……………………ことを、』


『――許すよ』


 鈴のような音色が、ヴィンセントの脳裏に響いた。


「……………………っ!」


 それが死を待つだけの少年から発せられたものであることを理解し、ヴィンセントは目を見開いた。


 そして、右耳に聴こえていた心音が、たった今聴こえなくなったことにも。


『ロビ……』


 ヴィンセントはそこで念話を中断し、歯を食い縛る。


 ロビンは……ロビン・キースリーは、死んでいた。


 最期に、滑り込ませるように。ギリギリでその遺志だけを伝えて。


(どうして……僕に力を与えてもいいと思えたんだ。どんな崇高な精神をしていれば、そんな自己犠牲を……自分の命が本当にあと僅かだと察することが出来れば、誰でもそうなるのか……?)


 ――違う、そんな筈はない。ヴィンセントは自問自答しつつ、首を持ち上げる。


 ヴィンセントであれば、死に際だとしても……どこまでも自分本位だろう。むしろ、他人に「きみの血と肉を僕の口へ押し込め、それで回復してやる」と命令しそうだ。


 彼はなけなしの力を振り絞り、ロビンの上体をまさぐった。まさぐったとは言っても、今のヴィンセントには両腕がない。両腕の代わりに生やした黒翼をロビンの亡骸に這わせている訳だが……今の操作精度では、指先と同じほどの感覚器官にはなり得ない。


 遅々とした検分の末……出血の大元となる、大きな怪我に辿り着く。どうやらロビンの右胸には、折れた鉄筋の一部が突き刺さっていたらしい。


 その鉄筋をかき分けるように抉り、血を啜り……ヴィンセントは、ついに同級生の肉に口を付けた。


(どうしてそんなに心が強いのか……どうしてきみはそんなに優れた槍捌きを持っていたのか……きみはどこで生まれ、何故孤児院に預けられることになったのか……)


 その血肉を嚥下しながら、ヴィンセントは強く、強く願った。


(――答え合わせをさせてくれ。そしてその全てを……願わくば、その記憶まで…………この僕に引き継がせてくれ…………ロビンくんっ!!)



 少年二人がくっついてると、腐った嗜好をお持ちの方が喜びそうな気がしなくもないですな。作者としては特に同性愛ネタとして書いている訳ではありません、と一応表明しておきます。


 地の文をしっかり読み込んでくれていた方であれば既にお気づきだったかもしれませんが、ここまで番外編では「ヴィンセントの得意武器は剣」と書いていたんですよね。ここから急に槍が得意になります。なんでやろなぁ……。

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